「……あんた、これが3番勝負の3戦目って言ったわよね?」
「そだよー!」
「これ……、ミスコンじゃありませんの?!!!」
私を巡った謎の3番勝負、その3戦目であり最終戦が行われるのはこの舞台。
特設会場として作られたのは海をモチーフにしたからか、水色が基調としたステージ。ところどころ黄色に彩られた装飾は夏の太陽をイメージしてるのかな。照明もそんな感じに光り輝いている。
要するに、3戦目はミス水着コンテストで勝敗を決めようという、フレンさんの粋な計らいなんだろう。絶対エンリさん出たくないだろうなぁ……。
「ミ、ミスコンですのね……」
「あれれ、ノイヤーちゃんも嫌そうだね? どして?」
「あんまりこの身体を人の目に晒したくありませんの」
ノイヤーさんもノイヤーさんで懐に毒を一袋抱えている。
彼女は白髪で白い肌、青い瞳という傍から見れば老人のようにも見えるその見た目を非常に嫌っている。自分のことを『呪われた子供』と言ってしまうレベルだ。
見た目が原因で何度か揉め事が起きたことだってある。ノイヤーさんが話してくれた内容と、私が遭遇した内容。
私は実際のところ美しいとは思うけれど、アルビノ種はとにかく嫌われやすい。つまりそういうことだ。
「えー、ノイヤーちゃんめっちゃキレーじゃん! アタシ羨ましいけどなー」
「わたくしはあなたの方が羨ましいですよ……」
きっかけがフレンさんだったとは言え、なんとも微妙な空気になってしまっていた。
見た目。アバターは変えられても、現実では変わらない。だから嫌なんだ、肌の色で、髪の色1つでその人すべてを否定するってことが。
沈黙。しばらく続いた無の空間を打ち破ったのは、意外なことにエンリさんだった。
「……ねぇ、ユーカリ」
「ぇ、はい。なんでしょうか?」
「あんたは……ミスコン出てほしいって思う?」
わたしに。そう付け加えたエンリさんの瞳は相変わらず憂いていたけど、その憂い方は不安と言った方が正しいかもしれない。少し目線を外して、揺れそうな心の揺れ動きが手に取るように分かってしまうほどの不安。
こんな重大な決断に、どうして私を使うのか。
私は、みんなと一緒にいたいだけ。しばらく過ごしてて分かったことがある。
GBNは楽しい。みんなと、フォースのみんなと遊ぶGBNは本当に楽しい。
確かに負ける苦い思いもしたし、勝ちも嬉しかった。
それ以上にフォースのみんなと、エンリさん、ノイヤーさん、フレンさんと一緒に喋っているだけでも楽しかったんだ。
私は……。
「はい、晴れ姿見たいです!」
――嘘をついた。
私の所有権なんてどうでもいいし、本当はみんなと一緒に遊びたい。
だけど、決まったことのちゃぶ台をひっくり返すことは出来なくて。
それが、エンリさんの望むことなら。私はそうやって判断した。
エンリさんは、目を丸くして驚きを見せた後、すぐに光を失った瞳へと戻ってしまった。
「……そう。あんたがそう言うなら、仕方ないわね」
嘘はじきに自分の首を絞める。
思わず片手が首元に来たのをもう片方の手で諌める。
大丈夫ですよね。それが、本当にやりたかったこと、なんですよね?
「分かりました。わたくしも出ますわ。あまり気は進みませんが」
「ノイヤーちゃん! アタシのために……!」
「は? そんなわけありませんわ。これはただユーカリさんとのデートを勝ち取るためです」
「(´・ω・`)」
フォース内に漂うなんとも言えない空気を肌身に感じながら、私たちはミスコン申請のために受付会場へと歩き始めるのだった。
◇
『ジェントルメーンアーンドジェントルメン! さぁさやってきたで、今年の花形! 水際の乙女を決めるグランプリ! その名も、ガンプラ乙女水着コンテスト!』
上がる歓声はどっかで聞き覚えあるし、さっきから高確率でこの司会者とブッキングしている気がする。
『司会はご存知窓辺のモクシュンギク……ミスターMS! そして解説は~!』
『こんちの~! フォース『ちの・イン・ワンダーランド』のちのだよー!』
『いやー、さっきぶりやなぁ!』
『ねー! ちのも水着コンテスト出たかったよー!』
掴みは上々と言わんばかりにフリフリと茶色いポニーテールを左右に振って悔しさをアピールする。
可愛さはあれど、本当に悔しかったことが滲み出ているみたいで、不思議とあざとい部分があまり見えてこないのも何気にポイントが高い。まぁ、多分男性人気が圧倒的なんだろうな、っていう気持ちは大いにあるけど。
『略してミスコンってことで、参加者のみんなには投票券が既に1つ手にしてるあると思うんや。今から出てくる5人の美少女たちのいずれかに投票して、その数で勝敗を決めるっちゅー寸歩や!』
『気になるよね? 気になっちゃうよね! みんな、水着の女子を見たいかー!』
うぉおおおおおおおおおおおお!!!!
男性たちのやる気と見る気に溢れた汚い唸り声が辺り一帯に響き渡る。
私もフレンさんも会場の端っこの方にいるけど、その熱はここからでも十分味わえた。
「やばくない? どんだけ必死なんって」
「フレンさん、流石にそれは失礼ですよ」
「あはは、ごみんごみん」
困り眉で謝罪の手を前に出すフレンさん。だったら言わなきゃいいのに。
『もったいぶっててもあかんよな! ほな、早速1人目のダイバーの紹介や!』
エンリさんとノイヤーさんはいったい何番目だろうか。ひょっとしたら一番目って可能性も……むむむ、気になる。
入場口のカーテンが上がると、そこには腰まで伸びた黒いロングの髪の毛と白と浅葱色を基調にした水着。その胸は実際豊満であるのと同時にスタイルまでいい。出るところは出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。端正に整った顔はまさしくモデルと言っても差し支えないほどだ。要するに……。
「美人ですね……」
「お! メイちゃーん、かわいいぞー!」
その歩き方は威風堂々と、男たちの視線など物怖じしないタフさを持っている。すごいなこの人。
っていうかフレンさん知り合いだったんですか?!
「直接の妹ぐらいに当たる子だからねー。だいたい2,3番ぐらいの差、ってやつ?」
「は、はぁ……」
よく分からないけど、やっぱり何を言っているか分からなかった。
つまり分かってない。
『ほな、自己紹介と意気込み、頼むわ!』
マイクを不思議そうに受け取ってから、頭をポンポンと叩いて会場全体に反響させる。音量調整だったのかな。
『これは、こうやって喋るものでいいのか?』
『せや! それを使って思いの丈を叩き込むんや』
『そうか』
メイ、と呼ばれた美女は軽く息を吸って、会場全員を真正面に捉え、そして……。
『私はメイ。このみすこん? と呼ばれるものは言われるがまま参加したが、やるからには勝つ気でいる。よろしく頼む』
『おーっと! これは早くも勝利宣言!』
『参加者への宣戦布告だー!』
わーきゃー盛り上がるメイさんの短文ながらその切れ味鋭いコメントに、会場が熱狂する。
「あー、そういう感じで」
「フレンさん、何察してるんですか?」
「いやぁ、見てれば分かるよ」
なんのことか。そう考えながら私は再び視線を前に戻すと、メイさんが司会者に向かってこう言ってのける。
『ところで、バトルの相手はどこにいる?』
『バトル? これから出てくるんやけど』
『そうか。個人的にはエンリという相手とは一戦交えたいと考えていてな。あのような力に任せた戦い方が似合ったダイバーはあまりいないからな』
『……もしかしてメイちゃん、ミスコンをバトルと勘違いしてる的な?』
『まさか! そんなわけ……』
『違うのか?』
『違うわい!』
ズテンッと派手にコケたミスターMSをよそに、ミスコンとバトルはどう違うんだとちのさんに聞くメイさん。あー、確かに大物だ、これは。
隣りにいるフレンさんに目を向けたら案の定頭を抱えていた。
「メイちゃん、バトルがしたいという概念から生まれたELダイバーだからなー。見た目はめっちゃいいのに、中身があれだから」
「あ、あはは……」
まるでエンリさんみたいだ、というのは言葉にしないでおく。
そんなELダイバーもいるんだなぁ。などと思いながら次へ、次へと出場者が入場してくる。
残り2枠。司会者が顎下に指を添えて、しばらく考え事をした辺りでニヤリと笑う。
あれは誰にでも分かる。盛り上がることを理解したような顔だ。
『さて! 残り2枠っちゅーことやけど! せっかくなら2人同時に見たいよなー?!』
会場が更にヒートアップする。
このままだとヒートアイランド現象が発生してしまい、サーバーに負荷がかかってしまう可能性も視野に入れなければ。ヒートアイランド現象はぜんぜん違うものの例えだけど。
「残り2枠ってことは……」
「やっぱミスターMSくん、盛り上がるところをしっかり抑えてるなー」
入場口のカーテンが上がり、そこに立ち並ぶ2人の女性に対して、大きな声援が巻き起こる。
『2人は同じフォースの仲間! 今日はリーダー争奪戦っちゅーおもろいことしてるみたいな2人の名前は~~~! エンリはんとノイヤーはん!!』
そこ言っちゃうんだ。
ちらりと横目でフレンさんを見たら、彼女は目線を合わせてくれなかった。確信犯だった。
『さぁさ2人とも! 意気込みを一言!』
エンリさんとノイヤーさんがお互いに向き合って、そして一言。
『こいつにだけは絶対負けない』
『こいつにだけは負けたくありませんわ!』
ピシャリと、空気が一度凍る音が聞こえる。
良く言えばライバル、悪く言えば、それは殺意の対象とも言えるだろう。
真剣な勝負の場に相手以外眼中にない様な言い方に司会者が笑いを堪えずには入られなかった。
『アハハハハハ! ええなええなぁ! 水着の美女が他人に譲れないものを賭けて戦う! ええわ気に入った!』
『私もそれには同意する。だが、勝つのは私だ』
『『そーよそーよ!』』
会場は大混戦が巻き起こる。
メイさんの理由を聞けば納得する前のめりさや、エンリさんとノイヤーさんのやる気に満ちた発言が引き金となったのだろう。
ミスコンに参加したのが正解だったのか不正解だったのかは分からない。だけど、傍から見れば楽しそうにしてるし、それならいいのかな。
『盛り上がってきたところで、投票券を持っとるみんなに、どの美女が一番か決めてもらうで! ほら、張った張った!』
盛り上がる会場の中、私は私で誰に投票すればいいか迷っていた。
確かにエンリさんも美人だ。私がかっこよくて綺麗でかわいいという三拍子揃った相手は誰だ、と聞かれたら間違いなく彼女を選ぶ。
だけどノイヤーさんだって負けず劣らず美しい。
アルビノ系の人種は肌髪で嫌厭されているものの、それを上回って余りあるほどの、この世に存在しているとは思えないほどの美しさがある。
どっちに投票すればいいのか。両方投票できたらいいのに。そう思いながら、フレンさんにも意見を聞こうと話しかける。
「フレンさんは誰にしました?」
「ノイヤーちゃん!」
「へ、へー……」
意外、というわけではない。結構2人が接しているところが多いためなんだと思う。
こういう時、基本的には人を煽るだけ煽って傍観者になる、みたいなイメージがあったから即決した方が意外だった。
「アタシはノイヤーちゃんのこと気に入ってるからね!」
多分、相手はそういう風には思ってないんだろうな、と漠然と思う。
ノイヤーさんは基本的に面倒見が良い。だからどこか足りない私にも、フレンさんにも優しく接してくれている。
でもきっと。ノイヤーさんからフレンさんへの印象はそこまで良くはない。
理由はなんとなく分かっている。ここで言うことでもないから置いておくけど、その微妙な関係に、私もどうすればいいか分かってないのが本音だ。
「ユーカリちゃんはどうするの?」
「私は……」
正直、どっちも同票になってくれないかなって気持ちが強い。
同票ならほら、引き分けってことで、遺恨は残るけど誰も負けてないし。
ホント、何がしたいんだろうな。私は。
そもそも嫌なら最初の時点で止めておけばよかった。
私の失敗。私の後悔。私はただ、みんなと笑えればそれでいいのに。
「私はいいや」
「えー、一緒にノイヤーちゃん応援しようよー!」
私、弱いな。
◇
「はぁ、負けましたわね」
「ま、いいんじゃない。まさか同票とは思ってなかったけど」
ミスコンが終わって30分ぐらい。
結局大会の優勝者は誰とも分からない美女になった。
更に驚くべきは、エンリさんとノイヤーさんが2人とも同票だったことだ。
結局決着が付くことはなく、3番勝負がお流れになってしまった、という状態だった。
「まさか最下位だっとは……」
「メイちゃんも応援してたんだけどなー」
「姉さん所のフォースはどんな感じなんだ?」
「んー? まったり系、みたいな?」
お迎えに来るはずのメンバーを待ちながら、メイさんと話しているフレンさん。
フレンさんはメイさんのいくつか先に発見されたELダイバーらしく、メイさんは彼女のことを姉さんと言って慕っているみたいだった。
ちなみにバトルの腕前は悲しいことにメイさんの方が上。自分で言ってたから仕方ない。
「エンリ。今度一戦交えてくれないだろうか」
「いいわよ。エルドラチャレンジの英雄と戦えるなんて期待してしまうわね」
「ありがとう。全力で勝ちに行かせてもらう」
「こっちこそ」
エンリさんはと言えば、妙に意気投合したメイさんとフレンド交換している。
なんか羨ましい。私とはそんなに楽しそうに話したことなかったのに。
「……どうしたのかしら?」
「あっ! いえ。エンリさんが楽しそうだなーって」
「……そう」
嘘ではない。でも隠した。私のこの胸のざわつきは隠さなきゃって思ったから。
理由は分からないし、正体も皆目見当つかない。だけど、これは表に出してはいけない気がする。それだけは分かっていた。
「メイ!」
「ヒロトか」
そんな中、どこか聞き覚えがある声。
振り返れば伸びた黒い髪をヘアゴムで止めたポンチョの男性。
それから筋肉隆々の一昔前のアイドルにいそうな見た目をした男性と浅葱色の髪で片目を隠した見た目とぶかぶかな服装をした獣人アバターの子。
最後は巫女のような格好をした栗毛の女の子の計4人がそこにいた。
「メイ、結果はどうだった?」
「最下位だ。今度は勝つ」
「あはは……」
見覚えがあった。彼らはかのエルドラチャレンジという謎の超超超高難易度ミッションにチャレンジした英雄たち『BUILD_DiVERS』だ。
4人って聞いてたけど、あれから一人増えたみたいだった。
そのメンバー1人、ヒロトと呼ばれた人が私に気づいたのか近づいてくる。
「すみません、メイを預かってもらってて」
「いえいえ! 楽しかったですし!」
悩んでたのはもちろんだけど、それ以上に楽しかったのも事実だった。
うん、サマーフェス、楽しかったな。
ヒロトさんは何故だか私の顔をじっと見つめて、何かを気づいたようにハッといつも仏頂面であろう顔を明るくする。対して変わってない。
「君、もしかしてシーサイドベースでバッドガールを作ってた子?」
「え?! なんで知ってるんですか?!!」
ヒロトさんが、あの時の説明をしてくれた。
あ、あの黒い髪の男性の人ってヒロトさんだったんだ。
言われて見れば確かにちょっと似てる。
「よかった。あの後完成したんだね」
「はい! おかげさまで!」
「俺は何もしてないよ。完成させたのは君なんだから」
あの時名前が決まっていなくても、多分バッドガールという機体名にはなってただろう。
だけど、あの場で決まったのはある種の運命なんだ。そういうの、好きなんだよね、私。
「あ! 私、こっちではユーカリって言います!」
「そっか。改めて、俺はヒロト。よろしく」
握手を交わしてフレンド登録が行き交う。
こういう繋がりも意外ではあるものの、嬉しいところだな。
私たちはBUILD_DiVERSと別れて砂浜で暮れる夕日を見つめながら、これからどうしようなどと考える。
サマーフェスは楽しかった。だけど消化不足と言えばYESと押す。
だって私、見るばっかだったし! もっと遊びたい。だから……。
「エンリさん、ノイヤーさん。それからフレンさんも!」
「なに」「なんでしょうか?」「なになにー?」
「二次会、行きましょっか!」
海辺からお祭り会場へ。
サマーフェスは、まだまだ終わらない。
太陽が沈んで、花火が上がる