とあるキャラは言っていた。あれはシャギア・フロストだったはず。
――私の愛馬は凶暴、だと。
わたしのガンプラは暴力の化身。悪魔と呼ばれたガンダムのバルバトスルプスと悪魔の名を冠するガンダムヴァサーゴのミキシングだ。それ故に性能はより凶暴に、凶悪に。暴力的に姿を変えていった。
幸いにもわたしの戦闘スタイルには合っていたし、一部とは言えガンダムアシュタロンのシザーを転用していたりして、個人的にはお気に入りで完成度の高いガンプラだと思ってる。
ただ、目の前にいる史上最強のAGE使いとフィールドの前では、その自信は無力に等しかった。
(重たい……)
曰く、水の抵抗力は空気の約12倍だという話がある。
リアクターの出力を意図的に3倍にして、負荷をかけたゼロペアーだったとしても水の抵抗が作用する。
振り下ろすメイスはゆっくりになるし、抵抗力による反発がすさまじく、普段よりも多くの負荷をかけなければならない。そのくせ、相手のキョウヤは軽々と、まるで水圧なんて感じさせないと言わんばかりに避けていく。
その秘密はおそらく磁気旋光システムにあるだろう。ビームのリングを纏ったサブマリンマグナムをじっと睨みつけ様子をうかがう。ビームによってできるだけ身体を流線型に変えて、水の抵抗力を減らしているように見える。GPD時代の時に何度か見たことのあるテクニックだから理解はできる。でも納得はいかない。
『水の抵抗力というのも、やはりバカにできないね』
「よく言う。それだけスイスイ動ているくせに」
『これでも対策はばっちりだから、ね!』
手に持っているハープーンミサイルを発射。一直線にわたしの方へと向かうミサイルを無理くりテイルシザーで迎撃する。
水中に飛散する爆風から続いて襲い掛かるミサイルの雨。海底に足をつけてから砂煙が巻き立つほどの力を入れながら、Vの字に跳ね返る。着地していた場所は爆発してるし、さらに次弾が襲い掛かってきてるし、本当にやばい。まるで『誘導』されているかのような違和感。
失敗したな。リミッターを外して出力を上げれば素早く動ける。そう認識していたけれど、実際はそうではない。
抵抗の大きさは『速度×速度』の方程式で決められる。速度が上がれば相対的に抵抗力も上がっていき、泳ぐスピードにも限界が生まれる。
要するに今の3倍出力で動けばおおよそ2乗の抵抗、9倍もの抵抗が生まれて、思うように動けなくなってしまう。まさに自分の首を自分で絞めている状態だった。
こうなってしまばもうメイスは要らない。まだクローの方が抵抗力が少ない気がするし。
目の前に襲い掛かってくるミサイルをメイスでデコイにして、このたびの難も逃れる。
地上戦であればまだ何とかなっただろうに。
心の中で舌打ちを打ちながら、続く戦術を頭の中で展開していく。
こういう時に水中戦の心得を覚えておけばよかったとは思うものの、必要なのは今。後悔だけがどうしても募ってしまう。
いや、後悔なんてしている場合ではない。わたしにできることなんて一つだけだ。
背面スラスターのブーストを最大まで高めて爆風の中をかき分けて、チャンプのサブマリンマグナムの前に出る。
『正面対決か!』
「それしか、ないのよ!」
爆風で目くらましをしていたとはいえ、相手はチャンプ。クローでの突きは軽々避けられ、タイタス由来の自慢の拳で側面から殴られる。
静止の利かない機体に追い打ちをかけるが如く、右腕をさらに握りしめて拳を作りさらに一撃。
どっちが暴力的な戦い方よ。完全にあっちのペースじゃない!
『拍子抜けだな。それともまだ本気を見せれないってことかい?』
「……本気?」
なかなかに煽ってくるじゃない。わたしだって好きでこんなにボコボコにされているわけではない。そもそも磁気旋光システムなんていう耐水性能を無理やり付与したような技術で大人げなく戦闘しているのはどこのどいつだ。
あー、腹が立ってきた。だいたい本気を見せられないって、あんたもそういうことを言うの。
本気、本気本気本気って、わたしがずっと本気を見せてこなかったとでも言いたいの?
いいわ。分かった。やってやろうじゃない。わたしはまだまだやれる。わたしの実力が、こんなもんじゃないって見せつけてやる!
「でしょ、ゼロペアー!」
水の中で悪魔の瞳が赤く煮えたぎる。まさしく復讐の灯。本気の合図。
オオカミのようにも聞こえるモーター音を水中に響かせながら、エイハブ・ウェーブを広げる。いわばプレッシャーと呼ばれるような深い地ならしを胸の奥底に震わせる。
水中戦が苦手なら、いつも通り地に足をつけて戦えばいい。わたしは敵前逃亡と言われかねないほどの速度で、海底へと進路を進め始める。
『何を企んでいるかはわからないが、ノらせてもらおう!』
ハープーンミサイルを的確に発射しながら、責め立てる狩人と狩られる悪魔。まさに悪魔狩りにも似た構図ではあるものの、ただでやられれてやるほどわたしは愚かじゃない。
時には回避し、時にはテイルシザーで妨害を重ねて、追尾を避けきる。
やがて、海底に足をつけたゼロペアーにはまだ水圧によるヒビは入っていない。ありがとう、それじゃあまた酷使させてもらう。
わたしより上の立ち位置にいるサブマリンマグナムを睨みつけながら、出力3倍のテイルシザーは足なり腕なりに狙いを定めて獲物を狙う蛇のごとく襲い掛かる。
『少しでも自分のフィールドに持ち込む気か! ならば、逆手を取らせてもらう!』
それでも水の抵抗を減らしたサブマリンマグナムには遠く及ばない。
ワイヤーを右腕で掴めば、漁師が網を引くように引っ張り上げる。
チャンプに対して迂闊だった。目の前で構えられているハープーンミサイルをその身に受け止めながら、それでも接近戦を持ち込んでいるのは間違いない。両腕を延伸させ構える。
スラスターを調整しながら最低限の動きで回避しようにも数発当たってしまえば、水圧も含めてすぐに片腕なんて吹き飛んでしまう。
――だけど!
「でやぁああああああああ!!!!!!」
右腕は前腕から先が破損。左腕なんてもうない。だけど、突き立てる刃はまだ潰えていない。
狙いはコックピット。破損した前腕を伸ばしつつ、フロントスカートのシザーアンカーによる奇襲。これでダメなら、最悪自爆してでも!
『君の本気、しかと受け取った。しかし、まだ足りないッ!』
ワイヤーを握った腕でシザーアンカーを叩き落し、そのまま身体を捻らせて横回転。刃のように尖ったフレームがチャンプの胴体に届くことはない。ワルツを踊るような回避を見せれば、次に襲い掛かるのは遠心力。ワイヤーでつながったゼロペアーを振り回しながら、海底へと叩きつけた。
『今度は地上戦で戦えることを願っているよ』
ミサイルによる連射。もはやそこに誰も手を出すことはない。
出来上がったのは圧倒的な力の差による勝利と、勝つと息巻いていたわたしの敗北であった。
◇
「…………」
「まーだイジケんの? もう1時間だよ?」
「黙りなさい」
「(´・ω・`)」
眉をハの字にして、お口をチャックするフレンさんが少しかわいそうではあるものの、それでも彼女の敗北に対する感情は計り知れない。私も気を使って声をかけられずにいた。
エンリさんが負けたところ、初めて見たな……。
幾度も戦っているところは見てきたし、基本的には全勝を納めていたエンリさんの初めての敗北は、私にも少なからずショックを与える要因だった。
仮にも全ダイバーの中で一番強いと評されているチャンプの座にいる人間が相手だ。そりゃ負けるかもとは思ってたけど、憧れのエンリさんが負けたことで、その実力が確かなものであると実感できた。やっぱり、強いんですね。
「ま、わたくしを逃がすために尽力してくださったことは感謝ですわね!」
「うっさいわよ。今度同じことがあったら絶対に置いて逃げるわ」
「なんですと?! あなたの勇姿をわたくしに刻んでほしくはありませんの?」
「適当なことをいけしゃあしゃあと……」
呆れてものも言えないような憂いた瞳を傾けて、目を閉じる。
落ち込んだ姿も綺麗だ。私の知らないエンリさんの姿を見るたびに胸がざわつく。これが憧れだっていうんだから、ちょっと騒がしい胸の内だな、なんて思うわけで。
でも、もっと知りたい。だから仕切り直して私はこう言うんだ。
「フレンさん、2戦目はどうするんですか?」
「フフフ、聞きたいかねユーカリちゃん!」
セクシーな水着姿のフレンさんが不敵に笑う。あ、ロクなことを考えてない顔だ。
「ガンプラスイカ割り大会ってのがあってね! 2戦目はそれ!」
「ガンプラスイカ割り大会?」
現地に行った方が早い。そう感じたフレンさんは私の手を取って、連れ去ってしまうように走り始める。エンリさんとノイヤーさんの2人もやれやれと、フレンさんの行動に呆れつつ、ついていくのだった。
◇
ガンプラスイカ割り大会。
文字通りである。ガンプラがスイカを割る大会だ。
目の前でスイカンタムの頭が砂浜の上に置かれており、その頭をメイスで叩いて、飛散したスイカンタムの破片を一番遠くに飛ばしたダイバーが優勝、という謎のルール。
結局そのスイカは食べれないし、食べるなら参加賞で手に入るスイカを食べるしかない。まぁ夏らしくないか、と言われたらちゃんとらしいとは思うけど。
「ということで行きますわよ、ダナジン!」
モニターが断絶しているわけではないため、ダナジンが砂浜に足を取られつつもダバダバ走っていき、そして、手に持った特製メイスを両手に持ってジャンプ。
「チェエエエエエエエエストォオオオオオオオオ!!!!!!」
振り下ろされたメイスはスイカンタムの脳天の中央をしっかりと捉え、周囲360度の扇状に飛散させた。
人間として見ているのであれば、おそらく返り血にも見えるグロ映像となっていたであろう悪趣味なイベントではあるが、かろうじてガンプラであるからこそ、許されている節があるのだろう。それでもやっぱり悪趣味なことには変わりないけど。
「記録、61m32cm」
『ええなぁ! ニューレコードとは言わんけど、かなりいい線いっとるで!』
「暫定1位ですわ!」
具体的な距離はわからないけれど、かなり飛んだのは間違いないみたいだ。
バトルエンドによるフィールド再生機能によって、スイカンタムの頭は再度復活する。これ、見覚えあると思ったらデッ〇プールとかヴァンパイアとかによくある自己再生機能みたいだ。ちょっと生々しい。
盛り上がる会場と、暫定1位という歓声に鼻高らかにダナジンのビームバルカンを天高く打ちまくる。もはや祝砲みたいだけど、エンリさんまだ残ってますからね。
「……意外とやるわね」
「精神コマンド:愛だねー」
「そうなの?」
「ひらめき、必中、熱血が入るからね!」
そのゲームはやったことあるけど、頭使うから5ステージに1回ぐらいはゲームオーバーになってたっけな。いや楽しかったんだけどさ。
「なら、わたしは魂でも入れてみようかしら」
「エンリちゃんに魂なんてあるの?」
「あんた、ナチュラルに失礼なこと言うわね」
ウィンドウからガンプラを出現させれば、会場のスタート地点へと歩いていく。
その手にはいつものハンドメイス2つではなく、借り物のメイスを手に持っていた。
「まぁ見てなさい。わたしが本物の『暴力』を教えてあげる」
右手にメイスを握り、腕を駆動。左手で持ち手をさらに握りこむ。
モニター越しに聞こえる、息の吸い吐きを1つ繰り返し、目を見開く。
「行くわよ、ゼロペアー」
紅蓮の瞳がバチリと煌めかせながら、ゼロペアーが砂浜を勢いよく蹴り飛ばす。
周囲に撒き散らされる砂などお構いなしにゼロペアーは走る。走る。走る。
神速の嵐のごとくゼロペアーのキルレンジに飛び込み、そして……。
――一陣。
左足で力を踏み込み、下から上へと遠心力の塊を質量に任せて振り切る。それはまさしく、ゴルフの要領。
大きなゴルフボールとなったスイカンタムの破片は勢いよく吹き飛んでいき、大きく弧を描く。
まさしく赤い虹か。先程キョウヤさんにボコボコにされた恨みと憂さ晴らしも含まれた薙ぎ払いによって空のかなたまで飛んでいきそうな破片は、はるか遠くの砂浜に突き刺さった。
唖然とする客席の中、算出のために距離を測り、そして結果が出る。
「記録、77m19cm」
『ななな、なんちゅーことや?! 記録を大きく更新!』
『うひゃー! エンリちゃんすごーい!』
実況と解説が盛り上がる中、エンリさんはノイヤーさんを見下ろす。
それはまるで『わたしがこの勝負貰った』という勝利宣言のようなものだった。
「ぐぬぬ……ですが、3戦目はこうはいきませんことよ!」
なぜか私が商品となっている3番勝負は1対1。どちらが勝ってもおかしくない状態で、3戦目へと駒を進めるのだった。
エンリさん、すーぐ八つ当たりする~
2章は恐らく次で終わると思います。
追記:不具合修正のお知らせ。
本作品のスイカ割り大会につきまして、ノイヤー選手とエンリ選手の破片の飛翔距離に不具合があったため、こちらを下記のように修正いたしました。
ノイヤー:だいたい500m→61m
エンリ:だいたい900m→77m
今後もAGE狂いを読んでいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。