非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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おまたせしました、間章の一つ目になります。
1章最後の間章ですが、これまで通りゆったりとやっていきたいと思います!


間章Ⅳ
ポンコツ計画


 

 

 

 

時間は少しだけ遡る。

燐香と神薙達が廃倉庫で対峙し、神楽坂が生還した次の日の事だ。

 

その日は酷く穏やかだった。

朝早くから父親と居候中の母親と娘は買い出しの為に外出中の佐取家。

まるで台風の後のような、カラリとした晴天に恵まれた天気の中、彼らは計画通り家の中に目的の人物しかいなくなったのを確認して、意味深なアイコンタクトを交わし頷き合っていた。

 

 

「……本当に良いんだな?」

 

 

目的の人物にバレない為に小声で行う最終確認。

これからすることで失われるものを案じた、最後の最後の問い掛けに、問いを向けられた少女はゆっくりと頷いた。

 

 

「うん。糞お兄こそ、しくじらないでよ」

「誰に物を言ってる。布も、紐も、例のあれも点検済み。父さん達はしばらく帰ってこない。準備は完璧だ。やるなら今しかない」

「最近は家に帰るなり部屋に引きこもってるし、今日も朝帰りだったからね……雰囲気が絶対におかしいから、早く手を打たないと取り返しがつかなくなるかもしれない……恥ずかしいなんて言ってられない」

「……どんな反撃があるかも、本当に効果があるかも、それにそれが終わった後どう思われるかも分からないんだぞ? なんだったら俺一人でも」

「何度も言わせないで……覚悟はしてる」

 

 

張り詰めた表情で頷いた妹、桐佳の頼もしい姿に優介は笑う。

自分が家を出る前はずっと姉の背中に隠れるような自己主張も出来ない妹だったのにと、彼女の成長を嬉しく思う反面、その成長を間近で見られなかった過去の自分を少しだけ恨めしく思った。

 

二人して意味も無く足音を忍ばせて、階段を上る。

カタリ、と目的の人物の部屋から物音がしているのを確認し、最後にお互いの目線を交わすと二人は一気にその部屋に飛び込んだ。

 

突然の乱入に、その部屋にいた人物は悲鳴に近い声を上げた。

 

 

「なんだか、体調が悪い気が――――ひっ!? なっ、なにっ!? 何なの!? お兄ちゃんと桐佳!? な、なんだ……一体どうし」

 

「動くなっ、神妙にしろ燐香!」

「大人しくお縄に付けお姉!!」

 

「え? なんで紐なんて持ってるの? あ、ちょっと、どうしてこっちに――――ひぇ」

 

 

目的の人物、佐取燐香。

その身柄を拘束するために、この仲の良くない兄妹が手を組んだのだ。

 

不仲の筈の兄と妹の突入と言う燐香にとって想像すらしてなかった事態。

目を白黒とさせるばかりだった燐香は碌な反撃も出来ないまま、あっと言う間に自分の兄妹の手によって簀巻きにされた。

四肢には紐を、口には布を、そしてその上から布団のシーツで拘束されミノムシの様になった燐香は、なおも事態が呑み込めずに「むー! むー!?」と悲鳴を上げるしかない。

なお、声なき声が『御母様っー!?』と叫んでいるが、禁則事項に引っ掛かるので彼らの前に正体を現すことは、本当の危機的状況になるまであり得ない。

恐ろしい程に無力である。

 

床でバタバタと暴れる燐香のその姿はまさに、まな板の上の鯉。

この無様な光景を作り出した事で、兄妹の計画の第一段階が無事に完了した。

 

 

「……あれ? なんか、思ったよりも抵抗が……と言うか、既にポンコツな気が……?」

「おい、直ぐに運び出すぞ! 時間を与えたらどんな悪辣な策を講じて来るか分からないからな!」

「あ、う、うん」

「むむー!!??」

 

 

涙目になった燐香の悲痛な悲鳴が響く中、二人は大きなミノムシの両側を持って、部屋から連れ出した。

 

連れ出す先は既に準備されている。

目的地のリビングは、飲み物やお菓子などが用意されており、どう見ても簀巻きにするような相手の為に作ったとは思えない状況だ。

 

リビングのテレビの前に置かれたソファの上に、簀巻きになった燐香を丁寧に座らせた。

そして、状況に困惑し不安そうに周囲を見渡す涙目の燐香を桐佳がしっかりと拘束して、優介が録画映像の再生を開始する。

 

二人の行動に訝し気な表情をした燐香が再生が始まったテレビを眺めれば、最初に映ったのはこんな文字だった。

 

 

『桐佳成長記録~0歳から3歳まで~』

 

「む゛ーーーー!!??」

 

 

自作の、そしてずいぶん昔に取り上げられていたその映像記録のタイトルに、燐香は歓喜の悲鳴を上げた。

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

突然お兄ちゃんと桐佳が部屋に入って来たと思ったら、簀巻きにして運び出された。

自分でも何を言っているか分からないが、事実をありのまま言うとそんな状況だ。

 

これから何をされるのかと戦々恐々としていたのだが、桐佳達が私を運んだ先は家のリビングで、見せられたのは昔私が作った桐佳の成長記録映像だった。

確か前に桐佳に見付かって恥ずかしいからと取り上げられたものなのだが、いったいどういう心境の変化なのだろう。

この映像記録を返してもらえるのかとワクワクしながら、食い入るように鑑賞する。

 

故人である母と桐佳の映像、私が赤ん坊の桐佳と添い寝をする映像、泣き止まない桐佳を私が歌を歌って泣き止ませる映像、初めての寝返りやはいはい歩きや立ち上がった時の映像、それから「おねえちゃんだいすき」と言う映像。

 

全部が全部、最高に可愛らしい。

まだまだ続いている色んな桐佳の成長記録を久しぶりに見て、幸せに満たされた私が簀巻きのまま感動していると、そんな私の顔を覗き込んだ桐佳がほっとした表情を浮かべた。

 

 

「成功したよお兄。お姉の顔がポンコツになった」

「む゛むむむっ!?」(ぽんこつっ!?)

「計算通り、か。何とか間に合ったようで良かった」

「むがむむむむむ!?」(お兄ちゃんの計画なのこれ!?)

「何言ってるか分からないんだけどお姉、ふざけないで」

「むがー!!??」

 

 

とても理不尽な事を言われ、怒りの声を上げる。

いつまでも家族だからって私が反撃しないと思うなよ、と吼え猛るが、テレビに映る幼い桐佳が私に向かって大好きと言うたびに、空気の抜けた風船のように反撃の意思が薄れていく。

 

……卑怯だ、これはあまりに卑怯。

私が桐佳を大好きなのを逆手に取った非道な作戦。

どう見たって邪知悪辣な策を講じているのはお兄ちゃんの方なのだ。

何が現代の魔王だ、鏡を見ろと言ってやりたい。

陰険眼鏡の顔だけ無駄に良い腹黒お兄ちゃんは絶対に一度痛い目に遭わせてやる。

 

 

「むごぉー……!!」

「…………お、おい、なんで俺をロックオンしてるんだ? この状況でお前が怒るべきなのはどう考えても俺じゃないだろ? その恐ろしい目を俺に向け続けるのを辞めろ。ほら、お前の大切な桐佳成長記録だろう? そっちを見て…………きっ、桐佳っ、燐香の頭をテレビ方向に抑えて、しっかりとテレビを見るようにするんだ! このままだと、俺がヤバい!」

「分かった! お姉っ、前を見て!」

「むぎゅぅ……!!」

 

 

私の後ろから抱きしめるようにして固定してきた桐佳の、久方ぶりに感じる体温に、私は自分のお兄ちゃんに向けていた怒りが跡形もなく消えていくのを実感する。

 

こんな……私はこんな簡単に怒りや恨みを忘れるような扱いやすい人間じゃない筈なのに。

これもお兄ちゃんの策略の内だと言うのだろうか?

完全にお兄ちゃんの掌の上で転がされている現状に不満はあるが、最近接し方が分からなくなっていた桐佳と触れ合えている状況だけで考えてみると、そう悪い物ではないのではないかと思えてきてしまう。

 

妙な体の気だるさと欲望と感情のせめぎ合いによって、グルグルと思考が乱れる私の頭の中がある一定に達してショートした。

 

…………どうやら私は自分が思っていたよりもずっと扱いやすい人間だったようだ。

そんな諦めが私の胸に去来する。

 

そうして私は、一切の抵抗を辞めることにした。

もう……煮るなり焼くなり好きにすればいい。

 

 

「……むぐ、むむむ……」(……もう、いいや……)

「よしっ! 完全に力の抜けた状態になったぞ! 俺へのロックオンも外れた! 計画は成功だ桐佳! よくやった!」

「…………お兄、なんだかお姉の体が熱い気がするんだけど。と言うか、いつもより抵抗が弱いし。これってもしかして……体調が悪いんじゃ……?」

「え?」

 

 

ボンヤリとした意識の外から桐佳のそんな声が聞こえてくる。

桐佳の戸惑う様な言葉に呆気にとられたお兄ちゃんは、ゆっくりと私に近付いてきて私の額に手を触れた。

 

額に触れたお兄ちゃんの手は、冷たくて気持ちがいい。

一方で、お兄ちゃんは顔からスーと血の気を引かせていく。

 

 

「……え? 燐香お前、体調が……?」

「ちゅ、中止! 計画は中止! 私、風邪薬持ってくる!」

 

 

桐佳が慌ててリビングから飛び出していく。

薬の場所とか知らない桐佳が慌てて行ったところで、どうせすぐには持って来れないだろうから、あんなに走らなくていいのにと思う。

ソファで簀巻きになっている私が倒れないようにお兄ちゃんが私の両脇を支えてくれる。

それから、私の口を塞いでいた布を取ると、体調不良が嘘ではないのかと疑う視線を向けて来た。

 

 

「本当に体調悪いのか? 俺の、感覚を誤認させたりなんかは……」

「家族には、そんなことしないもん……」

「…………悪い、変なことを言ったな」

 

 

お兄ちゃんの失礼な疑惑にそう返答すれば、小さな声で謝罪された。

別に、確かに私の異能は抵抗手段を持ち得ないから、そういう疑いを向けられるのは普通なのだ。

“精神干渉”なんて異能に良い感情を持たれないことは分かっていたから、こうして今まで、ずっと家族にも言わず隠してきたのだ。

今更そんな疑惑を向けられた程度で、傷付く様な精神はしていない。

 

けほっ、と小さな咳をしている私に、困ったような顔をしたお兄ちゃんが事情を説明してくれる。

 

 

「桐佳がな、俺に相談して来たんだよ。お姉ちゃんが昔みたいになってるって。どうすれば良いか分からないってさ。俺もここ最近お前が何かしているのは分かっていたから、どうにかしてお前の精神状態に余裕を持たせてやりたいと思っていたから、今日はこんな強硬手段を取ったんだ」

 

 

そんな説明をして、お兄ちゃんは私に聞いてくる。

 

 

「……もう、やらないといけない事は終わったのか?」

「こほっ……終わったよ。あのスライム人間関係は取り敢えず、しばらくは落ち着けると思う」

「そうか。うん、安心したよ。頑張ったんだな燐香」

「……頑張ったと言えるかは微妙だよ。私はあくまで、私の為だけに動いてた。私は結局、自分の異能がバレる危険を冒して誰かを助けた訳でも無い。効率を無視して、出てくるだろう犠牲も見越した上で、私は自分自身を選んで事を運んだんだ」

 

 

体調が思わしくないせいか、普段は言わないような弱音に近い事を言ってしまった私にお兄ちゃんは表情をしかめて否定する。

 

 

「馬鹿なことを言うな燐香。自分の事情全てを犠牲にしてでも他人を助けろなんて、そんな事言う奴がいたらそいつは絶対にお前の味方にならない奴だ。お前は立派にやったんだ。お前に助けられた俺が、そう断言するさ。少なくともお前はお前以外がやれないことをやってのけた。それにな、色々あっただろうがお前が無事でいてくれて……その、俺は嬉しい」

 

 

そんな事を言って恥ずかしくなったのか、顔を赤くしたお兄ちゃんが私の視線から逃げる様に顔をそむけた。

 

あの、陰険眼鏡であるお兄ちゃんの思わぬ反応に、私は少し呆けてしまう。

そして、「お前が自分の身を隠すのは……俺らの為でもあるって分かってるから……」と呟いたお兄ちゃんに、思わず自分の体調不良も、自分の簀巻きの状態も忘れて、身を乗り出そうとしてしまった。

 

 

「お兄ちゃ……ぐぇ!?」

「ばっ、何やってるんだ!?」

 

 

ソファの上でバランスを崩した私の襟首をお兄ちゃんが慌てて引っ掴んで、思いっきり首が締まった。

情けない声を漏らしながら何とか普通の体勢に戻ろうとバタバタしている私を見て、お兄ちゃんは深い溜息を吐いた。

 

 

「燐香……なんだか、最近急にお前の事が分かってきた気がするよ」

「げほげほっ! え? 今の一連の流れで私の何が分かるの?」

 

 

私の疑問に対して答えず、適当な笑いを返したお兄ちゃん。

お兄ちゃんの発言に色々な疑問はあるが、まあ、特に深く聞く必要は無いだろう。

それからお兄ちゃんは「ならもう燐香のその状態も取ってやらないとな」と言って、結び目を解こうとしながら私に聞く。

 

 

「その、結局スライム人間関係の黒幕って……」

「えっと、最近『泥鷹』とか言うテロ組織に狙われたってニュースにもなってた神薙隆一郎だよ。ほらあの医者で凄い有名な人」

「はあ!? あの神薙隆一郎が黒幕だったのか!? いやっ、確かに俺のマイナーな論文にまで目を通すなんてそういう関係の人か、よほどの暇人かと思っていたが……そんな大物が俺の論文を見て、核心を突いてると危険視したのか……なるほど」

 

 

なんだかちょっぴり嬉しそうにお兄ちゃんは頷いている。

 

 

「けほっ? お兄ちゃん何だか喜んでない? 自分の命が危険に晒されたのに、それ以上に凄い人に評価されたのが嬉しいとか思ってない?」

「そ、そそそ、そんなことないぞ!? 俺だけならまだしも燐香も危ない目に遭わされたからな! そんな異常な喜び方なんてしてないぞ!?」

「いや、そこまで言うと逆に肯定してるようなものだと思うんだけど……まあ、お兄ちゃんの論文は誰にも理解されなかったみたいだしね。ちょっと喜んでたって、別に私はどうこう思わないよ」

「う……ぐ……そ、それよりも、中々解けないな。もうちょっと待ってくれ」

 

 

そんな風に言葉に詰まったお兄ちゃんを見て、私がにやーと笑みを浮かべれば、凄い嫌そうな顔を返される。

このままでは私から何かしらのからかいを受けると思ったのだろう、お兄ちゃんは私が何かを言わないように無理に言葉を続けようとする。

 

 

「それは別に良いんだ! その話はもう置いておいてだな……! 燐香、お前、なんでここ最近の態度が豹変してたんだ? 桐佳が昔みたいになってるって泣きそうだったから、リラックス効果を期待してこんな作戦を立てたけど……そもそも俺、昔のお前がポンコツになってる経緯知らないんだよ。今はポンコツに戻ってるみたいだし……何をどうしたら昔の性格に近くなるんだ?」

「そ、そんなのっ、態度についてなんて聞かれても、私としては別に分けてるつもりないし……お腹空いたときにイライラした態度を表に出しちゃう人いるでしょ? 多分あんな感じだと思う」

「常にお腹が空いてたのか……」

「ものの例えだよ馬鹿お兄ちゃん!!」

「なっ!? 前の燐香ならともかく、今のお前に馬鹿とは言われたくない!」

「いーや馬鹿だね! ちょっと前にいつもの店に買い物しに行ったら、レジの人が佐取家は最近ほわほわしてるねって言ってきたもん! 遠回しに家全体が馬鹿になってるって言われたみたいなものだよ!? それ、お兄ちゃんが帰って来てからのことだもんね! 佐取家の名誉に関わる事なんだからね!」

「絶対お前の事だぞそれ!? それより体調悪いんだから興奮するな!」

 

「馬鹿お兄! 風邪薬何処にあるか知らない!?」

「……台所の棚の上」

「台所の棚の上にあるらしいぞ!」

 

 

バタバタと忙しなく桐佳が動き回る音がする。

普段家事とか手伝ってくれないからこういうことになるんだと思うが、これに懲りて家の事を少しはやってもらえるかもと淡い期待もしてしまう。

最近我が家に住み始めた由美さんの方が、桐佳よりも家の物の場所について詳しい気がする。

 

聞きたいことを聞き終えたのか、お兄ちゃんは微笑みを溢し「なんにせよ」と言った。

こういう切り替えが出来るようになったのは、お兄ちゃんが一人暮らしで成長した証なのだろう。

 

 

「燐香がやりたかったことが終わったのなら、これからはもう少し桐佳と一緒に居てやれ。一時は病院に入院もしたんだろ? アイツ、本当に泣きそうだったんだからな。今年は受験で大変なんだから、せめて精神面だけでもこっちで整えてやらないと」

「うん……そうだね。ごめんね、心配掛けて」

「それ、桐佳にも言うんだぞ」

 

 

私とお兄ちゃんのそんな会話は、桐佳が風邪薬を持ってきたことで終わりを迎えた。

その後すぐお父さん達が帰って来て、私の状況に動揺する一幕もあったが、しっちゃかめっちゃかするその光景は私が焦がれていた家族の平穏そのものだ。

 

これからは危険な犯罪事件に関わることも無く、自分のこの異能を必要以上に使うことも無く、平穏に過ごせるかもと思うだけで、私は自分の体調不良も忘れるくらい嬉しくなる。

 

ソファに横になりながら、私はぼんやりと家族の様子を眺める。

疎遠になっていたお兄ちゃんも、仕事三昧だったお父さんも、ギクシャクしていた桐佳とも、それから新しく住むようになった遊里さん達も、一緒に穏やかに過ごしていける筈だ。

 

(これからはきっと何気ない毎日を……)

 

なんて事を熱に浮かされた頭で考えながら、安心し切った私の意識はゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 


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