非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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必要不可欠な物と事

 

 

 

 

 “無差別人間コレクション事件”。

 

 この事件は言ってしまえば、“紫龍”の時と同じ、誘拐監禁事件だ。

 遠見江良さんに詳しい詳細までは予知してもらっていない、というよりも大雑把に大事件として世間を騒がせるものをいくつか予知してもらっただけに過ぎないのだから、当然その詳しい内容まで私は知り得ていない。

 だが今回、私は実際に発生した被害者を目の当たりにして、その事件詳細のおおよそを掴むことは出来た。

 嫌悪感や忌避感、悍ましさを禁じ得ない事件名をしたコレは、歪な趣味嗜好が他者へと向けられ引き起こされた事件、つまり。

 

 人をぬいぐるみにすること自体に価値を見出す者の、猟奇的な犯罪行為だった訳だ。

 

 

 私は異能の出力を感知したあの後。

 特に異能の使用者を見付けられることなんて期待しないまま、私は取り敢えずその方向へと足を進めたのだが、予想に反して異能の使用を行った犯人が警戒心の欠片も無く徒歩で移動しているのを発見した。

 

 大きなペット用ケースを抱えた男性。

 早足でもなく周囲を警戒するでもない、ただ喜びが満ちた様子で進んでいく犯人の後ろ姿。

 微弱ではあるが先ほど感じ取ったものと同じ異能の出力を持っている。

 

 しばらく観察して、異能の出力が一時的であり、さらには必要最小限度であった事から、異能への理解が深い可能性があるかと言う警戒が杞憂であったことを把握した。

 あくまで趣味として異能を使用しているだけに過ぎず、異能も切り替えができる訳ではなく、使用時以外は出力が微弱過ぎるだけだったのだ。

 危険性の低さに安堵し、「後は、犯人の拠点を把握して……」なんて思っていたのに、男が持っているペット用のケースから言葉にならない助けを求める声が視えてしまった。

 

 仲が良いなんて絶対に言えないような相手が、犯人である男の手で囚われているのだと知ったのだ。

 

 ……その後の私の行動はあまりに杜撰。

 過去の私が見たらきっと呆れかえる程に、無計画に奪取を試みたのだ。

 

 

(……これからどうしよう)

 

 

 自分の置かれた状況に、私は放心状態のまま考える。

 

 状況は良くない。

 私の異能による万事解決で終わる程、現在の情勢を鑑みた今回の事件解決は単純なものでは無いだろう。

 

 そんな内心の悩みとは裏腹に、私は鯉田岬……通称ギャル子(ぬいぐるみ状態)を抱き抱え、夕方の人気の無い公園のベンチに座っていた。

 そして、ギャル子さん(ぬいぐるみ状態)の口を縫い付けている糸を一つひとつ丁寧に取り除いていく。

 

 

「ぷっ、ぷはっ……! あ、あー……声が出る……」

「……うん、全部取れた。痛みはないですか? 大丈夫ですか?」

「痛みは無いけど大丈夫じゃないわよ…………取り敢えず、ありがとね……」

 

 

 教室では聞いたことも無いような酷く弱った声がぬいぐるみの口から漏れた。

 

 もしかしなくても、彼女の精神面での限界は近かったのだろう。

 心の傷を私はどうにかできるとはいえ、年頃の子供があのような目に遭えばどれだけ精神的に強い人でも後々まで尾を引くものとなった筈だ。

 そこのところは良かったのだろう……多分。

 

 私はそう考え、取り敢えず出来るところから始めようと、ギャル子さんの小さな体を持ち上げて彼女の状態を確かめていく。

 

 酷く軽い、重さは見た目通り手のひらサイズより少し大きい程度の布のぬいぐるみ程度。

 普段のギャル子さんの髪型と高校の制服を着たきわめて精巧であり、繊維も綿も、目の代わりとなっているボタンも高品質のものだと一目で分かる。

 普段のギャル子さんを知る人が見れば、まんまミニチュアギャル子さんと分かる程しっかりと特徴が捉えられていて、出来栄えとしては「素晴らしい」の一言だ。

 多分、こういう方面に詳しい人が見たら飛び上がる程高品質なぬいぐるみなのだろう。

 

 ……いやまあ、そんなのはどうでもいい。

 私にとって重要なのは、『他人を無機物に変える』異能。

 今のぬいぐるみ状態のギャル子さんからは、以前私が応急的に解毒したような、体を蝕み続ける“影”の異能のような出力は感じない。

 つまり、これは恐らく継続して異能が発動している状態ではないのだ。

 それが意味するのは、私がギャル子さんに対して異能を行使したところで人の姿に戻すことは出来ないと言う事。

 

 生物の存在を本質的な部分から変えてしまう力なんて、はっきり言ってゾッとする。

 この異能に対して一体どんな対策が出来るだろうと、私は被害者であるギャル子さんの体を可能な限り検査していく。

 

 「異能の出力は残っていないし変換のきっかけを作る異能なのだろうか」、そんな推測を立てながら、しばらくギャル子さんの体をまさぐっていれば、正気に戻ったギャル子さんから抵抗の声が上がった。

 

 

「ちょ、ちょっとっ! サワサワしないでよ! 感覚は、その、痛みは無かったけど触られてる感覚はあるのよ……くすぐったいから止めて……」

「っと、失礼しました」

 

 

 つい気になって無遠慮に色々触ってしまった。

 プライドの高いギャル子さんの事だ、これ以上体を探られ続けるのは嫌だろうと私は素直に引き下がる。

 

 公園のベンチの上に置かれたギャル子さんは訝しむように私を見上げ、質問してくる。

 

 

「それで……なんで分かったのよ。ケースに入れられたぬいぐるみが私だって……」

「あーそれはですね……」

 

 

 ギャル子さんの疑問に私は言い淀む。

 当然、知り合いである彼女を助け出すのなんて想定してなかったのだから、言い訳なんて用意していない。

 何と言うべきかと言う逡巡が頭の中を駆け巡り、次第に自己嫌悪へと切り替わっていく。

 

 そもそも、今回街中を歩き回っていたのは“紫龍”の誘拐事件の時と同様、犯人に目星を付けるという準備段階だったのだ。

 今日は別に、被害者が居たとしてもその場で被害者の救出なんて無理に行うつもりは一切なかった。

 ましてや犯人と直接対峙するなんて、そんな危険は確実なチェックメイトの状況でも無ければ犯してはいけない危険行為と分かっていたのに。

 

 

(……犯人であるあの男を刺激してみすみす撤退した。『あの子』に見張らせているけど、それにしたって危険すぎる選択。私の馬鹿、なんであの場面で考えなしに動いたの……?)

 

「ちょ、ちょっと何黙ってるのよ? 何か言いにくい事でもあるの……?」

「え、あ、いや……そもそもの話なんですけど、私、超能力を見るの初めてじゃないんです。日本の病院にテロリストが襲撃して来た時あったじゃないですか。で、丁度その時その病院にいて、間近で色々超能力を見ていたんで、超能力とかいう現実味の無い存在に疑いは無かったんです」

 

 

 探るようなギャル子さんの視線に、私は咄嗟に適当な作り話で誤魔化そうとする。

 

 

「街中を歩いていたらペット用のケースにぬいぐるみを入れてる変な人がいるじゃないですか? ぬいぐるみがケースの中で動いてるように見えるじゃないですか? ぬいぐるみの格好が見知ったギャル子さんの格好じゃないですか? あ、これ、もしかして……と思った訳です」

 

 

 実際は、異能の出力を察知して、その元となった場所目掛けて進んでいたらギャル子さんの悲鳴に近い心の叫びが視えた、と言うのが正しい順序だ。

 大して仲良くもないクラスメイトのボロボロに傷付いた精神を視て、気が付けば駆け出していたのだから救えない。

 

 

「な、るほど……そういう事情があって偶然私と分かったってことね……本当に幸運だったのね、私」

「ん、まあ、そうかもしれませんね。取り敢えず私の考え違いじゃなくて良かったです。もし違っていたら私の方が悪い奴ですし」

「……いや本当よ。私としては助かったけど、アンタも大変な事になってた可能性があるんじゃない」

 

 

 一応、納得の様子を見せたギャル子さん(ぬいぐるみ)は頷くと、私を見上げ「それで」と続けた。

 

 

「……で、具体的にアンタは私を見付けた後何をした訳? 私閉じ込められてて外の状況がよく分からなかったんだけど」

「えっと……ギャル子さんの閉じ込められたケースもろとも男の人に体当たりして、被害者ぶりました」

「当たり屋まがいな事したのっ!? しかも私を奪い取ってるし! その場面だけ考えたら一方的な加害者はアンタなんだけど!?」

「外見って大切ですよね。私って、背丈小さいからぬいぐるみ持ってても違和感ないですもん。周りの人達みんな私のデタラメ信じてましたよ」

「アンタって本当に性格悪いわよね!?」

 

 

 激しい突っ込み。

 ぬいぐるみ姿になって気落ちしていた彼女が、少しだけいつもの様子に戻った事に安心する。

 あれだけ心が砕けそうになっていて、こうして何とか持ち直せているのはギャル子さんの素のメンタルの強さあってこそだろう。

 

 

「……アンタ……アンタって…………まあ、いいわ。……アンタの思考回路が変で、とんでもないことする奴だっていうのは前々から分かっていたから……でも、それはともかくとして……やっぱりアンタ私の事ギャル子って呼んでるじゃない!!?? どういう事よ!!!」

「あっ……」

「何しまった……みたいな顔してんのよ!? このポンコツ!! 私の名前は鯉田岬だってば!!!」

 

 

 いつも通り、私の呼称に不満の声を上げて激怒するギャル子さん。

 けれどまあ、いつもの姿よりもこっちの姿の方が、愛嬌もあって断然可愛らしい。

 怒りに任せてペチペチと私の太ももを両手で叩いて来るギャル子さんを抱き上げて、膝の上に乗せた。

 

 特に抵抗も無く、ちんまりと私の膝上に収まるギャル子さん。

 体格差もあってか、抵抗することなく私の膝上に収まったギャル子さんは非常に可愛かった。

 

 

「ふう…………鯉田さん、そのまま戻れなかったら私の家に住みません? 不自由はさせませんよ?」

「ふっ――――ふざけんなぁ! 私はっ、元の姿に戻るんだもんっ!!」

「あ、ちょっと、暴れないでっ……じょ、冗談ですから! ちゃんと戻れる方法考えますから!」

 

 

 当然、進んでぬいぐるみになんてなりたい人はいないだろう。

 ぬいぐるみにされて落ち込んでいたギャル子さんの気分がある程度回復したのを確認した私は、出来る行動を考えていく事にした。

 短い手足をバタバタとさせていきり立つギャル子さんをなだめながら、私は思考を切り替える。

 

 先ほども考えたが、ギャル子さんの今の状態は異能による効力を受け続けている訳ではない。

 普通に考えて、人をぬいぐるみにするあの異能持ちから、ここまで距離を取れば異能の出力範囲外なのは間違いない。

 だが現に出力範囲外に出たのにも関わらず、異能の効果が継続して維持されている。

 つまり効果を及ぼし続けるのではなく、一度の異能使用で対象を完全に変質させてしまう力が人をぬいぐるみにするのがこの異能。

 

 恐らく時間経過では解除されず、どこまで距離を取っても意味はない。

 これを解除させるにはどうすれば良いか。

 

 

「……うーん、やっぱりさっきの男に自主的に元に戻させるのが一番可能性の高い方法なんじゃないですかね? 鯉田さんはどんな風な手順でぬいぐるみにされたんですか?」

「え……いやその、よく分からない内にとしか……トイレで、髪を整えてて、アイツが入って来て……目が合って……気が付いたら」

「目が合う、ね」

 

(神薙隆一郎のような、視界内の者を対象に出来るならそもそも目を合わせる必要はない。でも、触れる必要が無かったということは多分物理的な接触を必要としてない。つまり、効果範囲は神薙隆一郎と同じくらい、視界に収まる範囲のものを対象にする……そう考えられるわけだけど。視線をトリガーにする……出力の問題だけを考えるなら、そんな条件なんて必要ない筈。でも、それすらも異能の性質と考えるなら特殊事例としては充分ありえそう……そもそも自然的に発生した異能持ちじゃない可能性が高いし、そうなると性質が違っても不思議じゃないから……まだ分からない事の方が多いかな)

 

 

 幾つかの仮説を立てたものの、私は取り敢えずそれらの考えを放置する事にする。

 仮説に仮説を重ねても、出来上がるのは妄想だけだ。

 急いても正確な情報が確定する訳でもない。

 

 特に今回の場合、異能を使用した場面を直接見た訳でも無いし、そもそも今回は異能に開花したばかりの犯人だ。

 

 碌に自分の異能を把握していない可能性も高い。

 つまり、深層心理までむりやり読心したとしても確定した情報を得られないと言う事。

 この状況ではどれほど力技に頼ってもむりやり情報を確定するのは不可能に近いだろう。

 

 

「……ね、ねえ、アンタの言ってる解決方法だとあの男にもう一度接触する必要があるけど……あの男が自主的に私を元の体に戻すなんてありえないと思うし、あの男が抵抗して、もしアンタもぬいぐるみになっちゃったら……」

「え、心配してくれるんですか? じゃあ諦めて私の家に住んじゃいます?」

「い、いやっ、諦めないけどもっ……!! もっと安全に……そうだっ! こういう非現実的な犯罪でも警察は対応してくれるのよね!? 警察に通報して、逮捕して貰えば……!!」

「うーん……」

 

 

 ギャル子さんの提案に私は曖昧気に呻く。

 

 確かに、一般論としてはギャル子さんの提案が普通だろう。

 実際、一般人が取れる手段としては悪くない手だろうし私達の安全は確保されるが、そもそも対応してくれるのかという疑問がある。

 

 世間的に異能……超能力を認める風潮があるのは確かだ。

 法律もその様に整備されてきているし、実際に裁判でも認めた事例があるが……それはまだまだ数少ない。

 末端の警察官がそんな対応ができるのかという疑いが晴れることは無い。

 

 そして何よりも、警察や異能の色々な事情を知っている私の視点から見て、今回の件を警察がどうにかできるとは到底思えなかった。

 

 

(今は自分の趣味だけに異能を使っているようだけど、何を持ってその自制心が決壊するか分からない。警察に取り囲まれて、破れかぶれになられて視線を合わせた人を問答無用でぬいぐるみにされていったら、かなりの大事になるし……)

 

 

 無差別的に人間をぬいぐるみに変えてコレクションしているこの事件は、遠見江良さんの予知によれば被害人数は百人近くまで及んだらしい。

 

 遠見江良さんの異能は分からない事だらけだから何とも言えないが、取り敢えず、今回の事件の犯人が持つ異能は最低でもそれだけの被害を出しうる異能だと考えるべきだろう。

 ただ、今のところ私が得ている情報ではこの異能は死者が出るようなものでは無いし、人がどれだけぬいぐるみにされた所で最後にあの男を倒して、全員を元に戻せることが出来れば一件落着なのだ。

 

 それほど急いで解決しなければならない事件ではない。

 現在分かっている情報だけを見れば、取り返しがつかないような被害が出る可能性は低いと思われる。

 

 ――――ただ私には、楽観視できない点が既にいくつか思い浮かんでいた。

 

 そのため、神楽坂さんや飛鳥さんといった人達の助力を得た万全の状態まで時間を掛けるのは最良の選択ではないと、私は思うのだ。

 

 

(即時解決するとして、現状取れる選択肢は二つ。一つは私があの男を完全に洗脳して強制的に異能を解除する。多分他のどの方法よりも早いし、この距離からでも一方的に仕掛けられる。安全確実な手。これの問題は被害者が多く存在するから被害の話を完全に消すことは出来ないし、これをやって解決した事件の情報を纏めるとこの周囲に精神干渉系の異能持ちがいる事が異能を知る第三者にほぼほぼ伝わってしまう点。私の都合だけど、これは今後を考えると譲りたくないから却下。もう一つは……)

 

 

 この犯罪を解決する資格を有した人物に解決した形を取らせる事。

 

 つまりはこれまでの神楽坂さんと私の関係と同じだ、異能犯罪を解決し得る人が解決したことにすればいい。

 例えばICPOのような同じような力を持った国際的な対策部署や警察のような国家組織、或いはそれらに所属する個人による解決であれば、誰も疑問など抱かないし状況を知らない人間はその関連性には興味すら持たない筈だ。

 そうやって形だけ整えさえすれば、不確定な私に関する情報が第三者へ流出する、ということも無いだろうし、私が敵視している『UNN』に情報が渡るのも阻止できるだろう。

 

 つまり今の私に必要なのは、解決し得る立場を持った人。

 

 

「……神楽坂さんや飛鳥さんと連絡取れれば良いけど、無理なら最悪あの人かぁ……」

「へ?」

 

 

 私は昇進云々で忙しい知人達を思い浮かべ、それからつい先ほど会話した条件に合致するもう一人の人物の顔を思い出す。

 

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

 日が暮れた。

 太陽が落ち、街中は電灯で照らされる。

 場所によっては日中よりも賑わいが増していくだろうが、夜の始まりに賑わいを見せる人通りの多い通りから少し離れた細い通りに入るとそうはならない。

 まるで既に、全ての住宅が寝静まってしまったのではと思う程、人に会わなくなる事もある。

 

 そんな道を私達は歩いていた。

 

 

「……日が、暮れちゃった。私、これからどうしたら……」

「うーん……」

 

 

 ギャル子さんの泣きそうな声に気まずさを感じながら、私は返答を濁す。

 彼女を連れて出来ることの下準備をしてきた訳だが、彼女からしたら何の成果も得られなかった時間としか感じられなかったのだろう。

 

 あれから私はギャル子さんを手提げ鞄に入れ、結構な距離を歩き、色々な事をした。

 まず、私とギャル子さんが遅くなる旨の連絡を家に入れ、時間的な猶予を作った。

 神楽坂さんにはちょっと連絡していないが、飛鳥さんには電話してみて繋がらないのは確認済み。

 平日のこの時間に出られることは無いだろうと思っていたから、気にしないでとメッセージだけ送って、彼らに協力を求めるのは断念した。

 そして、ギャル子さんがどうしてもと求める為、警察官のいる交番に立ち寄り、ぬいぐるみのギャル子さんを見せて彼女自身が事情を説明したのだが……異能が認知されて以降いたずらも多いのか、終ぞ警察官が私達を信頼することは無かった。

 

 つまり、私のいたずら。

 ぬいぐるみを使った私の口話術だと思われて、まったく相手にされなかったのだ。

 いやまあ、いきなり来た子供みたいな奴がぬいぐるみにされた人がいると言ってきたとしても中々信じられないとは思うが、それでもギャル子さんはかなりショックだったのかすっかり口数が少なくなってしまっていた。

 

 家にも帰れない。

 強い自分を誇称してきたギャル子さんにとっては家族であろうともこのような姿を見せるのは拒否感もあるし、何よりも心配掛けたくないと言う気持ちも強い。

 特に警察に行ってからは、変わり果てた自分を親に信じてもらえない事を恐れているのか、家に帰るのは絶対に嫌だと拒否する姿勢を維持している。

 

 

(どうしよう……どうすれば……あの籠から助けられたのは本当に嬉しいけど、これから行く場所がない……。佐取だっていつまでも付き合ってくれる訳じゃないだろうし……見捨てられたらどうしよう……)

 

「……むう」

 

 

 そんな思い詰めるようなギャル子さんの思考を読み取って、私は軽い調子でフォローする。

 

 

「まあ、そんな思い詰めないでください、冗談抜きで最悪私の家に泊まれば良いですし。なにより犯人の顔はもう分かっている上、あの男の家も一応は把握していますから」

「え……?」

「GPSって知ってます? 追跡用のGPS。小型で取り回しやすくて、私の携帯に位置情報が送られてくるんですけど、それを、鯉田さんを奪った時に一緒にバックに放り込んでやったんです。ほら、携帯画面、しばらく前から位置が変わらない。つまり家にいる可能性が高いっていう訳ですね」

「…………あ、アンタ、マジで……探偵とかそっちの才能あるんじゃない……? 今は、その……凄い頼りになるけど……」

「ふへへ」

「……笑い方……」

 

 

 少しだけ不安が晴れた様子のギャル子さん。

 実際には何一つ事態は好転していないけど、その材料があるだけで人は希望を持てるものだ。

 希望が無いのか、一つでもあるのかでは気持ちがだいぶ違う。

 どんなに窮地に陥ったとしても、余裕は適度に持っていなければならない、と私はこれまでの経験で学んだのだ。

 

 

「……うん、そうよね。早く元に戻って、皆に連絡を取らないと。あの二人にも何の連絡も出来てないし、今日はお母さんが……あれ……何かあったんだっけ? 来週も何かあった気がするんだけど…………忘れちゃった。まあ、忘れてるってことはそんなに重要じゃない事か。今は自分の事に集中しないと」

「…………」

 

 

 さて、と思う。

 やるべき事はやった、布石は打ったし理由作りも充分。

 無理に話をして不安にさせる必要も無いから、早急に解決するべき理由は彼女に伝えていないが、私としては可能なら今日中にこの事件を解決してしまいたいというのが本音だ。

 

 

(……丁度良くあの人から確認のメッセージが届いた。これに返信して準備完了……)

 

 

 そう判断した私は呟く。

 

 

「さて……乗り込みに行きますか」

「は!? ま、マジであの男に自主的に解除させる案を採用するの!? なんでそんなに急いでっ……!?」

「警察が取り合ってくれなかった以上もっと証拠となる被害者、あるいは物証を集める必要があります。そのために行動は必要ですし、私の知り合いである警察官に簡単にですが状況を伝えました。恐らく直ぐに信じて行動してくれる事はないかもしれませんが、私が失敗したら、事件性を疑って行動してくれる筈です」

「そ、そんな……危ないってば……」

「なによりも、です」

 

 

 思いのほか食い下がるギャル子さんを制し、私はある事実を突きつける。

 

 

「私は実際にあの男と顔を合わせて争っていて、それなりの恨みを買っている。彼の超能力の最大の証拠であるギャル子さんをそのまま放置するとは思えない。何よりもあの男が見せたぬいぐるみとなったギャル子さんへの強い執着。それらの要素から考えられる事」

「え? な、にを……言ってるの? それは、まるで……それじゃあ、まるで……」

「何かしらの手段を用いて私達を探し出し攻撃がされる可能性がある、です。超能力なんてよく分からないものに対して、根拠のない『出来ないだろう』と言う判断はあまりに短慮。私達が及びもつかない手段で、危機に晒される可能性は考える必要がある訳です。このまま怯えて距離を取っていても私達は決して安全圏に逃げられた訳じゃない。何処にいても危険であることに変わりないんです」

 

 

 だったら、少しでも解決できる可能性がある方を選ぶのが普通でしょう?

 

 そう言った私に鯉田さんは驚愕と共に口を閉ざした。

 

 

 

 

 


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