第13話:ばっどがーりゅとフォース方針
仲間とは何か。フォースとは何か。
同じものを見て、聞くことのできる人が真の仲間だと言う話だが、それは少し違う気がする。
友達が割とたくさんいた私にとっては、どんな人間を見ていても、違うところは違うし、同じことを言っていても違い内容をアンジャッシュすることだって多々ある。
仲間とは十人十色だ。例えばクールな女性と、アルビノのお嬢様と、ギャルの電子生命体が同じチームの仲間だったとしても、そういうものなのだ。
まぁ、何が言いたいかと言えば、できたてほやほやのフォースにまだ仲間という意識が薄いということだった。
「まーたエンリさんはバードハントですのね」
同じチームの仲間に悪態をつけるように、コーヒーを口に運ぶ。
白いカップと、白い肌はなかなかに親和性が高い。これ1つで絵になるレベルだ。
「マジ協調性ないよね、エンリちゃん」
「元々嫌そうだったですしね」
少し愛想笑いしながら、私はエンリさんの戦闘履歴を見ていた。
フレンさんは何やらストローの袋を縮めたあと、水を垂らして伸ばす遊びをしているし、ノイヤーさんはさっきと同じく。結局何一つ関係は進展していなかった。
仲間とは十人十色だと豪語したものの、十色も度が過ぎれば毒になるわけで。黒くなった関係は元に戻そうとしても戻らない。一度決めた関係は基本的には覆らないのが社会の常だと言っていい。
やっぱり、せっかくフォースを組んだのだから、それらしいことはしてみたい。
このGBN内にはフェスやフォース戦なんかがあるんだ、それを嗜むのだって、ゲームの遊び方の1つだと言ってもいい。
「で、ユーカリさんは、何をしていらっしゃるの?」
「エンリさんの戦闘履歴を追ってるんです。相変わらずすごいなーって」
「アタシも見ていい?」
「いいですよ」
反対側の席に座っていたフレンさんが席を切り替えて、私の隣りに座る。
私もウィンドウを少しフレンさんの方へと傾けて、見やすいように調整した。
履歴にはウィングガンダムとの戦闘が録画されていた。
空中を移動しながら、鉄血機用に装備されたマシンガンをばら撒くが、その雨を物ともせずに、エンリさんの機体は接近していく。
空中にいれば地上にいるゼロペアーは攻撃することができない。
だが、それは逆もしかり。ナノラミネートアーマーによってビーム攻撃は拡散され、実弾射撃では致命的なダメージは与えられない。故にダイバーはより正確な攻撃をするために接近戦を挑まなくてはならない。それがエンリさんのキルレンジであることを知ってか知らずか。
「お、接近戦始めた! っぱMSの華は接近戦よなー!」
「一理ありますが、それは基本的な宇宙世紀での話ですわ。一点突破型こそ華と言っても過言ではありません」
「それもありよなー!」
相変わらず少し喧嘩腰のノイヤーさんはともかくとして、ウィングガンダムのマシンキャノンを絡めたビームサーベルでのヒット・アンド・アウェイは見事だと言ってもよかった。
マシンガンが効かないなら、バスターライフルが効かないのなら間合いを詰めて、フレームを狙い撃ちする。その手段は悪くないはずだった。
だがゼロペアーの腕は伸びる。ヴァサーゴ由来の延伸アームで腕を掴み上げれば、確実に逃げ切ることのできない絶対のフィニッシュホールドが完成する。
「お、ウィングのやつ。咄嗟に腕斬って逃げた、やるなー!」
「でもエンリさんにはそれじゃ勝てない」
一旦距離を置くべく、空中に回避しようとすれば、やってくるのはテイルシザー。
ビームサーベルを持つ手を含めてワイヤーでぐるぐる巻きにしながら、ゼロペアーの隠し装備が火を吹き始める。
両腕を地面に接地させ、開くのはゼロペアーの胸部と胴体。延伸した胴体の中に隠されていたのは大型のメガ粒子砲。ヴァサーゴに搭載されていたメガソニック砲が今、ウィングガンダムにカーソルを向けていたのだ。
逃げ切ろうにもテイルシザーによる束縛がきつく、脱出しようにもできない。
やがて、赤い閃光とともに、一直線型の粒子がウィングガンダムを飲み込んでいき、そのままゲームセットとなってしまった。エンリさんの勝利だった。
「なんつーか、相変わらず戦い方が暴力的よな」
「品性に欠けますわね」
「でもそこが魅力なんですよ!」
別の戦闘履歴はツインメイスで相手を滅多打ちにしてゲームセット。
更に別の戦闘履歴にはゼロペアークローによってコックピットごと貫通させた攻撃が戦いの幕を下ろす。いずれにしろ、原本であるバルバトスに匹敵、もしくはそれ以上の暴力的で残忍な戦い方は私が憧れとするアウトローそのものだ。
「やっぱかっこいい……」
「たまにユーカリさんの美的感覚がよく分からなくなりますわね」
「でもかっこよくないですか?! 相手を完膚なきまでに叩き潰す質量に任せた戦い方。その圧倒的大人の暴力っていうんですかね? そんな姿が憧れなんです」
「憧れにするのは勝手ですが、恐らくユーカリさんにはできませんよ」
そんなの分からないじゃないですか!
まぁ、ちょっとお手本通りというか、セオリー通りに戦う癖は多分ある。
でもそれはGBNにはない、VRゲームでのセオリーだ。応用も利きやすいし、いずれはエンリさんみたいなイカしたアウトローな戦い方をしてみたい。
「ぶっちゃけ、ユーカリちゃんいい子すぎるもんね!」
「うぐっ!」
い、いい子とは。確かに学校ではそれなりに模範的生徒を演じているけれど、私だって言いたいことぐらいは言える。例えばそう……。
「そうでもありませんわ。これでなかなかに肝が据わったアホの子なんです」
「ノイヤーさん!」
「おっとっと。これは失礼いたしましたわ」
ふふふ、と口元を手で隠しながら笑う姿はやっぱりお嬢様だと思わせるわけで。
でも今日のお昼はサラダチキンとトマトジュースだったし、やっぱりお嬢様ではないのだろう。多分。
「アタシ、その話を詳しく聞きたいんだけど!!!」
「取るに値しない話ですので、お断りしますわ」
「えー! そこに、アタシ的恋の嵐を感じたんだけどもー!」
「い、いいじゃないですか、ホントに」
興奮するフレンさんを諌め、話題をすり替えるべく、エンリさんの動画をさらに再生し始める。
正直、あの話は私も若気の至りだったと思うし、ノイヤーさんが言うように取るに足らない話だ。だから大手を振って話すような大それた英雄譚なんかじゃない。語るとすれば、もっと相応しい時があるだろうしね。
珍しくため息を1つ吐き出して、楽しみな動画を文字通り心を沸き立たせながら、拝聴する。かっこいいな、エンリさんは。
◇
「そんなエンリさんを褒めると、可愛らしく赤く頬を染めるところもいいですね!」
「やめなさいよ、ホントに……」
「照れてますわね」
「照れてるー! 笑」
一応言えばちゃんと集まってくれるエンリさん。律儀なところも大人というイメージが強くて好きだ。
「で、なんでわたしを呼んだのよ。忙しいのだけど」
「忙しくてもユーカリさんの話はお聞きになって!」
「なんで食い気味で返事してくるのよ」
「まぁまぁ。私は聞いても聞かれなくてもいいので……」
内容といえば割と他愛ない話だった。
フォース『ケーキヴァイキング』は結成して間もないフォースである。
せっかくならフォース戦をやってみたいところであったが、それよりも先にやらなければいけないことがあった。
それはフォースの方針決めだ。ギルドや騎空団なんかでは、よくチーム内の方針を決めている。例えばガチガチにランキングを攻めに行き、力をつけるために努力するギルドや、逆にゆっくりまったり。ゲーム内コンテンツをゆるーく楽しむことに特化した放課後ティータイム、もといまったりギルドなど様々だ。
この方針がなければ空中分解してしまうことだって多々ある。私が入っていたギルドもそれが原因で解散したりしたし。あの時はどうすればいいか迷ったっけな。
それはいいや。今は『ケーキヴァイキング』のフォース方針を決めるアウトロー会議だ。
「何よアウトロー会議って」
「だって、その方がかっこよくないですか?」
「ぶっちゃけださいわー」
フ、フレンさん?! そんなに真っ直ぐズドンと言葉の弾丸を胸に穿たれたら人は死ぬんですよ!
ま、まぁ自分でもちょっとださいかなとは感じていたので、甘んじてダメージを受けるものの、それとは別でアウトローって言葉を入れたいので、このまま行きます。
「方針かー。アタシは別に人間の恋模様を見れればそれでいいからなー」
「わたくしはユーカリさんが決めたことならそれで」
「どうでもいいわ」
三者三様とは言ったものの、明らかに方向性が3方向に向きすぎて定まらない。
ノイヤーさんのちょっと私の判断が重たい発言も、エンリさんの投げっぱなしの発言もそう来るだろうと思っていた。なんだったらフレンさんも。
みんながみんな、自分のことしか考えてないのだ。全く、これでフォースをまとめる私の気持ちになってほしいですよ。
「私もそこまで決めてなかったですけど、エンリさんの件もありますし」
「そういえば、エンリさんの目的とはいったいどのようなものなのですか? 今まで聞いておりませんでしたが」
このフォースを作る際に、エンリさんが入る条件として1つ提示したことが自分の目標達成。
件の『目的』というのが分からない以上、このフォースの指針は決まらない。
故に、その答えが今は聞きたかった。聞くべきときだと判断した。
「別に、大した話ではないわ」
「それって?」
「翼持ちへの八つ当たり。たったそれだけよ」
それって、バードハンターの由来になったシリアルキラーの対象ですよね。
以前から気になっていたが、どうして翼を持ったガンプラを重点的に狙うのかが分からなかった。
戦闘履歴についても、大抵はウィングにフリーダム、V2ガンダムと。とにかく翼持ちのガンダムと模擬戦をやっている物がほとんどだ。
それ故に分からない。どうして『八つ当たり』と銘打っているのか。
「それは、わたくしたちが加担していい内容ですの?」
疑問はごもっともだった。一歩間違えば初心者狩りと同義になってしまうその行為は、模擬戦という形を取っていたとしても、自警団などに狙われる危険性が高い。それこそ無法者。アウトローな集団。
アウトローに憧れているものの、実際にやれば良心の呵責が痛むのが私の心。できれば、エンリさんのバードハントはやめてほしかった。
「迷惑はかけないわ。ケーキヴァイキングの実際のエースはわたしなんだから、問題が起きた際にわたしを差し出せばいい。それで丸く収まるわ」
「そんなの……!」
まるで『自分のせいにすればいい』。そうとしか聞こえない内容に私も少し怒りを覚えた。
何より憧れの相手がそんな事を言ってしまうほど、何かに追い詰められて、半ば自暴自棄になっている事実が悲しく、歯痒い。
憧れは理解から最も遠い感情である。誰かがオシャレに言った言葉だが、私はそう思いたくない。
だって、憧れたから理解したくなるのは当然のことで。その当然を現実のものにしたいから、私はこうして慣れないアウトローをしている。
――でも。
言えない。言えるわけがない。
出会ってまだ1ヶ月も経ってない相手に、あなたの生き様を捨ててくださいなんて。
「わたしの邪魔をしなければいい。たったそれだけよ」
「……でも」
私は『それでも』を謳い続ける。理不尽に抗う魔法の言葉。
エンリさんにはもっと自分を大切にして欲しい。
でも彼女にそれを理解させてあげられる存在ではない。
私に力がないから。もっと、止めてあげられるような力が。
もっと、親しくなれたら……。
「大丈夫よ、ケジメはわたしだけで付けるから」
そうじゃない。慣れない笑みを私に向けないで。
絆されてしまいそうな、そんな不器用で優しい微笑みを、私に……。
「はい……」
だから私ははいを押す。だから私は敗を受け入れる。
私には力が足りない。エンリさんが未知の感情で動き出すのを止める力が。
――だから。
「決めました。フォースの方針は『エンリさんの邪魔をしない』。そして『できるだけ全員で物事を決める』ってことです!」
「ユーカリちゃん……。うん、いいじゃん!」
「いい落とし所だと思いますわ」
多数決。言ってしまえば民主主義の極みみたいな言葉だし、どちらかと言えば私は嫌いだ。
だけど駄々をこねている場合ではない。エンリさんが後悔しないように、私たち全員で物事を決める。たった1人に大きな重荷は背負わせない。
「あんた……」
「いいですよね、エンリさん!」
「……そうね。異論はないわ」
暴走するかもしれないけど。そんな言葉を残して。
それでも決まった方針はフォースの新たな門出だ。だから私はここに高らかに宣言しよう。
「すみません、ケーキセットを4つください!」
ケーキヴァイキング。身内に甘く、されど海賊らしく強引に。
それが、私たちだ。
海賊らしく、強引に