「フォースネストが欲しい」
誰が言い始めたか。その誰もが考えていたであろう事を最初に呟いたのは他の誰でもない、ナウいヤングであるフレンさんであった。
「フォースネスト欲しい!!」
「なんですのいきなり」
「いやだって欲しくない?! アタシら一応フォースっしょ? なのに何もないの無くない?」
フォースネストとはフォースの家のようなものである。
外界からは隔離されたプライベートスペースであり、作戦会議やダベリ場など、特に用事がなくてもそこで喋っているダイバーも多い。
フレンさんはどうやらそのフォースネストが欲しいと言っているのだが、ここで辛い現実というものを突きつけることにしよう。
「ありますよ、一応」
「え、マジ?」
フォース結成時に1フォースに付き1つ部屋を渡されている。これは全GBN内で共通であり、本来は結成時に知らせられてもいいような内容なのだが、何故かこの辺は説明がなかったりする。
なんかフォースが出来たときに行けるようになってるなー、程度だ。
まったくもって面倒な仕様だし、私も知ったのはつい最近でこの前エンリさんと2人で観に行ったが、結果が特に芳しくなかったからこそ言わないでいた。
「行こうよ! アタシさー、フォースネストで友達と駄弁るのマジ憧れでー……」
「わたくしはフレンさんを友達だと思っていませんわ」
「えぇ?!」
「わたしもよ」
「エンリちゃんも?!」
ふたりとも、それは言わずに仏っていた方がよかったのでは。案の定プンスカ怒りながら凹んでるし。
「いいし! アタシとユーカリちゃんはズッ友だもんねー!」
「私は……あはは」
「ほら! ユーカリさんが困っているではありませんか!」
「なんでノイヤーちゃんに言われなきゃいけないのさ!」
エンリさんとはすぐさま友達と言えたものの、フレンさんとは、となると少し考えさせて欲しい。だって初対面が普通にバトル中だったし、グイグイくる系ってそこまで得意ってわけでもないから。
「トーゼン! わたくしが、ユーカリさんの親友なのですから!」
「……ふーん、言っちゃってもいいんだー」
「な、何がですの?」
そして何故だかノイヤーさんはフレンさんに厳しい。
思い当たる理由は少しだけあるものの、それを除いても些か辛く当たりすぎているような気がしている。まぁ、それもこのフレンさんの耳打ちによって変わるわけでして。
私たちには聞こえないように、対面の席で耳元に何かを囁いた後、ノイヤーさんの顔が赤く破裂した。
「な、ななな、何言ってますの?!!」
「ホントのじゃん! 見てれば分かっちゃうんだよなー、これが!」
「ふ、ふざけるのも大概にしてくださいませ! そもそも、わたくしが……」
最後の方は少し聞こえづらく、私の名前を呟いた気がしたが、きっと他人の空耳というやつだろう。
そもそも、私とノイヤーさんがなんだというのだ。彼女と私は親友以外にある訳がない。それは本人が一番否定していることですし。
「じゃあ言っちゃおっかなー」
「え?」
「言おうかなー、言わないかなー! ユーカリちゃんに言っちゃおっかなー……!」
金髪の馬の尻尾のようにも見えるサイドテールを揺らしながら、彼女はチラチラと人を煽るようにノイヤーさんを見る。
その様子に、ノイヤーさんはぐぬぬと唸るばかりで本当は言ってほしくないのだという気持ちが露骨に現れていた。
ここに出来上がるのは上下関係。お嬢様とELダイバー、どちらが上で、どちらが下か。それは火を見るより明らかだった。人は、弱みを握られてしまうと弱いのだ。
「あ、あなたは。と、ととととー……」
「バグったのー?」
「と、友達ですわ! これでいいでしょう!」
「わーいヤッター!」
お嬢様にして敗北者。まさに没落貴族とはこのことである。
多分違う例えではあるものの、屈辱的に睨むノイヤーさんの視線は、まさしく持たざるものが持つものに向ける視線でもあった。
「よ、よかったですね」
「ユーカリさん、わたくしを慰めてくださいまし~!」
「あー、よしよし」
カフェテリアの机で頭を差し出す彼女を右手で優しく撫でる。
こういうところの再現もかなりのもので、実際にノイヤーさんの頭を触ったときと同じ感触が手のひらに伝わってくる。
やっぱりノイヤーさんの髪って白くて細くて、絹みたいだから触ってていい気持ちしかしない。私のリアルは髪の毛、そこまで長くないから時折羨ましいなって思うことがあるんですよね。
「あ~、ユーカリウムが全身に染み渡ってきますわ~!」
「ユーカリウム」
「ユーカリウムって?」
「知りません」
ノイヤーさん曰く、私の手のひらからそういった粒子のようなものが出ているらしく、適合者にしかその粒子は注入することが出来ないとのことだ。
正直手汗かなと思いもしたし、それならペタペタ触るのは嫌かなって思ったんだけど、ノイヤーさんはそんなことないって言ってくれるから、こうしてたまに頭を撫でている。親友だし、これくらいしてもバチは当たらないだろう。そう考えながら。
「……ごちそうさま」
「あんた、何拝んでるのよ」
「ううん。アタシもユーカリウム摂取してるだけ」
「「「???」」」
2人は知らない。これが親友間でも普通はそんな事をしないということ。
ノイヤーは知っている。これは自分へのご褒美であることを。
そしてフレンは知っている。この行為の本当の意味を。
(ま、アタシは傍観者だしー。くふふ……)
そんなギャルダイバーを知ってか知らずか。撫でている私にとっては見えない思考であるわけで。
ひとしきり撫でた後、ユーカリウムMAXオブファイアーであるノイヤーさんは意気揚々とフォースネストへと向かう。そして後悔した。
「マ、マジですの?」
確かに白を基調にした部屋だと言っても過言ではない。清潔かと言われたらメチャクチャ綺麗だ。ただ、それだけである。
圧迫感のある壁。窓のない空間。機能面だけを重視した結果、SFでよくある空間ではあるものの、目に非常に悪い。
匠に見せればみんな口を揃えてこう言うだろう。
「開放感が、足りない」
「これが初期のフォースネスト。確か名前は……」
「そんなことはどうでもいいよ! 何この空間! テーブルは確かにあるし、椅子だって地面から生えてくんのこれ? マジ?! すげー!」
伊達に機能面が重視されているわけではない。ここ重要なポイント。
寝落ち対策として仮眠スペースまで置いてあり、機能面はこれで十分だった。そう、機能面だけは。
「まぁ、正直ないわね」
「エンリさんまでそのようなことを言うなんて珍しいですわね」
「ずっとコックピットなんて閉塞的な空間にいるのよ。そういう意見も1つや2つ出てくるでしょう」
「それもそうですわね」
「見て見て! 蛇口からジュース出てくる!」
すっかり機能性に惑わされたフレンさんはさておき、人間3人はこの空間の少し辟易していた。
カフェテリアを選んでいたのだって、そこが便利だったのもあるが、第一として開放感があるからだ。現実とは違う。それがVRにおいて最も重要視されている昨今、この初期ネストはあまりにも息苦しい。
「そういうことです」
「まぁ、これがネストならカフェテリアで作戦会議も悪くはありませんわね」
「わたしは、できればカフェテリアから移動したいわ」
「まぁお金かかりますしねー」
カフェテリアの利用は、基本的にお金がかかる。1回のコーヒー代が100回、1000回と積み重なっていけば、新しくフォースネストを買う額には到達してしまうことだろう。
洗濯機を買うかコインランドリーに行くかの差と言った方が分かりやすいか。
この場合、洗濯機を買った方が結果的に安くなる概念から説明すれば、この議題の答えはたった1つだった。
「フォースネスト、新しく買いましょう」
「そうですわね! ユーカリさんに賛成ですわ!」
「まぁ、協力してあげる」
「これアレじゃん! ホットスナック買えるタイプの自販機!」
1人を除いて、全員の意見がまとまったので、この先の方針が固まる。
よし、フォースネストを買おう。
◇
4人で使えるような場所といえば、かなり範囲は広い。
例えば大都会TOYOUエリアの一等地に立つフォースネストやどことも知らない無人島。あるいは森の中にひっそり潜むログハウス。一軒家の某野原家のようなフォースまで、とにかくたくさんある。あるには、あるんだけど……。
「……高い」
「高いですわね」
「高いですね」
覚悟はしていたものの、当然お金は有限。ポイントとすぐさま交換できるような金額を寄せ集め4人組が持っているわけもなく。
「エンリさん、どのぐらい持ってますか?」
「ざっとこんぐらいよ」
「うわ、結構持ってる」
プラグインに食費。整備費に交通費など、特に使った覚えはなくても消えていくのはお金なわけでして。
はぁ、これならもうちょっとお金を稼いでおくべきだった。
「わたくしはこれぐらいですわね」
「……あんた、こっちでは貧乏なのね」
「うっさいですわ!」
本当はヤの付く自由業の方々が住まうような和風の豪邸や、ビルの一角を借りた事務所のようなものが欲しかった、のだが。やっぱりお金がないってのは人権がないのと同義。世知辛い。
「っぱミッションじゃね?」
「それもありですわ。でも……」
「今すぐ欲しいんですよね……」
人の欲望とは終わらないものである。
それ故に戦いが生まれるのだから仕方ない。私たちが今抱いている感情はまさしくそのとおりだった。
お金がなくても開放感があふれる素敵な場所。それを今求めているのだ。
無謀な感情であることは百も承知だ。計画性がないと言えばいい。だけど夢は、誰も阻んではいけない、大切なものなんだ!
「あ、これとか良くない?」
「聞いてくださいよ……」
「ごめんごめん。でもよくない、ちょっと小洒落たレストラン的な」
よく見てみれば1件だけもすごい安い設定であり、たった1つミッションをクリアするだけでフォースネストとして活用することができるレストランの跡地のような物件が残っていた。
名前はロイヤルワグリア。場所も少し道路に面しているものの、この辺りなら静かで見晴らしもいいので悪くない。手持ちのお金があればギリギリ足りそうなぐらいのフォースネスト物件だ。
「どこかのワグ◯リアみたいなネーミングですわね」
「それW◯RKING!! だよね?! あれも好きだったなー」
「レストランなら、フォース名と統一性も持たせられるし、悪くないかも……」
「決定ね」
早速。私たちはこのミッションの主である相手に直談判をしに、フォースネストを旅立つのだった。
ただ一点。そのミッション内容が如何に恐ろしいものであるかの前情報を知らずに……。
◇探索ミッション『伝説の桜の樹の下』
恋人が1人行方不明になってしまったんだ!
この前から連絡が取れなくて。だから探してほしい!
最後に会ったのが桜の木の下だったから、もしかしたらそこにいるかも!
ミッションを受けますか?
[YES] [NO]
探索ミッションの内容についてはまた後日。