「おまたせ、しました……」
「ん」
ムスビさんの帰りを確認してから、私はエンリさんからの呼び出しに緊張していた。
何が始まるんだろう。いったい何が。そんな感情渦巻く考えにヒヤヒヤしながらも、彼女と並んで2人で帰路へとつく。
「…………」
「…………」
黙々と歩く2人。いや、呼んだのそっちじゃないんですか!
そう大声で突っ込みたくなるものの、きっとエンリさんにはエンリさんの考えがあってのことなんだろう。そう思っている。
そうでなくてはこのあまりよく分からない人と一緒にはいない。
エンリさんは私が考えているよりもずっと自分のことを話さない。不器用ながら世話を焼いてくれているのは分かるし、ファンションのことだって今までにないくらいノリノリで。少しは打ち解けられたかなと思ったのに、まだまだ距離が遠い。
私たちと、エンリさんの距離が果てしなく遠い。まだ名前だけで、名字を知らないし。
「あの、エンリさん……」
「何?」
「呼び出した理由、聞いてもいいですか?」
「あぁ、そんなこと」
あなたが呼び出したんじゃないですか(2度目)
彼女が吐き出した息は、冬ならきっと空中に白い霧ができてすぐに消えていってしまうほど儚く、重たいため息だったと想像できる。
やっぱりため息が多い、この人。そんなんじゃ幸せは逃げていっちゃいますよ。
やがて口を開いて、エンリさんは少し私とは反対側の方を向きながら、言いづらそうに声を上げた。
「……一緒に、帰りたかったのよ」
「え?」
「同じことは二度も言わせないで」
一緒にって、いつも一緒に帰ってたのに?
どうしてそんな急に。聞いてもいいのだろうか。嫌がったりしないだろうか。
そんな思考がショートフリーズするように一瞬で固まってしまう。でも、踏み込むなら、もっと仲良くなるなら一歩を踏み出さなくちゃいけない。
――だから。
「エンリさんとなら、一緒に帰りますよ。だって、その。……友達、なんですし」
「友達、ね」
「あ! ダメだったら断ってもらっても構いませんよ! 私ちょっと重たいこと言ってる自信ありますし」
「そんなことないわ」
見上げた先にはエンリさんの少し口角が少し上に上がっていて。美しい青い瞳も、きつそうな目尻も、いつしかゆるく下がっていて。
まるで聖母のような。いや、どちらかと言うと優しいお姉さんのような、そんな暖かい微笑みが出迎えてくれた。
エンリさん、こんな顔もできるんだ。見たこともない一面に、私は胸に何かを感じながら見惚れていた。
「何? ハエでもくっついてたかしら」
「い、いえ。エンリさんもそんな顔をするんだなって」
「いつもしかめっ面だと思ってた?」
「それは……」
あぁ、エンリさんの顔がいつものしかめっ面に戻ってしまった。
私も言い淀んでしまったけれど、これでは本当にそう思っているようにしか聞こえない。うぅ、失敗してしまった。もっとうまくやれた気がするのに。
「いいのよ。言われ慣れてるから」
「そうなんですか?」
「大学に行くといつもね」
ん? 今大学って言った?
目を軽く見開いて、彼女の顔を見る。
「ひょっとして、まだ大学生だったんですか?!」
「まだって何よ、まだって。あんた、わたしのこと何歳だと思ってたの?」
「てっきり、24か5ぐらいで……」
「まだ19よ……」
その見た目で?! そう声に出そうとしてなんとか思いとどまった。
確かに年齢の割にツインテールとは少し幼い面が見え隠れしていたが、それでもたったそれぐらい。彼女がまだ十代たる理由にはならない。
そ、そっか。もしかして私と2歳差だったとは。このリハクの目には見抜けなかった。
年齢の割に落ち着いているというか、大人の色気、みたいなのがムンムン漂っていたから知らなかった……。
「す、すみません! なんか失礼なことを言ってしまって」
「いいのよ。慣れてるから」
この人、実は苦労人なんじゃないだろうか。
そう考えてしまうぐらいには新鮮なエンリ情報で。
そっか。エンリさんのことやっと知ることが出来たんだ。考えてしまえば、こみ上げる感情は嬉しいってもので。
「エンリさん」
「ん?」
だから自然と声をかけてしまうんだ。もっと知りたい。でも踏み込みすぎないように。丁寧に、割れ物に触るように。慎重に。
「これからも、こんな感じの話してもいいですか?」
「何よ急に」
「私、エンリさんともっと仲良くなりたいんです」
「……それは、憧れとして? それとも」
対してエンリさんは少しだけ、言葉の重みが重くなった気がした。
気がしただけだ。だから気にも留めずに、私はどんどん突き進む。
「友達としてです。ダメですか?」
「そう。勝手にしなさい」
少しだけ。ほんの少しだけ突き放された感覚はあれど、それでも許してくれたことに、私は嬉しくなってしまう。
「ありがとうございます!」
笑顔でありがとうと、口にしてエンリさんの顔を見る。
相手の顔は、何かを思い馳せるような、目の細さと慈しむ瞳が印象的だった。
◇
「名前……」
【MISSION SUCCESS!】
私は考える。
「名前……」
【MISSION SUCCESS!】
私は考えている。
「名前……」
【MISSION SUCCESS!】
私は考えている。考えても考えても。
「名前……」
【MISSION SUCCESS!】
「思いつかないよー!」
そんな咆哮がガンダムXの舞台で叫ばれていたとか、なんとか。
翌日。集まった4人で早速私のダイバーランクをパワーレベリングしようと、数々のミッションを挑戦しては繰り返していた。
パワーレベリングと言っても他の3人だけに頼ることはなく、私もちゃんと戦っていた。
けど散漫とした攻撃や、明確な殺意のない行動。ふわふわと気が抜けてしまう移動ではヴァルガのような緊張感が生まれることはない。
モビルドールが斬り、ゼロペアーが叩いて、ダナジンが火を吹く。
これだけで敵の8割は消滅するのだ。恐ろしいバトル集団だよ、私たちは。
「そんなものですわ。名前なんてパッと思いつくようなものでもありませんし」
「うぅ……でも……」
名前の提案をするのはいい。だけど、フレンさんのウェイ系バリバリの卍とかヤバタニエンとか出てきたネーミングセンスに加えて、ノイヤーさんの高貴とは程遠い私たちへノブレスとかル・ポワージュとかフランス寄りのセンスに頭を悩ませる。最後にはエンリさんのやや中二じみた碧滅のとか、絶望と虚無の、出てきた辺りで、私が考えた方がいいのだと理解した。
そう、結局名前を決める担当は私になったのだ。
「やっぱ『マジサイコーAGE団』でよくない?」
「低俗ですわ、却下」
「エンリちゃんもよくない?」
「よくない。ありえないわ」
「むー!」
いや、名前は私が決めるんだってば。
いくつか思いつく候補をリストに並べていくものの、これと言っていいものが見つからない。
アウトローとやさぐれ女。お嬢様に、ギャルと、属性がバラけすぎているのもいただけない。せめて名前に共通点があればいいのに。そんな事を考えても結局まとまらないのである。
「AGE団に便利屋69。世紀末アウトロー組。縁とユカリ。結ぶ絆」
「完全に詰まっちゃってる感じだね」
「えぇ。煮詰まりすぎてぐでぐでですわね」
「なんなのその表現。すみません、ショートケーキ1つ」
だったら私に力を貸してくださいよ。さっきからロクな名前が思いついてないけど。
カフェオレをストローからブクブクと膨らませながら、考えるも、やっぱり思いつかないものは思いつかない。
エンリ、ムスビ・ノイヤー、フレン。そしてイチノセ・ユカリ。
現実での名前を並べたところでそれらしいものは一切出てこない。出てきて『縁とユカリ』ぐらいなんだけど、それでは他の2人がのけ者になってしまう。
どうにかして4人一緒の名前を考えなければーーーーあーーーーーー!
「分かんない!」
「イチゴショートでも食べて頭を休めなさい」
「……え?」
エンリさんから突然差し出されたケーキに少し困惑する。
え、いつの間に頼んだの。というかこれ私のお金じゃなくて、エンリさんのポケットマネーからですよね。
「す、すみません。でも」
「考えてもらってるのよ、これぐらいはしなきゃ人間としてダメじゃない」
「それもそうですわね。もし。モンブランを1つくださいまし」
「あ、アタシもー! フルーツタルト1つね!」
「皆さん……」
目の奥から熱いものが少し溢れてきそうになる。
皆さんの優しさが今心の奥底を刺激している。なんか今なら考えられそうな気がする。
ケーキを口にしながら、考えていく。あ、ケーキおいしい。流石フィードバックシステムが優秀なGBNだ。クリームの複雑な食感や味まで再現していて……。
「ケーキヴァイキング」
「ん?」
「お?」
「思いつきましたの?!」
今、天啓が降りてきた気がする。
ケーキバイキングとアウトローであるヴァイキングをかけ合わせたネーミング。
バイキングは食べ放題を意味する言葉であり、ヴァイキングはアウトローにとって必須科目と言ってもいい。
ケーキは今目の前にあったから置いておくとして、これはありなんじゃないかな!
「ケーキヴァイキング! なんてどうですか!?」
「異議なし!」
「右に同じく」
「わたくしもですわ」
元々頼んでいる手前、断る権利なんてものは彼女たちには存在しない。
故に『ケーキヴァイキング』。これが私たちのフォースの名前で決定です!
「あ、でもリーダーって」
「わたしはパスよ」
「ならユーカリさんですわね」
「へ?」
異議なし。と再び発言するフレンさんの脳内を一回確認してみたい。
こんなところで全肯定botされても困るんだ。いやだって、ノイヤーさんは上に立つ人間になるのだとしたら、こういうところでのリーダー経験こそが活かせると……。
「いえ、わたくしに継承権はありませんので」
「えぇー!?」
裏切られた気分だ。どうして私だけ。
まぁ、もういいや。名前を決めていた段階から、ひょっとしたら、とは思っていたから覚悟はしていた。
フォース画面から自分たちの計4人を入れてから、フォース名『ケーキヴァイキング』を入力。リーダーは不本意ながら私にして、エントリーっと。
「うーし! こうなったら今日はケーキヴァイキング結成祝ってことで! すんませーん、フルーツタルト3つ追加と、後チョコケーキ4つに」
「それからコーヒーもくださいまし。甘くてたまりませんから」
「ホントにバイキングやるんだ……」
「みたいね」
ガックシとうなだれながら、自分がリーダーをするフォースの面々を見て、私は軽く微笑む。
これも縁、というやつってことなんだろう。
「じゃーリーダー! ここは1つ挨拶を!」
「えぇ……」
「こういうのはバシッと決めるのが大人の勤めなんでしょ?」
どうやらフレンさんは私に挨拶をさせたいらしい。
こういうときは長くなく、されど短すぎない程度の挨拶が良いとされている。校長先生の話みたいに長くてもみんなだれてしまうからね。
やや頭をもたげながら、もとい面倒くさがりながら立ち上がった私を下から見上げる3人の視線が貫く。
こういうの、慣れてないからやっぱり緊張してしまう。
フレンさんは賑やかし程度に笑っているし、ノイヤーさんはそれを諌めるような空気を出している。そしてエンリさんは少しだるそうに私のことを見つめていた。
思えば、エンリさんと出会ってから私のGBN生活は始まったと言っても過言ではない。
まだまだ過ごした月日は短いし、知らないことだって山ほどある。
それでも、あの時。ゼダス5人組から救ってくれたのは、フレンさんでもノイヤーさんでもない。目の前にいるぶっきらぼうでクールに振る舞っているけれど、褒め言葉には人一倍弱くて可愛らしいエンリさんだったんだ。
だからその想いを胸に秘めながら、私は手に持ったカフェオレのグラスを天高く掲げた。
「ケーキヴァイキングに幸あれ! 乾杯!」
「「乾杯!」」
「ん」
エンリさんの知らないことはまだまだある。
それはエンリさんを知れる機会がまだまだあるということ。
徐々に親しくなって、友達を超えて親友になれたら。
なんでそんな事を思ってしまうのか分からないけれど、そう願わざるを得ない。
一歩ずつ。知り合いから友達へ