大抵呪い殺すと書いてありますが誤字ではありません
「ふ、ふふふ、急に何を言い出すかと思えば碌に学も無いあなたが社長に? 」
両親は笑いが堪え切れないのか征に対し嘲笑をすると、征には慣れ親しんだの蔑むような目を向けてくる。
「笑わせないで、あなたはただ私達の言うことを聞いて名前を売ればいいの」
征は彼女の言葉にだろうなと言わんばかりに額に手を当て、溜息を吐く。
「なら帰れ。アンタ達とは鼻から会うつもりがなかったんだ」
「お前、自分の立場を分かっているのか!? 」
男は沸点の限界を迎えたのか胸ぐらを掴み、睨みつける。
「役に立てばお前の様な出来損ないでも、必要家族として迎え入れてやるとこちらが譲歩してやっているんだぞ!! 」
「ーー心得違いをするな。復縁を願い出ているのはアンタ達でこっちからじゃ無い」
征はお門違いだと父親の腕を振り払う。
「名を売りたかったら瑠唯にでも頼めばいい、アンタの娘だけあって十分に才能はある」
両親は瑠唯の話が出てくると苦虫を噛みしめた顔をする。
その顔に征は妹に対する憐れみを持つ。
「分かってはいたがアンタ達は人間として失格だな。成長する人間の足を引っ張る挙げ句、その足を引きちぎるのだからーー」
征は言葉の続きを発そうとすると机に置かれてある黄色のスマートフォンが赤と緑のランプを点滅させている事に気づく。
千聖に強制的に持たされた物で自身は必要ないと言ったのだが強引に選び購入させられた物だ。無論登録されている連絡先など一人しかなく、こちらの連絡先を知るのも一人しかいない。
慣れない手つきで操作すると征は左耳に当てた。
「もう会場には着いたのか? 」
『とっくに着いているわ、それより今すぐに迎えに来て頂戴。花音が何処かのアホの殺気に当てられて動けなくなってしまったの』
征は電話越しでもわかるくらい怒っている少女の言葉に軽く謝罪をすると、自身の右腕に巻かれた腕時計で時間を確認する。
「少し待っていてくれ、今すぐそっちに行く」
征は通話を切ると一度溜息を吐き両親の隣を横切る。
「待ちなさい! まだ私たちの話は終わってないわ」
母親は征に対し静止を命じるが、当の本人は聞こえていないのかの様にそのまま楽屋を出て行った。
「花音、大丈夫? 」
「うん、なんとか……だいぶ楽になってきた、かな」
親友の蒼ざめた顔に心配の念を千聖は送ると今こちらに向かっているだろう青年に溜息を吐きそうになる。
「紗夜ちゃん、そっちはどう? 」
「ダメですね。完全に気絶しています」
千聖から話を振られた紗夜は自身らを案内してくれたスタッフの看病に努めていたが、回復の傾向が無いのかお手上げ状態になってしまっている。
「征さんは何と? 」
「すぐに来るって言っていたのだけれど……あれの事だから歩いてくるでしょうね」
「で、迎えにきましたが? 」
二人だけの会話のつもりだった紗夜達だったが唐突に現れた征に驚きを隠せないでいる。
「まだ三分ほどしか過ぎていないと思いますが……」
「走って来たんでね、元はと言えばこちらが蒔いた種だから後処理はするよ」
完全なよそ行きの言葉使いで征は二人の容体を確認する。
「楽屋はここの角を曲がった二つ奥の通路を左に行ったところだからーー取り敢えずそこへ行こうか」
征は気絶したスタッフを背中で担ぐと来た道を戻っていく。
紗夜達も征に習い花音の体を支えながら征の後を着いて行く。
「征、楽屋に誰かいるの? 」
千聖の言葉に征はにっこりと笑みを造ると首を横に振るう。
「ところで千聖、彼女達の名前は何て言うのかな」
「松原花音と氷川紗夜ちゃんよ、昨日メールを送っていたでしょう」
征は千聖の発言にメールってなんだ? と頭の中で疑問に思いながら、そうかと空返事をする。
「紗夜ちゃんはモルフォニカにいる桐ヶ谷透子ちゃんのギターの先生なのよ」
「そうなのか? それは凄いな。妹達が遠回しとは言え世話になったのなら此方からも礼を言わせていただくよ」
「いえ、彼女の頑張りがあってこそですので」
謙遜する紗夜に千聖は美徳を感じる
「着いたぞ、入ってくれ」
征は楽屋の扉を開けるとそのまま男を抱えたまま入っていき、備え付けのソファに寝かせる。
彼女達も花音を近くの椅子に座らせると、一息をつく。
「水、飲むか? 」
「お、お願いします」
征は花音の目線に合わせながら確認をし、首を小さく縦に振ると二人にも目配せをした。
「それで征、あそこにいる二人はあなたの知り合いなのかしら」
答えが返ってこなくてもなんとなくは察しがつく。だけど、彼の言葉で知りたかった。今の征には二人はどう映ってどう感じるのか自身の全てを否定した両親に対しての彼の言葉が。
「…………」
征は私の言葉に黙り込む。ここは自分の本性を知らない存在がいる、きっと私だけならオブラートに包む事もなく正直に言葉を吐くだろう。
「征、ここにいる二人は貴方を受け入れてくれるわ」
征はグラスに水を注ぎ終えると花音、紗夜そして千聖の順にグラスを渡し、両親と向かい合う。
「子を自身が歩く敷石にしか見ていない生物」
「!? 」
千聖はそう、と言いそれ以上何も言わなかった。他の二人も同じで一瞬驚いた顔をしたものの眉一つ動かさない青年の態度に心が凪いでしまう。
「この、親不孝者! 」
母親は征に対し、憤怒しながら彼の頬を目一杯に叩いた。
その瞬間、征さんはクスリと二人に向けて笑ったのが
「産んで貰っただけでも貴方は感謝するべきなのよ! 」
「あなた、それでも人の親ですか!! 」
紗夜は彼女の発言に声を荒げる。
「子供を愛しもしないで何が親ですか、産んで挙げただけで己の運命を捧げろだなんて、あって良い筈がありません!! 」
自身の両親は優しかった、たとえ天才の妹がいようとも二人は自身に分け隔てない愛をくれ、自由をくれた。だから許せなかった、自分を愛してくれた二人が侮辱された気がして。
「さ、紗夜ちゃん落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか! 征さん貴方もなにか言ったらどうですか」
「すまない花音ちゃん。面倒なことになってしまって」
「い、いえ……」
紗夜は征の仕草に呆気にとられてしまう。誰のために怒っているのかが一瞬分からなくなる。
千聖も呆然としてしまう彼女の姿にこめかみを指で押さえ、ため息をはく。
「恨みなんてない。あれらに言った所で何か変わることなんて有りはしない」
征もまた溜め息を吐く。
「孤独を知らず、罪悪感がない人間に何を求める必要があるんだ。」
彼らにとって子供とはステータスであり、チェスの駒なのだ。気に入らなければ排除し、気に入れば理想の為に高級な家畜の様に育て上げる。
「アンタは優しいんだな」
「私は……ただ……」
「人間には二種類の怒り方がある。一つは自分の為に起こる人間、もう一つは他人の為に起こる人間」
征は花音から目を離すと鏡が目の前にある椅子から立てかけて置いたジャケットに袖を通す。
「アンタは後者だ。一時でも孤独を知っているから彼らに対して怒ることができる」
征は紗夜に向けて少しだけ微笑んだ。
「だけど、その優しさは別の誰かに向けるべきだ。悪魔になってしまった存在には何一つとして返す事ができない」
「そんな、私は決して礼をして欲しくてやったわけでは! 」
千聖もそうだが彼女も優しすぎる。人とは結局は赤の他人、それなのに自分が傷付こうとお構い無しにこちらに寄り添おうとしてくる。
「なら一体何の目的で怒っている、本人が心揺らさずにいるのに何故介入しようとしてくる」
「それはね、八潮、君、が思わないから……だよ」
花音がそう呟くと征は、訳が分からないと言葉を吐き出す。
「八潮君は、さっきからずっと私たちの事は心配したりしてくれているけど、自分のことには目の色一つも変わってないんだよ」
「受け入れてるだけだよ、何も変わらないどおりに抗うだけ無駄だ」
「違うよ、八潮君は逃げているだけ。八潮君は都合の良い逃げ道を音楽にしているだけだよ」
花音は自身に体を向けもしない征に必死に訴える。
「八潮君は自分を人じゃない言い方をするけど、八潮君は人だよ」
花音の正論である言葉に征はくつくつと笑う。
その時千聖は征から何かを感じとったのか顔を青くし、花音の元に走り寄ると彼女の耳を塞いだ。
「ーー大丈夫だよ千聖。ここにはヴァイオリンはない。まだ人間だって言ってくれる人間がいた事に少しばかり驚いただけだよ」
征は口角を上げると千聖の元へ歩み寄り、彼女の頭に手を乗せクシャリと慣れた手付きで彼女の頭を撫でつける。
「いってくる」
千聖にそう言うと征は彼女の側を離れる。
「紗夜だったけ? 音楽を知りたいなら教えてやる、ただその先にあるのは抗いようのない孤独だぞ」
「!? ーー望むところです」
彼女の言葉を聞きとげると征は他には何も告げる事なく楽屋を出て行く。
彼がいなくなった空間は中心がいなくなった為に沈黙が広がる。
「あのね、千聖ちゃん、そろそろ離してほしいな」
「えっ、あっ! ご、ごめんなさい花音。咄嗟だったから」
花音の呼びかけにハッとした千聖は直ぐに彼女から手を離すと謝罪する。
「でも、どうして私の耳を塞いだの? 」
「それはーー」
「やはり、あれは私たちを不幸にする
千聖が重い口を開こうとした瞬間、怒鳴り声がそれを打ち消した。
「あなた方は! まだそれを言いますか!! 」
「子供が知った様な口を開かないで頂戴」
変わらない世界、変わらない感情、変わらない通り。
彼は理解してしまったのだ、この物語の中心は自身ではなく別の誰かであり、自分は本来存在し得ない架空の存在であると、だから何も望まれず、与えられるず、聞きいて貰えない。
だから彼は蠱毒の中で自身の存在を見つけ出す、毒虫だらけの
「子供でも分かる事はあります、彼は守られるべき人なのだと」
救われる事を諦めた、願う事を諦めた、人に寄り添う事を諦めた。壊れた自分を繋ぎ止めれるのは蠱毒のみ、人の音を大抵は殺して呪いを成立させる。
「お前は、あれの事を知らないからそんな綺麗事を言えるんだーー!」
「毒をもって毒を征す、貴方は三年前からヴァイオリンが弾けなくなったそうですね」
「くっ、何でそれを!? 」
こんなものは調べれば直ぐに分かると言うと、彼女は千聖と目を合わせる。
千聖もそれに気づいたのか、彼女に対し笑みを作る。
分かり合えないかもしれない、信じて貰えないかもしれない。だけど自分が、自分達が彼の側を歩く事はできるかもしれない。
「人を幸せにするのは人です、不幸にするのも人ですーーですが、それは自分の行いが返ってきただけのこと」
「まるで、あれに対して好意を抱いてるみたいな言い方ね」
「えぇ、そうかもしれませんね。出会いが出会いでしたので」
母親の言葉に紗夜は肯定する。
「フフフ、アハハッハハ。あれに惚れるなんて世も末ね、あれは何処までも地獄を歩く悪魔なのに」
「あら、惚れた女なら一人じゃないわ。どうしようも無い人間さんだとは思っているけど」
「ふうぇぇ。千聖ちゃんも!? 」
高笑いした母親は益々笑ってしまう、人の皮を被った魔物を好きになるなど一体何をしたらそうなるんだ。考えただけでも反吐が出そうになる。
「お分かり頂けたのならお引き取りください。もうすぐ愛しの人の演奏なので」
「そうさせて貰うわ、実に実りのない会話だったわ」
母親はそう言うと、夫を引き連れ楽屋を後にして行った。
その時に時節恨めしそうな表情をしていた男だったがそれを気づくのは誰もいなかった。
「それにしても、彩ちゃんといい、私といい、みんな随分と物好きね」
千聖は溜息を吐きながら少し困った顔すると他の二人も苦笑いをする。
「もしかしたら他にもいるかも知れないね」
「えぇ、たらしの一面があるみたいですから」
三人が三者三様に笑い合う。彼は知らないだろう自分の周りには誰かがいる事を。彼は知らないだろう女がどれ程恐ろしいかと言う事を。
「それじゃ、スタッフを起こしましょうか」
豆腐一丁