伝説の桜の木の下、というものを、皆さんご存知だろうか。
そこで告白した2人は末永く幸せに過ごせる。そんな都市伝説を。
もう時代遅れかと思っていても、そこは華の乙女。少女漫画的展開を誰が好まずにいられるだろう。いやいられない。
フレンさんは置いておくとして、私ですらその憧れを抱いていた1人なのだ。だから目の前の咲き誇る大輪の桜にため息をこぼさざるを得ない。
「やっばいわこれ。めっちゃキレー」
「そうですわね。やはり春の風物詩は違います」
「今って言うほど春じゃないでしょ」
今のリアル季節は春と夏の中間。だいたい6月ぐらいなので、湿気があまりにも面倒なぐらいだ。
あと雨。嫌だよね雨って。片手は塞がるし、傘を差してても濡れてしまうし。ビショビショになったスカートを乾かすのはいつも親の役目だ。
「で、恋人さんと会ったのはここで最後ということですか?」
『そうなんだよ! 頼む、探してくれ!』
ミッションを受けますか?
[YES] [NO]
ミッション内容は至って単純。
形式は探索ミッションでどこかにいる恋人を探せばいいと言われている。
こういうミッションはほとんどのケースでまずは聞き込みから、と決まっている。このミッションもそのケースみたいだが、聞き込み以降は内容が明かされていない。ただバトルイベントが1回挟まれるとのことだ。
「断る理由もありませんわね。わたくしたちにはフォースネストがかかっているんですから」
「ねー! リーダー、ポチッとやったって!」
「…………」
「ねー、リーダー?」
「……あ、私か」
「他に誰がいるのよ」
わざわざリーダー呼びしないでもらいたい。だって私、人の上に立つような人徳してないし。
というか全然慣れない。本当に私がリーダーでいいのか分からないけど、他に誰がいる? と言ったらノイヤーさんぐらいなわけで。その当人も「嫌だ」の一点張り。こういう上に立つ出来事は大体拒否されてしまう。
だから私がリーダーをやるってのは百歩譲って許せるんだけど、わざわざ「リーダー」呼びするのはちょっとイジワルがすぎる。現に目の前でくすくす笑ってるギャルがいるし。
「なんで私なんだよぉ……」
「ユーカリちゃん、アタシはここで1つ提言させてもらうよ」
何の話だろう。発言を許可した私は、彼女の意見を耳にし始める。
「アタシたちは今やユーカリちゃんよりも下の立ち位置にいる人間。つまりは部下ってことなんだ。部下ということは上司であるユーカリちゃんがいろんな事を指示してもいい。例えば『アウトローっぽいことをしてこい』みたいな」
ピクリ、と感情に連動した犬耳が反応する。
尻尾だって一瞬ピンと張り上がる。私が、アウトローっぽいことを指示できる……?
「そうだよ。アタシたちは部下だからね。例えば銀行強盗してこいとか、AVALONの城壁にスプレーで落書きしてこいとか」
「な、なんてアウトロー?!」
銀行強盗にスプレーでの落書き。聞いたことがある。例えばグランドなオートでセフトなR18ゲームでは残忍な真似が認められているものの、アウトローであることには間違いない。だって警察に追われることだってあるんだから。
つまり、私の一声があればみんなでアウトローっぽいことを……。
「うん。最後はアタシたちがGBN最強であることを知らしめることだって……」
「私たちが、サイキョーに?」
「そう、サイキョー。アタシたちサイキョー」
「サイキョー。超強い……私たち町内サイキョー……」
「規模が狭いわね」
そうだ、サイキョー。私たちサイキョー。
対戦相手に対して「ヘイカモーン!」とネイティブな発言をしながら、フルボッコにされるなどしても私たちはサイキョーに……。
「いい加減にしなさい」
目の前でノイヤーさんがフレンさんの頭をチョップした気がしたが、多分気のせいだ。
だって私たちはサイキョー。こんなチョップ1つで暗示が解けるわけ……。ポコンと言うぐらいには小さいダメージが私の前頭部から全身に響き渡る。
瞬間、思考が急激に加速する。あれ、私もしかして洗脳されてました?
「私はいったい何を……」
「……あんた、もしかして」
私がエンリさんに返事したところ、なんでもないの一点張りで跳ね返された。
何の話だろう。というか、さっきまで私は何を口走っていたんだろう。
「いいですか! ユーカリさんはちょっと思い込みが強い、ではなくピュアッピュアな人間なのですから、そんな相手に雑な暗示、ではなく強いイメージを植え付けるのはやめてくださいませ!」
「あ、あれで強いイメージなんだ……」
昔にもこんな強いイメージをぶつけられた覚えがあった気がするけど、なんだったっけな。
でも、ガンダムAGEを見た瞬間の私は間違いなくその状態であったと自覚できる。
私が100年の歴史を刻んだ唯一の人間であったと。傍観者であったと泣きながらジーンとしていた覚えがある。そういうところは悪い癖だと考えてしまう。真面目がすぎるのかな。
流石に反省したのか、猛省しているフレンさんだったが、その瞳だけは何かを企んでいるように私を見ている。恐る恐る聞いてみることにしよう、私は何を吹き込まれていたのか、を。
◇
さて、先程も言った通りこの探索ミッションではある程度の「フラグ」がキーとなってくる。
フラグとはゲームで言うところのイベントのスイッチというところ。
情報を持っているNPDに話しかけることができれば、フラグは成立。晴れて次のステージへと駒を進めることができる、という仕様なのだが、やはりここにも罠があるわけでして。
「すみません」
『はい、なんでしょうか?』
「えっと……」
「ユーカリちゃん、アウトローっぽく!」
「おいどりゃ! ワイら依頼人の恋人っつーのを探してるんだけどよー」
『失礼いたしましたー!』
先程からこのようにみんな足早に私たちから逃げていくのだ。
原因はもちろん分かっている。
「フレンさん!」
「めんごめんご、いやマジウケる」
このゲームにもコミュニケーション値のようなものが存在する。
他ゲームで例えれば『バッドコミュニケーション』や『グッドコミュニケーション』とか呼ばれる、好感度の上がり下がり。
もちろん普通に接していれば、大抵のことはなんとかなるのだけど、さっきから暗示をかけるようにアウトローっぽくって言われるから、ついそれに反応してしまうのだ。情けない私だと貶してもらっても構わない。ただ、その後には褒めてほしい。
「そもそも、なんで私だけが話しかけているんですか! エンリさんだってやってみてください!」
「えぇ……」
「めっちゃ嫌そうじゃん! 人間不信的な?」
それを言ったら、私はELダイバー不信になってしまいそうなんですが。
もっと限定的に言えばフレン不信。この人怖いよ。先から暗示かけてくるし。
「あんたが横槍入れなければすんなり行くでしょ、普通」
「だってユーカリちゃん、イジるとすぐ面白い方向に飛ぶんだもん」
「それは分かるけど、」「分からないでくださいよ!」
「フォースネストが欲しいのはあんたが言い始めたことよ」
フレンさんの声が微かに漏れる。完全にイジるのが楽しくなって本来の目的を忘れていたタイプの「あっ」だった。
すぐさま目線を外側へと向ける。完全に誤魔化そうとしている人の態度だった。
「フレン」
「……うい」
彼女は1つ敬礼をして、YOKOHAMAエリアの雑踏へと消えていった。
見事な手腕過ぎてパチパチと拍手していたくらいには速やかな対応だ。惚れ惚れしてしまう。やはりさすがエンリさん。略してさすエンだ。
「しばらくしたら帰ってくるでしょ」
「悪ノリには正論でぶつける。大した手腕ですわね」
「別に。わたしはありのまま言っただけでそんなこと何一つ考えてなかったわよ」
え?
そろそろ夏場だと言うのにからっ風がピューッと吹いた気がした。
もしかしてエンリさんってちょっと空気が読めない方なのではないでしょうか。
適当に買ってきたコーラの缶を手にして、ため息をつくようにして空気が空へと抜けていく。これ以上はあまりツッコまないようにしよう。偶然うまく言ったことに私たちが付け入る口なんて持ち合わせていないのだから。
しばらくして、フレンさんが雑踏の中から金色の髪とリボンを振りながら帰ってきた。
「情報仕入れてきたよー」
「ご苦労さまですわ」
「あそこのコンビニでポテト半額だって! あとで行かない?」
「え、本当ですか?! では早速……じゃなくて!」
ケラケラと笑うフレンさん。今回はちゃんとノリツッコミしたが、好評なようで何よりだ。
ひと笑いした後に、さてと。と口にしながら彼女は仕入れてきた情報をウィンドウのマップ上に展開した。
「情報は5件ぐらいね。で、順番にマーキングしていくと……」
ピンが合計5つマップ上に刺さる。どれも情報がバラけているというか、その時間帯に何があった? と言われたら、5人それぞれが別々のことを言ってしまうだろうという内容だった。
「妙ね」
「ですわね」
「何が?」
エンリさんとノイヤーさんが先程までとは全く違うような真剣な表情でマップを見つめる。これのどの辺が……あれ?
「これ、伝説の桜の木を一周してる?」
それぞれのピンが示す場所は違くても、どれもこれもが伝説の桜の木の周辺。円で囲むようにして、情報が散らばっていた。
でもこれだけじゃフラグの説得力にはならない。フレンさんが言うには、既にフラグは達成しているとのことなのだから。
「恋人さんの歩いていった方向とかは分かるんですか?」
「それも今からマップ上に展開するね!」
1つ目のピンは2つ目のピンの方向へ。2つ目は3つ目へ。5つ目のピンまで全て1周するようにして矢印が都合よく描いていく。ただ、5つ目のピンは、それまでとは違う方向。まさしく指差すのは伝説の桜の木だった。
「どうやら恋人が失踪したのがお祭りの日なんだよね。で、その日に失踪した」
「普通に考えたら依頼人さんが恋人をデートに誘って、その後に桜の木の下で告白した、というのが筋ですわね」
「でもおかしいです。なら最後の目撃者は依頼人さんになるはずですよ?」
それ以降の情報は今の所存在していなかった。それ故に、一番怪しい人間が、NPDが依頼人であるということになってしまう。
なんだろう、私の中のゲーマーとしての勘がありえない方向へと指を差している。
「と、とにかく! 一旦桜の木に行きましょう! それでダメなら依頼人さんに会ってみてもいいかもしれません!」
「そうね。ただ、次のイベントがバトルってことらしいから、用意はしておいた方がいいわね」
用意。それは覚悟と言った方がいいかもしれない。
このゲーマーとしての勘が、『犯人が依頼人である』ことが外れることを切に祈る。
やってきたのは伝説の桜の木。
先程までは綺麗で美しい場所だと思っていた、それなのに今はただただ不気味な場所にしか見えない。
周囲の木々には桜の花どころか、緑色の葉っぱすら生えておらず、更に言ってしまえば木の枝の芽すら描写されていない。このGBNの自然描写は見事なものなのにも関わらずだ。
比喩表現抜きで『枯れた木々』が桜の木を囲むように円形に立ち並んでいる姿はまるで……。
「周囲から養分を吸い取っている、そんな気さえしてならないわね」
桜の花びらが一枚一枚水晶のように煌めいて、色強く桜色に染まっている。
現実でもそう簡単には拝めないほどの優美で美しくも儚い芸術品。落ち行く花びらでさえ風情を感じさせる。
そんな。そんな桜の木が、今は怖くて仕方がない。
「この桜の木って、あんなに不気味だったっけ?」
「フラグ、とは名ばかりでしょうね。こんな情報を見せられて、怪しくないと思わせるのが無理なぐらいの態度してますもの、アレ」
美しさは人を魅了する。ならば目の前にいる依頼人は何を思っているのだろうか。
ただひたすらに、うっとりと桜の木を見る彼の姿は『妖魔に取り憑かれたような』、そんな緩んだ瞳をしていた。
伝説の桜の木の下、というものを、皆さんご存知だろうか。
その樹の下には屍体が埋まっている。そんな都市伝説を。
『桜の樹の下には』は青空文庫にあるので、気になった方はぜひお読みください。