非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか? 作:色付きカルテ
新学期が始まった。
私の学校は勉学にかなり力を入れているため、休み明け早々の気も休まらない内に一学期の復習テストが控えている。
そんな事情があるため、始業式からピリピリとしている人や寝不足気味な人がそこら中にいて、ぶつぶつと暗記したワードが呟かれるのも色んな方向から聞こえてきたりするのだ。
それだけで軽いホラーだ。
だがその上、始業式の校長挨拶も、世間を騒がせている異能関係の話もそこそこに勉強を促す事ばかりで、さらには夏休み中勉強をしなかった人達を差が出来たと焦らせるよう強調しているのだ。
はっきり言ってゾッとする。
中学時代の同級生と一緒の学校になりたくなくてここを選んだが、実際こういう状況を見ると始まったばかりの自分の高校生活が不安になる。
確かに勉強は大切だと思うけど、もう少しこう……言い方とか優先順位とかがあると思うのだ。
閑話休題。
そんなこんなで私の学校生活が再び始まった訳だが、学校が始まるとなると、私には気にしなければならないことが一つある。
(…………袖子さん見当たらないな。安心できないし、逆に不安になると言うか)
それは、現在進行形で疎遠となっている友人、山峰袖子さんとの事だ。
明確に喧嘩別れした訳でないし、連絡手段を絶った訳でも無い。
だが、あの昇進祝いの場以降の夏休み期間、どちらからも連絡を取らなかったのは事実だ。
お父さんの昇進祝いの場で、古くから家族付き合いのあった人に疑いを向けた私の立場としては、事情があったとはいえ、疑いが確定できなかった以上縁を切られても文句は言えない話ではある。
……それは別に良い。
袖子さんとの友人関係なんて、私の想定外も想定外、ただ一方的に好意を向けられていただけの関係なのだ。
そもそも友人関係なんてお互いにお互いを尊重しなければ成立し続ける事なんてできないもの。
歪だった私達の友人関係がこんな形で幕を下ろしたのは少しだけ思う所はあるが……うん、まあ、私は袖子さんのお父さんを助けての結果なら別に良いかと納得している。
ただ、顔を合わせ辛いのに変わりはない。
(……うん、今度は普通の素朴な感じの子が友達に欲しいかな。あ、そう言えば友達になりたいランキング単独トップの舘林さんはギャル達のグループから離れていたりなんて)
そんな薄情な事を考えながら、私は久しぶりに教室の自分の席に着く。
再会を喜ぶ話し声が周りから小さく聞こえてくる。
その中にはギャル子さん達も混じっていて、チャラチャラとした休みの間の出来事を自慢混じりに話しているギャル子さんの話を、舘林さんともう一人のギャル友達は話についていけないというような微妙な笑顔で聞いていた。
何と言うか……舘林さんが孤立していると言うよりも、ギャル子さんが浮いてるような不思議な光景だ。
私の視線に気が付かれそうなのを察知して、先にそっと目を逸らした。
(舘林さんもうまくやってる。私が入れる余地は少ないし、そもそもあのギャル子さんとの相性が悪すぎる……こうなったら、キモカワについての理解を深めて他の人達の仲間内に入れるように……)
そんな苦し紛れの策を考慮しつつ私がぼんやりと前方の黒板に視線をやっていれば、ふと見覚えのない人が目の前を横切ったのに気が付いた。
「……へ?」
気が付けばその人物の登場で教室が静寂に包まれている。
久しぶりに会った友人達との会話を純粋に楽しんでいたクラスメイト達が、会話も忘れてその人物を視線で追っていた。
サラリとなびく黒髪。
化粧気のない柔らかそうな肌に、いっそ美しささえ滲み出る切れ目と黒曜石を思わせる瞳。
横顔からさえ分かる、現代の大和撫子と評するのがぴったりに思える和風美人さん。
始めて見るその人物の登場に、私は「凄い美人な転校生だ……」なんて呆然とする。
そして、動作まで美しいその人は私の隣の席に優雅に腰を下ろした。
一学期は袖子さんの席だったその場所に、正体不明の和風美人が座っている。
「……え?」
チラリ、と。
正体不明の和風美人さんが様子を窺うように私を見た。
物憂げなその眼差しだけで、一介の男性は虜になること間違いない。
それほどまでに美しい女性が、へにゃりと表情を情けないものに崩して口を開く。
「燐ちゃん……」
「え? えっ、えっ?」
脳が理解を拒む。
声も態度もその弱弱しい眼差しも、何なら内面に至るまで、袖子さんと同一のものだと気が付くがこの同一人物とは認めたくない自分がいる。
金色に染めた髪に改造制服を着こなして、校則に真正面から喧嘩を売っていたあの派手ギャルが、こんな優等生の体現である和風美人に変貌するなんて事がある訳がない。
……そう思いたかった。
「ど、どどど、どちら様です……?」
「袖子だよ……やっぱり、私があの時燐ちゃんの味方をしなかったから怒ってるんだ……わ、わたし、燐ちゃんの事を信じ切れなくて……剣崎さんがそんな事する訳ないって、心のどこかで思ってて……」
「い、いやいやいや違います! そうじゃなくてその髪の変貌に動揺してるんですって! 夏休み前までの金髪はどうしたんですか!?」
見当違いなことを言う和風美人状態の袖子さんに、私は顔を引き攣らせて指摘する。
不思議そうな顔をした袖子さんがそっと自分の髪に触れ、ようやく思い出したように表情を崩した。
「あっ、これは……私が反省の意を燐ちゃんに示す為に頭を丸めようとしてたら、パパがどうしても止めろって言って。その、妥協で……」
「頭を丸める? ……バリカンで坊主頭にしようとしたってことですか? いや、いやいやいやっ、袖子さんのその思い切りの良さは一体何なんですか!? はっ!? 袖子さんのお父さんが止めるの間に合わなかったら丸坊主状態の袖子さんがこの場にいたって事ですか!?」
「やっぱりこんなんじゃ駄目だよね……明日には髪を全部剃ってくるから……」
「止めて!?」
とんでもない事を言い出した袖子さんに思わず叫ぶ。
もしも袖子さんが坊主頭にして来たら教室どころか学校全体で話題になって、その原因の私も巻き添えを喰らうことは目に見えている。
何とかそんな事態を阻止してくれた袖子さんのお父さんに感謝を抱いたものの、騒いでいる私達へと教室の注目が集まっている事に気が付き、羞恥で顔が赤くなるのを自覚した。
おずおずと体を小さくして、これ以上目立たないようにと口を噤む。
私の考えが足らなかった。
ボケボケの普段の様に気を取られていたが、袖子さんはそもそもとんでもスペックを保持している人物なのだ。
何をしたって結果を出すとんでも才能ガールでありながら、同時にその天から溺愛されているような美貌と体型を持ち、どんな服や格好も着こなして見せる理不尽の権化。
自らギャル風の格好をしていただけで、こうやって少し格好を変えるだけで和風美人へと早変わりできる、周囲を振り回す心折少女なのだ。
これに付き合っていたらこっちの身が持たない。
そもそもこんな注目を浴びるような学校生活は私の計画と違うのだ。
私が構想していた幸せ高校生計画では、誰にも注目されることなくそれなりの友達を作ってそれなりの学校生活を送っていた筈なのに、なんで新学期早々クラス中から注目を集めるような立場になっているんだ。
……いや、原因は明らか、私一人だったら私の想定通り物事は進んでいた筈なのだ。
私の行動には想定外は無かった。
つまり、全ての誤算はあくまで、目の前の山峰袖子という人物に起因している訳だ。
と、私は生まれた色んな不満の原因をそんな風に結論付ける。
「ず、ず、随分の変わり様じゃない? あ、アンタ、何? 失恋の1つでもしたの?」
そんな馬鹿みたいな思考をしていれば、どもりながらもギャル子さんが登場した。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
私に恐ろしい秘密が握られている事をすっかり忘れているのか、それとも抑えきれない嫉妬の感情からか、性懲りもなく絡みに来たギャル子さんだったが、袖子さんは視線すら向けなかった。
「……燐ちゃん。私、仲直りしたい……パパも、剣崎さん達から色々話を聞いて、燐ちゃんは何も悪くないって言ってた。燐ちゃんはあくまで、私のためにパパを助けようとしてくれてただけなんだって……ごめんなさい……燐ちゃんの事、信じ続けられなくてごめんなさい」
「えっ、あ……あー……、いや、私は……」
ギャル子さんを無視していきなりの謝罪してきた事に鼻白んでしまう。
袖子さんのお父さんが何もなかったとして事態を終息させたのだから、私に対してフォローを入れているとは思わなかった。
実行犯としてスライム人間(和泉雅)に利用された剣崎さんが今どんな状況なのか詳しくは知らないが、少なくとも自分の家族に襲い掛かっていた状況を詳しく説明したのは間違いないようだ。
……あれ?
となると、私への認識ってどういう風になっているのだろう。
い、いや、あくまで剣崎さんの犯行を止めただけだから、少し頭が回る小娘程度の認識の筈だ。
妙な力を持つ小娘、なんて発想に行きつくのはどう考えても突拍子が過ぎる。
世間が異能という超常現象に賑わっているとはいえ、そんな肥大妄想を押し付けてきたりなんて……。
そんな風に、突如として発生した新たな悩みに閉口していれば、それを別のものと捉えた和風美人状態の袖子さんの目に涙が浮かんだ。
何か重大な擦れ違いが起きている事に気が付いた私は慌てて読心を併用しながらの会話に移行した。
自分に眼中が無い私達の様子に、隣で青筋を浮かべているギャル子さんはしばらく放置しておくことにする。
「うっ……燐ちゃん……」
「べ、別に私は怒ってないですっ。そんな頭を丸めて反省されたって重いだけですよ!」
「で、でも私、友達と喧嘩した時の反省の示し方分からなくて……」
「気になることがあったらまず言葉で言ってください! 態度から示されても、袖子さんの場合はアグレッシブすぎてこっちが気後れします!」
なんでこんなことを説明しなきゃいけないのだ、お前はでっかい赤ん坊か。
なんて事を言えたら良いのだが、あいにくこれ以上私が責めるようなことを言ったら袖子さんの涙腺が決壊するのは目に見えている。
だから仕方なく、小さい子供をあやすが如く、せっせと袖子さんの機嫌を取るのが吉だろうと判断し、私は実行に移す。
だが、それを邪魔するように隣にいたギャル子さんが口を挟んできた。
「ちょっと、無視するんじゃないわよっ! 私が話し掛けてるのにアンタ!」
「えっと……えっと、ギャル子さん。少し静かにしてもらえませんか? 久しぶりの友達との会話を邪魔したら駄目ですよ」
「は!? ギャル子って何!? ま、まさかアンタ私の名前覚えてないんじゃっ……!?」
静まる素振りも見せないギャル子さんに、私はそっと囁く。
「……嘘ってやっぱりいけないと思いません?」
「――――そうよね! 夏休みの後の友達同士の会話を邪魔しちゃ悪いわよね! ごゆっくりね!!」
ギャル子さんは逃げ出した。
ギャル子さんが脇目も振らず自分の席に戻ったのを確認してから、私は幼い頃の桐佳をあやしていた感覚で袖子さんを撫で回し落ち着かせていく。
よーしよしよし、とあの手この手で袖子さんの機嫌を取って、すっかり涙が引っ込みいつも通りのニコニコとした笑顔になった彼女にひとまず安心する。
風貌が変わって近寄りがたい大和撫子然となっても、袖子さんは袖子さんだった。
(なんか、思っていたよりも簡単に仲直り出来ちゃった……)
拍子抜け、というのが正直な感想だった。
あれだけ色んな覚悟を決めて学校に来たのに、ほとんどが杞憂として終わった。
そんな私の想いなど露知らず、袖子さんは犬のように複雑なことを何も考えないまま嬉しそうに笑っているのには少し腹が立つ。
「えへへー、燐ちゃん。パパがね、燐ちゃんは本当に凄い子だって褒めてたんだよ。パパが人を褒めるなんて滅多にないのにね、凄いねー。あとね、改めてお礼したいのと、剣崎さんにも事情があって、その説明もしたいからぜひ今度私の家での食事会にお招きしたいって」
「くっ……はいはいはい、どうせ私は逆らえないですよ。後で都合の良い日を教えてください馬鹿」
「わーい!」
自然と暴言が口から飛び出してしまう。
それでも譲歩してあげるのだから、私の優しさは天元突破しているのだろう。
それよりも、素直に喜んでいる袖子さんに対して、私は疑問に思っている事の探りを入れてみることにした。
「……ところで、袖子さんのお父さんは他に何か言ってなかったですか? 私、祝いの席の雰囲気をめちゃくちゃにした訳じゃ無いですか」
「え、うん。全然気にしてないどころか、燐ちゃんがいなかったら自分は死んでたって確信してたみたいで、凄い感謝してたけど、それ以外は別に何かを言ってたりは……うーん……これからも仲良くするようにって言ってたくらいかなぁ……」
「ふーん……気にしてないなら良かったです」
『これからも仲良くするように』。
どうとでも取れそうな袖子さんのお父さんの怪しい言葉に、私は少しだけ警戒する。
スライム人間のような異能を弾く外皮という前例があるから断言は出来ないが、十中八九異能を持っていない事が確かの袖子さんのお父さん。
だが、神楽坂さん達警察組織のトップに立つ人なのだから、頭の良さは勿論、駆け引きや権謀術数もお手の物だろうし、私に“読心”が無ければ彼があらゆる面で数段上手なのは確実なのだ。
そんな相手との面識なんて、今の私の立ち位置で普通に考えればデメリットばかり。
友人の父親といった関係上必要以上の警戒は裏目に出るだろうが、それでも完全に警戒を解いて良い相手ではない。
少しでも情報を収集するために、「お祝いの場を荒らした事には変わりありませんからね」なんて言って、ちょっと気にしている風を装えば、袖子さんは剣崎さんが悪い事をやっていたのは間違いない、燐ちゃんは大恩人といった色んな事を口走ってくれ始めた。
私の真意には全く気が付いていないのは助かるが、ここまであっさり騙されてくれると逆に申し訳なさが湧き上がってきた。
そんな良心の呵責に負け、私は早々に袖子さんに制止を掛ける。
「ま、まあ、お互い気にしてないなら、もう仲直りで良いんじゃないですかね?」
「うぅ、燐ちゃんが大人だぁ……」
表情を変化させなければ鋭いように見える目元をだらしなく下げて、ふにゃふにゃと脱力した袖子さんが安堵のような深い溜息を吐く。
それからもう一度、彼女は私を見た。
酷く大人びた表情で、目を細めて、微笑んで、じっと私を直視する。
きっと、この学校で私以外に向けられないあまりに綺麗なその表情に息が詰まった。
「……ありがとね燐ちゃん。感謝の言葉なんていくら言っても足りないけど、本当にありがとう……私のパパを救ってくれて、本当にありがとう……」
「…………むぐぅ」
卑怯だ。
こうして正面から感謝の言葉を伝えられると、こそばゆさを感じて潰れたような声を出してしまう。
称賛も何もいらないと思っていたが、やっぱり褒められると嬉しいのは変わりない。
自分でも自分が照れているのが分かってしまうくらい動揺して、じっと視線を逸らさない袖子さんから顔を背けた。
「ま、まあ、きっと袖子さんが私の立場でも同じような行動しましたよ。流石に友達の……お父さんに危険が迫っているのを目の前で目の当りにしたら、動かないなんて出来ませんって」
「えへー。あ、でもね燐ちゃん。詳しい説明は後でするんだけど、剣崎さんの事も悪く思わないであげて欲しいんだ。色んな事情があって、どうしようもなくて、ああやって行動に移すしかなかったから……その、燐ちゃんが未然にパパを助けてくれたから言える事ではあると思うんだけど、今の私は小さな頃から世話してくれてた剣崎さんを恨めないし……」
「その、別に私から直接あの人に思うことはありません。被害者であった袖子さん達が別にそれで良いと言うのなら、私からとやかく言うつもりは無いです」
警察における最上層部である彼らの関係をどうこうしようと言う気にはならないし、私に被害が及ぶようなものでも無いのでそこに深く関わるつもりは無いのだ。
そっと周囲からの注目が無くなっている事を確認した私は、声を小さくする。
「あの場所で剣崎さんと言い争いみたいなことをしましたが、私は別に個人的に好き嫌いを持つほど関わりがある訳でも無いです。そもそも事件化しても無いですし、一般人の私が出しゃばる余地はありません」
「そっか……ありがとう燐ちゃん」
再びお礼を言われてしまう。
なんだか今日はお礼ばかり言われている、こそばゆいし調子が狂う。
私は何とか話題を逸らそうと苦し紛れに話を切り出した。
「そ、そんな事よりも、この後一学期の確認テストが控えてますけど、袖子さんはちゃんと勉強したんですか? 袖子さんってそそっかしいからそういう事前の対策や準備を忘れそうですし、何なら夏休みの課題すら忘れてそうって思うんですけど」
「……テスト……? 課題? 何かあったっけ……?」
「あっ……」
袖子さんの反応に色んなことを察してしまう。
袖子さんの置かれた状況を理解して、関係ない筈の私が冷や汗を掻き始めた。
「夏休み前に色んな課題の説明されたじゃないですか。いくら袖子さんのお父さんが偉い人でも、特例で課題が無いなんてこと無いでしょうし、先生が説明した時袖子さんが教室にいたの私覚えてますよ?」
「あっ……」
ポカン、と口を開けたなんでも簡単にこなしそうな和風美人。
何かを思い出したのか、じわじわと顔色を悪くしていくその姿は、欠点の無い彼女の風貌には到底似つかわしくない。
次第に涙目になった彼女は震える声で「パパに怒られる……」と言うと、ガシリと私の両肩にしがみ付いてきた。
「り、り、燐ちゃんっ、どうしようっ……!! わ、忘れてたっ……!!! 何一つやってないよ!!」
「……えー……なんか、その、その完璧超人ですみたいな風貌でそんな弱弱しい態度されると、受け取る情報がごちゃごちゃになって困るんだけど……せめて前のギャルギャルしい姿だったら……」
「そんなのどうでも良いよ! どどど、どうしようっ……わ、私、なんの課題もやってないっ……!!」
「私もまさか、勉学に力を入れてるこの学校の生徒で課題忘れをする人がいるとは思わなかったです」
「お願いっ、助けて燐ちゃんっ!!」
「私を何だと思ってるんですか……時間を巻き戻したりとか出来ませんから地道に課題を終わらせるしかないですよ? まったく……確認テストは袖子さんの馬鹿みたいな記憶力を信じるとして、成績に大きく関わる課題に手を付けていきましょう」
泣きつく袖子さんを引きはがしながら、あれだけ忙しなかった夏休みが終わったことを改めて実感する。
お兄ちゃんを狙った襲撃事件から始まった一連の騒動の終息と、再びやって来たドタバタとした私の学校生活の始まりに、自然と笑みがこぼれるのを自覚した。
――――これまで本当に色々あった。
神楽坂さんと初めて出会ったあのバスジャックの事件。
それまでは考えたことも無かった誰かとの協力。
異能の力を使わないで、築き上げた学校生活。
妹の友達を助けたことで、家に同居人が増えた事。
仲の悪かった兄との関係修復が進み、笑いながら談笑する関係になった事。
しっかりとした意思疎通が取れず、じれったい妹とのやり取りも。
色んな人との関わりがあって、間違いなく私自身の心も体も変化した。
(……なんでこんな事を、とか思っていたけど。全部私の積み重ねてきたもので、今思うと悪いものばかりじゃなかった。私の糧になったものは多くある)
それらを改めて思い返して思うのだ、やっぱり私はこの高校生活が好きなのだと。
そんな普通の事を、今更ながら私は自覚した。
だからこそ、この一分一秒を噛み締めながら過ごしていく事が大切なのだ、そう思った。
取り敢えず、休み明け初日に課題の提出は無い筈だから、と。
これから控えている確認テストそっちのけで、慌てふためく袖子さんが忘れ去っていた課題を消化するための準備を始めるのだった。
これにて長く続いてきた一部最後の間章も終了となります!
二部一章の開始がいつになるかは分かりませんが、気長にお待ちいただけると嬉しいです!
また、これまで登場した異能についてのまとめメモをまた投稿したいと思いますので、苦手な方はご注意下さい!
ここまでお付き合い下さり本当にありがとうございました!