「いやー! 助かった助かった! あんたは命の恩人だよー!」
エントランス・ロビーに帰ってくるやいなや、何者かに肩を抱かれた方思えば感謝の笑顔が私を迎えてくれた。
明るい金髪とギャルっぽい見た目。間違いない。さっきのフレンさんというELダイバーだ。
「えっと、フレンさん……?」
「そうそう! さっきのフレンさん! あんたの名前は?」
「ユーカリ、ですけど」
「そっかー! ユーカリちゃんねー! よろしくー!」
左肩から伸びてきた彼女の手を、やや遠慮がちに握りしめる。
この人ELダイバーってことでいいんだよね? 初めて、ではないにしろ本格的に初めて話すELダイバーがこんなに味が濃くてよいのだろうか。
謎の疑問を私の中で浮かび上がらせながら、彼女の少し柔らかい手の感触を感じていたところ、突如として間に割り込むようにして白い閃光が私たち2人を引き剥がした。その正体は紛れもなくノイヤーさんだった。
「ベタベタするのはやめてくださいまし! ユーカリさんが迷惑そうですわ!」
「そんなことないように見えるけどなー」
「御託はいいですわ! ほら、さっさとお帰りあそばせ! しっし!」
「そんなツレナイこと言わないでよ、えーっと……」
「ノイヤーですわ! このスットコドッコイ!」
「わぁお、今日日聞かない罵倒じゃ~ん!」
今度はと言えばノイヤーさんの手を掴んでブンブンと握手&挨拶をしてみせるフレンさん。なんというか、コミュ力が強すぎる。エンリさんだってフレンさんからやや距離を置いているし、あぁいうグイグイ行くタイプは苦手なのだろう。
あれ、私も結構前へ前へとグイグイ押していた覚えがるんだけど。だ、大丈夫かな。
やや背中に冷や汗のようなものをかきながらも、私は2人の様子をうかがっていた。
戦況はやや、というか明らかにノイヤーさんの劣勢だった。
「マジで助かったわ。捨てるなんちゃらもあれば、拾ういい人もいるみたいな?」
「それを言うなら捨てる神あれば拾う神あり、ですわ。少しは勉強なさって」
「勉強とかチョー苦手だし。今日も半ば逃げてきたよーなもんだから」
頭が痛そうに、ノイヤーさんは重い頭部をもたげている。ほぼ敗北寸前だ。流石に助け舟は出しておいたほうが良さそう、かな。
できるだけ問題をこじらせないようにストレートに、彼女が何を考えているか。それを聞くにはこの質問しかなかった。
「フレンさんは、どうして私たちと話しているんですか?」
「え?! なんかやばめだった?!」
「い、いえ。ただ、さっきから別れる気配がなかったもので」
世話話にしては明らかに時間が長い。ここに居座る気満々の怒涛のトークで、飽きはしないものの疲れてしまうほどだ。
ノイヤーさんもお嬢様であるものの、あまり口うるさい相手は苦手なのだろう。辟易した表情で私の方に微笑みかけてくる。
何事にも適度な態度というものが必要で、それに似合うだけの話し方とは到底思えないのだ。
だからフレンさんの少し長々と、この場に留めておくような話し方が気になった。
彼女はやや申し訳無さそうに、手のひらでごめんなさいの仕草をしながら、すまんね、なんて口にする。
「いいですわ。何か目的があってのことなら、さっさと教えて下さいまし」
「いいの? んじゃー」
可愛げに首を傾け、金色でまとめた髪の糸がふわりと舞う。
その様子はおねだりをする幼い子供のようにも見えながら、人差し指を頬の近くに寄せて。そして……。
「フォース、入れてくんない?」
私には分かりかねる要素を口にするのだった。
◇
フォース。それは他ゲームで言うところのギルドやクランと言った合同チームのようなもの。
フェスと呼ばれるフォースだけが参加できるイベントや、フォース戦という形式のバトルをすることができるなど、特に理由がないのであればとりあえず入っておくに越したことはないようなシステムの1つだ。
っていうのを攻略wikiの方から引っ張ってきたんだけど、この中間にある一文がどうしても気になって仕方がなかった。
曰く。このシステムはDランク以上から。
初めてから2週間そこそこ。バッドガールを制作するために2週間かけていた私のダイバーランクはおおよそEランク。先程のヴァルガ戦闘によってダイバーランクが貯まり、ランクアップしたはいいものの、依然として1ランクの高いシステムに触れることができない。
そもそも3人とはたまたまリアルで一緒に出会って、たまたま一緒に行動しているだけであって、悲しいことにエンリさんに限っては私たちに思い入れがない。
そんな相手を"フレンド"という括りで収めておくのは容易だろうが、チームとなれば話は変わってくる。
迷惑そうだもん、誰かとも群れるの。
大前提としてフォースではない私たちは彼女の提案を断ることにしていた、のだが……。
「あなた……」
「うゆ?」
「良い提案なさるじゃないの! ノイヤー特別賞を贈呈しますわ!」
意外にもノイヤーさんがこれに乗っかる形に。
先程まで険悪なムードだったのにこの手のひらを神砂嵐のようにドリル回転させた態度には私もびっくりだった。
「ノイヤーさん、何か企んでます?」
「そ、そんなことありませんわ!」
「ふーん……」
ただ、断る理由は私にはない。あるとすればエンリさんだけなのだから。
Dランク未満であるのなら、引っ張っていく形でパワーレベリングすればいい。
仲が悪いのであれば、よくなるのを取り持てばいい。
だけど、乗り気ではない相手に無理強いさせることはできない。今の私たちの状況は、エンリさんの返事だけで如何様にも変わるものだった。
「エンリさんは、どうなんですか?」
「どっちでもいい。わたしの目的が果たせればいいんだから」
少し引っかかる物言いだったが、それよりも先にこの状況において、どっちでもいい、というのは本当に困る台詞だ。今日の晩ごはん何がいい? と親が子供に聞いたときに最も聞きたくない返事選手権最優秀賞と言っても過言ではないほどのトンチキ加減。
流石の私もえぇ、とドン引きしたくなるほどの返事に、少し棘を出しながら口に出そうとした瞬間であった。
「……そっか。フォースに入ればフォース戦ができる。ってことは」
1人で小言のように呟きながら何かを確かめ、考えるエンリさん。その手は自然と顎の下を持っていて。
しばらく考え事をした後に、内容が固まったのか、私たちの方へと向き直った。
「やっぱ入るわ。わたしの邪魔をしない、っていう条件付きで」
「エンリさんの目的、というのはわたくしたちには分かりかねますが、それでいいのでしたら問題ありませんわ!」
「なら!」
「……ごめんなさい。もう一つ加えさせてもらうわ」
訂正の謝罪を1つ加えて、彼女が指差した先にいるのはフレンさん。
今まで絡んでこなかった彼女が突然反応したのだ。信じられないという表情を顔面いっぱいに表現しながら、自分のことを指差す。
「あんたがわたしたちに何故入れ込むのか。その理由よ」
「あー、なるなる。やっぱ気になっちゃうよねー」
質問の内容に納得がいったのだろう。両腕を組んでうんうんと首を振ってニヤニヤしている。傍から見ればなんだこいつ、と言わざるを得ない状況である。
フレンさんは特に悪びれることもなく、その答えを笑いながら答えてくれた。
「恋の予感を感じたからよ!」
「は?」
「え?」
「ん?」
三者一様。疑問符を並べ、更に困惑させるには時間がかからない。
え、何言ってるのこの人。大丈夫? 実はバグってるとかそういうのじゃないよね。
あと、恋とは魚の鯉ではなく、恋愛感情の恋ってことでいいんですよね。私自体抱いたことのない感情をELダイバーが口にしている違和感に脳みそがオーバーヒートしそう。どこに、恋の予感を抱いたんだろう。
「自己紹介すっけどさ! アタシ51番目のELダイバーって呼ばれてんのよ。なんでか分かる?」
「51番目に生まれたから、ではなくて?」
「それもそうなんだけどー、語呂合わせ! 51で恋! 恋愛映画やアニメが好きな感情から生まれたのが、アタシってわけ!」
そこのどこにギャル要素が含まれたかはさておき、彼女が語ってくれた内容はSF要素がある内容なので、少しだけ補足しておく。
ELダイバーとは、ダイバーたちが日頃GBNにログインする際にリアルから行き来したときに生まれた余剰データが蓄積したことによって生まれた電子生命体である。
何かの感情。何かをしたい。何かになりたい。そんな『何か』から生まれた塊のようなもの。
フレンさんはそれがたまたま『恋愛』という形が作った姿。まさしく恋の化身である。
故に恋に夢見るELダイバーが私たちに何故かロックオンした理由。それもまた不可解であった。何、恋の予感を感じたって。私たち誰も恋してないんだけど。
「つーことで! アタシには分かっちゃってるんだよねー、恋の嵐。青い春の爽やかな匂いが、さ!」
「どこをどう解釈したらそうなるのよ」
「あ、ありえませんわ! 女性同士で恋などと」
「そうですよ。私たちもまだ出会って2週間ぐらいですもん。恋の予感なんて……」
「あるんだなー、それが!」
白い歯をちらつかせながら、チッチッチッと指を振るフレンさん。
どうしよう。話が全く伝わってない。ひょっとして私たちとフレンさんでは言語の入力が違うのではないだろうか。そう錯覚してしまうぐらいには暴走っぷりがひどかった。
「本人の尊厳のためには言えないけど!」
その視線の先は何故かノイヤーさん。図星を突かれたように血色の悪い白い肌を赤く染め上げる。そりゃ怒りますよね、謂れのない暴言のような何かを突きつけられてしまっては。
私はそっと肩をポンっと叩いて同情の感情を送る。相手は友達だ。慈しみの感情を持たずして、何が友達と言えよう。
目を丸く見開いた後、胸の奥底からため息をついたのはフレンさんだった。
なんであなたがため息つくんですかぁ!
「まぁいっか。てことでそんな理由! エンリちゃんもおーけー?」
「釈然としない所はあった、というか1000%釈然としないけど、把握はしたわ」
理解はしてないけど。小さくお小言を口にするエンリさんもやはりストレスをためていた。
こうして何故かフォースを結成することになったものの、問題は意外と山積みであった。
「まずはユーカリさんをDランクに押し上げて、名前の決定。それからフォースの活動方針やら、フォースネストの資金調達やら……。やることがいっぱいですわ」
「恋のサポートもしてあげないといけないよね!」
「あなたはお口チャックですわ」
「むー」
見た目に反してやや子供らしい反応を取るフレンさんであるが、彼女がこの問題を持ち込んできた張本人であることを、悲しいことに把握していないのだろう。頭お花畑とは言わないが、少し抜けていると思う。
リストにまとめていくが、目下の問題はやはりフォースの名前である。
後から変更は可能らしいので『フォース1』とか『名無し』とか付けてもバレないだろうけど、それでは味気なさが勝ってしまう。フレンさんも認めないだろう。
名前。名前と言われてパッと出てくるようなものではないのは確かだ。
「フォース名ですか。ユーカリさんは何かあります?」
「なんにも」
「アタシもさっぱり!」
フォース名。パッと出てくりゃ、すぐ終わり。
邪道に近い五七五を心のなかでつぶやく。バッドガールの時はすぐに出てきたものの、普通に考えていれば1日使っても出てこないそれを、今日結成したような知り合いたちと考えるのは困難を極めていた。
「フォース1とかいいじゃない」
「分かってないなー、エンリちゃんは! こういうのはロマンと愛が重要なんだよ!」
「そ。なら勝手にしなさい」
「エンリちゃんも考えてよー!」
この人は決めないと言えば曖昧に決めそうなイメージがある。
今回はそれがたまたまクリティカルヒットしたような状況だった。
やや頭をもたげながら、考えることおおよそ15分。一切アイディアが出てこないまま、私たちがGBNからログアウトするような時間帯になっていた。
「みんな行っちゃうんだ」
「ガンダムベースからのログインなので。ある程度したらお店閉めちゃうから」
「なーんだ。残念」
がっかりそうに唇を尖らせるフレンさんを少しだけ可愛いなと思いつつ、私がログアウトのボタンを押そうとメニュー画面を開く。
「ユーカリ」
「……はい?」
聞き慣れない私を呼ぶ声が耳に入る。その先にはエンリさんがいて。
「リアルで少し話があるわ」
少し堅苦しく、体育館裏に呼び出されるような怖い雰囲気を漂わせたエンリさんが、その内容が何かを聞けずに、彼女はそのままログアウトしてしまった。
「なにあれ、こっわ」
「そ、そうですね」
フレンさんに同意しながらも、彼女に別れの挨拶を告げてから、私はそのままGBNから立ち去っていった。
名前:フレン
性別:女
身長:156cm
年齢:3歳
二つ名:51番目のELダイバー
機体名:モビルドールフレン
見た目:ギャルらしい明るめの金髪で、朱色のメッシュが左前髪に一筋入っている
髪は左側にまとめたサイドテールで、結び目には赤いリボンが飾られている
服装は白い襟付きのシャツにクリーム色のカーディガンで、
胸はEカップほどあり、かなり大きい。
ギャルのELダイバー。略してギャルダイバー
恋愛映画、アニメが好きという感情から生まれたELダイバー。
途中で何故か入り混じったギャルとしての性格も交わって、気さくで恋愛事情に興味津々なELダイバーとなった。だが生まれたばかりのELダイバーに恋愛というものを理解することなどできない。
恋に夢見るELダイバー。それがフレン。