非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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欠陥だらけの計略

 

 

 

 

 鯉田さんが異能犯罪に巻き込まれた事件。

 “無差別人間コレクション事件”から早一週間が経過した訳だが、私の学校生活には一つ、大きな変化が生じていた。

 

 これまでの学校生活のほとんどでは、袖子さんという私の高校での唯一の友人としか会話が無く、私に非常に懐いてきている彼女と何をするにも一緒の生活を送っていた。

 勿論私としても袖子さんの事は嫌いでは無いし、彼女とのやり取りに楽しさを覚えているのは確かではある。

 楽しさを感じてはいる……のだが、根っからの天才肌、生粋のお嬢様とちょっと人に誇れない特技を有するだけの庶民では、価値観の違いが天と地ほどあると言っても良い訳だ。

 

 正直、疲れることはある。

 金銭面でのちょっとした違いや問題解決へのやり方の違いがあったり、突拍子の無い提案や思い付きなどで結構振り回されることも多かったのだ。

 

 そんな私の疲れを軽減し、同時に私の学校生活の大きな変化でもあるのが、鯉田さんとの関係性の変化だった。

 

 

「ぐっ……!? ま、また負けたっ……! しかもまた満点だなんて……山峰アンタッ、何かズルでもしてるんじゃないでしょうね!?」

「負け惜しみにしてもお粗末な発言だけど? と言うか、いい加減私達には勝てないって事理解した方が良いんじゃない?」

「ぐ、むっ……」

 

 

 彼女はあの事件以降、嵐のようにやって来て事実だけを確認し、肩を落として帰っていくのではなく、隣に席を持ってきて普通に会話に参加するようになったのである。

 

 割と普通の友人のように会話をするようになったのだ。

 とは言え、関係性が変わったのが私と鯉田さんの間だけであり、敵対関係の袖子さんと鯉田さんの会話は微塵も変化が見られない。

 

 今日も元気にいがみ合う二人である。

 

 

「ぐっ、くっ……勝てるとは思ってなかったけど、今回のはクラス平均下がるくらい難しかったし、あと一歩位を考えてたのに……」

「こんな紙切れですら私に圧勝を許すならもう他の事でなんて勝てると思わない方が良いと思う。私は別に、お前と勝負したい訳じゃ無いし」

「ぅぅっ……」

 

 

 敗北の事実と袖子さんの煽りに顔を真っ赤にして震える鯉田さんの目元に涙が浮かんできていた。

 袖子さんに悪意はないのだろうし勝負なんて望んでいないのは本心からの言葉だろうが、流石に鯉田さんが可哀想だろう。

 

 挫けかける鯉田さんと、あくまでめんどくさそうな態度を一貫している袖子さんの光景に、私はフォローを入れる事にする。

 

 

「……鯉田さん鯉田さん。目標ばかり見て自分の結果を見落としちゃ駄目です。見て下さい、鯉田さんの点数は前より15点も上がっています。100点満点中の15点がどれほど大きいかはそれを上げた鯉田さんが一番分かっている筈です。なんで上がったのか、要点は何だったのか、より効率を上げるためにはどうするべきか。そして、間違えた部分のおさらいをして理解を深めたほうが有意義だと思います。何よりも、現に結果として成長が現れているのに、自分の努力した結果を自分が否定したら駄目だと思いますよ」

「!!??」

 

 

 袖子さんが勢いよく私へ振り返る。

 ……いや、そんな驚愕するような顔をされても私だって人の心はあるのだから、フォローくらいする。

 

 

「ま、前の私の点数を覚えてるの……? あんなに眼中に無さそうだったのに……?」

「あれだけ見せに来てたんだからそりゃ覚えてますよ。まあ、この結果で終わりじゃないんですから、そう気を落とす必要も無いですって。私も袖子さんには勝ててませんけど、一緒に勉強くらいは付き合いますし」

「……そう、よね……! 次もあるもんね! 分かった、ありがとう佐取!」

 

 

 すっかり機嫌を良くした鯉田さんがニコニコと自分の答案用紙を抱えたのを見て安心する。

 ここで泣かれでもしたら袖子さんと仲の良い私も悪役になるだろうし、舘林さんにも悪印象を抱かれかねない。

 現にチラリと遠目にこちらを窺う舘林さんを見れば、ちょっと驚くような顔で私達を見ているのが確認できるので、間違いなく私の好感度が上がった事だろう。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、と言うように、友人関係を築けている鯉田さんに優しくすれば舘林さんの私に対する警戒心も無くなる筈なのだ。

 

 計画通りに進んだことにニッコリと笑顔を浮かべていたのだが、次の瞬間私の肩にそっと手が置かれた。

 

 

「……燐ちゃん? ちょっと前から思ってたんだけど、やけに最近その女に優しくない? なに? 何か弱みでも握られちゃったの? 相談してくれれば全部何とかしてあげるからさ。その女を何とかしてほしいって言って?」

 

 

 目に光を宿していない袖子さんの顔がすぐ後ろにあった。

 死んだ目とか、髪が口に掛かっているのとか、どう見てもホラー映画に出て来そうなお化けである。

 

 

「ひっ……!? こっ、こわっ……!? ちょ、袖子さんいつの間にそんなホラー演出覚えたんですか!? べ、別に普通に仲良くなっただけですよ! この前も簡単にですけど説明したじゃないですか!? 弱みとかそう言うのはまったく何も無いですって! ねえ、鯉田さん!?」

「そうよ! 私が弱みを握った!? はぁ!? この腹黒地味子を私がどうにかできる訳ないじゃない! そんなの山峰が一番分かってるでしょ!? 私が何かしようとしても、せいぜいベソかかされて終わりよ!」

「……地味子……」

「なっ、なんでその一言で傷付くのよ!? 普通に自覚あるでしょアンタ!?」

 

「なんで仲良いの……? 私は、燐ちゃんの警戒心を解くのがあんなに大変だったのに……どうして……」

 

 

 わちゃわちゃと息の合っていない私達のやり取りを見て、さらに嫉妬心を高ぶらせた袖子さんの目付きが暗いものに変わっていく。

 私の肩に掛けられた手がするりと首元を通り、袖子さんが両腕で私を抱き寄せる形を取ると、鯉田さんに対して威嚇するような唸り声を上げ始めた。

 

 まんま獣である。

 そして普通に邪魔である。

 

 

「袖子さんの長い髪が顔に掛かってくすぐったい……鯉田さん鯉田さん、チャンスですよ。今が攻め時じゃないですか?」

「えっ? 攻め時って何よ。こんな状態の山峰見たこと無いからちょっとどうすれば良いか分からないし、今何かしたら手酷い反撃を受けそうなんだけど……何が攻め時なのよ?」

「今の袖子さんはいつも以上に不安定です。私と仲良くなった経緯を軽く話して、ちょっと情緒を突いたら倒せますよ、きっと」

「ええ……?」

 

 

 酷く嫌そうな声を上げた鯉田さんが私の言葉に従って袖子さんを見た。

 唸り声を上げる袖子さんの姿はどう見ても弱っているようには見えないが、袖子さん的にも私と鯉田さんが仲良くなった経緯には興味があるのか、じっと鯉田さんの出方を窺っている。

 

 私の言葉を信じ切れないようではあったが、一応は試してみるかと鯉田さんは言葉を切り出した。

 

 

「えーっと……私、助けられたのよ。そいつに……」

「!?!!?」

「ちょっとある事に巻き込まれて、どうしようもなくて、諦めかけてた時に佐取が助けてくれたの……色んな事情を知ってる山峰なら、もう何となく分かるでしょ。勿論その間にも色んな会話とかはあったけど、纏めるとそれだけよ。ちょっと……私が憧れてるだけで、これからちょっと仲良くなりたいって一方的に思ってるだけ……山峰が嫉妬するようなことなんて」

「ぎゃふん!!?」

 

 

 よほど衝撃だったのか、奇声を上げてふらつきながら地面に倒れた袖子さんが、放心したような顔で鯉田さんを見たまま硬直した。

 先ほどまでとは一転、と言うか、袖子さんをぎゃふんと言わせる自分の念願が叶ってしまった光景に、鯉田さんは理解が追い付かないようで数秒沈黙する。

 

 そして、鯉田さんは勢いよく首を振り始めた。

 

 

「…………いや、いやいやいやっ、辞めてよこんな形で目的果たせちゃうの! 違うでしょ!? 私は確かに手段とか方法は選ばない方だと思うけど、こんな情けない形での勝利とか微塵も嬉しくないんだけど!?」

「ふへへ、念願叶っちゃいましたね鯉田さん」

「アンタはうるさいのよ馬鹿! 私はこんなの認めないんだからね!!」

「えー、そんなことを言って良いんですか? 私の事憧れてるんですよね? えへへー、私も鯉田さんの事嫌いじゃないですよ」

「ぎゃふん!!?」

 

 

 私がからかうように鯉田さんの耳元でそう囁いてやれば、勝利の余韻も無いまま鯉田さんが撃沈した。

 

 二人が沈黙した、つまり私の単独勝利である。

 束の間とは言え、鯉田さんがあれだけ望んでいた袖子さんへの勝利を実現させてあげたのにちっとも嬉しくなさそうだったのは残念だが、私としては良い方向へ事が進んだ。

 こうして裏切り合いを制した私は、立ち直れていない袖子さんと鯉田さんを放置して遠目にこちらを窺っているギャル友さんと舘林さんの方へと近付いていく。

 

 そろそろ当初の計画通り、舘林さんと友好を築く頃合いだろう。

 

 そう思い、舘林さん達の元に辿り着いた私は気さくに話し掛ける。

 

 

「いやぁ、あの二大巨頭に挟まれると生きた心地がしませんね。本当に猛獣使いになった気分です」

「えっ!? わ、私ですか……? そ、そうなんですね」

「うわぁ……こっち来やがった……」

 

 

 私の目的である舘林さんはともかく、あからさまに嫌そうな顔をするギャル友さんに対し、思ったよりも良い印象を抱かれてないのかと口を噤ませる。

 

 だが、幼い妹をあやしてきた過去を持つ私からすれば、二人の印象を変えるなど造作も無い。

 人に好かれる方法などいくらでも出て来るくらい、私の経験は豊富なのだ。

 

 

「……二人とも、飴いります?」

「いらない」

「えっ、だ、大丈夫です」

 

 

 常備していた飴を取り出して二人に差し出したが拒否された。

 私は行き先を失った手の上の飴を自分で頬張りながら、首を傾げる。

 

 思っていたよりも彼女達から厚い壁を感じるのは何故だろう。

 別に彼女達に何かした訳でも無いし、仲が悪くなる要素も無かったと思うのだが。

 飴が嫌いだったかと反省しながら、次なる一手を打つ。

 

 

「お二人はテストの結果どうでした? 私は袖子さんのように満点は無かったですけど、そんなに悪くなくて一応は満足しています。舘林さんは――――」

「そんなことよりさ」

 

 

 第二の手段『共通の話題』、と脳内作戦を実行していた私を遮ったのはギャル友さんだ。

 胡乱気に私を見た彼女はガシガシと自分の頭を掻く。

 

 

「岬の事助けたのって本当?」

「はい? ……いやまあ、間違いありませんけど……とは言ってもアレですよ。本当にたまたま見掛けて、偶然助けられて、警察に通報できただけですよ。結果的に警察が何とかしただけですし。私がどうこうしたって言うのは違和感がありますけど……」

「ふーん……それとさ、岬には聞けなかったけど、アイツが私達と一緒にいる時に誘拐されたのって言うのは本当?」

「いや、それは私知らないです……あ、いや、そう言えば前鯉田さんがお二人と一緒に居る時って言ってましたね。うん。トイレにいるときに男が入って来てって」

「…………そう。分かった」

 

 

 何だか色々と思うところがあるような態度だ。

 今は周辺への読心は、簡単に感情を感じ取る程度しかしていないので、ギャル友さんが何かを悩んでいるのは分かっても、その内容までは読み取れない。

 

 が……まあ、話の流れで何となくは分かる。

 

 小さく溜息を吐いたギャル友さんを私がまじまじと見つめていると、舘林さんが慌てて口を挟んでくる。

 

 

「あ、あのねっ、岬さんが大変な目にあった場面で友達の私達が助けられなかったのに、佐取さんは助けて、解決するまでの補助をしたって聞いてね。私達はどうして気が付いてあげられなかったんだろうって思ってたんだ……です」

「舘林、いらない事言うな」

「ご、ごめんなさい」

 

 

 相も変わらず舘林さんの周囲には小さな花が舞っているような錯覚を覚える。

 と言うか、ぶっきらぼうな友人のフォローに入る所なんてまるで聖女だ。

 おずおずとした気弱な所作に、私がちょっと見惚れていればギャル友さんが苛立ったような物言いで舘林さんの発言を制しやがった。

 

 なんて奴だと、心底思う。

 

 

「……まあ、犯人も友達がいる店の中では気を張っていたんでしょう。私が本当にたまたま、鯉田さんを助けられたのに、鯉田さんへの理解度だとか仲の良さは関係ありませんよ」

「ふん、良いよ変なフォローなんか。友達が危ない目に遭って、すぐ傍にいたのに気が付けなかった。何も出来なかったのは変わりないんだからさ」

「これまた……随分、責任感が強いんですね」

「責任感じゃない、こんなのただの身勝手な嫉妬。私はもう少し、自分はそういう場面で何かをやれると思ってた。もう少し自分が優秀で、周りに目を向けられると思ってたんだ。佐取は悪くない、むしろ友達を助けてくれた感謝するべき人だって分かってる。感謝するべきだって分かってるさ。……でも今は、そういう気になれない。悪いけど、落ち着くまでは佐取に感謝出来ない」

「そこまで素直に自分の気持ちを口に出す人は初めてです。まあ、それは好きにしてください。私は別に貴方に感謝されたくて鯉田さんを助けようと思った訳じゃ無いので」

 

 

 ギャル友さんの本名はよく覚えていないが、この人が私に対して複雑な感情を抱いていたとしても私にとってはどうでも良い。

 悪意を持って攻撃でもしてこない限り、私の生活には何一つとして影響はないし、攻撃をしてきたならそれ相応の対処をするだけだ。

 特に害にならないと言うのならそのまま放置で良いだろう。

 

 そんな事よりも私は、舘林さんと図書室へお出かけするのだ。

 

 そう思い、ギャル友さんを完全に視界外へとやって動揺する舘林さんの正面に立つ。

 

 

「舘林さん、それじゃあ今日の放課後は私と一緒に図書室でテストの問題を解き合いましょう?」

「清々しいまでに私を放置するのか……いや、良いんだけどね」

「え……わ、私ですか? な、なんで佐取さんは私なんかに話し掛けてくれるんですか? わ、私、よく頭良さそうとは言われますけど、本当は皆と比べて頭良くないし、お金持ちでも無いし、運動も出来ないし、顔も良くないですし……」

 

 

 妙に自信なさげな舘林さんの態度。

 私としては並べられたそれらの要素を見て友達になりたいと思っている訳ではないので、舘林さんのそんな心配事は心底どうでも良かった。

 

 

「そんな要素を見て友達とか作りますか? 利益を目的とした企業でも無いんだから、人材の能力なんて二の次以下ですよ。学生の私が見るのなんて人間性だけに決まっているじゃないですか。舘林さんは冗談が上手ですね、もう」

「友達……? 私の、人間性を見て……? 佐取さんが……?」

 

 

 にわかに信じられないと言うような舘林さんの様子。

 それに対して私が頷いて見せるも、彼女はまだ納得がいっていないようだった。

 

 だが、感触としては悪くないと、私は思う。

 嫌われていると言う感じも無ければ、私に対する評価が低いと言う訳でも無さそうだ。

 

 

(これは……行けるのでは……?)

 

 

 一学年の高校生活も残り4ヶ月ちょっとで時間はあまりない。

 友人関係を築いても、クラスが変わってしまえば関係は薄くならざるを得なくなる。

 時間的にも好感度的にも、ここが攻め時だと確信した私は勢いよく口を開いた。

 

 

「――――私は舘林さんと、舘林さんだからこそ仲良くなりたいんです! 一目見た時から舘林さんと友達になりたいと思ってました! 私と友達になってください、よろしくお願いします!!」

「ひっ……そのっ、ごめんなさいっ!」

「ぎゃふん!!?」

 

 

 あまりの衝撃に立っていられなくなり、床に崩れ落ちた。

 これまでせっせと積み上げて来たと思っていたものが実は塵のようなもので、知らぬ間に風に飛ばされていたのだろうかと、そんな事が頭を過る。

 

 痛い、胸が痛すぎる。

 異性への初恋や交際も、まったく経験の無い私にとってはまるで愛の告白染みたお願いを拒否された痛みは非常に耐えがたい。

 私の目からハラハラと涙が流れるのを見た舘林さんが何事か言い訳をしているし、ギャル友さんがドン引きしているが、そんなのはもう気にならない。

 

 舘林春さんと言う、私の思い描いた学校生活の理想の友人が、どこか遠くに行ってしまった。

 どれだけ異能という特別な才能を持っていたって、欲しい友達一人作ることが出来ないのだと、私は泣いた。

 

 

 

 

 


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