非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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数カ月ぶりの投稿! 今話から二部二章となります!

皆様の感想や評価、推薦など全部が励みになっております!
ここまで応援していただき本当にありがとうございます!
何とか完結まで頑張りたいと思いますので、これからもお付き合いして頂けると嬉しいです!

いつも通り、二章が終わるまでは毎日投稿できる筈です……たぶんね……




Ⅱ‐Ⅱ
形になった成果


 

 

 

 

 

 “無差別人間コレクション事件”から二週間。

 つまり、早いものでお兄ちゃんが我が家に戻って来てからはもう三か月とちょっとが経過した訳である。

 

 我が家に帰って来てからお兄ちゃんが精力的に取り組んでいる異能に関する研究(完全に独学のようだが)の進捗具合について、実のところ私はそこまで深くは知らない。

 

 勿論興味はあるのだが、何度かお願いしてみても「まだ見せられるようなものじゃない」と断られる結果に終わっている。

 そんなお兄ちゃんの完璧主義的な部分は美徳になる部分もあるとは思うが、事情を知っていて、研究の協力者でもある私にくらい見せてくれても良いんじゃないか……なんて思う。

 

 一人黙々と研究を続けるお兄ちゃんの姿をチラチラと窺う妹の私。

 そんなこんながこれまでの私とお兄ちゃんの現状だったのだが、今回私にお兄ちゃんの部屋に入る丁度良い口実がやってきた。

 

 それは……お兄ちゃんの部屋の掃除である。

 

 いつもは色んなことに気が回り、身だしなみやある程度の家事も出来る完璧超人のお兄ちゃんだが、研究が佳境なのか、そちらに夢中になり身の回りの事が疎かになり始めた。

 私から何度か軽く注意もしたが食事中すら上の空の現状。これはチャンスである。

 ぶつぶつと専門用語らしきものを呟いているお兄ちゃんの姿を不気味そうに眺める桐佳とは違い、内心しめたと思った私は……いや、これはいけないと私は思ったのだ。

 

 私はあくまでお兄ちゃんの為に、部屋の掃除を強行する。

 そして部屋の掃除なんて強行されれば、お兄ちゃんの頭から研究が離れ、それなりに冷静にもなる筈だろう。

 

 お兄ちゃんは部屋の掃除をしてもらい、我が身を省みることが出来て良いこと尽くし。

 私はいつもの家の掃除のおまけが少し増えるだけで大した労力ではない。

 そして、その際に掃除をしている私がチラッと研究状況を見てしまっても、それは事故の範疇。

 

 完璧である。

 こういう事を考えた時はいっつも失敗するような気もするが、今回こそは完璧である。

 

 

「くくく……お兄ちゃん、覚悟……」

 

(御母様やる気満々……格好良イ……!)

 

 

 ちゃんと掃除の口実となるよう、朝から家全体の掃除は実行してきた。

 手伝おうとする遊里さんと遊里さんのお母さんを別の事を任せる形で諦めさせ、私一人がお兄ちゃんの部屋に突入できるよう、順調かつ完璧に計画を遂行してきた。

 そして私は足元に着いて来たマキナ(自動掃除機)と共に、ハタキと雑巾を持って家の掃除を進め、計画の目的であるお兄ちゃんの部屋までこうして辿り着いたのだ。

 

 あとは目的を遂行するだけである。

 私はにやりと笑い、手に持った掃除用具を片手に持ち直してお兄ちゃんの部屋の扉をノックする。

 

 出来る限り小さい音となるように調整した私のノックは、案の定部屋の中にいるであろうお兄ちゃんには聞こえなかったようで反応は無い。

 だがこれで、ノックしたという事実が残ったのだ。

 

 これで後から勝手に部屋に入って来るなという言葉へ言い返すことが出来る。

 

 まさに穴の無い、完全無欠の奸計だ。

 

 

(完璧っ……先々を考えた準備、口実を徹底した今の私に死角はないっ……!! この計略を実行すれば、お兄ちゃんのあらゆる抗議に対応しつつ私の目的は安全に果たされるっ!! さあっ、お兄ちゃんが頑なに見せようとしない研究状況をつまびらかに覗かせて貰うとしよ――――)

 

「……燐香? 何やってるんだ?」

「うひゃぁあ!?」

 

 

 いざ部屋の中に入ろうとした私の背後から誰かが声を掛けて来た。

 というか、ラフな格好をしたお兄ちゃんだった。

 

 予想外の声掛けに驚き、手に持っていた掃除用具を投げつけようとする格好でお兄ちゃんの姿を確認した私は固まってしまう。

 

 ……いつもは部屋に閉じこもっている引きこもりの癖に、いつの間に部屋から出て来ていたんだ。

 

 

「お、お、お兄ちゃんこそっ、珍しいっ……! わ、私は別に、掃除してただけだし……!!」

「…………お前、本当に嘘が下手になったよな」

「嘘じゃないし! ほら見てよ! ハタキも雑巾も持ってるし、マキナだって侍らしてるんだから! ちゃんとここまで掃除して来たんだから! ぴかぴかだよ!? 凄いでしょ!?」

 

「燐香……」

(御母様……)

 

 

 残念な子を見るような顔で私を見るお兄ちゃん。

 中学までの仲が悪かった時とは違って態度に温もりを感じるが、それでも何だかその顔を向けられるのは腑に落ちない。

 確かに以前よりも醜態を晒すことは多いが、それでも家事も学業も平均以上にこなしている私の『しっかり者の燐香ちゃん』イメージは崩れていない筈だ。

 

 私はそう確信している。

 

 

「事実を言っても誤魔化そうとしていない証明にはならないぞ。というか燐香、自動掃除機に『マキナ』って名付けてるのか……お前が買った物だから何も言わないが、その……厨二感のある名前だな。いやまあ、悪くないとは思うけど」

「!!!!????」

 

(なんだとこの眼鏡っ、マキナの名前を馬鹿にするナ!!)

 

 

 マキナの名を口走ってしまった事、これは別にいい。

 自動掃除機には名付け機能なるものがあるし、家族の前では自動掃除機を指すときはマキナと呼称するのは特に隠しては無い。

 なんなら桐佳なんて、せっせと家の掃除をするマキナに何を思ったのか、暇があれば着いて歩き、『マキナ』と声を掛けたり撫で回したりと非常に猫可愛がりをしている程なのだ。

 

 だからそれは別に問題では無い。

 だが……お兄ちゃんの『マキナ』への名前の感想に、私は動揺を隠し切れなかった。

 

 我ながら素晴らしい名付けだと思っていたのに、厨二感がある……?

 

 …………いや、私は厨二病を卒業して今は大人になっている訳で、その私が付けた渾身の名前が厨二感があると言うのはあり得ない。

 つまり、お兄ちゃんは部屋に入られたくないが為に、私の気を逸らす目的でこんなことを言っているにすぎないのだ。

 

 つまり、ここで変に動揺するのはお兄ちゃんの思うつぼ。

 作戦に乗せられてショックを受ける必要は無いと判断する。

 

 

「……ふっ、その手には乗らないよお兄ちゃん」

「は? いや、別に何か企ててる訳じゃ……」

「お兄ちゃんの部屋の中が散乱しているのは確認済み! そんなことを言って動揺を誘ったって無駄だ! 大人しく掃除をさせろお兄ちゃん!」

「いや何を言ってっ!? ばっ、馬鹿っ! 部屋に入るな!!」

 

 

 もはやこの場を見付かってしまったのなら建前をせっせと積み立てるのも不要だ。

 

 両手に持った掃除用具を振り上げてそう主張した私は、愕然とするお兄ちゃんに背を向け部屋の中に突撃する。

 私の迅速果敢な行動を制止するような声をお兄ちゃんは上げたけれども時すでに遅し、私は無視して部屋の中に飛び込んでいた。

 

 想像通り、お兄ちゃんの部屋の床には乱雑に物が散乱しており――――

 

 

「ほらっ! もうっ、こんなに部屋を散らかして! まったく……へ?」

 

 

 ――――そのどれもが、なんだか実験に使っていそうな、より詳しく言うと、私程度の体重でも、踏んでしまえば間違いなく壊れそうな精密機器のようなものばかりだった。

 

 何処から手に入れたのか、お高そうな物の数々が足元に散らばっている状況を理解した私は血の気が引く。

 

 これ、一つでも壊したら不味いんじゃ……。

 

 そんな場所に勢い良く飛び込んでしまった私は、バランスを崩しながらも何とか散乱した物の隙間に足を着地させていくが、それでも体の勢いが止まらない。

 一歩、二歩、三歩、と、ふらふら部屋を彷徨う私は、廊下で顔を引き攣らせこちらに手を伸ばした状態で固まるお兄ちゃんと目が合った。

 

 酷くゆっくりに感じる視線が交わったその瞬間。

 私は必死に口を動かし、今の想いをお兄ちゃんに伝える。

 

 

「……お兄ちゃんごめん、物壊すね」

「――――ごめんじゃ済まないんだがっっっ!!??」

 

 

 完全にバランスを崩し、これ以上足元の物を踏まないように動くのは無理だと諦めた私に対して、お兄ちゃんが鬼気迫る形相で突っ込んで来た。

 

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

「…………反省してるか?」

「ごめんなさい……」

 

 

 無事だった。

 お兄ちゃんの鬼気迫る行動、倒れる寸前だった私を片手に回収したお兄ちゃんがそのままベッドに飛び込んだ事で、床に散らばっている物は一つも壊れることなく済んだのだ。

 

 だが、当然それだけで済んだ訳も無い。

 床に広げられた物が無事な事を確認したお兄ちゃんは私からハタキと雑巾を奪い取り、無言のまま私をベッドの上で正座させた。

 そしてそのまま、お兄ちゃんは口を横一線に結んで私をじっと見たのである。

 

 謝るしか私に道は残されていなかった。

 

 

(……で、でも、お兄ちゃんが部屋を散乱させていた状況を作っていたのは事実なんだから、間接的な責任はお兄ちゃんにも……)

 

「燐香?」

「ごめんなさい反省してますっ!」

 

 

 心を読まれた。

 そんなレベルのタイミングで、追及するように私の名を呼んだお兄ちゃんに反射的に謝罪してしまう。

 

 ……いやいやいや、読心は私の専売特許の筈なのになんでこんなことになっているんだ。

 

 そう思った私がまさか異能に目覚めたのかと、目を見開いてお兄ちゃんを凝視するが、そんな私の疑惑を余所に、お兄ちゃんは「だから分かりやすいんだって……」と言って、呆れたような溜息を吐いている。

 

 

「……で、どうせお前は俺の研究がどうなっているのか覗きたかったんだろ?」

「んぎっ……!?」

「だからお前、なんでそんなに態度に出る様になって……いや、いい。それは今はいい。前々から何かとその話を聞いてきていたし、興味を持っていたのは知ってるからな。何となくお前がそろそろ動きそうな気はしてた」

 

 

 中学生の時どころか小学生の時のお前よりも心配だ……なんて酷い事を言うお兄ちゃん。

 小学生の時なんて、何年も前の自分と比べられるなんてあまりに心外である。

 

 今の私がポンコツなら、もれなく過去の私もポンコツの筈だろう。

 

 

(……マキナは、その眼鏡の意見に賛成……いや、なんでも無いゾ)

 

 

 足元に忍び寄っていた奴から何か聞こえた気がするが、私は全力でそれを無視する。

 私は不服そうに唇を尖らせるが、そんな私を放置してお兄ちゃんは床に散らばった物の中から一つ何かを拾い上げた。

 

 その拾い上げた物。

 掛けている眼鏡を押し上げ少しだけ誇らしげな顔で、手作り感のあるコンパスのような物を優しく私の前に置いてくる。

 

 ……なんでそんなにドヤ顔してるんだろう。

 

 

「……なにこれ? なんでそんなにドヤ顔してるのお兄ちゃん」

「ドヤ顔はしてない! これは、ようやく形になった俺の研究成果だ」

 

 

 私の指摘に慌てて表情を整えたお兄ちゃんは、「持ってみろ」とコンパスのような物を私に押し付けてきた。

 私が怪訝な顔で押し付けられたコンパスみたいなものを覗くと、中には液体が詰め込まれていて、ゆらゆらと揺れているのが見える。

 それと、ちょっとだけ異能の出力を感じるだけのこれに、私が小首を傾げていれば、お兄ちゃんはこれ以上焦らすのは自分が耐えられないと言わんばかりに早々に説明を開始した。

 

 

「これはな、異能の出力を感知する装置だ」

「……これが?」

「そうだ。揺らさないようにしっかりと水平に持って、異能の出力とやらを流してみてくれ」

 

 

 さらっと難しい事を言う。

 手に持った状態で揺らさないように水平を保つというのもそうだが。

 ただでさえ現象に変換されていない異能を出力するのは難しいというのに、それを周りの異能持ちに感知されないようにやれとか、相当酷いことを言っている自覚をして欲しい。

 まあ、私は異能の扱いが上手いので何とでもなるが……。

 

 そう思いながら、言われた通り手の中のコンパスにせっせと異能の出力を込める。

 すると即座に手の中のコンパスに変化が現れた。

 

 

「あ、揺れた」

「…………計算ではもっと波紋が起こる筈だったんだが……い、いやっ、そうだ! 異能の出力を検知して液体が揺れる仕組み、名付けて“異能出力感知計”だ! これで異能による襲撃に素早く気が付くことが出来る! まずは異能を感知する技術の確立が必要だろうと構想したんだが、色々と試してみても異能の出力を機械や自然的なもので観測する事は出来なかった。であるなら、異能の出力の感知には異能の出力を用いて行うしかないという結論に俺は辿り着いた訳だ。以前燐香が持ってきた異能出力の結晶を削り、出力を長期で保存できる相性の良い液体を探し、溶かすことに成功したのがこの“異能出力感知計”だ。だがやはり完全な保存は不可能で、恐らく半年ほどで感知精度が落ち――――」

 

「いや、これ、コンパスに出力が流れ込む必要があるんだから前に私達を襲ったみたいな、変化が自分自身や対象とした相手だけの物に対しては機能しないし、なんなら悠長に相手に近付ける必要があるみたいだし、そもそも水平に保った状態を維持して悠長に揺れが無いかを確認しなくちゃって現実的に考えて使うのは難しいんじゃ……あっ」

 

「…………そうだな」

 

 

 先ほどまで、揺れたコンパスについて意気揚々と説明をしていたお兄ちゃんの元気が一気に無くなった。

 私を責めていた圧力や誇らしげだった雰囲気が、一瞬で消え去ってしまっている。

 しおしおと眉尻が下がり、爛々と知性の光で輝いていた瞳に影が差した。

 

 暗くなりすぎてそのまま不貞寝に移行しそうなお兄ちゃんの様子に、私は自分の失言に気が付き、慌ててフォローに走る。

 

 

「で、でで、でもっ、ほらっ! 異能の出力を抑えられてない人になら、このコンパスを近付けるだけで異能を持っているかどうかの判別が出来ると思うし! 襲撃時の危機回避まではいかなくても、異能持ちを探し出すとか色んな役に立てるような物だと思うな! これは画期的な発明だよ! お兄ちゃん凄い!!」

「……そうだな……俺は燐香の役に立つようにと思って作ったが、それに限らなければ色々使えそうだよな。それにお前、俺はちゃんと“異能出力感知計”って名前を出してるのに、コンパスコンパスって……」

「私のため…………えへへー、お兄ちゃんってばー」

「後半は聞いてないんだな。そうだよな、燐香だもんな」

 

 

 肩を落としながらそんなことをぼやくお兄ちゃんの腕を嬉しさでペシペシと叩く。

 以前からは考えられないほど優しいお兄ちゃんに燐香ちゃんは大満足だ。

 

 妹想いのお兄ちゃん……以前の態度を本気で改めようとしているようだし、そろそろ本格的に桐佳との仲を取り持つ事も考えてあげないとなんて思う。

 

 こんな感じのお兄ちゃんなら、桐佳だって嫌いではない筈なのだから。

 

 

「……こんなもんだ。独学での俺の3ヶ月の研究で、形になった物なんて所詮この程度なのさ。今のポンコツ燐香にすら指摘されるような杜撰さ……これで一体どうやって自分に自信を持てと……」

「いやいやいやっ、独学の研究を形にしているんだから普通に凄いと思うよ!? だってこれ自作でしょ!? 着眼点も行動力も創意工夫も凄いとしか思わないよ!? しかも普通の大学課題をこなしつつやってるんだから、とんでもない事だよお兄ちゃん!!」

「燐香という異能を持った協力者がいる環境で、しかもお前が研究材料を持ってきてくれているんだから俺としてはもっと結果を出したかったんだよ。だが……ありがとな。そう言ってくれると嬉しいよ」

 

 

 最近は顕著であった、疲労が溜まっているような顔を綻ばせてお兄ちゃんがそう言う。

 

 私が色々と心配を掛けて、異能の事件に関わり続けると言っているからこそ、お兄ちゃんは少しでも私が有利に動けるよう研究を続けてくれているのだ。

 まだしっかりとした形になっているのはこのコンパスだけのようだが、それでも充分私にとってはありがたい事だった。

 

 

「異能の出力とやらを同種の力以外の方法で観測する術は未だに発見できていない。熱や気流、電子や気圧、色んな推測を立てて試してみたがどれもうまくいかなかった。もしかするとこの世にはその方法は存在しないのかもしれないが、それが分かっただけでも進歩だろう。ここからさらに異能の理解を進められるよう、努力を続けていくつもりだ」

「……異能の研究なんてごく一部以外は碌に進んでないだろうからね。お兄ちゃんがこうやって研究を進めてくれるのは、これからの事を考えると本当に凄く大切な事だと思うよ。それに、お兄ちゃんの作ったこれだって、もう既に色んな所が欲しがる一品かもしれないしね」

「……やめろ、あんまり褒めるな。お前に褒められると……ちょっと本気で嬉しくなる」

「ふへへ。何その私に対する特別視」

 

(ムー! 御母様っ、マキナもマキナも!)

 

 

 私とお兄ちゃんが同じベッドに座ったまま笑い合う姿。

 そんな私達のやり取りが羨ましいのか、マキナが私の足に突撃して必死に存在をアピールしてくるので仕方なく撫でてやった。

 機械の体に感触があるのかは知らないが、肝心のマキナが嬉しそうに身じろぎをしているのだから取り敢えずは満足しているのだろう。

 

 マキナ(自動掃除機)と私のそんなやり取りに、お兄ちゃんはしばらくその様子を眺め、小さく首を傾げた。

 

 

「……なんだかその掃除機、本当に生き物みたいな反応をするよな。でも燐香の異能は『精神干渉』だろ……? 異能は関係ない……? ムンバって元々そういう機能があるものか? ……確かにペットみたいとは聞くが……」

「えっ!? そ、そうじゃないかなー? 多分そういう機能が元々ついてるんだよ、うん」

「お前……」

 

「――――あっ、こんなところにいた!」

 

 

 そんな風に話をして嫌な汗を流し始めた私とお兄ちゃんの会話を遮るように、この部屋を覗いた桐佳が声を上げた。

 

 まるで誰かを探していた風な口ぶりだが、私が家の掃除をしている事を桐佳は知っているし、これだけ音を出していたのだから、私がお兄ちゃんの部屋にいる事は別に不思議ではない筈だ。

 

 だからこの言葉が向けられたのは、私やお兄ちゃんに対してではない。

 

 向けられた矛先は、私の足元にいるマキナだ。

 桐佳の登場に、普段は特に感情を露わにしないマキナが目に見えて動揺し出す。

 

 

(!? お、御母様っ、奴ダ! 奴が来タ!! マキナを匿っテ!!)

 

「お姉ここの掃除もしてるんだね。まあ、だいぶと言うか、かなりと言うか……そこら中に物が散らばってるしね。ほんと糞お兄はだらしないよね」

「はいはい、だらしない兄だよ」

「…………お兄ちゃんも桐佳にだけは言われたくないと思うよ? この後桐佳の部屋も私が掃除してあげようか?」

「私はこれから自分でやるから大丈夫! ポンコツお姉に任せると、いつ物が壊されるか不安でしょうがないでしょ! あ、マキナ借りるね?」

 

(アワー!? 御母様ー!!)

 

 

 桐佳に両手で抱えられ、抵抗できないマキナが私に向けて助けを求める悲鳴を上げた。

 だが、別にマキナは掃除を手伝わされるのが嫌な訳ではないのだ。

 

 最初こそ桐佳は、動き回る自動掃除機(マキナ)に微妙そうな視線を向けていたが、直ぐにそれは可愛がりに移行し、今では年の離れた妹が出来たかのような溺愛になっている。

 その溺愛っぷりたるは中々のもので、自分の事さえちょっと抜けのある桐佳がマキナに対しては、毎日手入れや撫で回しを怠らない程(これをマキナは滅茶苦茶嫌がっている)。

 

 そんな最近の桐佳の行動を考えると、今回も掃除を手伝ってもらうというよりも、いつも通り餌(パンくず等)を与えようとしたり撫で回したり、熱心な手入れをしようとしている疑いが強い。

 

 が……私は軽く手を振ってマキナを応援する事にした。

 

 

(……頑張れマキナ、桐佳はマキナの事かなり可愛がってるから)

(その可愛がりが嫌なんダ! マキナ、御母様以外はヤダー!!)

 

「掃除終わったらちゃんと充電しとくね! ……えへへ、マキナちゃんお掃除しようね」

 

(ヤダー!!!!)

 

 

 マキナには酷だが、私の妹の要望にもうしばらく付き合ってあげて欲しい。

 私としては、目前まで迫って来た高校受験のストレス発散になっているようだし、何かの世話をする経験は良い事だと思うので見守りたいのだ。

 

 抵抗するようにウィンウィンと音を鳴らす腕の中の自動掃除機(マキナ)に、喜んでいるものだと誤解した桐佳が嬉しそうに機械のボディを撫でまわしながら部屋から出ていった。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 さて、と思う。

 私の当初の目的は果たせたし、床に散らばっているのが研究の為に使う物となればこれ以上お兄ちゃんの部屋にいる理由はない。

 異能やその研究の話をこれ以上続ける気も無くなってしまったし……と考える。

 

 取り敢えず、桐佳達の姿を最後まで手を振りながら見送った私は、ここぞとばかりにお兄ちゃんに対して何気ない顔でやれやれと肩を竦めて見せる事にした。

 

 

「私が掃除くらいで物を壊すわけないのに……桐佳ってば失礼しちゃうよね」

「……?」

「本気で分からないような顔しないでよお兄ちゃん……」

 

 

 何を言っているか分からないといった表情で私を見るお兄ちゃんに、私は肩を落とす。

 

 先程の失敗を何とか誤魔化せないかと試みたが、やはり駄目みたいだ。

 日に日にお兄ちゃんの中の私の評価が下がっていっている気がする。

 

 何だか再会した時が、私に対する評価が一番高かった気がするほどに、私に対する評価の低さが今のお兄ちゃんの態度からは感じられる。

 確かに色々やらかしてはいる私が悪いのだが……私の、異能と言う飛び抜けた才能を知っている数少ない人の一人だというのに、私に対する尊敬がまるで感じられない。

 

 本当に尊敬されるとそれはそれで悲しいとは思うが、ここまで態度に出されると……。

 

 

「……私、部屋に戻る……お兄ちゃんはちゃんと部屋の物は整理してね。その雑巾とハタキは渡すから、掃除もしなきゃ駄目だよ?」

「ああ、帰る時に物を踏まないようにな」

「踏まないもん……!」

 

 

 まるで小学生に対する心配の仕方だ。

 あまりに失礼な物言いに、お兄ちゃんに向けて舌を出しながら部屋から出た私はこれ以上、家の掃除もする気になれなかった。

 

 トボトボと廊下を歩き、置いていた他の掃除用具を片付けようと手を伸ばす。

 

 こんな、いつも通りの我が家の一日。

 そんなタイミングで、私は自分の携帯電話に通知があることに気が付いた。

 

 手に取り、通知からメッセージが届いている事を知り、メッセージ相手を見て目を見開く。

 

 

「……あれ? 神楽坂さんからだ」

 

 

 珍しい相手。

 以前、あの定食屋さんで神楽坂さんに過去の悪事の一部を告白してからというもの、私は中々連絡を取る決心が付かなかったし、その機会も巡ってこなかった。

 そして神楽坂さんは必要以上に私に連絡を取ろうとしない人だ。

 

 だから、およそ半月ぶりとなる神楽坂さんからのメッセージに首を傾げた私は、「もしかして何かあったのか」と、急いでそのメッセージ画面を開き、目を通す。

 

 

『受信時間:12月3日10時45分

 送信者:神楽坂上矢

 表題:スノードロップ

 本文:良いリンゴを貰った。暇がある時を教えて欲しい』

 

「…………もうっ、神楽坂さんってば仕方ないですねっ!」

 

 

 花と果物。

 花に意味はなく、リンゴは『緊急を要さないが話が必要な時』。

 随分前に私が決めた暗号を律儀に覚えて連絡をしてきた神楽坂さんは、私の力を必要としているという事だ。

 

 緊急を要さないとは言っているが、あの神楽坂さんがわざわざ私を頼って来たのだ。

 多少の事は後回しにしてでも、急ぐべきだろうと思う。

 

 という訳で、今日の私の予定は決まった。

 先ほどの、ちょっとした失敗に挫けていた燐香ちゃんはもういない。

 というか、あの程度の失敗で何をクヨクヨしていたんだと今は思う。

 家族のお昼ごはんに冷蔵庫にある作り置きの食べ物の他に何を用意すれば良いかを考えながら、私は即座に今日の午後の待ち合わせ時間と場所を神楽坂さんへ送るのだった。

 

 

 

 

 


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