BATTLE1:白浜 兼一
「まったく、ランニングの最中なのに急いで道場の方に来いだなんて、何なんだ一体!?」
爽やかな朝日を浴びながら、そう呟くのは荒涼高校2年生 白浜 兼一だ。
黒髪で中肉中背、寝癖なのか少し後ろ髪部分が跳ねていて、左目の下に絆創膏を貼ってある。
挙げる点はそのくらいの至って平凡な見た目の少年だ。
「まぁ、あの人達の急用なんていつもの事だけど…嫌な予感しかしない」
平凡な見た目の少年が呟きながら走っている。
ただそれだけだ。
───背中に自身より二回り以上大きな石でできた地蔵を背負っているのを除けば、であるが。
「しかも誰かが呼びに来るとかでもなく、長老の
それでいながら同い年の陸上部より早く、軽快に走っている。
地蔵の重さも加わっているにも関わらず走っている音がほぼ聞こえないのだから驚きだ。
「見えてる地獄に飛び込む、か。…逃げたいなー」
そう、一見平凡なこの少年。
実は梁山泊と呼ばれる武術道場の一番弟子である。
『梁山泊』
そこは武術を修めた者達が集う場所。
現代のスポーツ化していく武道ではなく、
まさに現代社会が生んだ修羅の国である。
「うぅ、こんな時に限って美羽さん今日遠出してるし……」
では、そこに属する白浜兼一も武術の達人なのだろうか?
───いや、違う。いずれ達人に
何故ならこの白浜少年は『才能が無い』からだ。それも全く、微塵も、欠片もないのだ。
梁山泊の師匠達は口を揃えてその事を指摘するし、常人の数倍の努力をし、命懸けという諸刃の剣を使わねば一定の水準を越えられないとまで言われる始末。
通常なら拷問か何かと思われる様な今の状態も、いつもの地獄の修行前のストレッチに値する。地獄の様な、ではない。地獄の、だ。
1ヶ月前の自分を「よく耐えた、頑張った!!」と褒めてあげたい位に思っている。ちなみにこの思いは毎日更新されている。
「言ってても仕方がない。急ごう!」
その言葉を置き去りにするようにペースを上げ、走り去っていった。
◇
「只今戻りましたー!!」
兼一が梁山泊の居間に着くと、そこには彼の師匠達が揃っていた。
哲学する柔術家 岬越寺 秋雨。
あらゆる中国拳法の達人 馬 剣星。
ケンカ百段の異名を持つ 逆鬼 至緒。
裏ムエタイ界の死神 アパチャイ・ホパチャイ。
武器と兵器の申し子 香坂 しぐれ。
そして───
「遅かったのぅ、兼ちゃんや」
梁山泊の主にして『無敵超人』風林寺 隼人。
梁山泊が誇る豪傑達である。
「いやいや、結構急いで戻って来ましたよ、長老!!」
「ハッ!おっそいおそい!!俺なら後5分は早く戻れるぜ!!」
「おいちゃんならそれより1分は早く戻ってこれるけどね」
「バッ、バッキャロー!!!今のは間違いだ、7分は早く戻れるってーの!!!」
「ならおいちゃんは───」
「はいはい、逆鬼も剣星もお客さんの前で騒がないように」
そう言って二人の
ってお客さん?
その言葉に初めて見覚えのない人が居る事に気付く。
オールバックの髪型にスーツが似合う大人の男性だ。体格もしっかりしている。
何より自信に満ちている顔をしている。
少しばかり得体の知れない雰囲気を感じるのは何故だろうか。
「いえ、大丈夫ですよ、岬越寺先生。至緒君が騒いでるのは見慣れてますから」
「おいおい、そりゃないぜ、克己さん!」
「アーパパパパ!!逆鬼はカツミの前だといつも騒いでる!!!」
「うるせぇ、アパチャイ!笑うな!!」
「…………すっかり唐沢のお茶が冷えてる……。僕が新しく──」
「いや、その必要はないよ、しぐれ君。大丈夫だ、うん、ありがとう」
しかも師匠達とは顔見知りの様だ。僕が梁山泊に入る前からの知り合いなんだろうか。
「まったく。兼一君。こちら唐沢 克己さんだ」
「初めまして。岬越寺先生には昔助けてもらってね。梁山泊とはそこからの付き合いだ」
名刺を渡される。
そして手を差し出してくる。
それを受け取りながら。
「ご丁寧にありがとうございます。
僕の名前は白浜 兼一。
梁山泊の一番弟子をやってます。
よろしくお願いします!」
自己紹介を行い頭を下げ、唐沢さんの手を握り返す。意外とゴツゴツした手だ。昔スポーツでもやっていたのだろうか?
そう考えていると手から感情の揺らめきが伝わってきた。
顔を上げると口をポカンと開き、信じられないモノを見たかのような表情をしていた。
「…は、ぁ?一番、弟子?梁山泊の!?───この子が!!?」
あれだけ余裕を感じさせる態度が少し乱れた。
「マジじゃよ、かっつん。その子はうちの一番弟子じゃ」
「むしろ唐沢は兼ちゃんを何だと思ってたんだね」
「───てっきり美羽君のこぃ───」
「ヌハハハハハハハ!!かっつん!!下手な事は言わんでヨロシイ!!!!」
突如長老の凄まじい気当たりが放たれる─。
加減しているとは言え相変わらず人外だな、そんな感想を持ってしまう。
同時に砕牙さんが居なくて良かったとも思った。
これ以上は勘弁して貰いたいからだ。
それにしてもこの気当たりに冷や汗のみで耐える唐沢さんも、流石梁山泊と関係ある人、という事だろうか。
「…?──!?あの、風林寺先生!!その子を急に呼んだのは、ひょっとして──!!?」
「うむ、そうじゃ。この子に任せようと思う」
「しょ、正気ですか!?」
「適任じゃと、儂は考えておる」
??何かとんでもなく動揺している。
「で、ですが、白浜君は、その──」
「まぁ、確かに兼一の見た目は弱そうだから不安だよな」
「ぐはっ!!」
「逆鬼、本当の事言ったらダメよ!大丈夫よ!ケンイチは見た目に比べたら強いよ!!」
「げふっっ!!!」
「安心したまえ、兼一君。君の弱そうな見た目は生まれ持っての才能だ。私達にも真似はできん」
「ぐぅわぁぁぁぁあああああ~~ーーーー!!!弟子を貶しめて楽しいのか、この血も涙もない鬼畜師匠達!!!!」
『だって本当の事だし(ね)。』
全員できっぱりと言い切りやがって~~~~。
いくら本当の事とは言え、傷付くんだぞ~~、くそぅ。
あ、いかん。少し涙が。
「確かに兼ちゃんは見た目弱いし、実際にまだまだの腕前じゃ。その上才能もないし、おまけにすぐにヘタレる性格じゃ」
長老からの追撃、兼一には効果が抜群だ。
これ以上のハートクラッシュを止めるよう、抗議しようと顔を上げたその時。
「でしたら──」
「じゃが心は誰よりも強く、そして優しい」
そう語る長老の顔は───
「安心せい。この男なら間違いなくお主達の力になれる」
─その事を微塵も疑ってない様に─
「なんせ梁山泊の一番弟子じゃからな」
優しい眼差しをしていた──。
しばしの沈黙の後、周囲を見渡した唐沢さんは、少し息を吐きだした。
「わかりました。では、私も白浜君を信じている皆さんを信じましょう」
何やら覚悟を決めた様子だ。
話の流れを掴めていないのは、間違いなく僕だけだろう。
「では改めて、白浜君。
◇
そこから唐沢さんから話を聞いた。
三門市で起きた事。ネイバーの事。ボーダーの事。今の三門市の状況。
実際の映像も見た。
正直何かのテレビ番組なのかと思った。
あまりにも現実離れしている。
変な怪獣に対抗する組織なんてフィクションの世界だけで充分だ。
何故そんな情報が今まで知られてなかったのか?
どうやらボーダーが色々手を回しているらしい。
万が一外に漏れてしまった場合の対応策もあるとの事だ。
機密情報なので教えてくれなかったが。
─耳と足の速さだけは達人級の我が悪友なら何か知っているのだろうか?
今回梁山泊に依頼をしに来たのは、どうやら約1年後に大規模なネイバーの襲撃があるらしい。
どうしてそれが起きる事を知っているのか尋ねると、これも機密情報との事だ。
余程その情報に確信があるのだろう、その瞳には確信の色があった。
そしてその為の戦力が必要との事で、その戦力は若い年齢が適しているらしい。
中心となっている戦力も僕と同い年前後が大半で若くて中学生、一時期は小学生も居たとか。
何故若い人なのか、そもそも何故ネイバーは人を攫うのか。
その辺の詳しい話はここではできないとの事だ。
それも機密情報なのだろう。
正直何が何だかわからない。
初めて聞く内容に加え、機密情報が多すぎる。
自分が混乱しているという自覚がある。
話を聞いた後ですら、何を話せば良いのかわからない。
その混乱を感じ取ったのだろう。
「急にこんな話を聞かされても困るだろう、日を改めて一度ボーダーを訪れてくれないかい?」
ボーダーでなら機密情報を話せるから。
恐らくそういう事だろう。
その後依頼を受けるかどうか、判断してほしい。
依頼を受けなくてもボーダー内なら対応策とやらが使える、という事か。
「────────」
確かに混乱している。
何を話せば良いのかわからない。
─────────いや、一つだけ、あった。
「依頼を受けるかに関してはその──」
「いえ、その必要はありません」
唐沢さんの話を遮り宣言する。
「その依頼受けます、受けさせて下さい」
誰も声を発さない。
鳥の鳴き声だけが微かに聞こえる。
唐沢さんは大きく開いた目を一度閉じ、─再び開いた。
「依頼内容をちゃんと理解しているのかい?」
「正直理解しきれていません。
ネイバーという人を攫う化け物に対抗する組織、ボーダーの一員となる。
その目的は約1年後の大規模な侵攻に対して備える為、としか理解してません」
「─怖くはないのかい?」
「いえ、滅茶苦茶怖いです」
映像を見た。
間違いなく化け物だった。
あれに立ち向かう自分を想像するだけで、足が震える。
「じゃあ、自信があるのかい?」
「いえ、無いです」
自慢じゃないが、師匠達が言うように僕には才能が無い。
あんな化け物との戦いで活躍できる自分を想像すらできない。
唐沢さんから困惑している雰囲気を感じている。
では、何故?と、表情が物語っている。
「僕は」
正直怖い。
正直立ち向かいたくない。
なにより、戦いなんて、好きじゃない。
─しかし、譲れない想いがある。
「理不尽に立ち向かう力が欲しくて武術を学び始めました」
それはかつてここで涙と共に訴えた想い。
初めて師匠達に晒した胸の内。
「そして理不尽に晒される人達を守るために鍛えてきました」
綺麗事だと、谷本 夏に言われた。
偽善だと、朝宮 龍斗に言われた。
戦いに向いてないと、イーサン・スタンレイに言われた。
──それでも、───
「その想いが僕の信念だから!」
そんな僕を認めてくれる女性がいる。
見守り、導いてくれる師匠達がいる。
支えあい、共に居てくれる仲間がいる。
「理不尽にあっている人達を見過ごすことはできない!!」
──そして──
オレはもう美羽を守れねぇ。
だから────
こんな僕に託してくれた
「自分の信念を貫く為にも、僕もそこで戦います!!!」
◇
少し息を吐く音が聞こえ
「わかった。ではお願いするよ、白浜君」
唐沢さんが笑いながら話しかけてきた。
心なしか、さっきまでより楽しそうな?
「詳しい話をする為にも日を改めてボーダーに招待するよ」
「はい、ありがとうございます!」
「こっちがお願いしてるんだがね」
少し目線を上にする唐沢さん。
「では、また改めて連絡をくれるかのぅ」
「えぇ、もちろん」
「それでは、今日はここまでにしましょう」
「あ、最後に一つ」
どことなく面白がっている視線を僕に向けながら
「当日は戦闘訓練があるかもしれないからその準備はしておいてくれよ」
────え?
「お!じゃあ、今からたっぷりと訓練しないとな!!」
「…久しぶり、に。僕も付き合う…ぞ」
周囲の気が膨れあがる。濃密に感じる地獄の予感。
「ケンイチ、大丈夫よ!アパチャイてっかめん覚えたよ!!」
「試してみたい治療法も溜まってきていたから丁度いい」
「取り敢えず『死人すら走り出す薬』をいくつか見繕ってくるね」
考えるより早く、僕の身体は────走り出していた。
「戦略的撤退だーーー!!!」
「逃がすかぁぁあああーー!!!」
追いかけてくる師匠達。
視界の隅には笑っている長老と唐沢さん。
近くに感じる師匠達の気配。
「じぇ、じぇろにもぉ~~~~~~~~~~~~!!!!!」
唐沢さんとかいう便利キャラ。