非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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巨大な波紋

 

 

 

 

日本のとある医師の犯罪容疑が表に出た時、激震が走ったのは日本だけでは無かった。

全世界、多くの国がその事実を認識し、真偽を確かめようとした結果あらゆる情報が錯綜する事態となる。

 

たった一人の犯罪容疑が各国の様々な部分に大きな余波をもたらしたのだ。

 

それもそうだろう。

“医神”神薙隆一郎は世界的に見ても比肩する者の無い、最高の医者である。

『治療の目途が立たないなら神薙に、神薙が治療できないならそれは病でない』、なんて言った医者がいるなんて言われるほど、彼の医療技術は飛び抜けている。

彼が残した数々の偉業はその方面への知識がなくとも一つは知っている人が大多数。

その人間性はよく知られているし、彼を心から信頼する者なんて世界中に数多くいる。

 

だからこそ、この件は世界に大きな混乱をもたらした。

 

『“医神”神薙隆一郎に殺人容疑!?』

 

そんな見出しが各社報道によって日本全国に伝わったのは、廃倉庫の一件から数日後の事だ。

数日前から週刊誌やネットニュース、SNSで噂程度に流れていた情報を確定させたその報道は大きく世間を揺るがし、そして政府や警察を混乱の渦に巻き込んだ。

真偽を確かめる問い合わせが諸外国からも殺到し、行政各所がパンクする事態となった事で、特例措置として政府高官による公式会見が執り行われた。

 

曰く、神薙隆一郎が刑事事件の被疑者となっているのは事実である。

 

行われた公式会見で認められたのはその事実認定のみだったが、それでも事態は大きく動くきっかけとなった。

 

数日前に姿を消した多くの権力者や著名人が実はもう何年も前に亡くなっており、その死体の発見は不可能。

動機も直接的な恨みによるものは何もなく、凶器も異能と言う最近囁かれ始めた非科学的なものと来た。

犯行日時の確定も、状況証拠も、凶器も何も無い。

善人で有名な、ましてや世界中に恩を感じている者が多くいる神薙隆一郎の、想像もされなかったそんな疑いに、何かの間違いだと声を上げた者が殆どだった。

 

不治の病や身体的な障害を治療してもらった人達。

革新的な医療の新技術が無償提供されたことで救われた多くの命とその家族。

彼が設立した基金で救われた者達は、世界中に多くいた。

 

神薙隆一郎に掛けられた冤罪を晴らそうと、立ち上がった人は数知れず。

その騒動が前代未聞の大規模なデモにまで発展しようとした事から、この件の容疑を取り消そうと日本政府の各所が動き出した。

その意思に、容疑の真偽など関係なかったのだ。

 

事態の早急な解決を図るために可能な限り早められた刑事裁判の開廷。

早々に行われた地方裁判の判事を任せられたのは、政府の官僚と繋がりのあった裁判官で、同様に罪を問う検事も上層部から特別指名のあった者。

 

それはもはや、無罪判決が出るのが既定路線の裁判だったのだ。

 

――――だが。

 

 

「証拠不十分……? 君は異能と言う非科学的なものは、裁けないと言うのかね?」

 

 

一審法廷でのことだ。

下された判決にそう反応したのは、他ならぬ神薙だった。

既定路線通りに進み、全ての判決を終える筈のその場で、ずっと俯き黙っていた神薙隆一郎が裁判官をゆっくりと見上げたのだ。

裁判官としては年若かった男性が突然の事態に驚きを隠せなくなり、裁判が既定通りに進むと思っていた者達も驚愕した。

 

あれだけ穏やかで朗らかな姿しか見せなかった老人が、言い知れぬ圧を放ち、ほの暗い笑みを浮かべている。

 

 

「……そもそも、異能が疑われている人物に対する法廷で、碌な拘束も無く異能対策部署の者をこの場に配置していないだけで、この国の異能に対する姿勢が窺える。あれだけ飛禅飛鳥さんが広報していて、私の病院が異能を有するテロリスト達の被害に遭ったと言うのに……真面目に取り合うつもりも無い、旧態依然とした思考を維持する者達」

 

 

水を打ったように静まり返る中、豹変し妄執を語る老人の姿は一種の恐ろしさを有している。

だが同時に、数多の命を扱った末の一つの答えを語る“医神”の姿は、人の視線を釘付けにするだけの力があった。

 

誰かが唾を呑み込む音が響く。

 

 

「法律は異能による犯罪を想定していない。異能を証明することは困難。異能による犯罪の因果関係を証明できない。だから人が、どれだけ異能を行使して、人を殺めたとしても、罪には問えないと、君は言うんだね?」

「ひ、被告は口を慎みなさい」

「口を慎め? ……ああ、まったく、嫌になる。私の一番嫌いな、利益の為なら弱者を踏みにじる巨大権力が目の前にある事も、それに私自身が助けられようとしている事も、心底嫌になる。心底、忌々しい……」

 

 

笑みが消えた。

ゾッとするほど恐ろしい眼光で裁判官を、そして周囲にいる弁護士や警察官、傍聴席の者達を睥睨する。

その圧倒的な雰囲気に呑まれ、傍聴席の誰かが席から転げ落ち、担当していた弁護士が腰を抜かして尻もちをついた。

 

異能の出力を感じ取れない筈の者達が、神薙から湧き上がる不可視の圧力に恐れ戦き身動きが取れなくなる。

 

 

「私が手に掛けた者達がいる。直接的、間接的問わず、私が多くの者の命を奪ったのは間違いない事実だ。それは、彼らが欲望に駆られた害悪だったからだ。害虫にも劣る、知性を持った他者を省みない者達。誰も裁かないそれらを、私自身が手に掛けた事に、私は今なお後悔などしていない。私が犯したこの罪は、私はこの、罪を裁量すると嘯く場においてでも間違いではなかったと断言しよう。彼らの一人でも生きていれば、もっと別の誰かが不幸になるのは目に見えていたからだ」

 

 

もはや独壇場と化した裁判所の中心。

呼吸すら忘れた人々が注目する中で、神薙は自分の罪を隠すことも無く、また、自分の長年積み重ねて来た怒りを解放するように、彼は演説染みた言葉を続ける。

 

 

「誰一人の命も救ったことの無い人間が、何故他者の命を軽く扱う? 他者の人生を台無しにする行為を、何故満たされた生活をする者が行う? 法が正義だとのたまう連中は、弱者が踏み躙られるのを容認する事もまた、正義だと嘯くのか?」

 

 

圧倒された者達が何も言えない中、神薙はその年老いた皺だらけの手を天井の光に翳した。

多くの者を救い、同時に多くの者を殺め、そして多くの命を取りこぼしてきた手だ。

 

世の不条理を正す、あるいはこれから起きるであろう悲劇を防ぐための措置。

これまで何の疑いも無く自分の行いは必要なものだと信じて来た。

二律背反に近い状況で、異能が自分の手に余るものだと理解しながらも、盲目的に自分の行いを正当化していた。

 

だが、もうそれは出来ない。

歩み続けて来た自分の道のりが、理想としていたものとは程遠い、血に塗れたものになってしまったのだと気が付いて、足を止めるしかなくなってしまった。

 

思い出してしまったのだ。

昔の、自分の医師としての形が出来上がった、あの村の事を。

遠くを見ることに囚われて、いつの間にか自分の足元も見られなくなっていた自分の事を理解した。

ただ生きたいと願う人がいることも、ただ生きて欲しいと願う誰かがいることも、そんな彼らを自分が奪っていることを。

神薙は遠い昔に忘れたことを、何故だか今になって鮮明に思い出してしまったのだ。

 

ゆえに……だからこそ、神薙は自分が無実として処理されるのがどうしても許せない。

 

 

「……違う。法はあくまで正義を目指すものであり、法そのものは完成された正義ではない。『権利の上で眠る者』と法すら知らない弱者を切り捨てる現存の法は、あまりに血の通わない錆びついた正義だ。裁判官の君、本当に私が異能で人を殺していたとして、それは正義だと思うかい? 世に許容されるべき事象だと、裁定する立場を懸けてでも言えるのかい?」

「……神薙先生、これ以上何も言わないでください」

「法に規定されていないからなんて理由で、罪から逃れるのは間違っているんだ。異能と言う新たな人間の機能が明るみに出たなら、法にもメスを入れる必要がある。錆びつかないように、今を生きる人間の智を加える必要がある。法の制定時に想定されてもいない事象の存在を君達が認めないと言うのなら」

 

 

そこまで言って、神薙は伸ばしていた手を強く握り込むと神薙は目前にある木製の台に向けて拳を振り落とす。

 

激震。

老人の枯れ腕などものともしない筈のそれが、巨人化した神薙の腕に床ごと陥没された。

破壊された台と石の床が砕け散り、巨大な揺れに周りにいた人達が悲鳴を上げる。

 

それから、神薙は深い溜息を吐いた。

 

 

「これが異能。これが異能の力だよ。これがあれば、非力な老人の身であろうと、この場にいる全員を殺めるのも、この場から逃げ出すのも難しくはない」

 

 

異能の力について半信半疑だった者達が目の前で起きた事態を愕然と眺め、神薙の言葉に表情を引き攣らせる。

だが、神薙の表情は穏やかなものに戻っていた。

 

 

「……私が殺めて来た多くの者に対して、私は後悔も反省もしない。これが、私の信じたものだからだ。だが……その過程で、傷付けるべきでなかった者達も傷付けたのは確かだ。子供が涙を流す光景を、私は作りたかった訳じゃ無かったんだ。だから、間違った私は裁かれるべきだ。正当にね」

「……」

「錆びついたのは私の考えもだった。つまらない話だ。もういいだろう? どうせこの場では判決なんて下せない」

 

 

――――そんな、既定路線であった初公判が終わった。

 

この話に多くの者が衝撃を受け、これまでとは比にならないくらい多くの者が異能と言う超常の存在を認知した。

およそ百万人に一人と言う割合で開花する力。

身近にない超常的な力の出現に沸き立つものの、それと同様に、あの聖人と言って差し支えない神薙隆一郎自身が人殺しの罪を認めた事で、世界を揺らす大事件として世に轟いたのだ。

 

これが、世界で初めて正式に認知された異能犯罪。

『[異能犯罪]著名人等計画的連続殺人事件』と呼ばれていく事件の終わりであった。

 

後に、神薙隆一郎、及び和泉雅の両名は無期懲役の刑に処されるとともに、異能と言う未知の事象の解明のための研究に対して協力を強制される。

 

奇しくも、先進国の中で最も異能への対応に遅れていた日本で起きた、世界初となる正式な異能犯罪への判決となったのだ。

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

国際刑事警察機構の本部。

ようやく落ち着きを取り戻した筈だったその場所で、ヘレナは慌ただしく駆け回る職員達の足音を聞きつつ、穏やかに紅茶を嗜んでいた。

昔の写真を眺め、そこに映る若き日の神薙の姿を見ながら、温かな紅茶に口を付ける。

 

そして、少しだけ視線を伏せてから、物憂げに窓の外に視線をやった。

 

 

『……だから言ったんだ、視界に入らない悲劇は諦めろってさ。悲劇を産まないためにって自分が悲劇を起こしてちゃ世話無いんだよ、馬鹿』

 

 

少しだけ寂しげにそんなことを言ったヘレナ。

彼らが所属するICPOの立場だけ言えば、日本国内で起きた犯罪と言えど、異能が関わり、世界的な影響のある事件に対しては少なからず干渉する必要がある。

それは、異能と言う公になり始めたばかりのごく少数が持つ人間の機能の扱いを、一国家が独断で行ったと言う前例を作らせないためだ。

だから、その事件の犯人がどれだけ親しい相手だったとしても、どれだけ近しい血縁だったとしても、異能に対処できる人間が少ない今の世の中では、ICPOの対異能部署に所属する者は例外的に干渉しないと言うことは出来ないのだ。

 

正面の机で勉強をしていたレムリアが心配そうに見上げて問い掛ける。

 

 

『……ヘレナお婆さん、悲しいの?』

『んなこたないよ。ただまあ、昔馴染みが馬鹿なことをやったと聞いて、思うことがあるだけさ。友人でも無い顔見知り程度の関係だけどさ、ぶっ叩いて話でも聞きに行けば良かったんだろうね』

『大丈夫?』

『はっ、私が何年生きてると思ってるんだいレムリア。この程度の話なら掃いて捨てるほど経験してる。だいたい、元々アイツは視野が狭いところがあったし、潔癖なところも多かった。いつか大々的なテロの首謀者でもやるんじゃないかと思ってたから、まあ、思っていたよりも小さなことだったと言うのが正直な感想だね』

『そっか……神薙先生、優しい人だったんだけどな』

『優しい人の反対は犯罪者じゃないんだよ。その逆もまたしかり、だがね』

 

 

そう言ってヘレナは慌ただしく駆け回る事務担当の職員達に視線をやり、目を細める。

彼らがどういう意図を持った指示を受けているのかを観察して、ため息混じりに紅茶を啜る。

 

 

『ふん……誰にやられたかは考えるまでも無いね。さて、どうするか』

『どうするって……選択肢があるの?』

『あの若造の技術は本物だからね。どの国だって喉から手が出るほど欲しがるよ。それに奴が異能の出力を他人に感じ取らせない技術を持っているのも大きい。積極的にどうこうしようと言う考えは無いけど、悪意を持った連中の手に渡ると厄介。それこそ、『泥鷹』連中を追い詰めたあの組織なんかの手に渡るとね』

『え、と……じゃ、じゃあ、どうするの?』

『……いくつか候補はあるけど、どれも気が進まないね。でもまあ、そもそも異能犯罪を立証できたと言うのが妙だね。犯人が積極的に自分の異能を晒しでもしない限り、あの国が異能犯罪に対処できるとは思えない。本当に情報通り、自ら罪を告白した、と言うなら他国からの救助の手も取らないだろうからこの心配も杞憂……どちらにしても情報が断片的過ぎる。判断するにはまるで足りない。手も空いたし、直接日本に向かうべきかね……』

 

 

眉間を揉みながらそう呟いたヘレナに、それまでしょんぼりと気を落としていたレムリアが勢いよく顔を上げた。

目をキラキラとさせて、期待が隠し切れない様子で問い掛けてくる。

 

 

『日本!? 僕も行っていい!?』

『……えらい食い付きだね、誰か会いたい人でもいるのかい? とは言っても、その可能性もあると考えただけだからね。まだ行くと決まった訳じゃ無いし、何なら普通の観光婆として行こうと思っていたから、先日の件で顔が知られてるだろうレムリアを連れて行くのはねぇ……』

『えー!?』

『なんだい珍しく嫌そうな声を上げるじゃないか? 何かあるのかい?』

 

 

珍しく不満の声を漏らすレムリアに片眉を上げたヘレナが、何かを思いついたのか魔女のような悪い笑みを浮かべた後、手元に届いた情報に目を通した。

神薙隆一郎の容疑の一覧と、彼に付き従っていた看護師、和泉雅についての資料に改めて目を通したヘレナはわざとらしく小さく唸る。

 

 

『これだけの大物になると、日本政府も引き渡しには応じないだろうね。奴の意思確認は必要だから、直接会う必要があるのは確定。まったく顔も名前も知らない奴が来たとしてもアイツは取り合いもしないだろう。ちょっとした顔見知りで、なおかつ子供とかだとアイツも優しかったりする可能性があるかもね』

『ぼ、僕、神薙先生と少し喋ったよ! それに子供! 最近力加減の調整とか頑張って勉強してるし、この前は凄い活躍したよ! ロランも言ってたでしょ!?』

『ロランからはきちんと報告は受けたとも。また地形変えたそうじゃないか。大きな亀裂の走った公道とか、未だに埋め立てできてない大穴とか残ってるらしいけどね?』

『あぐうぅぅ』

 

 

からかい混じりのヘレナに、レムリアは表情を歪めて俯いた。

ニタニタと性悪の魔女のような表情を浮かべるヘレナだが、レムリアを保護しこれまで育てて来た立場として、彼が珍しく積極的に興味を持っている事は後押ししてやりたいと思っている。

この程度の事でレムリアの希望を邪魔しようなんてヘレナの頭にはそもそも無いのだ。

 

ここら辺でからかうのは止めようかとヘレナが思った時、されるがままだったレムリアがぼそりと呟いた。

 

 

『……グウェンの時のヘレナお婆さん。確保は任せなって言ってたのに、結局謹慎みたいな扱いで配置されてた僕のところに逃走を許したもんねー……僕、意外とピンチだったもんねー……』

『い、言うようになったじゃないか……』

『グウェンの異能の詳細が分かり始めて、改めてあの時の僕の状態がいかに危険だったのか再確認できたんだよねー……歩くこともままならなくなってた僕が生き残れたのってある意味奇跡だった気がするんだけどなー……』

『分かった分かった! ちゃんと連れて行くよ! 自分の不手際は分かっているからっ、それ以上突くんじゃないよ! まったく……ちょっと前までは素直な子だったのに、いつからこんな嫌味を言うようになっちまったんだい……?』

『わーい!』

 

 

色々と慌ただしくて個人的にレムリアに日本での出来事を聞けていなかったが、これほどレムリアに興味を持たせるものが日本にあるのかと、遠い昔あの国に訪れた時の事を思い出した。

とは言え、訪れた時からはそれなりの年月を経ているのだから文化も風景も違っているのだろう。

現在のあの国の文化には子供に好まれそうなものも多いと聞くから、候補には事欠かない。

 

 

(ま、勉強や異能の訓練、あるいは事件等の解決ばかりでは疲れちまうからね。趣味の一つでも持ってくれれば……)

 

 

なんて、ヘレナは実の親でも無いのに、無邪気に喜ぶレムリアを見ながらそんな風に考えた。

 

 

 

 

‐2‐

 

 

 

 

書斎のような場所に置かれた場違いなベッドの上で、まだ歩けるほども回復していない一人の男がもたらされた情報に目を剥いた。

 

男にとってそれはあり得ない情報だった。

世界に出て、様々な異能を見る機会があって、総合的に判断した結果、これだけは無いだろうと思っていた事態。

過小評価も、過大評価もしていたつもりは無い。

それだけその情報は男の想像を越えていたのだ。

 

だから男は、自分にその情報を与えた人物に疑いの目を向ける。

 

 

『神薙先生が逮捕された……? はぁ? そんな訳ないだろ? あのサイコパス女が傍にいて、あれだけの地位や名誉を持っている人が……僕を騙そうと適当なことを言っているんだろ?』

『もはや異能の力も残りかすしか持たない君を騙したところで、私に何の得があると言うのかな』

『それは……僕の反応を見て楽しむとか……』

『私はそんな趣味をしていない。もし本心からの言葉なら甚だ不本意なんだが?』

 

 

病的なほど白色の肌をした若めの男が、否定した老人に対して未だに疑いの眼差しを向けている。

一方で、老人は興味深そうに入院服のようなものを着て、気だるげながらこの情報に対して今までに無いくらい反応して言うる白い男を観察していた。

 

 

『しかし、君の口から終ぞ神薙隆一郎が異能を持っていると言う話が聞けなかったのには非常に驚かされたよ。君にも人並みに恩義を感じる精神があったとはね』

『……ふん。あの人は別だ。あの人に僕は病を治療してもらっただけでなく、異能と言う才能も教えてもらえたからね。僕だってあの人に対してだけは最低限の配慮をするさ。だけど、何を企んで僕を回収したのかは知らないけど、アンタにはこれっぽっちも恩を感じていないから変な期待はしない事だね』

『ははは、だから意外だと言っているだろう。君からの恩返しなど少しも期待していないさ白崎天満君』

『……チッ』

 

 

“白き神”として世界を混乱に陥れた男、白崎天満。

彼は世界中の洗脳した手駒と自身の異能、並びにその精神を破壊されたものの、この老人に救出され、大きな悪事に手を染めたにも関わらず拘束されることもなくこの場で治療を受けていた。

 

当初は意思疎通もままならない程破壊された精神も、今はこの老人による特殊な治療を受け、受け答えが出来るまでに回復出来ている。

しかし、そんな自分の回復具合等喜びもせず、読心すらまともに出来なくなった自分の異能の崩壊具合と、何を目的としているのか分からない『UNN』の頂点に立つ目の前の老人に苛立ち、白崎天満は激しく顔を顰めていた。

 

今、白崎天満が考えるのはある一人の人物だ。

他人の異能の破壊と同時に、精神さえ損傷させる異常な技術。

改めて自分が対峙した存在の恐ろしさを改めて再確認し、白崎はその事実を思い出し歯噛みする。

 

 

「……あの場にいたのがやっぱり“顔の無い巨人”だったんだ……神薙先生もアイツに追い詰められたんだ! 糞っ、アイツっ……! それになんだこれっ! 思い出そうとしてもモヤが掛かったように姿形が……自分を起点にした認識阻害か? それとも精神干渉の応用か? 僕の異能の技術が劣っているとでもっ? 舐めやがって……!!」

 

『…………ほとんど廃人同然だったと言うのに……流石に相性が良いのか』

『……何か言ったか?』

『いいや。それよりも、君が遭遇した“顔の無い巨人”について分かることがあれば教えて欲しいんだが、どうだろう?』

『結局それが聞きたかったんだろ!? 姿形を思い出せないように細工してやがったよ!』

 

 

苛立ちを露わにしている白崎の姿を見ながら、貰った返答を吟味した老人は碌な情報でも無かったのに何故だか嬉しそうに頷いた。

 

 

『尻尾を掴ませないか。それでこそだ』

『……チッ、悪い情報なのになんで嬉しそうなんだ。それで、大して情報も持ってない僕を今後どうするつもりだよ。放逐してくれるなら、ほとぼりが冷めた辺りで神薙先生とあのサイコパス女の救出でもするつもりだけど』

『悪い事は言わない、それは止めておきなさい。国を跨いだ異能で彼に遭遇した君ですら廃人状態だったんだ。同じ国で、直接遭遇しただろう彼らが無事だとは到底思えない。動くとしても……そうだね、“医神”の技術を欲した馬鹿な者達が動いた後、その状況を見てからの方が幾分か良いだろう』

『アドバイスのつもりか?』

『少なからず私の情報を持っている君が、彼の手に落ちた時の不利益が看過できないだけだ』

 

 

苛立ち混じりに口をへの字に曲げた白崎が睨むように老人を見て、鼻を鳴らした。

 

 

『ふん、同業他社の『泥鷹』を潰せて機嫌でも良いのか? 僕に親切しても何も帰ってこないと言っているのに』

『君自体には何も期待していないさ、この言葉に嘘はない。それに、『泥鷹』は潰れるべくして潰れただけだ。私が介入したからだなんて考えてはいない。ただ……計画の次の段階を実行する上で彼らが邪魔だったのはその通り。シナリオ通り潰れてくれたのは非常に助かった。まあ、もう少しICPOの戦力を削ってくれると思っていたから、その部分では期待外れだったがね』

『単体では世界最強とか呼ばれてたグウェン・ヴィンランドを、被害も無く破滅させた奴がよくもまあ……』

『ああ。碌に異能に対する見識も無い自称専門家が付けた称号の事かね? アレが世界最強であれば、あの放浪の女史……ああ、今はICPOに所属しているのだった。私はヘレナ・グラスフィールドの異能の方がよっぽど理不尽だと思うよ』

『……やっぱり有名なのか、あの婆』

『しかし常々思うんだが、単体と単体でぶつかり合う等を想定する方がどうかしている。昔の横暴が許された時代では無いんだ。この現代社会で後先考えず異能を振るう人間は、それがどれだけ強力な異能を有していたとしても脅威には成り得ない。私としては、君の異能の方がこの現代社会においては恐ろしかったよ』

 

 

『もっとも、今は見る影もないものになってしまったがね』とそれだけ言って、老人は白崎に背を向けた。

本当に情報を伝えるためだけに自分の所に来たのかと驚き、去っていく老人の背中に目を見開いた白崎が慌てて問い掛ける。

 

 

『あ、アンタはどうするつもりなんだ!?』

『どう、とは?』

『『泥鷹』が潰れて異能技術及び人材は独占したも同然。僕もこの有り様。神薙先生の逮捕で世界が混乱していて、アンタが動きやすいのが確かな状況だ。僕をこうして匿っているのも意味が分からないけど、それよりも……もう既に、異能を使ってどうこうするまでも無く、世界の経済はアンタが牛耳ってるようなものだろう? それって世界を支配しているようなものだろう? ここから次の計画段階って……アンタの目的は一体何なんだよ。訳が分からない……』

『分からない、か。そうか。それならきっと君には理解できない事だよ』

 

 

白崎の問いをそんな風に軽くあしらった老人が部屋の出入り口の扉を開き、何かを思いついたのか、ふと白崎へと振り返った。

眉間に皺を寄せ理解できないものを見るような目で己を見る白崎に、自分には何の利も無い、ただ己の好奇心に従った問い掛けを行う。

 

 

『――――現在確認出来る最古の異能は何だと思う?』

『……は?』

 

 

そんな質問だけを残し、老人は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

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