私は諦めたくない。
だってそうですよ、エンリさんのことが分からなくても、あの時、緩んだ笑顔だけは真実だって思ってるから。エンリさんだって望んで復讐なんてしてるわけないって。そう、思っているけど……。
「今度、足のウェア変えよ」
グラスランド・エリアをバッドガールに乗ってひたすら歩く。
歩くたびに振動が襲ってきそうな衝撃に少し辟易する。移動しづらい。飛んだ方が数億倍便利だ。
道は平たんなのに、こんなにも足は重くて前に進めないのはどういう理由があるんだろうか。
分からない。私がしたいことも、エンリさんの考えていることも。
本当は復讐を望んでいないのであれば、きっとそこにあるのは諦めと折り合い。決して、人を殺すような視線を発していいわけがない。
嬉しく思ったはずなんだ。憧れのあの人のことをまだまだ知ることができると。
でも実際感じた感情は恐怖。知れば知るほど、どこかで不意にいなくなってしまうような感覚。実際に起こった出来事。
いなくなることへの恐怖。知ることができたと思う喜び。
エンリさんを知ることができて嬉しいと思ったのに、今じゃ、知るたびに消えそうになっているエンリさんに恐怖している。怖がっている。
「どうすればいいんだろうね、バッドガール」
彼女は何も答えてくれない。
機械人形はただGBNを彷徨うように、私の心に従う。
ムスビさんは言ってくれた。私の本当に望んでいることは何かと。
それを知ったとしても、何も変わらないはずなのに。
あの人は私に宿題を与えていった。自分が自分に問いかけるという大きな課題。
「エンリさん、私はどうしたいんでしょうか」
多分この空のどこかにいる友達を思って口にした。
いつの間にかフォースの人数は3人となっていて、ぽっかり空席となった4人目のことを考える。
事情も分からない、何が起こったか分からない、何を考えていたか分からない。
分からないばかりで、参ってしまう。不理解の袋小路。無の煉獄。知らないという罪は、こうやって私にばっか降り注いでいく。
考え事にふけっていると、不意に小型のガンプラが空中を駆けているのが見える。
小さいガンプラ。腕も足も一回り小さいのにどことなく力強さが感じられて。
魅力を感じた。唯一無二の個性が。こんなガンプラでも活躍させたいっていう意志みたいなものが。
いいなぁ。あんなガンプラに乗れたら気持ちいいだろうに。
そう考えていると、その機影がこちらの索敵範囲に入ってくる。え、なになに。もしかして臨戦態勢ってやつ?
身構えつつ、こちらも臨戦態勢で構える。だがこちらの意思は反してそのガンプラは目の前で着陸して、そのコックピットが解放された。
「ヒロトさん?!」
「うん、こんにちは」
なんだろう。何かあったのかな。
私もその場でガンプラを跪かせて、コックピットから降りていく。2,3度跳ねてから降りた草原は風が吹き抜けていて、すごく心地よかった。私の心の中と違って。
「何かあったんですか?」
「いや、ユーカリのバッドガールを見かけたから」
「そう、ですか」
よかった。心の内側は全然悟られていないようだ。
流石に自己紹介してから数日後に会ってみたら、何故か気持ちが凹んでた、なんていったら誰だって心配するもんね。
今日は極力人に会うつもりはなかったから、適当に流して終わりにしよう。
だから目に入ってきた目の前のコアガンダムⅡを見上げる。オリジナルのガンプラなんだろうか。完成度がすごくて、なんだか眩しいな。
「素敵なガンプラですね」
「あぁ、うん」
素敵、か。ぼそりと呟いたヒロトさんの言葉は、風にかき消えて、私の耳には届かない。でも、なんだか寂しそうにも見えて。
「同じこと、昔言われたことあるよ」
「昔ですか」
「うん、昔」
遠い日のことを思い出すように、ヒロトさんは目を細める。
空は夜天で、星々の自己主張がそれぞれ激しい夜。都会じゃ見れないだろうな、こんなところ。
しばらくコアガンダムに手を置いて考え事。
何を考えているんだろう。ヒロトさんもエンリさんもそうだけど、やっぱり人の気持ちが分からないと少し怖い。それを改めて理解していた。
「ユーカリは、エンリって子を探してるの?」
「へ?!」
いきなり心臓を鷲掴みにされたみたいな衝撃が全身に伝わる。
その後に警戒。どうして知っているのか。その答えが聞きたくて。恩人であっても、どこから情報が漏れたか分からなかったから。
「別に言いふらすつもりはないよ。ただフレンから事情は聞いた」
「……フレンさん」
失礼な物言いだけど、いかにも口軽そう。
できれば私たちのフォースだけで解決したい出来事だったんだけど、そうも言っていられないと判断したんだろう。ありがた迷惑とはこの事かもしれない。
「俺で良ければ、話してくれる? 力になれるとは言わないけど、少しはスッキリすると思うから」
「…………」
本音を言えば話したい。自分だけで抱えているこの感情を全てぶちまけてしまいたい。
だけどその本音すら、どこに行くのか定まってなくて。ただただ相手を心配させたり傷つけたりするかもしれないって考えたら、怖いんだ。
その言葉だけで十分だと言う私と、重荷を下ろしたいと言う私がせめぎ合っている。
どうすればいいか分からなくて。だから差し伸べられた他人の手を握ってしまう。
「分からないんです。エンリさんも、私自身のことも」
他人だから。そんな言葉に甘えて私は洗いざらい吐き出す。
エンリさんのこと、全然知らないんです。
どんな事をしていたのか。どんなものが好きなのか。どんな相手が好みなのか。
それから、私たちと一緒にいて楽しかったのか。もちろん楽しいって言ってくれましたし、それが嬉しくてたまらなかったんです。でもその後の恨みと憎しみの声が頭から離れなくて。
どうしてって。なんでって言いたかったです。でも言えるわけないじゃないですか。そんなこと言ったらエンリさんに嫌われるかもしれませんし、余計なことを言ったらエンリさんが傷つくのぐらい分かってましたから。
口に出せないから、名前しか呼ぶことができなくて。繋いだ手がログアウトで消えてく感覚は今でも忘れられません。エンリさんが消えていってしまうかもって。そう考えるだけで肩の震えが止まらないんです。
あの後エンリさんとはリアルで会えましたけど、フォースを抜けるって言っていなくなって。もう自分勝手すぎますよ! 私たちが心配してること全然理解してないし、分かってない。エンリさんのバカ!
でも、分かってないのは、私もなんです。
ノイヤーさんに言われました。自分が何をしたいか。何を望んでいるのか、を。
私は、答えられませんでした。何も思いつかなかったわけじゃないです。ただ私が選んだ選択のせいでエンリさんとの関係が無為になったら嫌なんです。
昔は、もっと無鉄砲に一直線に走っていけたはずなのに、ノイヤーさんとも仲良くなれたのに、今じゃこんな情けない私で、ごめんなさい。
復讐は止めさせたい。でも足を止めて欲しくない。そんな考えがぐるぐる回って。
どうすれば、いいんでしょうか。私は……。
声に出して、ハッとした。本当に全部吐いてしまっていたんだ。
「すみません! 私、今どうかしてて」
「ううん。言ってくれて嬉しいよ」
不器用ながらも、優しそうな声と微笑みで少し自我が戻ってきたのを感じる。
言ってて分かった。私って相当ワガママなんだ。エンリさんと一緒にいたいし、その恨みを発散させてあげたい。でもその実力は私にはないって。できないって、ずっと引きこもって。
「ユーカリ。俺は明確な答えは出せないし、君が決めることだって思ってる。だけどこれだけは言わせてほしい」
ヒロトさんはスーッと息を吸い込んで、私の目をしっかりと見る。その瞳は、まるで過去で既に見てきたような経験者のような、そんな瞳。
「後悔のない選択なんてない。どんな答えでも、納得するしかないんだ」
それは、自分でも分かっていること。どちらかを選択するってことは、どちらかを捨てるってこと。それが取捨選択なんだから。
「怖いです、その選択が。失敗したら、どうしようって」
「俺が言えたことじゃないけど、取り戻せるなら、もっとワガママになってもいいんじゃないかな」
「……ワガママ、ですか?」
「うん。少なくとも第二次有志連合戦の英雄は、そうしてた」
話には聞いたことがある。ELダイバーとGBNを救った英雄がいると。
でも英雄は、英雄たる志と魂があったからこそだ。だから、そんな人と比べられても……。
「英雄だって、リクだって悩んで悩んで、悩み抜いて決断した1人の人間だ」
まるで本人から直接聞いてきたかのような言い草。でも自然と胸の奥にスンッと収まって。
私が決めること。私が、選択しなきゃいけない、大切。ワガママ。
「何か、掴めそうな気がしてきました」
「よかった。こんな俺でも役に立てたみたいだから」
「いえ。なんとなく、ヒロトさんだから良かったのかなと」
何故かは分からない。けれど、ヒロトさんだったから説得力があったというか。
『大切を見送った』ような、『選択した者の末路』というか。そんな説得力。貫禄っていうのかな。かっこいいって思う。
「1つ、いいですか?」
「何?」
「リクさんって、どなたですか?」
「んー、GBNの英雄で、俺にとって超えたいって思ってるライバル、かな」
◇
ヒロトさんが立ち去ってから、私はこの場所でずっと考えていた。
私の求めるのもは何か。望むものは何だ、って。
その答えは、未だによく分かってない。けれど、喉の奥までは出かかっている。胸の内側が叫びたがっている。
「私の、答え……」
――それはもう決まっているんじゃないの?
不意に風の音に混じった何かの感情が脳裏をよぎる。
振り返れば黒いボディに白いドクロの装飾が飾られたガンダムAGE-1 バッドガール。
決まっている? 決まっているのかな。私の踏ん切りがつかないだけかな。
バッドガールを見上げて、名前の由来となった誰かを思い出した。
私は、その誰かに憧れて、かっこよくてアウトローなイカした女を目指した。そのためのバッドガールで、そのためのこのダイバールックだ。
それは、なんでだったっけ。
「……なんでって、そんな事決まってる」
私を助けてくれたヒールじゃなくて、ヒーロー。
赤いマントの代わりに黒いマフラーを身につけた、悪魔のようなヒーロー。
そんな相手のそばにいたいから。隣りにいたいって思ったから後先顧みずに走ってきたんだ。
なんだ。たったそんな事、か。
「バッドガール。私、もっとワガママなってもいいのかな?」
彼女は答えてくれない。
けれど、答えがないってことは、かっこよくてアウトローな背中を追うしかできなかった私を止める人は誰も居ないってこと。
エンリさんの手を掴むのは私だってこと。
歳をとった、なんて言わない。だけど最近忘れていたのかもしれない。
「ややこしく考えてた。もっと真っ直ぐに『伝えたいことがある』って言えばいいんだ」
後先なんて今度考える。今は『一緒にいたい』って伝えたいんだ。
復讐なんてこの際どうだっていい。エンリさんの都合なんて関係ない!
私のワガママだっていうのは百も承知だし、いまだに胸は晴れないままだよ。
それでも。迷いながら、それでも。終わらせないことを選んだのはたった1人、私だ。
だから、やるべきことをやって、エンリさんを見つけ出して、言いたいことを言う!
「待っててください。私が絶対その手を掴みます!」
一人ぼっちの手を私が一番最初に掴む。それが私の最終解答だ。
決意はこの手に。最終解答は、私の中に。
◇ヒロト
出典元:ガンダムビルドダイバーズRe:RISE
Re:RISEの言わずと知れた主人公。本編設定は割愛。
ユーカリの印象は、元気な子。決してアウトローではない。
取り戻せるなら、ワガママになってもいいと思っていそう。
少なくとも、宇宙に埋葬した彼女のことを考えながら。