非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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いつもお付き合い頂きありがとうございます!

本作のイラストを描いて頂けましたので、また活動報告の方へリンクを貼っています!
興味のある方はぜひご覧になってください!



再来する災禍

 

 

 

 

 警視庁本部に設置された異能を所持する疑いがある者を取り調べる為の部屋。

 神薙隆一郎の件以降設置されたこの部屋は特別製であり、対爆性や耐久性に非常に優れ、衝撃では軍用の装備でも破壊は困難なあらゆる技術の粋を集められた構造物だ。

 過剰なまでに強固な性能を誇るその一室だが、使用の対象として見られていた異能犯罪が日本国内においては神薙隆一郎の一件以降発生せず、これまで使用されることは無かった。

 

 それが、数か月の未使用を経て、ようやく使われる時が来たのだ。

 

 現在、ほんの数日前に逮捕された“無差別人間コレクション事件”の犯人の取り調べがこの部屋で行われていた。

 マジックミラー(光を利用し逆側から見えないように出来るガラス)の壁から異能を持つとされる男を観察する大勢の警察関係者は、取り調べの様子を見て一様に眉を顰めていた。

 

 

『――――こ、こういう経緯で、それ以上はありません。俺としても、なんであそこまでぬいぐるみに執着していたのか、もう分からなくて……こんな大事になるとは思っていなくて……』

 

「……なんだか、超能力を所持している人物にしては腰が低いな」

「腰が低いのも形だけだろう。23人の被害者を出した奴だぞ、死者こそ確認できてないが未だに被害者がいるかもしれない。それに、他人に被害者を売り飛ばしてる可能性すら……」

「資産家の一人息子……両親の過去の伝手を使って商品を購入、か。ふざけた野郎だ。職が無くとも金や時間もあるなら誰にも迷惑掛けずに静かに暮らせばいいものを」

「……いや、それにしてもこの資料は本当に正確なのか? こんな……人を強制的にぬいぐるみに変え最終的には意識すら消すなど……あまりに非人道的だろう。被害者達の精神状況を考えると、死者が出なかったことや自ら投降した程度で許されるような所業ではない」

「諸外国で発生している事件の詳細を聞いていたら、これくらいは予想してしかるべきだったのかもしれない。海に囲まれ、薬品を入手する人が少なく、事件が起きていなかった。私達は知らず知らずの内に、他人事のように考えていたのかも」

「……視線を合わせた相手をぬいぐるみに変える力、か……」

 

 

 取調室で素直に話をしている男の様子を訝しみながらも、この場にいる警察関係者達は各々が手に持つ同様の資料に目を落とし、一様にその表情を険しくさせた。

 

 その警視庁内部資料にはこう書かれている。

 

 異能№3『生物を無機物に変える力』

 

『〇 この資料にある情報は全て自供によるものであり、確認は未実施

 時間:無制限

 条件:視線を合わせる、あるいは物理的な接触によるもの

 効力:生物をぬいぐるみに変える(時間経過により記憶・意識を消失させる)

 ぬいぐるみを知性体(生物としての機能は不完全)に変える

 参考:外国から取り寄せた薬品を使用し異能を入手した

 被害状況:被害者23名全員精神状態が軽度の不安定。しばらくの間、措置入院とした

 被害者の証言は一致しており、ぬいぐるみ時の記憶は半日程度しか存在しておらずその後の記憶はない。重度のトラウマ等にはなっておらず、日常生活に戻る事も時間の問題と報告あり

 また、事件解決に関係した女子高生2名についての精神状態は安定しており、しばらくの間、通院はするものの現在は日常生活に戻っている』

 

 

「異能……目で確認できず、誰がどんな物を持っているのか分からない……ふざけた凶器だ」

 

 

 ポツリと、誰かに呟かれた。

 呟かれた言葉に誰も肯定や否定をすることなく、険しい顔のまま手元の文字列やガラス越しの嫌に大人しい男の様子を眺める。

 

 

「まさか神楽坂が言っていたことが真実とは……アイツには悪い事をした」

「そんな事よりもこの事件解決に関係したという女子高校生にこれ以上の取材は入らないだろうな? 交番に助けを求めて袖にされたなど……こんな話が詳しく報道されれば、また警察叩きが始まるぞ」

「聞けば女子高生達の方から、そういう個人情報を出さないでくれと念押しされたらしい。身内から情報さえ出なければ、まあ、そういう事にはならないだろう」

「しかし、ただ助けを求めるだけでは無駄だと判断し、自分達を襲った犯人から逃げるだけじゃなく家まで特定してからもう一度通報してくるなんて……今の若い奴は優秀なもんだ」

 

 

 異能犯罪と言う一年前は考えられなかったような事件にボヤく者、組織に向かうだろう批評を恐れる者、あるいは事件解決に繋がった女子高生に感心の声を上げる者など反応は様々だ。

 

 それもそうだろう。

 異能犯罪と言う、正式に国内で認定される特殊事例はこれで二件目なのだ。

 様々な意見はあるし、どういったものが普通なのかも分かっていない。

 手さぐり段階の検討段階、法がどれだけ迅速に整備されたとしても現場がそうであることは変わらない。

 

 同じ仕事の関係者であっても意志や方向性を統一するのは難しいもの、それは当然だ。

 

 だが、そんな彼らでも共通して気になる相手は存在する。

 自分の進退を握る上層部や職務上重要な役割を担っている者、あるいはこの件を担当する者達の動向であったりと、複数通りあるが今回は。

 

 

「……異能対策部署の、公安特務一課の奴らはなんと言っている?」

「そもそも今回の端緒はその一員への直接通報があった訳で、手柄のほとんどは奴らの……待て、あの男の取り調べを中断した。出て来るぞ」

 

 

 それまで男の対面に座り、話を聞いていた女性、公安部特務対策第一課課長の飛禅飛鳥が部屋から出てくると、隣の部屋で様子を見に集まっていた者達にニコリと笑顔を向けた。

 

 

「駄目ですね。あの男、ペラペラ話過ぎて抵抗の意志すらありません。異能を使用しようとする動きがあったら分からせてやろうと思ってましたけど、従順過ぎて気持ち悪いくらいですよ☆」

「そ、そうですか。飛禅課長、わざわざ対応ありがとうございます」

「いえいえ。異能の発動すら感知できない方に対応させて問題が起きた時の方が大変ですからこれくらいは何でも無いですよ。……まあ、異能持ち相手に取り調べをしたいと言う方がいるのなら、それを止めるつもりもありませんが……」

「いや、それは……」

「冗談ですよ☆」

 

 

 可愛らしい笑顔の裏に隠れる真意を想像し、また自分達の予想を超える凶器を持つ存在が目の前に立つことに怯え、血色を悪くした警察関係者達はお互いに顔を見合わせる。

 

 最初こそ、立場と唯一性のある能力を兼ね揃えた飛鳥に取り入ろうとする者は多くいた。

 だが、腹芸を覚え、広報担当として組織外の人間と関わり、あらゆる面での人脈を構築し始めた飛鳥の組織人としての手腕の巧さに、飼殺し出来る相手ではないと多くの者達が早々に気付かされる結果に終わった。

 それ以降は劇物と成り得る飛鳥を刺激しないように努めるだけとなっていたが、このような事件があった時はどうしても彼女に頼らざるを得ない状況となる。

 独特な立場を築いている飛鳥に目を付けられたくない、もはやそんな想いだけが彼らにはあり、つい数か月前まではただの部下だった女相手に平身低頭するしか道は無かった。

 

 だが、ただ目立たぬようにしていても彼女が見逃してくれる訳でも無い。

 

 

「それでですねぇ☆ ……あの男の家宅捜索をされた方々は証言にあった異能開花の薬品、またはその容器などだけでも発見は出来ているのでしょうか?」

「いや……そのような報告は貰っていませんが……」

「今、話を聞く限り、購入したのは六つで自分に使用したのは一つだけ。つまり残り五つは未使用の状態で残っているそうなんですが……担当者は誰ですか?」

「た、担当者? おい、あの家の確認をする担当者は誰だっ?」

 

 

 慌ただしく確認する彼らの様子を横目に、飛鳥はこの事態を見越してあらかじめ現場に向かわせていた柿崎に連絡を取り、指示を伝えるとニコリと笑った。

 

 

「……とは言え、今すぐどうにかなるとは思っていません。捜索漏れや見落とし、あるいは横領なんかも確認してもらえると助かります」

「横領っ……!? い、いや、分かりました……」

「よろしくお願いします。国際警察からの情報提供で、本物の薬品についての情報はある程度判明しているのでそちらも参考にして下さい、ね☆」

 

 

 自分を恐れるようにしてバタバタと足早に去っていく彼らの背中を視線で送って、飛鳥は小さな溜息を吐いた。

 立場が人を作るとは言うが、こんな嫌われるような立場は普通に好きでは無い。

 

 だが、やるしかないなら仕方がない。

 その上、佐取燐香とか言うポンコツから、『出てくる筈の薬品の確認はお願いします』、と連絡が来たのだから、余計後には引けなくなった。

 

 飛禅飛鳥は基本的に、佐取燐香という少女には逆らえないのだ。

 

 

(……まあ、燐香が関わっている事件ってだけで予想してたことだけど……やっぱり後腐れなく、その上危険が無いように調整されてたわね)

 

 

 だが、逆らえない相手からのお願いであっても、今回の件に飛鳥は少し呆れていた。

 

 

(意識さえ完全な無機物になる異能に侵された被害者全員が、日常生活に戻れるまで回復できるなんてどんな奇跡よ。今だって暴れたらボコボコにするつもりだったのに、あの男……抵抗の発想も無くて、多分そもそも異能の出力も削られてたし……)

 

 

 どんだけ過保護なのよ、なんて。

 ちょっとだけ口元が緩んでしまいながら飛鳥はそんなことを思う。

 

 

 飛鳥は今回の件の全ての事情を教えてもらっている訳ではない。

 後になって、自分の携帯に燐香からの短い救援要請が来ていた事に気付いたが、当時は忙しくすぐに反応する事が出来なかった。

 だから、どんな経緯があってあの場に燐香がいて、どんな過程でアホの一ノ瀬和美と連絡を取り合って、どんな理由があって薬品の管理を燐香がやらず自分に任せているのかも分からない。

 あのアホの一ノ瀬和美と燐香の関係は非常に気になるし、なんであの二人に接点があるのだという疑問は尽きないが、今それを気にしてられる余裕はない。

 それらは後で纏めて問い詰めるとして、取り敢えずは自分がやるべき異能開花の薬品の残りを探し出さなければと、飛鳥は気持ちを切り替える。

 

 飛鳥は薬品が他にどんな風に紛失する可能性があるのかと思考を巡らしていく。

 

 

「……見つかるのと見付からないのとじゃこれからの捜査が大きく変わる。でも、見付からなかったら見付からなかったで、そのルートを見付ける手がかりになる。本物の薬であったとしても、素養がある人はそもそも少ないから……万が一、5つ薬品が紛失しても、出てくるだろう異能持ちは一人かしらね」

 

 

 考え方によってはこれはチャンスだ。

 その異能持ちがどんな行動を起こすのかは予測できないが、最良は警察の協力者に、最悪でも捜査の経験となるのは間違いない。

 

 視点を変えれば悪い事ばかりではない。

 あのポンコツ燐香によって日本は外国に比べ異能犯罪の発生件数が恐ろしい程少ないのだ。

 違法に薬品が流通しえる土壌を見付ける事や異能犯罪の経験を重ねるのは、今後を考えると非常に大切な事だろう。

 

 今の飛鳥の立場でも心底そう思う。

 

 

 ……だが、もしも。

 

 もしも、その薬品によって手にした異能が手に負えないほど強力なものだったのなら。

 もしも、その薬品によって生まれた異能持ちが世界を揺るがす程の厄災となったのなら。

 

 

「……第二のアンタが出る可能性を、私達は考慮するべきじゃないかしらね」

 

 

 かつて世界を掌握した異能持ちがいた。

 その異能の凶悪さは、当時の誰も手に負えるものでは無かった。

 人々とって悪夢のようなその事実、それがもう一度繰り返されない保証はどこにもない。

 

 いつだって厄災染みた出来事はある日突然やって来る。

 

 そして、その前触れと言えるものは既に充分すぎるほど起きている。

 

 飛鳥はそんなことを考えながら、次なる仕事の為に歩き出した。

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

 どこかのホテルの一室。

 『彼女』は片手でテレビの電源を入れつつ、もう片方の手で自身の懐から空になった銀色の筒状ケースを机に置いた。

 それは、“紫龍”や“千手”が持っていたあの筒状のものに酷似した、どこか高級感のあるケースだ。

 

 それから、『彼女』は首を回して体のコリをほぐしながら自身の携帯電話の電源を落とした。

 副作用に近い気だるさを感じながらも、『彼女』は自身の望むように自分の体で変異と開花が行われているのを自覚する。

 気が付かぬうちに口元が緩み、早くこの力を確認したいという欲求が湧き出した。

 

 テレビで流れる異能犯罪の情報に冷たい目を向け、例の事件後の処理状況を確認すると、ソファから立ち上がり化粧室に向かう。

 そうして化粧室の鏡の前に立つと、『彼女』は自分の姿を確認した。

 

 

「――――あはっ。ええ、そうよね。こうでなくちゃね」

 

 

 そして、恐らく小学生程度だろう、背の低い少女の姿をした『彼女』は、鏡の前に立つと目を細めてそっと鏡に映った自分の頬を優しく撫でた。

 鏡に映る自分自身の頬をまるで慈しむように丁寧に時間を掛けてなぞり、積年の望みが叶ったかのように幸せそうに一人笑う。

 

 

「貴女は何を望むのかしら……いいえ、貴女はこれから何を望んだのかしらね。……気になるわ、とってもね」

 

 

 酷薄な微笑みを浮かべた少女が、鏡の中に自分の語り掛ける様にそう呟いた。

 怜悧で、残酷な目が、どこか遠くを冷たく見据える。

 

 そうやってしばらく物思いに耽った彼女は、流れ続けるテレビの映像に視線を向けた。

 

 

『――――第二の超能力犯罪、“無差別人間コレクション事件”ですが、犯人の住居に対する捜索は現在も続けられている模様です。また被害者達は現在も入院をするなど、生活に支障が出るほどの影響をこの件で受けている事から被害者達への支援の必要性も充分考えられます。世界を揺るがした神薙医師の事件以降初めての国内における超能力事件に、政府関係者も大きく注視している事態となり、国際警察への協力要請も進んでいるとのことで―――――』

 

 

 少女は小さく頷く。

 下らない情報の羅列だが、自分の行く先を考えるには丁度良かった。

 

 

「私としては、これ以上異能を持った人間がいたずらに増え続けるのは好ましくない。感謝はしているけれど、今の私にはもう邪魔でしかない……これらの事態の大元は、多国籍企業の最大手『UNN』だったわね」

 

 

 鏡の前から歩き出す。

 尊大に、あらゆる全てを踏みつぶすように、「それから」と少女は続けた。

 

 

「それと国際警察……国際警察ねぇ。この国の国政に携わる奴らは論外だけど、秩序を嘯くあの連中がのさばっても良い事なんて限られている。『UNN』のような純粋悪とは性質は違うけど、あんな連中を私は認めない」

 

 

 一人掛けの豪華な椅子に腰を下ろした少女は、まるで玉座に座る王のように足を組んだ。

 肘を突き、背を預け、酷薄な笑みを浮かべた少女は大きな窓から覗く高層からの景色を見下した。

 

 そして、語り掛ける。

 

 

「この世に支配者なんて必要ない。低俗で醜悪な人間という知性体に群れの権力を持たせても、出来上がるのは愚かな集合体だけ」

 

「この世は悪意で満ちている。醜悪が世界に満ちて、欺瞞や欲望が渦を巻く。悲劇が螺旋の様に地続きで、その根本はいつだって人の悪意が存在する。自業自得の因果応報、人間という種の醜さの結晶。でも仕方がないわ、それが人間だもの。私だってそれくらい理解しているし、諦めている。そう言う物だって考えるしか、現状を正確に把握する術なんてない」

 

「でも、現状を正確に把握したなら、次に進む必要があるわよね。停滞を受け入れるには、今の世界は淀みが過ぎて、この世に蔓延る悪意は必要最低限で充分だから……それらを切除しない事には何も始まらない。世界には改革が必要で、この世界に停滞は早すぎる」

 

「そのために……取り敢えずまずは世界の支配者を気取る『UNN』や国際警察はいらないわよね――――貴女もそう思うでしょう?」

 

 

 誰も居ない部屋で、何でも無い事のように呟かれた宣戦布告。

 悍ましい光を宿した少女の双眸が捉えたのは、どちらも世界で最高の力を有する組織だ。

 個人でそれらを打倒する事がどれほど困難な事なのか、玉座に座る少女は理解しながらも、思う事は一つ。

 

 無知蒙昧な者達の無様な姿が酷く不愉快だ。

 

 きっと『彼女』もこんな風に世界を見ていたのだと少女は納得した。

 

 

 

 

 

 





本話で今回の間章は終了となります。
ここまでお付き合い頂き、また感想や評価、推薦など頂けて大変励みになっております! 本当にありがとうございます!!

次章もある程度まとめ切った後に投降したいと思いますので、またしばらく間が空くと思います。
お待たせする事になるとは思いますが、気長にお待ちいただけると嬉しいです!


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