あの時から何も変わらない月が映る河川敷、少し昔男女がお互いの夢を語り、各々の夢の為別れた場所。今はそれより少し大人になった男女が一定の距離を空けながら互いの重なる帰路を歩んでいる。
「……」
「……」
お互い無言のまま歩みを続ける、時節だが青年は足を止め後ろへ振り返るとまた前を向き歩いていく。
「ねぇ、征くん」
少女が消えいるような声で呟きに青年は身体ごとくるりと向けると、ずっと俯いたままの少女にちょっと困った笑みをを見せる。
「前向きなのが彩の取り柄なんじゃないのか、そんな顔じゃ誰も元気に出来ないだろ」
「そう、だけど……」
忘れたい気持ち忘れたくない気持ち、知りたい事知りたく無かった事。彼女の中でぐるぐると醜く渦巻く、今日一日では決して処理できないレベルの情報量。
「征くんは、いつもあんなを事をしているの。 あれじゃ、あんな演奏じゃ無闇矢鱈に人を傷つけるだけだよ」
「そうかもしれないな」
音楽は感受性がものを言う世界、一般人からすれば演奏できて凄い、こんな場所で演奏できて凄いその程度。だけど音楽を知る人間からすればその人がどんな思いを持って演奏しているのか、どれ位上手いのか、その人とどれだけの差が有るのか顕著に分かってしまう。
「それで、それを知って彩はどうしたいんだ、他者について上から言える程結果を残したのか? 何かを言いたいのならせめて言う存在より売れてからだろ」
ここは実力がものを云う世界、彩自身もそれは痛い程理解しているはず。売れれば良いのだ、例え過程がどうであれ結果が全てなのだ。
「咎めるのは結構だがあの頃の記憶を思いやってくれてそれを言っているのならやめてくれ」
「違うよ。征くんも見たでしょ紗夜ちゃんの顔を! 」
絶望した顔、うちしがれた顔、あの顔は今にも思い出せる、悲しみを持った顔だ。
「三年前にやった二回目の発表会と同じ顔だって言いたいのか? 」
彩の発言にまた少し困ったような笑みを作ると諭すように口を開く。
「少し昔話でもしようか、彩もよく知る子供の物語。君が知ろうとしなかった部分の醜い話を」
征は土手に腰を下ろすとハンカチを地面に敷き、煌びやかな衣装を着た少女に向かって手招きをする。
少女はドレスのスカートを地につけないよう気をつけながら腰を下ろす、その顔にはまだ影があり今にも泣き出しそうな顔をしている。
「何処から話そうか___そうだな、最後の秋のコンクールの話をしようか___」
青年は七色からは黒色になった記憶を思い出すかのように河川敷の河口を見つめる。
三年前の地方コンクール、僕達はダメ金だった。ダメ金って言うのは金賞ではあるけど次の大会には進めない要するにお情けでくれる金賞の事でね、僕達はそれだったんだ。
当時の部長は知っての通り僕でね、三年間みんなと共に努力し続けていたのにダメ金で終わってしまったことが凄く悔しかった。
だけど他のメンバーは顧問は違ったんだ。彼らの第一声は漸く終わったと言う安堵の言葉だった。
訳が分からなかったよ、自分達の三年間がこんなところで潰えてしまったって言うのに足枷が外れたみたいに振る舞っていたんだから、それは顧問も同じだった。まるで自分だけが違う世界にいるみたいだった、その時は彼らにこの感情を押し付けるのはお門違いだと思った。部活は趣味の延長、そこからプロに成るなんて砂漠から金の粒を見つけ出すもんだ、だから遊び感覚でやっている奴がいても不思議ではないと思った。そして最優秀演奏者には僕が選ばれた、初めての賞にかなり緊張したのは今にも覚えている。
この頃からもう両親には何も期待して無かった、この感覚は仲間や同じ志を持つライバル達と埋めて行こうと思った。
だけど違ったんだ、僕が賞を受け取り壇上から振り返った時、誰一人として拍手も笑顔もしなかった。唯一聞こえたのは審査員ごく数名の拍手のみ、その時の彼らの顔は今でも思い出せる。
そこで初めて理解したんだ、彼らが安堵したのは部活が原因ではなく、僕の存在そのものなんだって。
そしてあの事件が起きた、いや起こしたの間違いかも知れない。
部長のみを壇上に立たせない発表会、結果は散々だった。今回のやり方に賛成した僕ですら酷いとわかる物だった。
その数日後に教育委員会から一本の通達が来た。
今度は八潮征を入れたうえで発表会をしろと、誰の報告か知らないが上も相当お怒りだったらしい。
メンバーは嫌々ながら壇上に歩いて行ったさ、そして僕も。だけどこの時誰かが僕に囁いた。
『全力で楽器を演奏してみせろ、もし私が気に入れば私の力でお前に祝福をくれてやる』
形も無ければ影もないだけど確かにいる存在に僕は興味を持たれた。祝福、要するにコイツは僕に寵愛をくれてやろうと言っているのだろう。
その瞬間、僕は笑いが込み上げてきた、遂に見えないものまでにも縋るとこまで僕は堕ちてしまったのかと。心から笑った、誰よりもそこに居た誰よりも笑った、今までに無いくらいに笑った。
そして僕が死んだ
皆に愛されようともがき続けた
中学で学んだ楽器を捨て、手入れし続けたヴァイオリンを握りしめ壇上に立った。
皆今まで見てきた八潮征じゃない事に直ぐに気づいた、だけどもう遅い君達が僕を捨てさせたんだ。
今度は八潮征がアンタらを殺す番だ。
愛なんて要らない、理解なんて要らない、友も何もかも必要ない。
「後は知っての通り、日本の中学生コンサートに片っ端から申し込んで優勝して渡欧させてくれる出資者を探して、卒業と同時にフランスに渡って今の地位まで上り詰めた」
後悔なんて無い、演奏終了後に壇上を振り返った時絶望し演奏を止めた彼らの顔は今ではもう思い出せないのだから。だけどその時の顔は酷く歪んでいたのだろう。
「ごめんなさい……」
「彩? 」
悲痛めいた少女の言葉の真意を征は理解できなかった。だけど今の彼女自身ではなく、死んだ少年に対して謝ったのだと本能的に理解もした。
「彩、一つだけ教えてあげるよ」
これが君と個人で関わる最後の機会だと征は付けたし、口角を少しあげるとスッと無表情になる。
「今の八潮征を作ったのは彩、君もその一人なんだ」
その時、少女の顔は絶望に染まった。
「八潮征に思い馳せる未来なんて望まない、振り返る煌びやかな過去なんて必要ない」
これでいい、君を傷つけるような事はしたくない。
「過去を振り返るだけの暇があるなら前に進め、一歩でも1cmでも1mmでも。だから彩二度と関わらないでくれ、これが友人だった存在の最後の情だ」
止めなかった君を、眩しい君をこのままじゃ殺してしまいそうになるから。
征は彼女に別れを告げると一人で歩き出す、近くで泣く少女を背に。一歩ずつ着実に歩みを進めていく。
「さようなら最初で最後の
一部誤字修正をしました、一部はわざと誤字している所もあります。
起こると怒る等です