第27話:悪魔と蒼翼。想い殴って
わたしはその声を知っている。
わたしはその姿を知っている。
わたしは、その慰めを知っている。
「エンリちゃんだよね? 覚えてる、私ナツキだよ?」
知ってる。あんたが。あんたが……ッ!
「エンリさん、知り合いですか……?」
「……なんで、今なのよ」
震える拳が赤い破片が出てくるまで握りしめる。
奥歯を震わせて、力を加えれば加えるほどに憎しみを滲ませる。
なんで、今なの。わたしが、もうすぐわたしが復讐のことなんて忘れて、4人で一緒に過ごそうと、ケーキヴァイキングと一緒にGBNを楽しもうと、そう考えていたところなのに……ッ!!
「なんで今なのよ! あんたはいつもそう! わたしの大事なものを奪っていくッ!」
「……うん、分かってるよ」
「いいや分かってない。分からせるもんか! あんたはッ!!」
「エンリ、さん……?」
花火が弾けるように、わたしの感情も弾ける。
それはユーカリには見せなかった、本当のわたしを晒すことで。
でも止まらない。止められない。わたしの感情はもう過去に引き戻されて。
出会わなければよかった。
本当は知っていた。ナツキがGBNを始めていることを。
G-Tuberとして名を馳せていることを。
そのフォースネストの場所を。その全部を。
でも、わたしはどこか臆病だった。
目の前で、画面の向こう側でハルという女と幸せになっている姿を。
今更過去のことを引きずっても同しようもないってことぐらい分かってたから、わたしからの接触はしなかった。その鬱憤を『八つ当たり』という形で、翼持ちのガンプラを攻撃していたんだ。
邪魔なんてしたくないわよ。例え一時でもライバルと認めた女。その相手が過去の因縁なんて忘れて、いま笑顔になっているんだったら、それでいいと思った。
――だけど。
「あんたは、相変わらずね」
わたしは、バトルの申請をナツキに叩きつけていた。
もう分かっている。わたしは暴走している。
◇
目の前で、何が行われているか分からなかった。
青い髪の女性を相手にした瞬間、それまで柔らかい笑みを浮かべていたエンリさんが、まるで仇敵を見つけたかのような態度を取り始めたのだから。
知らない。わたしは、こんなエンリさん知らない。
普段見せているような感情が分かりにくい顔ではなく、明確な殺意を。本当の彼女を。
「どうしたの、ナツキ。タッグフォースバーサスの時、全勝という結果を残しておきながら、昔のライバルのバトルを受け入れられないっていうの?」
「……いつか、こういう日が来るとは思ってた。覚悟は、出来てるの?」
「悪いけど、昔のあんたみたいに機体の整備不良を言い訳に……」
「実力差を、だよ」
ナツキと呼ばれた相手からの明らかな挑戦状を受け取って、その殺意を更に高める。
怖い。私の知らないエンリさんが、みんなより知っているはずのエンリさんのことが、今はみんなと同じく恐怖している。
口を挟みたくても、声を出したくても、私の奥底が震えて音が出せない。
どうして。そんな困惑も、彼女が拒否しているみたいに。
「いいに決まってるでしょ。仲良しこよしでくすぶってるあんたに、負けるわけがない」
「……分かった。後悔しても、もう遅いから」
「後悔なら、もうしてるでしょ」
ウィンドウの承認ボタンを押せば、それは戦いの合図だった。
向かい合った2人が等身大のガンプラ2機に変化する。
1機は私がよく知るガンダムゼロペアー。絶望となにもないことを意味するゼロをかけ合わせた、無の悪魔。
そしてもう1機も私は知っていた。
かつて行われていたELダイバー奪還戦において目覚ましい活躍をしたとされている蒼翼のサムライ。またはタッグフォースバーサスにおいて、桜色のガンプラとともに戦場を全勝で駆け巡ったランカーの1機。
その名も『ガンダムアストレイ オーバースカイ』
そのダイバーの名は、ナツキ。ワールドランキング8414位に君臨する、空をかけるサムライ。
「あれが、エンリって人か。ちょっと妬けちゃうな」
「あのっ! エンリさんと、ナツキさんはどういう……」
「まずは2人のバトル、見てあげたら?」
「え。あ、えっと……」
オーバースカイはバトル開始直後に青いデスティニーの翼を翻して、空中へ位置取り。ゼロペアーは、その場でただじっと様子をうかがっているだけだった。
いつものように飛ぶ鳥を落とすべく、あえて飛ばしたような仕草にすら見える。
だから、いつもどおりエンリさんなら絶対勝てる。理由は後で聞く。聞かせてくれるなら、絶対に。
『相変わらず、なんだね』
『あんたも、相変わらずでしょう。だから今回も同じく……』
ゼロペアーの尻尾であるテイルシザーの先を地面に接地。そのままバネの力のように、ゼロペアー自身がオーバースカイ以上の飛躍を放つ。
手には何も持ち合わせていないけれど、相手を掴むことが目的なら延伸腕でどうにでもなる。
案の定伸ばした腕が伸びていき、オーバースカイの翼を掴み……。
『甘いよ』
そこねた。
翼を少しだけ避けて、その難から逃れる。
今の速さだったら、今まで通り掴んで地面に叩きつけてたはずなのに。
だがエンリさんなら絶対終わらない。背中にはテイルシザーがあるんだ。それで掴めれば……!
一緒に連れてきていたテイルシザーを逆方向に飛ばす。その先にはオーバースカイ。次こそ捉えたはずだったのに。
――一閃。
必ず射抜くはずのゼロペアーのテイルシザーが何者かに阻まれて弾かれる。
その一閃は続くテイルシザーの攻撃をもう一度弾き、前へ出る。
猛追する相手はゼロペアーの背中。もちろんそんなことぐらいエンリさんなら分かっている。
素早く着地したエンリさんは硬直を無視して反対方向へと飛んで、鈍色に輝く刀の一撃を回避した。
だが、オーバースカイはそこで止まらない。
翼のスラスターを左右に点火しながら、接敵。エンリさんの暴力のことごとくを回避していく。
舌打ちを響かせながら、側転バク宙。やや逃げ腰となっているゼロペアーがそこにいた。
エンリさんが、劣勢に追いやられている……?
『くそっ!』
『エンリちゃん、そんなんじゃまた私には勝てないよ!』
『どの口がッ!!』
振り返りざまにハンドメイスを投擲。このパターンはエンリさんの十八番、フロントチェーンによる回転薙ぎ払いだ。この攻撃なら範囲は広いし、当たるはず!
横回転しながら迫りくるメイスを身体を翻しながら避けても、その先に待ってる横範囲攻撃には。
フロントチェーンが起動してメイスのナックルガードに接続。横振りの回転殴打が炸裂する。容赦なくヒットした光の塊はそのまま姿を変えていき……ってあれ? ガンプラって、あんなに柔らかかったっけ?
『きゃああああああ!!!』
瞬間。響き渡るのはエンリさんの悲鳴。
フロントチェーンの先、エンリさんのゼロペアーの腕が片方脇から消失していた。
ミラージュコロイドによる幻影。私も話には聞いていた程度で実際はどんなものかは知らないけれど、そこにあったのは幻、質量のある残像。それを判断できないぐらい、エンリさんは今暴走しているんだ。
斬れた腕はもはや元に戻ることはなく、加えてフロントスカートから先にはメイスが鎮座している。これってもしかして、逃げ切れない?
チャンプなら、クジョウ・キョウヤが相手なら『それ』は分かる。しょうがない。どうしようもないと。
エンリさんが何のために戦ってきたのか。理解するにはまだまだ情報が足りないけれど、あの様子からナツキさんと戦うために修行してきたのだろう。
だけど、目の前に見える『それ』が容赦なく突き立てられる。
フロントチェーンを踏みにじり、逃げ場をなくした彼女の前に待つものは、明確な『敗北』。
『エンリちゃんの活躍、実は前から知ってたんだ。バードハンターって異名も』
『……だから、何よ』
『エンリちゃんも、あの事を忘れてGBNを楽しんでると思ってた』
『ッ! ふざけんじゃ、ないわよ!』
滲むのは怒り。放出するのはたくさんの恨みと、分からない。
でもそれが、私に思わせるんだ、怖いって。
『あの時からずっと、わたしはあんたのことだけ考えてた! のうのうと生きてるあんたと違ってッ!』
『私だって』
『分かられてたまるかッッ!!!! 『落とせ、ゼロペアー』ッッッ!!!!』
怒りが滲む瞳が赤き閃光を放つ。
同時に胸部が開いたと思えばメガソニック砲が姿を現し、至近距離での砲撃を行う。
咄嗟に回避したとは言えども、完全には回避しきれないオーバースカイは左翼に被弾。熱で焦がされた翼が爆発を引き起こす。
もちろんフロントチェーンを抑えていた足だって解放される。
即座に回収したメイスを片手に持つと、地面を強く踏み蹴り飛ばす。
『あんたはいつだってそうだ! 地区大会決勝、本当ならあんたが勝ってた!! 整備不良なんて些細なことがなければ、絶対にッ!!』
『でも! あの時勝ったのは、エンリちゃんで!』
『常勝無敗だったあんたが、それを言うなァ!!!』
ハンドメイスとガーベラストレートがお互いに打ち合う。
鉄と鉄。復讐とプライド。そして過去の因縁。そのようにも見える感情を、今まで私なんかには見せてこなかった深い、深い絶望で相手を叩きのめすように、ただひたすらにメイスを叩き込む。
『あんたがいなければ、わたしはもっとまともでいられた!』
『あんたがいなければ、わたしはもっと強くいられた!!』
『あんたがいなければ、わたしは失望に苛まれずに済んだのにッッッ!!!!!!』
もはやそれは、ただの児戯。技も何もなく、ただただ自分のワガママを振るっているような、そんな子供みたいな暴力。
もう、やめてください。そんなエンリさん、見たくなかった。
失望じゃない。醜くもない。ただ。ただ、悲しく見えた。
『あんたさえ、いなければッ!!!!』
普通のガーベラストレートならとっくに折れているはずなのに。
もはやどうでもいいことを目にするしかなくて。
なまくら刀となった刃に裁きを下すように、エンリさんはその怒りを振り下ろした。
『……トランザム・オーバースカイ』
その攻撃は、技による一撃によって防がれた。
ひっくり返って柄でゼロペアーのメイスを弾き飛ばし、続けざまに肩から脇下にかけて、無情なる一撃が振り下ろされる。なまくら刀だったはずのその刃は、ゼロペアーを半身を斬り飛ばす。
『ッ!!!』
テイルシザーによる攻撃を物ともせずに、コードから斬り裂く。
フロントチェーンによる奇襲も、これには届かない。
メガソニック砲は、もはや使い物にはならない。故に。
『……ごめんね』
胴体への突き。その一撃がエンリさんの決定的な『敗北』となった。
◇
「エンリさん!」
ただただ、今はそばにいたかった。
何故かは分からない。だけど、今手を伸ばさないとすり抜けてしまいそうなぐらい、心細くて。
怖くても、手を握らなきゃって。離さないようにしなきゃって、必死だった。
「エンリちゃん」
ただ膝をついて、無気力に下を向いているエンリさんを見てたら、並々ならぬ覚悟だったと感じさせた。
「私は、乗り越えられたよ。だから……」
ピクリと反応したけれど、もう身体を動かす気力すらないのか、か細い声を一つ上げる。
「だから、何よ」
「エンリさん……」
「変われるとは言わない。でも、乗り越えられるから」
不意に、ナツキさんから私に視線が送られた気がした。
2人は黙ってその場を去る。
なかった事になんてできない。だって、私の目の前でプライドも戦略も戦術もガンプラも自信も、何もかも斬り捨てられた憧れの人がいるんだから。
私に、何ができるんだろうか。
フォースで決めた決め事は今も生きている。エンリさんの邪魔をしない。
なら、私はエンリさんを止めることなんてできない。止めたいかと言われたら、止めたい。
でも、その資格が私にあるんだろうか。ただ背中を追っているだけの、フォースのリーダーであって他人の私に。
声すらかけられなかった。もっとできることがあるって思ったのに。なんにも思いつかないんだもん。私、エンリさんにお返しできること、何一つないから。
「……えっと、ユーカリちゃんにエンリちゃん。どしたの?」
そんなでも時間は動く。
やっと復帰したらしく、何もかもなくしたエンリさんの前にノイヤーさんとフレンさんが現れた。
何があったかは察することができないけど、何が起こったかぐらいは理解できたようで、2人とも静かに顔を見合わせるだけだ。
「ユーカリさん、これはいったい……」
「さよなら」
「え?」
手に取っていたはずのエンリさんがテクスチャの破片に消えていく。
するりと、逃げるように断ち切られたエンリさんのログは、イン情報はすぐさま消えていく。
私は唖然として、追うことすらできなかった。何も、できなかった。
「わた、私、は……」
目の前で友達が去っていくのを、私は何も言えなかった。引き止めることができなかった。繋ぐことが、できなかった。
何も理解してあげることなく、何も分かってあげることなく。
ただただ過ぎ去る何もかもを、私は漠然と見ているだけ。それだけだ。
その日以降、エンリさんがフォースに姿を見せることがなかったのは、言うまでもない。
過去の因縁、絶えることなく
◇ナツキ
出典元:ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ(二葉ベス作)
前作レンズインスカイのヒロインであり、ハルの相方。
現在は大学でハルのお手伝いがてら、ハル専属のモデルとして活躍している。
ファイターとしての腕は衰えることはなく、現在は4桁ランカーとして有名。
エンリとは浅からぬ因縁がある。