非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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素直になれない誰か

 

 

 

 

 23人もの行方不明者の誘拐されていた事実が判明し、超能力を所持した犯人の逮捕に至った一連の事件。

 正式に、“無差別人間コレクション事件”と呼称されるようになったこの一件の結末は、事情を知らないほとんどの人からすれば非常に呆気ないものだった。

 

 二人の女子高生から友人が荷物を残していなくなったと相談を受けた。

 異能対策部署の人間に助けを求めるメッセージがあった。

 交番に動くぬいぐるみを連れた女子高生が超能力を使った犯人にぬいぐるみにされた、助けて欲しいという駆け込み相談があった。

 

 そして、相談者であった女子高生から犯人の家の場所の連絡があり、そこに在住の男の顔写真を、消息を絶った女子高生の友人達に見せた所、行っていたカフェで見かけたと言う証言もあった。

 

 それらを踏まえて男が暫定的に、最有力の容疑者として見られるのは当然だったのだ。

 

 それから、助けを求めるメッセージを直接受けた異能対策部署の一員、一ノ瀬和美により異能犯罪対策として設けられていた特例の措置が行使され、警察は男の住居に急行。

 証拠不十分だ、この責任は誰が取る、と言った者達の言葉を跳ねのけ、強権を振るって犯人と思われる者の屋敷を囲った一ノ瀬和美達の前に現れたのは、犯人と思われた男。

 

 抵抗しない、警察に見付かると思わなかった、被害者達は解放する、なぜこんな事に執着していたのか分からない。

 ガタガタと震えながら自分を囲む警察達に怯える様にそう言った男と共に、被害にあっていた23人の行方不明者と女子高生二人が屋敷から救出され、被害者達との証言とも合致した事で、この事件は幕を閉じる事となったのだ。

 

 超能力と言う現象を手に入れただけの、小心者の男が引き起こした誘拐事件。

 そんな風に、この一件は片が付いたのだ。

 

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

 翌日の学校で、袖子さんは持参した新聞紙を広げ鼻息を荒くしていた。

 勿論何についてかは考えるまでも無い。

 

 

「燐ちゃん見て見て! やっぱり私が考えていた通りの人達が事件に巻き込まれてたよ!それも超能力がらみの事件だった!」

「袖子さん……学校に来て早々新聞読んでるのって……随分と、その、年を感じさせると言いますか……いやまあ、誘拐されていた皆さんが無事に帰れたみたいで良かったですよね」

「ふっふっふっ……燐ちゃん、まずは私の的確な推理も褒めるべきだと思う。誘拐されていたほとんどの人を何かしらの事件に巻き込まれたと勘付いていた私のファインプレーを……!!」

「あ、はい。野性的な直感の鋭さは流石だと思います」

 

 

 そんな風に。

 昨日巻き込まれたあの事件についての話で、袖子さんはこれでもかとばかりに盛り上がっていた。

 まあ確かに、袖子さんの話があったから私も解決に動けた訳だし、彼女の能力の高さは私だって重々承知している。

 

 だが、それをしっかりと褒めるかどうかは話が別だ。

 この娘をあまり調子に乗らせると、いずれ本当に危ない事件に首を突っ込みかねない。

 少なくとも私はそんな確信を持っていた。

 

 

 鯉田さんが巻き込まれたあの事件はつい昨日の夜の事なのに、話題性が高いものだったからか今朝の新聞には簡単な詳細が載っていた。

 朝のテレビのニュースにもなっていたから、もはや今回の件は世間では周知の事実なのだろうが、それを即座に見つけて反応する袖子さんは流石だとは思う。

 

 そして当然ここまで周知の事実となると、この話題で盛り上がっているのは何も袖子さんだけではない。

 神薙隆一郎の一件以来となる異能を行使した犯罪事件の解決に、教室中がその話で持ち切りとなっていた。

 

 

「中学生から老人まで、性別関係なく超能力でぬいぐるみにして誘拐してたらしいよ」

「こわぁ……でもさ、結局警察の人達には逆らえなくて解決されちゃうんだね。なんだか安心したぁ……」

「確かに。意外とさ、超能力も大したことないんじゃないか? テレビが不安ばっかり煽るから変に緊張してたわ」

「それにこの前の超能力の犯罪からもう数か月でしょ? 頻度も少ないし大したこと無さそうだよね」

「そもそも人をぬいぐるみに変える超能力って、なんか、力だけを見るとファンシーで可愛らしい力じゃない? 全然怖くないって言うか」

 

 

 わいわいと、クラスメイト達の気楽な会話が聞こえてくる。

 学生の身であまり危機感を感じて怯えていてもどうかとは思うが、ここまで楽観的な会話ばかり聞こえてくると、巻き込まれていた(私は自分から飛び込んだが)身としては思う所が出て来る。

 

 人には正常性バイアスなる心理現象があることは理解しているが、危険性すらまともに感じていない人達の様子には特に。

 

 そしてそれは彼女も同じなのだろう。

 教室の扉を大きな音を立てて開き、入ってきた彼女の顔はいかにも不機嫌そうだった。

 

 

「……チッ」

 

 

 ギャル子さん、鯉田岬さんは教室で気楽な会話をしていた人達を睨むように見て、そのまま自分の席に突き進み鞄を置いた。

 鯉田さんに目を付けられたくない人達が明らかに不機嫌そうな彼女の様子を見て、それまでの声量を落とし目立たないように体を小さくしている。

 そもそもこの教室には我が強い人はあまりいないから、気の強い鯉田さんに反抗するような人は限られているのだ。

 

 見るからに不機嫌そうな鯉田さんの態度に、限られた人である袖子さんが反応する。

 

 

「……何アイツ、なんだか今日は特別不機嫌そうじゃない?」

「……ま、まあ、そうかもしれませんね。そういう時もありますよ」

 

 

 すっかり出来上がった鯉田さんと袖子さんの敵対関係。

 袖子さんの今の姿は多少違うが、実際はチャラチャラとしたギャル同士の争いなのだ。

 是非とも私の預かり知れないところで勝手にやっていて欲しいと心底思う。

 

 だが、そんな私の想いとは裏腹に、鞄を机に置いた鯉田さんはチラリと視線を向けて来る。

 先ほどまでの喧騒が無くなった教室の中、彼女の視線がまっすぐ私に向いていた。

 

 

「……おはよ」

 

 

 そして、鯉田さんはわざわざ私の所へ挨拶に来やがった。

 彼女の行動に私がお腹を押さえて小さくなるのと、袖子さんが狐につままれたような顔をするのは同時だ。

 

 

「は? 今の挨拶私にしたの?」

「あ? 誰がアンタなんかにするか。私がしたのはそこの……佐取によ。佐取、おはよう」

「ふっぐぅっ……!!」

 

 

 お腹が痛くなる。

 またいつもの喧嘩かと、周りのクラスメイト達が遠巻きに眺め、鯉田さんの友人達は状況を窺うようにそろりと近付いて来ている。

 

 ひたすら困惑する袖子さんがキョロキョロと私と鯉田さんの様子を交互に窺う。

 こんな注目を集めている中で返事なんてしたくはないが、不安そうに揺れる鯉田さんの目を見て私は仕方なく顔を上げた。

 

 

「……鯉田さんおはようございます。良い朝ですね」

「!!??」

 

 

 驚愕する袖子さんとは反対に表情を明るくする鯉田さん。

 彼女は髪の先を片手でいじりながら会話を続けようとする。

 

 

「あんまり天気は良くないわよ? 昼には雨が降るみたいだし……まあ、悪くない朝だとは思うけど」

「調子は大丈夫ですか? その、まあ、昨日の事が体調に影響無いか気になりまして」

「うん……おかげ様でね。少し寝不足だけど、それだけ」

「それは良かったです」

「うん。じゃあ、私は席に戻るから。その……また後でね」

 

 

 満足したような笑顔を浮かべた鯉田さんが、さっと背を向けて席に戻っていった。

 何がしたかったのかはさておいて……昨日からずっと気に掛かっていた事がひとまず大丈夫そうだと知れて、私は酷く安心する。

 

 どうやら、鯉田さんは私の異能の件を誰にも言うつもりは無いらしい。

 鯉田さんとの会話の中で必死にその点を重点的に読心していたが、危険性は皆無に近いようだ……多分。

 

 

(と、取り敢えず、誰かに話す意思は微塵も無かった。で、でも怖い、異能を使って口封じをしないってこんなに怖いのっ……!?)

 

 

 今まで感じたことの無い恐怖にやられ、私はお腹を押さえたまま机に突っ伏した。

 

 

 

 ――――頭を過る昨日の光景。

 

 あの犯人である男を無力化した後。

 私は自身の規格を越えた異能の強制出力により意識を失った男に必要な措置を施した。

 

 内容は……まあ、大したものでは無い。

 私の異能は精神干渉だが、記憶を意識的、無意識に引き出すには少なからず精神が関わる。

 この二つは切っても切り離せない関係にあるものなのだ。

 

 だから、本当の記憶操作を持つ異能には数段劣るだろうが、それなりに記憶の操作、と言うか記憶の誤認をさせることが出来る。

 直前の私の異能使用の光景を思い出し辛くさせ、不自然が無いように記憶と意識を調整し、自分を追い詰めている警察へ過剰な恐怖を抱くよう細工した。

 後はいつも通り、私の定義する善人になれるよう他者へ危害を加えることに躊躇を覚えさせた上で、この男のぬいぐるみへの異常な執着を消し去った。

 異能は消さなかった、異能を使った犯行だと証明させるためにも必要であったし、私の細工で危険性はほとんど無くなったからだ。

 

 そうやって色々と細工して、私の都合の良いように事件を解決させる準備を済ませた。

 

 問題はここからだった。

 

 机の上に座る形で呆然とする鯉田さん。

 人間に戻った彼女の状態を確かめるのと、記憶や精神に摩耗があって自分の名前や周辺の事を思い出せないようならば、それの治療を行う必要もある。

 ……そして何よりも、他のぬいぐるみにされた被害者達とは違い、現状を理解できるだけの知性が残っていた唯一の存在である彼女の記憶を都合の良いように誤認させる為に、私は鯉田さんへと歩を進めたのだ。

 

 

「も、戻れた? 体が……私は鯉田、岬、全部思い出せる。本当に、戻れてる……」

 

 

 呆然と自分の手を確認し、頬を触り、声の調子と記憶の状態を確認していた鯉田さんは目の前に立った私に気が付いた。

 顔を上げ、近付いて来る私を見た。

 

 

「さ、さとり……? アンタ、なんでそんなに、怖い顔をして……」

 

 

 正面に立った私を見て、鯉田さんは表情を固くした。

 普段は私よりも頭一つ分は大きいのに、今の彼女は私よりも体を小さくして震えている。

 

 目元に涙を浮かべて私を見る鯉田さんは、救われた被害者の姿からは程遠かった。

 

 

「さ、佐取……あの男と同じ、超能力を持ってるの……? これまでもずっと?」

 

 

 恐怖が伝わってくる。

 私に向ける感情が、つい先ほどまでとは全く異なるものになっているのが分かる。

 未知なる力への恐怖。特に、自分の体をぬいぐるみにした力と同種となれば、それはさらに強いものになるのは当然だ。

 

 今までの知り合いが隠していたことを知って、裏切られた気持ちになるだろう。

 これまでどんな時に力を使われていたか、疑いたくもなるだろう。

 そして、隠し事を知ってしまった自分に対してその力がこれからどう使われるのか、きっと考えてしまう筈だ。

 

 けれど、私に対する恐怖は確かに抱いているのに、同時に彼女の中ではそれよりもずっと強く、私を信じたいと言う気持ちがあるのが視えた。

 

 いつの間にか彼女は、強く、私を信頼していた。

 

 だから私は彼女に告げる。

 

 

「……鯉田さん、私がこの力を隠していた事は分かっていますよね? 私がこれから何をするか、想像が付かない訳じゃ無いですよね?」

「私……私を……」

 

 

 私の問い掛けに、鯉田さんは視線を落として言葉に詰まる。

 そして、私の異能の力がどんなものか分からず、これから何が起こるのか全く分からない状況で、精一杯考えて私の問い掛けを飲み込んだ彼女は、ゆっくりと顔を上げた。

 

 彼女は逃げることなく私に笑い掛ける。

 

 

「…………いいよ、佐取の好きにして。これまでずっと助けてくれたんだもん。今更佐取を疑うつもりなんてないから。佐取が都合の良いように、その力を使ってくれて良いからさ。ただ……もし後で言えなくなったら嫌だから。言いたい事を一つだけ、言わせて欲しい」

 

 

 そう言って、彼女はゆっくりと続ける。

 

 

「……私を助けてくれてありがとう」

 

 

 「これだけだから」と言って、じっと彼女は私を見詰める。

 ぬいぐるみにされていた時のような事があっても良いようにと、言いたい事をすべて吐き出した彼女の表情は固い。

 

 それはいつか――――目に涙を溢れさせて私を見ていた桐佳の姿と重なった。

 

 随分昔のように思えるあの光景を連想してしまう。

 鯉田さんのそんな姿に、私は諦め、目を閉じて、彼女の手を取った。

 

 

「……お家に帰りましょう」

「……え?」

「鯉田さんの家族も心配してますし、舘林さん達もきっと心配してますよ。だからもう、今日は良いじゃないですか。鯉田さんも……私も疲れました。一刻も早くお家に帰りましょう」

「え? え? そ、そんな感じで良いの……? ちょっ、ちょっと待ってよ!?」

 

 

 だから私は鯉田さんに何もする事なく、彼女の手を引いて歩き出したのだ。

 そうやって、私の秘密の一端を知った鯉田さんとの会話を終えた。

 

 ……そもそも悪意を持った異能に晒されて理不尽に傷付けられた彼女をこれ以上異能で何かしようと言うのも気が進まなかったのだ。

 それに、私に対して悪意を持ってもいない相手をどうこうしようと言う程、今の私は見境無しではない。

 

 だから仕方がない、仕方が無かったのだ。

 きっと今の私があの場面に戻れたとしても、私は同じ選択をする筈だ。

 

 だがいくらそう思い込んだところで、私にとってこれまでにない不安材料となった事だけは確かなのである。

 

 

(……異能を使っての口封じをしないなんて初めての経験過ぎて……。異能を持ってない人達って、いつもこんな不安を持って生活しているのかな……? でも……でも、神楽坂さんの時はこんな感じじゃなかったのに……どうして……)

 

 

 そんな昨日の事を思い出し、溜息を吐く。

 こんな事を考えるくらい弱り果ててしまった私は一人、昼休みの時間を利用して袖子さんと友好を築くまでの定位置である屋上前の階段で膝を抱えていた。

 

 これまで鯉田さんの様子を遠目から眺めた限り、私の秘密を誰かに話すようなそぶりは無い。

 

 楽しそうに、ギャル友や舘林さんと何かを話していた鯉田さんは昨日の事など無かったかのように晴れ晴れとしていたし、何なら私の話題すら彼女達の間では出ていなかった。

 ただ、今日はよく鯉田さんと目が合ったので、やっぱり彼女も私が気になっていたのだろう。

 気恥ずかしそうに、手櫛で髪を整えながら目を逸らす鯉田さんの姿が懐き切っていない小動物を連想してちょっとだけ癒されはしたが、やっぱり不安は絶えない。

 

 ……一応マキナと言う情報統制に関しては最強の保険がある。

 それを加味すれば、悲観するほど状況は悪くないのだ。

 

 マキナは情報統制の役割を担ってもらう為に生み出した存在であり、こと情報の流出を防ぐ面では私が知る限りどんなシステムよりも完成度が高い。

 何ならこれまでのただ私の溜め込んだ異能の出力を放出するだけの暴力装置としての活用法よりも、そちらの方が正しい運用と言っても過言ではない。

 

 

「……神楽坂さんの時こんなに不安にならなかったのは、あの人が絶対に口外しないって自信があったからなのかな」

 

 

 “紫龍”の時の状況と似通っているのに、あの時は感じなかったような不安を強く感じて、私はそんな自己分析をする。

 そうやって考えていけば、私にとって神楽坂さんと言う協力者の存在は本当に貴重なのだろう。

 

 ……秘密の一端がバレたからと言って、居心地の悪さを感じて距離を取るのは却って状況を悪化させかねない。

 今回の件も考えると、早急に神楽坂さんとの関係回復に努めなくては、なんて思う。

 

 

(――――御母様、対象『K』が接近中)

 

「……対象『K』って……普通に鯉田さんで良いじゃん……」

 

 

 思わずマキナの言葉に突っ込みを入れる。

 マキナからの警告に従い視線を上げていれば、しばらくして階段を上って来る音と共に息を切らした鯉田さんが顔を覗かせた。

 

 

「こ、こんなところにいた。山峰の奴が佐取に昼食を断られて灰になってたけど、一人になりたかっただけなのね。探したわよ……もう」

「ここは私のお気に入りなんです。袖子さんと仲良くなる前、私はここを根城にしてたんですからね」

「なんで自信満々なのよ……と、取り敢えず隣座るからね」

 

 

 なぜ、なんて言う間もなく鯉田さんは私の隣に腰を下ろす。

 息は切れているし、隣にいる私に熱が伝わってくるほど体温も高い事から、しばらく私を探して回っていただろう事が窺えた。

 

 手足を伸ばしてリラックスした様子を見せる彼女に、私はジト目を向ける。

 

 

「……私のスペースに勝手に入ってきた……」

「あーあーうるさいわね。学校に個人のスペースは無いんだから文句は受け付けないわよ」

「尻尾みたいな髪の毛が顔に当たってくすぐったい……」

「私の髪、手入れを欠かして無いから良い触感でしょ。触らせてあげるから役得と思いなさいよ」

「…………確かに良い匂いですね。まあ、私も昔は髪長くしてたので手入れの大変さは分かってるつもりです。ふむふむ、これは中々良い腕してますね」

「あ、ちょっ!? 鼻を押し付けて匂いを嗅ぐな馬鹿っ!?」

 

 

 触らせてあげると言われたので言葉に甘えたら、顔を掴んで押し退けられた。

 顔を真っ赤にして本気で拒否する姿勢にちょっとだけ傷付きながら、私は彼女がここに来たであろう本題に言及する。

 

 

「……それで、何が聞きたいんですか?」

「えっ!? な、何がよ?」

「何も無かったらわざわざここまで探しに来ないでしょう? 別に、怒らないですから聞きたい事聞いて良いですよ。全部答えるとは限りませんが」

 

 

 私の指摘に視線を泳がせて動揺した鯉田さん。

 彼女は何を口にするべきかと言葉を選びながら、自分の髪を弄り始めた。

 

 

「あー……えっと、そりゃようやくこうして二人きりになれたんだし聞きたいことは一杯あるんだけど。取り敢えず、その、昨日の事は口外してほしくないって事で良いのよね?」

「……家族にも言ってない事なので、秘密にしてもらわないと困ります」

「そ、そっか。うん。別に誰にも言うつもりは無いけど……家族も知らない事なんだ……」

 

 

「山峰も知らないんだ……」と呟いた鯉田さんは少しだけ上機嫌になる。

 

 

「じゃあさ、なんでもっとそういう力を使わないの? もっと色んなことに使えば良い生活出来るだろうしさ。それとも、実はこっそり使って生活してるの? 正直私の比較する他の例があの男しか無いから、超能力にどういう力があるのかよく分かってないけど……昨日もずっと出し惜しみしてたみたいだし……佐取はどうしたいって思ってるの?」

「私は……」

 

 

 鯉田さんの問いに、私は改めて考える。

 神楽坂さんと出会ってから色々と事件に首を突っ込んではいるし、変わりゆく情勢に対して色々と策を弄してはいるが、私のやりたい事はあの頃から変わりはない筈だ。

 

 

「私は……普通に生きたいんです。超能力があるとかじゃなくて、特別な人間として生活したいんじゃなくて。普通に学校生活を送って、普通に家族が平穏に過ごせて、私の周りの人達が理不尽な目に遭わず幸せだったらそれで良い。だから、この力を悪用してどうしようなんて思わない。普通に生活できる必要最低限の使用をするって決めてるんです」

「……そっか。なんだか、佐取も大変そうね。アンタの超能力がどんなのかは知らないけど、日常生活でおいそれと使えるようなものじゃないんだろうしね」

「そ、そうですね」

 

 

 優し気な鯉田さんの労わるような言葉。

 良い方に捉えてくれているようだが、読心出来ます、と言ったらどんな反応するのだろうと思ってちょっと顔が引き攣った。

 悟り系の能力って嫌われるのが常だし、流石に好意的に接してくれている鯉田さんも、洗脳さえもできるヤバい力と知れば警戒することは間違いない。

 

 そこら辺は話せないかと頭の中で区切りを付けていれば、鯉田さんはぼんやりと呟く。

 

 

「……でも、それならどうして佐取は私を信じてこうして色々話してくれてるの? 私を、その超能力を使って言う事を聞かせるとか、口止めをするとかしないのはどうして? 普通に生きたいならこんな秘密知ってる人がいない方が良いんじゃないの?」

「いや別に……確かに鯉田さんが私を陥れてやろうとか考えていたらそういう手も取ったかもしれませんけど、そうじゃないから穏便にやろうとしているだけです。鯉田さんは割と性格悪くて性悪な事をしますけど、借りとか恩とか無下にする人ではないでしょうし、人が本当に嫌がる事はしないと思っているので」

「なっ――――何よっ、なんだか見透かされているようで腹立つわねっ……!! ……でも、そうね。佐取は私をぬいぐるみのまま放置したって良かったんだもんね。本当は見捨てるのが一番自分の為になる行為なのに、それを曲げて助けてくれたんだもんね。わ、私だって、佐取の事嫌いじゃないし……助けてくれた人の嫌がる事は、したくないし……」

「えっと、だから違いますってば。私に感謝してくれるのは嬉しいですけど、私、鯉田さんの事嫌いじゃないって言ってるじゃないですか。嫌いじゃない人が目の前で危ない目に遭っていたら、誰だって助けようとは思うじゃないですか。一番為になる行為がどうとか、そういうのを考える話じゃなかったんです」

 

 

 感謝されるのは嬉しい。

 気を遣ってくれたり、不都合が無いよう考えてくれたり、褒めてくれれば私は喜ぶだろう。

 けど、それを誰かに押し付けようとは思わないし、私は私の行為を称賛されるようなものだとは思っていない。

 

 あくまでこれは、私のやりたい事の延長だから。

 

 

「私は誰をも救うヒーローになんてものにはなれないですけど。これからも、私は目の前で理不尽な目に遭う人くらいは助けようと思ってます。それが私の望む普通の生活なんです。だから、鯉田さんがまた危ない目に遭っていたら、ちゃんと助けに行きますから」

「…………佐取」

 

 

 ぼんやりと私を見詰めていた鯉田さんが、数秒を経てハッと正気を取り戻す。

 顔を逸らし、視線が合わないよう体勢を変え。

 

 しばらくそうして、鯉田さんは勢いよく立ち上がった。

 

 

「――――アンタは何でそうこっ恥ずかしい事を臆面も無く言えるのよっっ!? 馬鹿じゃないの!? アホじゃないの!? こっちが恥ずかしいのよアンポンタン!!」

「いきなりの罵倒!? い、命の恩人に向かってよくもまあそんな態度をっ……! このっ、派手派手空回り性悪ギャル子! そんな恰好恥ずかしくないんですか!?」

「恰好なんて私の勝手でしょう! 今は私にとってこれが一番お洒落なの! 私から言わせれば佐取の化粧気の無い格好の方がよっぽどダサいのよ! 恥ずかしくないの!? 地味子!」

「地味っ……!? ふぐぅっ……」

 

 

 予想外の暴言に怯み、私はちょっと涙目になる。

 激しく私を罵った鯉田さんはそれで満足したのか、暴言を辞めると私の手を取った。

 

 昼休みはまだもう少しある筈だが、この人の事だから教室に戻ってもやることが一杯あるのだろう。

 いじけている私の手を取った鯉田さんは、私を優しく引っ張っていく。

 

 

「よしっ、じゃあもう良いわ。一緒に教室に帰りましょう。これからも今まで通り佐取には色んな事で競いに行くけど、ちゃんと付き合いなさいよね」

「うぅ……わ、私もこれまで通り生活してくれれば何も言う事はありません。何かあれば相談してくれて構いませんが、昨日の事は忘れて、変わらない学校生活を送りましょう」

「何言ってるの。完全に昨日までと変わらない生活なんて無理に決まってるじゃない」

「え゛……」

 

 

 予想外の返答。

 鯉田さんが肯定して終わりになるかと思ったこの話だが、どうにもそうはならないらしい。

 私の手を引いて階段を降りていく鯉田さんは背中を向けたまま、ゆっくりと言葉を続ける。

 

 

「これからはさ、一緒に色んな所に行きましょう。私の友達にも紹介するし、私の家にも来てさ。一緒に食事や喫茶店に行ったり、洋服とかを買いに行ったりね。私がアンタの服をコーディネイトしてあげる。佐取の言うようにこれまで私は、虚勢ばっかで素直になれなかったけど……本当は私、佐取と友達になりたいから」

 

 

 それは鯉田さんがあの時呑み込んだ言葉だ。

 私に言えないまま消えた筈の言葉が、ちゃんと私に伝えられた。

 

 私にしか視えないその事実が嬉しくて、思わず笑った私に鯉田さんは振り返る。

 

 

 鯉田さんとの間にあったこれまでの関係。

 私は満足していたけれど、鯉田さんにとってはずっと引っ掛かっていたもの。

 虚勢ばかりを張っていても本当の気持ちに変わりはなくて、ずっと心の中では願ってた事。

 一歩を踏み出すきっかけにしては昨日の事は大き過ぎるとは思うけれど、それでも確かに彼女の背中を押したのは事実なのだろう。

 

 そんな彼女を視て、私は思うのだ。

 不器用で、性悪で、間違っても性格の良いとは言えない彼女だが、それでもやっぱり理不尽な悲劇に晒されるべき人ではなかったのだ、と。

 

 

「ねえ佐取……昨日頬を叩いちゃってごめんね」

「……仕方ありませんね」

 

 

 彼女の花が咲くような笑顔を見て、私は改めてそう思った。

 

 

 

 

 




これにて二部一章は終了となります!
ここまでお付き合い頂き、感想や評価、誤字脱字報告、本当にありがとうございます!

章を終えるまで、予想通り色々と時間が掛かりましたが、これからもゆっくりと話を続けて行こうと思いますので、よろしければこれからもお付き合い頂けると嬉しいです!!

また次話からは間章となりますのでご了承ください!

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