曰く、桜の樹の下には屍体が埋まっているとされている。
そんな都市伝説がまことしやかに囁かれるようになったのはいつのことだろうか。
その原本をたどると、案外あっさりと見つかってしまう。
梶井基次郎著作の『桜の樹の下には』という小説の一文だ。
美しすぎるのが信じられない。だから屍体でも埋まってない限り、屍体の養分を吸って成長している。それしかありえない。そのぐらい美しい桜だったという。
もっと詳しく解釈すればたくさん言うことがあるのだろうけど、今必要なのはそういうことじゃない。
目の前にいるうっとりと桜の木を見つめる彼の、依頼人の様子だった。
常軌を逸している。例えるならばそんな妖魔に取り憑かれたような潤んだ瞳。憧れを見る目。
そしてその足元にはこんもりと盛られている、おおよそ『人1人が横になれる』土が徐々に、徐々に土の中へと沈んでいく。
ここまで見れば誰だって想像がつく。
曰く、桜の樹の下には死体が埋まっている。
曰く、恋人を探してほしいと何故か依頼される。
曰く、その本人は『犯行現場』で1人静かに笑っている。
これだけの状況を見れば、誰が犯人か。その恋人を誰がやってしまったのか。答えは、すぐそこにあった。
『あぁ、もう来てしまいましたか』
「な、何をしているんですか……?」
ゆっくりと、ぬるっと蛇が脱皮するように私たちの方へとその体を揺らす。
その身体は、いや血管というべきか。何かに汚染されているのか脈がドクンドクン。黒々とした線が肌から浮き彫りになっている。
そしてその身体は六角形の金属のような表皮が表面に浮き上がっていた。
「……DG細胞」
エンリさんが静かに呟く。
出典:機動武闘伝Gガンダムに登場するデビルガンダムの身体を構築する極小ナノユニット。
俗称アルティメット細胞と言われているその名のユニットは自己増殖・自己再生・自己進化能力の3大理論を兼ね備えており、機械だけでなく生物にさえ入り込み、その身体を自分ではない何かへと姿形を変える。
そして、目の前の依頼人さんに入り込んでいる。そういう演出だったとしても、怖気が走るホラー。
『すごいだろう、この桜の木。まるで人類の叡智の結晶だ……』
うっとりと眺める姿はまさしく、狂気の産物。
私でも分かる。これは関わってはいけないタイプのもう取り返しがつかなくなった人間であることを。
彼は語る。元々桜の木を永遠にするための研究者だったという。
そしてその過程でアルティメット細胞、後にDG細胞と呼ばれるナノユニットを見つけ、それを桜の木に感染させた。
桜の木は周囲の木々の養分を吸収しながら成長、進化していく。
出来上がったのは大輪の花。咲き誇る、永遠。
だが、代償は付きまとうものである。
周囲から吸い取った養分は底を尽き、自己再生を繰り返そうにもエネルギーがなければ、永久は終わってしまう。そこで用意したのが『美しい女』。
容姿に秘められたエネルギーを文字通りカスほどになるほど吸い取っていく。
1人。また1人と。美しい女性は生贄に捧げられる。そのためのミッションであったと。そのための『私たち』であると。
『だから君たちも養分になってもらう。文字通り桜の木のためにね……!』
男は指パッチンし、地面から突如生えてくる大型の機械に飲み込まれていく。
その容姿はガンダムの顔にガンダムが乗っている。そんなMS。いや、モビルファイター。
下半身のガンダム顔が展開しながら、付属品として出てくる緑色の管が無数に地面から這い出る。先には更なるガンダムヘッド。
化け物。そう名乗るのに相応しいほどの怪物『デビルガンダム』であった。
バトルフィールドが展開されたことによって自分たちもMSへと乗り込む。
こちらの内訳はいつもどおりバッドガールにゼロペアー、白ダナジンに、最後が1人以前とは違う風貌をしていた。
モンテーロの両肩であるウィングバインダーを取り外し、代わりにGNフィールド機能を有する大型のシールドを搭載。背中には陸戦型ガンダムの大きなバックパック装備している。
「な、なんですかそれ?!」
「アタシのモビルドールの特殊機構。『ランド・セル』ってやつ! ちなこれ『グランド・セル』な!」
聞いてないけれど。と頭をよぎりながら、初手で襲いかかる口ビームを難なく避ける。
こっちも聞いてないんですけど! そう叫ばざるにはいられない展開。
どうやら、ミッションクリア条件はあのデビルガンダムを討伐することみたいだ。
って言っても!
「大きすぎるんですけどぉおおおおお!!!」
貫通力の高いドッズライフルですら、管を切るのが精一杯で肝心の本体には届かない。仮に届いたところで、その自己再生機能によって瞬時に怪我を直してしまう。
「エンリさん、何か手は?!」
「あるわけないでしょう。対策なんてこれっぽっちもしてないんだから」
突撃してくるガンダムヘッドをメイスで叩き落としながら、テイルシザーを使って半ば強引に空中を駆ける。どうやってるか分からないけれど、今はそれをしているほどには余裕がないということを示している。
「とりまデコイ撃つから! みんな逃げろ!」
モビルドールフレンのウェポン・コンテナの蓋が開けば、そこから現れるのは4機のデコイバルーン。ふわふわと空中を動きながら、その標的を私たちからデコイへと向ける。作戦を立てるとしたらここしかない。
「ノイヤー、あんたサテライト・キャノンあるでしょ。アレを使いなさい」
「そうと言いたいのは山々ですが、流石にあの管の数じゃ発射する前に妨害されて終わりですわ! それから、あの武装はビームバーストストリームですわよ!」
「じゃあどうするのさー!」
デコイバルーンは1つ爆発すると、機雷となって誘爆する。
突撃したガンダムヘッドはもういないにしろ、再度生成されるのがあのガンダムの悪いところであり強いところだ。
やるなら一瞬。それこそ火力の高いビームバーストストリームによる一撃を叩き込む。これしか私たちが勝つ手段はない。
「……ノイヤーさん、あのデビルガンダムを撃ち抜くだけのエネルギーだったらどれぐらい掛かりますか?」
「フルチャージなら20秒は必要ですわ。やるおつもりですの?」
それしか方法がない。それならば、やらずに後悔よりもやって後悔しかありえない。
私はドッズライフルを腰にマウントし、腰から1本ビームサーベルを取り出す。
「マジ系、っぽいね」
「恐れ入ったわ」
「だから言ったじゃありませんの。『肝が据わったアホの子』って」
今はそれを褒め言葉として受け取っておきます。怒るのはその後、これが終わってからにしますから!
「勝利条件は20秒ノイヤーさんを守り切ること。おっけいですか?!」
「えぇ」
「もちろん!」
「やりますわ」
やるかやられるか。それを決めるのは私たちだ。あなたじゃない。
だから、思う存分やらせてもらいますよ、デビルガンダムさん!
◇
ガンダムDXならこのミッションは軽々クリアできたことだろう。
ツインサテライトキャノンは周囲に熱を放出するため並のMSでは溶けてなくなり、妨害しようとマイクロウェーブの先にいれば、蒸発する。射線上は、言わずもがな。
だが、ノイヤーさんの白ダナジンにはその機能は備わっていない。あくまで『自分が目指す美しさ』をモットーにしたMS。故にビームバーストストリームこそが、最大の武器と言っても過言ではなかった。
襲いかかるガンダムヘッドのビームをゼロペアーが受け止め、ABCマフラーが受け止め、GNフィールドが受け止め。
突撃してくるガンダムヘッドを爆風がかぶらない場所で爆発させる。
だからこそ防衛が必要なのだ。一発逆転の切り札。それこそが、今後ろでマイクロウェーブを受信しようとしているダナジンのビームバーストストリーム。
「って言っても、数ー!」
「なんですかこの量は!!」
ビームライフルとロケット・ランチャーの2丁銃で緑色の管を撃墜するモビルドールフレンが嘆く。ビームサーベルとワイヤーフックでまとめて切断する私も嘆く。
この量は一端のダイバーには荷が重すぎる。私がゲーマーじゃなかったらとっくに死んでいるところですよ!
「じれったいわね……」
「ノイヤーさん、後何秒ですか?!」
「残り15ですわ! マイクロウェーブ受信完了!」
後ろのモニターではサテライト・キャノン、もといビームバーストストリームの起動音がダナジンの白い翼から漏れ始める。
こんな波をあと15秒も耐えなくちゃいけないんですか。
思わず舌打ちを漏らしてしまう。私のバッドガールに特殊機構の類はない。だからこそエネルギー面では問題はないのだけど……。
ワイヤーフックを管に巻きつけてからビームサーベルで両断。そのスキを見てか上から遅い来るガンダムヘッドのレーザー砲。
咄嗟に左腕のチェーンシールドとABCマフラーで受け止めようとするけれど、そんな火力ではないことは百も承知していた。飲み込まれる光。耐える熱。結果として出来上がったのは左腕が融解して、もはや腕としては機能しないほど、熱でブクブクに膨れ上がったワイヤーフックだった。
残り8秒。爆発した私の左腕は白ダナジンの目の前に落ちる。
「ユーカリさん!」
「大丈夫! 元々腕はないんです!」
それに、GNフィールドを展開しながら、180mmキャノンでナパーム弾を繰り出すフレンさんの前で、力と焦りを溜め込みながら、ひたすら耐えているノイヤーさんの前で、慣れない遠距離戦を強いられていても、それでもメイスを振り回すエンリさんの前で、弱音なんて吐いてられない。
そうだ。私が……!
「私がケーキヴァイキングの、リーダーなんだ!」
ビームサーベルの出力を最大にしながら突撃するのはガンダムヘッドの1機。
スラスターを全開にしたブーストが脚部のスラスターとともに位置を調整。下からすくい上げるように縦一文字に両断する。
爆発した先から徐々に自己再生を始めるガンダムヘッドだが、その再生はもう見た。
側頭部に装備されているビームバルカンと膝のニードルで再生を遅延。空中でくるくると回転しながら、続きは本体への切断行為。
本体に攻撃を仕掛ければ、必ず守りの一手が襲いかかる。だが、それもまた遅延行為に過ぎない。
残り3秒。力いっぱい、出力の限り全力でビームサーベルを仕掛けるも、その壁は分厚く、歯が通る気配すら感じられない。おまけに両足には緑の管が巻き付いていて、右腕も同様に。諦める気はないが、もう間に合わないことを察することが出来た。
またノイヤーさんのお手を煩わせてしまうのは申し訳ないけど、これでみんながクリアできるなら……。
「……ッ! 『落とせ、ゼロペアー』!!」
残り1秒。刹那に聞こえるのはオオカミの遠吠えのような起動音。
モニター越しに見えた景色は赤い獣。
メイスを投げ売って、破壊力を自分の爪に押し込めた連撃を私を含めて本体へと叩き込む。
左足が、右腕が、右足がゼロペアーの連撃によって粉砕されると、自然と自由になった私のバッドガールを抱きかかえて、ゼロペアーは飛ぶ。
「今よ!」
「えぇ! ビームバーストストリーム! 眼前の敵を滅ぼせ!」
襲いかかる質量の暴力は、白い光は地面を焦がし、天空を焼き、そして怪物をも滅ぼす。
DG細胞による自己再生も追いつかないほどの無限の灼熱地獄はその存在そのものを崩壊していく。
まさしく焦土。その場にあった桜の木すら元々存在していなかったかのように錯覚してしまうほどの白き咆哮は、デビルガンダムそのものの存在を否定した。
「エンリ、さん……」
「ま、そういうことね」
目の前には【MISSION SUCCESS】の一文。
そっか、私たち今度は全員揃って勝つことが出来たんだ。
そして、これがケーキヴァイキングの初の勝利。そう思うとこみ上げてくる感情があるわけで。
「エンリさん、ありがとうございます! 最後のクローラッシュがとってもかっこよくて! かっこよくて素敵で強くてかっこよくて! もう、ありがとうございました!!」
そ、そう。
照れた自分をどこか隠すような、素敵でかっこよく可愛いエンリさんをモニター越しで見ながら、私も心の奥底で憧れとは違う、嬉しさとも違う感情が泡ひとつ浮かび上がった。
信頼値が生存ルートに直結するんですね。
・モビルドールフレン
フレンを元にして作られたオリジナルのガンプラ
モンテーロの肩パーツに加えて、オリジナルシステムの『ランド・セル』を採用
状況に応じて『セル』を装備することによって、汎用性を高めている。
基本的にはフレンと同じ見た目をしているが、
要所要所でガンプラらしいフェイスマスクやアイカメラをしている。
また『セル』なしでのノーセル状態ではモンテーロの翼が目立つ。脱着可能
セル次第で瞳のカメラアイの色が変わるように設定されている。
これはGBNのガンプラ色変え機能で塗り替えている。
・特殊システム
プラネットコーティング:
現実世界での活動を可能にするコーティング。
食事の代わりに必要となるこのコーティング材は国家から支給されている。
GBN内ではある種の対ビームコーティングと同様の判定を受けているため、
ビームへの耐性が高め。
ランド・セル
ヘアセンサー
・武装
ビームサーベル
ビームピストル
ビームジャベリン
ビームワイヤー
シールド
・セル(バックパック)
ストライクのストライカーや、インパルスのシルエットのような、
装備することによって特性を得ることができる特殊なバックパック。
GBNの仕様上、装備機+1機のみしか持ち込みができないが、
SFS(サブフライトシステム)のような使い方をすることも可能。
◇ミランド・セル:
ガンダムアストレイ ミラージュフレームをモチーフにした、
エンリたちと出会う前まで使っていたモビルドール偽装用セル。
ミラージュコロイドと備え付けられているGN粒子タンクと合わせて、外観の偽装が可能
普段遣いはモンテーロとして偽装している。
・特殊システム
ミラージュコロイド
GN粒子
・武装
ビームライフル
◇グランド・セル:
主に陸戦を主眼に置いた装備であり、
両肩のウィングバインダーをGNフィールド機能を有する大型シールドに換装
バックパックを陸戦型ガンダムのそれに置き換えることで、
味方への火力支援と防壁という役割を果たすためのセルである。
・特殊システム
GNフィールド
・武装
ビームライフル
180mmキャノン
ロケット・ランチャー
デコイ・ミサイル