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第1話:AGE狂いと悪魔の邂逅
――目の前に悪魔がいた。
黒くて、ボロボロなマフラーを首に巻いて、背中から伸びる尻尾のような鋭利な棘は今から戦えるのが楽しみなのか、それとも人間の血を求めているのか、クネクネと揺れ動いている。
通常のMSよりも一際長い両腕の先は、鋭利な爪。アレで引き裂かれたら、どんな装甲だろうと引き裂かれて爆発してしまう。そんな気がしてならない。
黒と紺色と、時々白が入り混じった悪魔から通信が入ってくる。
『……下がって』
モニター越しで見た彼女の髪の毛は青みがかった黒が美しくて、見とれてしまいそうなほど。
青い瞳は虚ろながらも、真に相手を見定めているような真剣な眼差しで。
こういう人のことを女性相手でもそう言うんだろう。
「かっこいい……」
と。
◇
自分とは誰か。哲学的なことはともかく、自分とは私なのだから、私の名前を言うのが一般的な人間だろう。はじめましての人がいるなら、挨拶するのが基本なのだから。古事記にも書かれている。
私、イチノセ・ユカリは目の前に広がるモニターを前にして1つため息を付いた。
「アセムゥ……ゼハートォ…………」
曰く。イチノセ・ユカリを表す言葉があるとすれば、ガンダムAGE狂いだということだ。
元々私はガンダムなんてものは知らなかった。
それが何故AGE狂いとなったのか。答えは身内の犯行だ。
友人からゲームを借りたはずが、そこに入っていたのはガンダムAGEの作品の1つであるメモリー・オブ・エデンの前編。
彼女に悪態をつきつつも、暇つぶしに見たメモリー・オブ・エデンを見た瞬間、私の人生のすべてが変わってしまった。
関係性オタクである私にとって、アセムとゼハートの関係が刺さらないわけもなく。
友達だったのに実は敵対する相手同士で、アセムとゼハートの心をお互いにかき乱しながら、迷っていく姿はまさに理想の関係性そのものだった。
ドハマリした私を待っていたのは、友人からのラブコールであり、MOEの後編を求める歓喜の悲鳴だったのは言うまでもない。
こうしてアニメ本編を視聴したが最後、AGEのゲームもしよう、と思ったところ、レトロなゲームであり、ゲームをするための本体もバッテリーが軒並み死んでいるような劣化品。ゲームアーカイブもないことから、絶望していた。そう、GBNに出会うまでは。
「ガンプラを動かすんですね」
「そうですわ! わたくしもやっているのだけど、一緒にいかが?」
該当の友達、もといガンダムオタクに誘われるがまま、私は手に取ったガンダムAGE-1ノーマルを組み立てていった。
やっぱAGE-1はかっこいいな。最初は背中のF1カーみたいなスラスターに『ん?』なんて疑問に思うものの、それも次第に違和感がなくなっていき、みんなかっこいいとか、好きとか言い始めるんだろうな、などと考えながらGBNにログインを果たし、チュートリアルを超え。
そして今に至る。
「はぁ……なーんでムスビさんは今日ログインできなかったんだか」
ガンダムオタク、もといムスビ・ノイヤーは私を誘ったくせに、急用が入ったとかで本日はログインできないんだとか。
誘われておいて、アバター作成からチュートリアル完了まで終えた辺り、私も愚痴を言えた試しはないのだけど。
それにしても楽しかったな。リーオーNPDをドッズライフルで撃ち抜くと、回転しているように機体が貫通するのは。自分の意識と連動しているのか、思った通りの動き方をしながらビームサーベルで両断するのは。
かなりぎこちないながらもクリアした私とAGE-1はまるで最初期のフリット・アスノのような気がして。
「楽しかったなぁ……」
カフェテリアの座席で愛を叫ぶならぬ、欲望を垂れ流す女の姿は、少々気持ち悪い絵面だったかもしれない。
ニヤケ面をクニクニとほぐして、改めてミッション一覧を眺める。
ミッションとは要するにゲームのクエストのようなもの。開始1日目に表示された内容は容易い内容が多いものの、AGEに関する内容だってある。そう考えた私の予想は正しかった。
「『救世主ガンダム』、やっぱりあるじゃないですかー」
AGEディメンション、ノーラを舞台にしたガフラン3機のうち1機を撃墜するバトルミッションだ。やっぱりAGE狂いを名乗るからにはここは外してはいけない重要なファクターだよね。
迷わずミッションカウンターへ行き、YESのボタンを押下すれば、そのミッションが始まった。ある種の地獄の釜の中だとは知らずに。
◇
「よし、1機撃破!」
ミッションが完了し、ガフランが逃げていくのを確認しながら、一息つく。
まだ慣れてないのか、それともガンプラの完成度が低いのか。私の思ったような動きにならず苦戦はした。
「やっぱり完成度なのかなー」
モニター越しに腕の割れ目を確認する。
パチリと言うまでハメないから、などという言葉があるように、GBNでは1/144だったガンプラが原寸大まで成長する。
それに伴い傷や割れ目までもが影響されてしまうらしく、ちょっとの隙間も、深い谷のようなハメが甘い傷へと変貌してしまう。これのせいでやや腕の駆動が緩いように感じてしまうが、そんなことを理解できているほど、このゲームに精通しているわけではない。
諦めて今日のところは帰ろう。そう思った矢先に1枚のウィンドウが表示された。
きっと帰還するかしないか、という選択肢だろう。適当にYESを押してしまえば、その事象は確定した。
「へ? バトルモード?」
その瞬間。降り注がれる黄色いビームのあられが私のAGE-1を貫く。
コックピットである胸部を守るべく前にクロスした腕はビームのあられによって破損。誘爆したAGE-1が後方に吹き飛ばされる。
「な、なに?!」
グポポポポ。そんな奇妙な索敵音が私の耳元にたどり着く。
このSE、私の記憶が正しければヴェイガン機が使用する機体がこの音を発するはずだ。
誘爆した煙の中から現れたのは5機のゼダス。
それもところどころ黄色に塗られた装甲はマジシャンズ8の駆けるゼダスMを思わせるようなカラーリングであった。
おきらくリンチ。という言葉をご存知だろうか。
意味合いとしては違うものの、このゲームにも存在しており、その内容は5人組の初心者狩りが、1人の初心者をボコボコにする、というものだ。
ダイバーポイントも入ることから、一部の初心者狩りの間で流行っている卑劣極まりない集団でのイジメ行為のこと。どうやらそれがたまたまわたしに牙を向いたらしい。
当の私はおぼつかない操作のため、両腕は既に破損してこのGBNの世界から消えていた。
『生きの良い初心者ちゃぁん、たくさんいたぶっていっぱい悲鳴を聞かせてね』
何が何だか分からない。だけど、手からじんわりと汗が滲んでいくのを感じる。
5機のゼダスMがジワリジワリと距離を詰めてくるのを感じて、無事な足とスラスターをフルブーストさせてこの場からの離脱を図る。
これは、まずい。死にたくない。データだから死ぬという概念があるわけないけど、それでも恐怖には勝てなかった。
思わず逃げ出した第一歩目の右足はゼダスMの1機が切断。同時に左足も両断し、重力に従って私のAGE-1が地面に叩きつけられる。
『ほーら、どうしたよ? もっと楽しませてくれって』
正直言って泣きそうだった。心が黒々とした恐怖に徐々に染められていく感覚。ガンダムアイから見える化け物たちに震えて、歯がカチカチと震え始める。立っている足がガクガクと笑い始める。わたし、ここで死んじゃうんだ。
本物の死の恐怖。実際に死ぬことはないけど、それに匹敵してしまうほどの悪意。
ど、どうしたら。いや、どうしようもできない。現実は非情なんだ。
じわりと、目の奥から恐怖が顔を出す。もう、このゲームをやめてしまおうか。それならこんな初心者狩りとも出会うことはない。元より友達に誘われて始めたゲームだけど、こんなことをされたら……。
突きつけられた実体剣の矛先がコックピットに狙いを定める。
もう、嫌だ。早く殺して。楽になりたいんだ。
自然と口に出していた言葉を、初心者狩りが下品な笑みをニヤリと浮かべながら、受け取る。
『望み通り、ダイバーポイントになっちまいなァ!!』
最後の一閃。目を閉じた先で、死を待つ。
剣が突き刺さる。その瞬間が、わたしに訪れることがなかった。
『グアーッ!』
キュルルル、と奇っ怪な音を鳴ったと思えば、目の前に突き刺さった胴体から空中で爆発が起こす。
わたしは、何が起こったかまるで理解できなかった。目の前にあったのは、黒いリードに繋がれた尻尾だけで、その光景を漠然と眼前で見ているだけ。ただそれだけだった。
『誰だ?!』
『どこから?!』
視界の片隅で臨時にパーティが1人追加される。ムスビさんじゃない。じゃあいったい誰が……?
続いて視界に入ったのは黒。黒いマフラー。黒くて長くてボロボロのマフラー。
頭が理解をし始める。長い尻尾はそういう相手を貫くための兵器であること。長いマフラーがどういう効果があるかは分からないけれど、相手に意表を突かせるには十分で。
シャープで、悪役顔なその顔面がわたしの方へとわずかに傾く。
黒と紺色と、時々白が入り混じった悪魔から通信が入ってくる。
「……下がって」
モニター越しで見た彼女の髪の毛は青みがかった黒が美しくて、見とれてしまいそうなほど。
青い瞳は虚ろながらも、真に相手を見定めているような真剣な眼差しで。
「かっこいい……」
ついその言葉を口にしていた。
だって、颯爽と敵機を1体撃墜して、守るようにわたしの前に立ち、目の前でそう言ってのけるんだよ? そこにかっこいいという感情以外に介入する感想なんてあっちゃいけない。
でも相手方はかなり意表を突かれたようで。白い肌を少し赤く紅葉させる。
「は、はぁ?! こんな時に何言ってるの」
「だって、かっこいいから。つい」
「ついじゃないでしょう!」
思わずくすりと笑ってしまった。かっこよくて、かわいいって、そんなの卑怯なんじゃないだろうか。
目の前の悪魔は、その実、年相応の女性だった。
『おい! 俺たちを無視して……グワーッ!』
その癖、とんでもなく強い。
襲いかかってきたゼダスMをノールックで前腕に装備されているビーム兵器で頭部を寸分狂わず撃ち抜いてみせた。
走る動揺。敵機はあっという間に残り3機になってしまっていたのだ。そして今のは恐らくリーダー機だったのだろう。為す術もなくやられてしまったリーダーと同じ姿になるのだと思えば、ガクガクと震え始めるのもおかしくない。
彼らは、狩る側から、狩られる側になったのだ。
『さ、散開! あのマフラー付きを倒すぞ!』
『『おう!』』
「調子狂うなぁ……」
それぞれ空中に1機、バックステップが1機。側面に逃げたのが1機の計3機が逃げ始める。
だけど、それを見逃すほど悪魔は容易くない。
背面のブースターをフルオープンすると、まずは空中の1機に猛追する形で悪魔の尻尾が襲いかかる。
同時に腰にマウントされていた小さな鈍器を手に持ち、側面に逃げた1機へと投げつける。
投げつけられた小さな鈍器――メイスはゼダスの頭部を叩き潰すようにクリーンヒット。そのままテクスチャの破片となって消え去っていった。
続いて猛追していた悪魔の尻尾の先端が開かられる。まるで、なんていうことはない。それはカニのハサミみたいに、変形したゼダスの羽根を掴み、力の限り下方向、バックステップしたゼダスへと向かって急降下させられる。
『くそっ! 放せよ!!』
『おいおいおいおい! こっちに向かって……ッ!』
瞬間、2機のゼダスは衝突。羽根の破片をもぎ取った尻尾が主人のもとへと帰ってくる。羽根の破片を彼女が見るなり、ため息を付いて後方へと投げ捨てた。カラン、カラン、と中身のないような音で何バウンドかすれば、テクスチャの塵へと変わっていった。
「す、すごいです! 5機全員倒しちゃうなんて!」
「いや、まだ」
「え?」
爪の長い手で長いマフラーを掴むと、煙の中から襲いかかってくる黄色いビームの連射をマフラーで受け止める。
何故か貫通することもなく、ビームがマフラーに当たって消滅していく。
『ABCマントか! だがッ!』
手のひらの砲台からビームサーベルを突き出しながら、現れるのは半身が破壊され、頭部も半壊しているような相手。突撃してくるのは最後の抵抗とも言えるだろう。
でもこの人ならそんな不意打ちには決して屈しない。何故だか分からないけど、私の予想がそう囁いているのだ。
――彼女は強い。
肩アーマー部分から延伸用の腕部が勢いよく排出されると、下からアッパーの感覚でゼダスの手首を掴み上げる。長い腕を生かした不意打ちに対する不意打ち。ジョーカーに対するスペード3。絶対に覆すことのできない実力差が、ここにはあった。
『あ、悪魔めッ!』
「悪魔なのはそっちでしょ」
余ったもう片方の腕が頭部を掴み上げると、ギリギリと万力のように音を立てて握りしめる。
ミシリ、ミシリ。さながら悲鳴を上げているような金属音とともに、彼女は一言言った。
「初心者狩りしてる方が、よっぽど悪魔よ」
握りつぶされた頭部に、コックピットにはもう誰もいない。
現実だったら手のひらが血に塗れていただろうが、これはゲームだ。こんなに酷い殺し方をしても、メンタル面以外は無傷だ。
ざまあみろ。はは。あはは……はぁ……。なんか、色々ありすぎて疲れちゃった。
「大丈夫?」
「……はい!」
けど、さっそうと現れた青い髪の少女によって救われて、傷が少しだけ癒やされていた。
立ち去ろうとする青い髪の少女をせめて覚えるべく、私は声を上げていた。
「あの、名前! 名前ってなんですか?!」
沈黙と、そして。
目を閉じ、しばらく考えるように瞑想する少女はこう告げて去っていった。
「エンリ。人はバードハンター、なんて呼ぶわ」
拾い上げたABCマフラーを首に巻いて、彼女はどこかへと消えていってしまった。
エンリ。バードハンター。その名前を深く胸に刻みこむように、彫刻刀で刻んでいく。
イチノセ・ユカリこと、ダイバーネーム:ユーカリは名前の由来である人と人との『縁』がそこにあったことを示すように。
名前:ユーカリ / イチノセ・ユカリ
性別:女
身長:145cm
年齢:17歳
見た目:青く髪の毛が肩まで伸びたウェーブのかかったセミロング
どことは言わないけれどDぐらいの大きさ。身長にしてはでかい
第1形態。
AGEを見て、動くガンダムに乗りたくて、関連作品であるGBNを始めた
犬か猫かで言ったら犬派