山間のとある町。
結月ゆかりは古くから続く年越しの儀式と祭神"たけみとんど"、幼馴染みの弦巻マキについて語り出す。

戯曲形式。


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ボイロ戯曲『マキ、としかみ』

 

建登志(たけとし)神社・参道入り口(夕暮れ時)

 

 

 山に囲まれた田舎町。

 町の中央には小高い丘。

 丘の頂上には神社。

(ウシガエルの声)

(黄昏に暗く浸る)

 

 神社へ続く石段の入り口。青紫の竜胆(りんどう)の花が群生している。

 

 結月ゆかり、そこに佇む。

 

 

ゆかり:

 「(こちらを見やり、ゆったり頬笑む)お帰りなさい。道中ご無事で何よりでした」

 

 

 ゆかり、手に持った懐中電灯で周りを照らす。

 

 

ゆかり:

 「ええ、このあたりはまるで変わりません。"たけみとんど"様はもうおられませんから」

 

 

 ゆかり、背を向けて石段を登り出す。

 まばらに置かれた灯籠から僅かな灯り。

 

 

ゆかり:

 「懐かしいですね。子供の頃よくみんなで遊びました。私とあかりさん、マキさんで」

 

ゆかり:

 「マキさんが一番はしゃいで、一番よく怒られてましたっけ」

 

ゆかり:

 「あの頃は、怒られるだけで済みましたから。かわいい頃でした。何もかも」

 

 

 ゆかり、長い石段を昇り、背中を見せて語る。

 (顔は見せない)

 

 

ゆかり:

 「大晦日に"たけみとんど"様をお迎えして、私の家が饗応して、禍福を授けて頂いて年を越して……懐かしいですね。本当に。何もかも」

 

 

 ゆかり、石段から街を見下ろす。

 

 

 立派な日本家屋の屋敷がいくつも連なり、豊かな田園と数多の蔵、広大な工場が立ち並ぶ。

 送電鉄塔の列と街灯を備えた大きな道路。

 (山間のそれとは思えない栄えた町並み)

 

 

ゆかり:

 「ほら、見えてきました。大鳥居です」

 

 

 石段の頂上。

 境内への入口に、高さ20メートルを超える巨大な大鳥居。

 ゆかり、懐中電灯で鳥居の天辺を示す。

 

 

ゆかり:

 「ええ、そうです。あそこです。あそこが」

 

 

 鳥居から、垂れ下がっているもの。

 1メートルほどのそれ。

 

 縄。

 

 (垂らした縄の先は、輪の形)

 

 

 

ゆかり:

 「――――――――――マキさんが首を吊った場所です」

 

 

 

 

 

建登志(たけとし)神社・境内(夕暮れ時)

 

 

ゆかり:

 「マキさんは普通ではありませんでしたね」

 

ゆかり

 「なにしろマキさんは、空から生まれ落ちましたから」

 

 

 ゆかり、懐中電灯を翳しながら境内を進む。

 境内は無人。

 

 

ゆかり:

 「聞いた話では、ある夜、空から火球が町外れの弦巻家の畑へ落ちて、作物が全て燃えてしまったそうです」

 

ゆかり:

 「その燃えさかる畑の中で、赤ん坊が泣いていたそうです。炎に包まれているというのに、火傷ひとつ負うことなく」

 

ゆかり:

 「そうして、マキさんは私達の町に住み始めました………ああ、あれもまだありますよ(神社の屋根を指さす)」

 

 

 屋根の上に、人の背よりも大きい石の灯籠が置かれている

 (明らかに不自然な、異様な置かれ方)

 

 

ゆかり:

 「マキさんのいたずらですね」

 

 

 ゆかり、くすりと微笑。

 

 

ゆかり:

 「いたずらにしては度が過ぎていたのですが、あの頃はマキさんも小さくて、それがよく分かっていなかったのです」

 

ゆかり:

 「大きくなるともっとひどくなりましたね。機関車と駆けっこをして追い抜いたり、送電鉄塔を九郎判官よろしく飛び移ったり」

 

ゆかり:

 「色々と騒動を起こして色々と経験して、マキさんもだんだん丸くなりましたが、大人しく過ごして年齢を重ねると、今度は別の意味で騒動になりました」

 

 

 ゆかり、境内の奥を進む。

 神社は閑散とし、やはり無人。

 灯明のぼんやりとした灯が地面に生えた黄色い菜の花を照らす。

 

 

ゆかり:

 「マキさんは、それはそれはモテモテでしたね」

 

ゆかり:

 「マキさんはとても綺麗になりました。金色の髪も、翡翠のような瞳も、白い肌も、しなやかに長い手足も。町の誰とも違いました」

 

ゆかり:

 「町のみんながマキさんをものにしようと告白して、悉く玉砕しました。"たけみとんど"様がもたらして下さった福を侮辱するように、悲しい事件が相次ぎましたね」

 

ゆかり:

 「……あかりさんがマキさんに告白した年が、この町の最後の年でした」

 

 

 ゆかり、目を伏す。立ち止まる。

 僅かに仰ぎ、一拍だけ不動。

 

 

ゆかり:

 「あれは年越しの儀式をしたすぐ後でしたか」

 

 

 ゆかり、目を開き、また歩き出す。

 

 

ゆかり:

 「ああ、良いものが(懐中電灯で境内の隅を示す)」

 

 

 白い壁。

 木台に置かれた古めかしい映写機。

 (8ミリフィルム使用のそれが、カタカタと独りでに動き出す)

 

 光芒が壁をスクリーンにして、映像を映し出す。

 

 

ゆかり:

 「年越しの儀式ですね」

 

ゆかり:

 「結月の家は"たけみとんど"様の饗応役ですから、私の晴れ舞台でもありました」

 

 

 映写機、映す。

 

 (巫女装束のゆかり。稲穂を髪とする木製の仮面。髪には櫛)

 (付き添う(おきな)(おうな)の仮面2人)

 (ゆかり、独りで部屋に入る)

 

 

ゆかり:

 「一年の最後の日、私は"たけみとんど"様と一晩を共にします」

 

 

 映写機、映す。

 

 (ゆかり、暗い部屋で伏す。襤褸布のようになって。痙攣。弱々しく)

 

 

ゆかり:

 「毎年、私はそれを行います」

 

 

 (ぐじゃぐじゃの衣服)

 (肌には無数の歯形)

 

 

ゆかり:

 「毎年、私は……」

 

 

 (翁と媼、歯形の模様を見て頷く)

 

 

ゆかり:

 「……そうして元旦に、"たけみとんど"様は町に禍か福をもたらして下さいます」

 

ゆかり:

 「ご存知の通り、福であれば町の一年は幸せが続きます。不幸は少なく幸運が多く、幸せな日々を過ごせます」

 

ゆかり:

 「そしてもし、"たけみとんど"様が禍をもたらして下さったなら……」

 

 

 ゆかり、微笑。優しく。

 

 

ゆかり:

 「供者(きょうしゃ)。町で最も名誉ある人間が生まれます」

 

 

 ゆかり、境内の隅を懐中電灯で照らす。

 

 ……土の盛られた塚。

 (人の背丈の倍はあろうかという威圧さ)

 

 無数の木碑が剣山のように建てられ、四方を祓串に囲われ、さらにその外を注連縄(しめなわ)が囲んでいる。

 注連縄の内側は数多の御幣があり、八足台にて瓶子(へいし)と水玉を供えている。

 

 木碑には諡名(おくりな)と位階。 

 

ゆかり:

 「禍の年に賜りました禍を"たけみとんど"様へ謹んでお返し、そのまま彼の御方に仕えるため赴いた方々。"たけみとんど"様と同様、町がある限り敬い祀られ崇め続けられる方々」

 

 

 ゆかり、手を拍ち拝む。

 

 

ゆかり:

 「……あかりさんも、そうなるはずでしたね」

 

 

 ゆかり、塚を拝みながら言う。

 

 

ゆかり:

 「私がそう助言したのですから」

 

 

 ゆかり、姿勢を正し、また歩き出す。

 神社の裏手へ。

 (懐中電灯が植木鉢に咲く青色の朝顔を照らす)

 

 

ゆかり:

 「(歩きながら)あかりさんの恋心をもってしても、マキさんは決して振り向かないでしょう。マキさんの心を掴むには、供者(きょうしゃ)になるしかありませんでした」

 

ゆかり:

 「供者(きょうしゃ)になると名乗り出た方には、旅立ちの儀式までありとあらゆる厚遇を約束されます。そうでなくても、マキさんは優しいですから、儀式までは恋人になってくれるはずです。なにせ最期のお願いですから」

 

ゆかり:

 「そうして、あかりさんは供者(きょうしゃ)となり、マキさんに告白しました」

 

 

ゆかり:

 「……そのすぐ後でしたね」

 

 

 

 

ゆかり:

 「あかりさんが――――――町から消えたのは」

 

 

 

 

 

 

○街道(夜)

 

 ゆかり、街灯の連なる道を歩く。

 (神社のある丘から遠ざかるように)

 

 白い水仙の花が道の両側を彩る。

 

(ウシガエルの声)

(虫の鳴声)

 

ゆかり:

 「あかりさんが供者(きょうしゃ)に名乗り出た直後、流星のような何かが町から飛び立ち、地平線の彼方に落ち、しばらくして町へ戻ってきたのを、私を含めみんなが目撃しました………あかりさんを除いて」

 

(空には星)

 

ゆかり:

 「あかりさんは町から消えました」

 

ゆかり:

 「そして新たに供者(きょうしゃ)に名乗り出たのが、マキさんでした」

 

(空には星)

 

(シリウス、プロキオン、ベテルギウス)

(デネブ、アルタイル、ベガ)

 

 

ゆかり:

 「"たけみとんど"様の元へ赴くため、マキさんは鳥居で首を吊りました」

 

ゆかり:

 「……"たけみとんど"様は禍の年になりますと、以前に供者(きょうしゃ)と共にお返しした禍を合わせ、さらなる禍を私達にもたらされます」

 

ゆかり:

 「つまりどんどん禍の強さや大きさは増えていくのです」

 

ゆかり:

 「けれどどれだけ禍が強く大きくても、供者(きょうしゃ)ひとりの出仕により、"たけみとんど"様は禍の返上をお許し下さいます」

 

ゆかり:

 「禍の年であれば必ず供者(きょうしゃ)を出すので、禍の強さも大きさも、特段気にすることは無かったのです」

 

 

ゆかり:

 「………マキさんが、供者(きょうしゃ)になるまで」

 

 

 懐中電灯、明滅。

 点く。消える。点く。

 

 

ゆかり:

 「マキさんの死に方は儀式を経ない粗雑なものではありましたが、過去にも似たようなことがあり、その時も通例通りに遷霊(せんれい)の儀を執り行えば問題ありませんでした」

 

ゆかり:

 「仕来(しきたり)に従い火葬祭には町中の人間が集まりました。もちろん私も」

 

ゆかり:

 「全員に見送られながら、マキさんの棺を火葬炉へ入れた、まさにその(とき)でした」

 

 

 

ゆかり:

 「――――――マキさんが蘇ったのは」

 

 

 

 

○(映写機のフィルム映像)

 

 

 (モノクロ。無声)

 

 

 (火柱)

 

 

 (棺桶から佇立)

 (火炎と爆震)

 (火葬場の建物全体が弾け飛ぶ)

 

 (煌煌とした炎光の中から、白装束)

 

 (弦巻マキ)

 

 (首に痕)

 

 (怪我人と瓦礫の群れ)

 (蠢く人々と)

 (横たわる結月ゆかり。マキを仰ぐ)

 

 (……不意に煙霧がゆかりを覆う)

 

 (ゆかり、仰け反る)

 (爆発の黒煙とは明らかに異なる、濃淡に明滅する煙霧)

 (煙霧、圧倒的な濃さと速度で周囲一面に炸裂)

 (呑み込む)

 (重傷者も)

 (死体も)

 (火葬場も)

 (川も丘も)

 (屋敷も田畑も工場も神社も)

 (町も) 

 (呑み込む)

 

 (呑み込まれなかったのはひとつだけ)

 

 

 

 (弦巻マキ)

 

 

 

 

 

○街道(夜)

 

 

 

ゆかり:

 「………こうして、"たけみとんど"様の禍は町にこぼれてしまいました」

 

ゆかり:

 「そして"たけみとんど"様は、もういません」

 

 

 ゆかり、足を止める。

 

 

ゆかり:

 「この町の禍の年と福の年を司っていた"たけみとんど"様がいらっしゃらないので、この町には年がありません。健常の年月は失われ、此岸から彼岸へ近付きました」

 

ゆかり:

 「ここは人のものでも神様のものでもありません」

 

 

 懐中電灯、明滅。

 点く。消える。点く。

 

 街灯も同じ。明滅する。

 

 不規則に。

 

 

ゆかり:

 「では、だれのものか?」

 

 

 (カエルの声、不安定に共鳴し、歪む。音量がどんどん大きくなる)

 

 (草木の中からは虫の声)

 (木立の闇からは鳥の声)

 (山々の淵からは獣の声)

 

(それらの大合唱がどんどんどんどん大きく(いびつ)に変調。不協和音)

 

 

ゆかり:

 「だれのものかだなんて、決まってますよね?」

 

 

 ゆかり、頬笑む。

 陶然と。

 

 懐中電灯と街灯、点く。消える。点く。

 

 

 点く。消える。点く消える。点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える点く消える

 

 

 (灯の明滅は気狂いのそれ)

 

 (大合唱は虫のそれに似て虫でなく、鳥獣のようでいてそれでなく)

 

 (闇と光が狂気の速度で切り替わる)

 

 

 

 (その街灯の下に、人影ひとつ)

 

 

 

 

 

ゆかり:

 「――――――マキさんの、ものですよ」

 

 

 

 

 (街灯、全て消える)

 

 (懐中電灯も)

 

 (異音の大輪唱も)

 

 (完全の無音)

 

 

 (暗黒の中)

 

 (淡く浮かび上がる)

 

 (星明かりに煌めく金色の髪と)

 (翡翠の双眸)

 

 (白装束)

 (首の縊死痕)

 

 

 

 弦巻マキ。

 

 

 

 ゆかりのそばに。

 

 (宙に、浮きながら)

 

 

 

 

 

ゆかり:

 「"たけみとんど"様は討ち倒されました、蘇ったマキさんによって」

 

 

 ゆかり、宙に浮くマキに身を寄せる。

 

 

ゆかり:

 「結月の家は饗応役です。私はマキさんのものです」

 

 

 ゆかり、うっとりと頭をマキへ預ける。

 

 

ゆかり:

 「誰も彼もがマキさんをものにしようとしました。けれどついに誰ひとり叶うことはなかったのです。あかりさんですら」

 

ゆかり:

 「ですが」

 

 

 ゆかり、マキの躰を抱く。

 ふたりとも宙に浮く。

 わずかずつ高度を上げる。

 

 懐中電灯はその手から消え、街灯はやはり点かない。

 

 (なのに不思議と姿が浮かび上がるゆかりとマキ)

 

 

ゆかり:

 「マキさんのものになることはできます」

 

 

 浮いたゆかり、見下ろす。細めた目で。

 (ふたりは淡く輝き始める)

 (そのまま高く高く昇っていく)

 (無秩序な星々を(ちりば)めた夜空へ)

 

 

ゆかり:

 「こうすれば、よいのです」

 

 

 ゆかり、()()()を見て、わらう。

 

 

 

 

ゆかり:

 「ねえ――――――――――――()()()()()?」

 

 

 

 

 

 ゆかりとマキ、天に昇って消え去る。

 

 

 

 

 (残されたのは一人)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○火葬場跡(昼でもなく夜でもなく)(此の世でもなく彼の世でもなく)

 

 

 煙霧の中心。

 結月ゆかり、虚空に吊り下げられる。

 

 ゆかりの肢体に絡み付く煙霧、曖昧模糊な形を成し、揺らぎ、山のような大きさになる。

 煙の濃淡が激しく入り乱れ。

 雷雲めいて轟く。

 

 

ゆかり:

 「"たけみとんど"様……お許しを、"たけみとんど"様!」

 

 

 煙霧、ゆかりの体を締め付ける。

 

 

ゆかり:

 「(苦鳴。仰け反り、震え、痙攣)」

 

 

 それを見上げる、弦巻マキ。

 

 煙霧、吠える。

 

 弦巻マキへ、怒濤のような煙霧が凄烈に押し寄せる。

 

 

ゆかり:

 「たすけて……(震える指。縋る手を伸ばし)」

 

 

 弦巻マキ、拳を握りしめ、それを殴―――――………

 

 

 

 

 

 

(終)

 



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