私は、知る必要があった。
どんなこと? って、そんなの至ってシンプルな出来事であって。
私がまずは知らなきゃいけないこと。それは、エンリさんの過去だ。
エンリさんを知らなくては、その先の対策を練ることはできない。その手を掴んだとしても逃げられてしまう可能性だってあるのだのだから。
そう。いわば私は今、エンリさんのためなら何でもやる女だ。
例えばそう。エンリさんの昔の女の場所に来たとしても、やることはきっちりやる。
小さな路地。立ち並ぶ古い建物が情緒を煽る古い道。
他の建物には入れなくても、ポツンと一つ、明らかに目新しいようなお店が立っていた。
曰く。そのお店はすべてがセルフサービスだと言う。
曰く。そのお店は閉まっていることの方が多いと言う。
曰く。そこには4人のフォースネストであると言う。
ネストの名前なんてものは知らない。だけど、誰がいて、そこにエンリさんの宿敵がいるってことは知っている。
そのフォースの名は春夏秋冬。かつて、いや今もその名を馳せている4人組のフォースは『空域の支配者』『蒼翼のサムライ』『ギャルスナイパー』『火力の妖精』という、それぞれのメンバーが二つ名を持っているほどの実力者だった。
まぁ、だからそんなフォースの基地に道場やぶりの如く門をたたくのは正直、気が引ける。
気が弱いとかそういうのじゃない。単純に緊張するじゃん、知らない場所を正面から堂々と入っていくのって。
「どーしよ」
勇み足で春夏秋冬のフォースネストにやってきたものの、それはそれとして緊張するものは緊張する。足がこわばって、思うように前に進んでくれない。
やってること、普通にヤの付く自由業の方がなさってるカチコミと同じですよね。うわー、すごく緊張してるけど、それ以上にワクワクしてきたー! えやっばい、だってこれアウトローみたいじゃないですか。アウトローの時間だおらぁ! とか言いながら、扉を蹴破ってターフイン! なかなかできることじゃないですよ! でも、GBNならできる! でも怖い!!
「何やってるのー?」
「ぴぎぃ!」
不審者みたいに声をかけられては情けない声を上げてしまった。
恐る恐る振り返ってみれば、そこには小さな女の子が一人。茶髪のツーサイドアップで、くりっとした瞳の碧眼はまさしく少女。だいたい小学生ぐらいだろうか。白を基調とした制服のような衣装でこの子をイメージする色を例えるなら雪のような白をイメージさせる。
ノイヤーさんと違って、病的な、ではなく正統派な白だなぁ。
漠然と心の中で思っていれば、春夏秋冬のフォースネストに指を差して、こう口にした。
「セツたちのネストに何か御用?」
ひょっとして。
私の脳内に入っているG-Tuber名鑑を開く。
数は少ないし、有名どころしかいないけど、その有名どころだけで事足りるタイプのG-Tuberであった。
春夏秋冬のセツ。火力の妖精とも謳われる二つ名を持っている、春夏秋冬のやべーやつが一角だ。
「え、えっと……」
「ナツキお姉ちゃん! なんかお客さんだよー!」
「え、あっ! ちょっと!」
待って待って待って! まだ心の準備ができてないっていうか、今ナツキさんそこにいるんですか?!
いやいやいや、まだ覚悟とかいろいろがまだ決まってないっていうか、なんというか……。
「ホントー? って、エンリちゃんの……」
「あー……。どうも、です」
そのまま流されるしかない。困惑していて脳内の許容量を超えた思考で、少なくとも諦めて流される、ってことしかできなかったわけでした。
◇
「それで、エンリちゃんの話を聞きに来たと」
「そういう、ことです……」
3人。そう3人で何故か私を囲んでいるのだ。
1人は空域の支配者と評されるビットと近接使いの達人。ハルさん。正直ナツキさんの隣にいた人、という印象しかないものの、その実力は一つ頭が抜けていると言わざるを得ない。
1人はさっきのセツさん。とにかく火力のやべーやつという噂。
そして最後はナツキさん。エンリさんと深い因縁がある相手。あの剣技は独学であるものの、こちらも達人の域に足を突っ込んでいるとされている。
そんな中、彼女たちの中心にポツンと一人。
きつい。相当こわばってしまう。楽になっていいからね、とお茶を出されたけれど、震えてうまくコップが手に取れない。レジェンド級3人に囲まれたら、そりゃ怖いですよ!
「まぁ、楽になったら?」
「無理です! 私そこまでアウトローじゃないです!!」
「アウトローとか関係あるの、それ……」
豪胆さはすべてのアウトローに通ずるって私知ってます!
なんだったら常に私が思ってるようなことですよ!
「エンリちゃん、フォース抜けちゃったのかぁ」
「でも絶対取り消させて謝らせます。それが友達だって思うから」
「そんなに慕われて、エンリちゃんも果報者だね」
目を細めて、彼女は過去を軽く振り返るように目を閉じる。
「エンリちゃんと私の物語、聞かせてあげるね」
優しい瞳で天井を見上げながら、ナツキさんは話し始めた。
大前提として、エンリさんとナツキさんはその地域では有名だったライバル同士だという。
かたや青い翼を翻して空中を飛ぶサムライ。かたや悪魔をモチーフにしたガンプラを得意とする暴力娘。
それがエンリさんとナツキさんであった。
エンリさんは今ほどクールぶってることはなく、素直じゃないながらも、真っ直ぐにガンプラバトル、GPDで戦う姿はナツキさんでも惚れ惚れするほどの力の塊だったという。
特にハサミ、シザーを使った戦い方が多く、シザーウーマンなんて呼び名もあったとかなかったとか。
でも、それだけ強かったとしても、憧れていたとしても、決してナツキさんに勝つことはなかった。
「自慢じゃないけど、あの時は連戦連勝が基本。負けても次頑張ればいいって、思えるぐらいには楽観的だったんだ」
「今はそうじゃない、みたいですね」
「そうだね。今は一戦勝っても二回負けたり。逆もしかりみたいな」
ランカーとしての挑戦はそれでも楽しい。そう笑う彼女は、まさしく過去を乗り越えた者の顔だったと思う。
さて、話を戻す。
そんな強いライバルだったとしても、一度も勝つことはなかったエンリさん。それでも。自分の実力で勝つんだとインタビューでは意気込みを新たにしていた。
そう、それはGPD最後の全国大会に向けての意気込み。最後の最後に、必ず勝つ。そう決めたエンリさんはとてつもない努力を重ねていたとのことだ。
ナツキさんはとても感化されたし、影響されながら、自分のガンプラや腕前を磨いていた。
でも、不調は起こった。
慣れない声援と、徐々に敗退していくチームメンバーたち。
加えていつ終わるとも分からない、永遠に続くとも思われるほどのガンプラの修理。
自信を喪失しながら、ガンプラを摩耗しながら。そのやる気の灯火はプレッシャーという水に鎮火されようとしていた。
そして、地方大会決勝戦へと駒を進めたナツキさんが対面したのは、ライバルと評されていたエンリさん。だけど、その戦いはお世辞にも接戦したとは言えない内容であった。
「私、完敗したんだ。周りのプレッシャーと整備不良が原因で」
「それって……」
「エンリちゃんには、本気で戦うってこと、出来なかったんだ」
その後の全国大会第一回戦目で、エンリさんは惨敗を期した。
どうして。そんなのは決まっている。永遠のライバル、なんて謳われたナツキさんが意図してではないにせよ、整備不良というある種の手加減をしたのだから。
『あんたはいつだってそうだ! 地区大会決勝、本当ならあんたが勝ってた!! 整備不良なんて些細なことがなければ、絶対にッ!!』
全力のナツキさんなら、きっとGPD時代のエンリさんにだって圧勝したことだろう。
でも現実は違った。ナツキさんに対する失望。自分はそんな相手ではなかったのだろうか、という失意。そしていくらかの憎しみ。それらがすべてごちゃまぜに搔き乱されて、まともな状況で戦えていたとは言い難い。
その後、エンリさんは地元を引っ越したと聞いたので、ナツキさんとの縁はそれっきりだったと言う。
エンリさんは、消化不良な戦いを3年前からずっと背負ってきている。それもとてつもないくらい重たくて重たくて、重たくて。どうすればいいか分からないからGBNで半ば辻斬りまがいの『八つ当たり』を繰り返してきた。
それがエンリさんの真実。エンリさんの、無力な自分とナツキさんへの恨みを混ぜ込んだ復讐。
「推察もあるけど、私とエンリちゃんとのお話はこんな感じかな」
「エンリさん……うぅ……」
気づけば目元からは一筋の雫が零れ落ちていた。
エンリさんは無力なんかじゃない。エンリさんの復讐は仕方がなかったかもしれないし、決して間違っているものではない。地方大会決勝戦の後悔をなかったことにしたくて、もう一度ナツキさんと本気のバトルをしたくて必死だっただけだ。
エンリさんはヒールなんかじゃない。ヒーローだ。少なくとも、私にとってのヒーロー。私はそれに憧れたんだから。
セツさんが私にティッシュボックスを渡してきたので、遠慮なくティッシュを引っ張って涙を拭う。
「エンリちゃんは確かに強かった。けれど今までのような戦い方ではなかった」
「ナツキさんも、そう思いますか?」
「うん。エンリちゃんはもっと知的で狡猾で、大人の暴力って言葉がふさわしい選手だったから」
「感情に任せた戦い方、でしたね」
「うん。とても、冷静に見えるエンリちゃんじゃなかった」
冷静に相手を叩き潰す。それがエンリさんであって、あの時のエンリさんは明らかに動揺していた。ナツキさんとの対面が、そうさせたのだと思えば、当然のことか。
「それに私とエンリちゃんのガンプラの相性も悪かった。それを克服するために翼持ちのガンプラとばかり戦ってたんだろうけどね」
それなら合点がいく。
エンリさんの『八つ当たり』を含めた自分との修行。それがエンリさんのやっていたことだったと思うと、どこまでも自分に厳しいのだとわかってしまう。
あるいは、そこまでナツキさんとの決着をつけたかったのか。
いずれにせよ、エンリさんは大敗を期した。それで自分をさらに追い込むために、私たちを気遣って迷惑をかけないようにフォースを抜けた。
「……エンリさんのバカ」
「あはは、元友達からは何とも言えないかな」
「今も友達ですよ! エンリさんはナツキさんって壁があるから戦ってるんですから! 羨ましいです、エンリさんに見てもらって」
それに比べて私ときたら。
そんなどうでもいい暗い感情が見え隠れする。いけない。私はフォースのリーダーなんだ。見てくれているとかいないとか関係ない。今は私がしたいように、エンリさんと向き合うことが目的なんだから。
「ナツキさん! エンリさんの居場所ってご存じですか?!」
「詳細なところまでは分からないかな。ごめん」
でも、と。ナツキさんはその言葉を即座に訂正する。
「修行場所に適した場所なら知っているよ」
「どこですか?」
それは、以前一度エンリさんとノイヤーさんの3人で遊びに行った場所。
そしてフレンさんとも出会えた、ある意味では4人の馴れ初めの場。
「ハードコア・ディメンション-ヴァルガ。ここにいるタイミングは必ずある」
予想はしていた。だけど、あそこはただでさえ広大なうえに、四方八方からの攻撃を警戒しなくてはならない。人探しにはあまりにも向いていないのである。
だけど修行の場にはあまりにも適している。私だってたまに乱入してくるぐらいには楽しいところだ。たまの不意打ちと制圧射撃は除くとして。
「相見えるとしたらそこしかない。止めるとしたら、そこしかないね」
「ですよね。うん、覚悟はしてました」
戦うこと。それは恐らくバッドガールと決意した段階で想定はできていた。
あのエンリさんと、対面でバトルする勇気はあるとは言いづらい。でもやるしかない。それが私のケジメとも言えることだから。
「一ついいかな?」
ナツキさんの質問に反応する。
なんだろう。そんな疑問とともにナツキさんは質問を口にした。
「ユーカリちゃんは、どうしてエンリちゃんがいいの? 強い人だったらそれこそチャンプでもいいよね?」
目標にするなら、それは同じAGE好きとして有名なクジョウ・キョウヤでもいい。
なんだったら『ビルドダイバーズのリク』でもなんでも。
でも私の答えは単純で、ここに来る前にちゃんと理解していた内容だった。だから、その決意を今口にする。
「エンリさんがいいんです。私のヒーローで、私が一緒にいたい相手。それだけで、私の戦う理由は十分です」
「そっか」
やっぱり果報者だ。そうやってナツキさんは笑ってみせた。
まるで夏の日の太陽の木漏れ日みたいな、少し眩しいけど、気持ちよくなる、そんな微笑み。
「ユーカリちゃん。エンリちゃんをよろしくね」
「はい!」
言われるまでもない。私の覚悟はとっくに決まっている。
相打ちでも負けでもなんでも、エンリさんと話をすること。そしてあの分からず屋に一発痛いお仕置きをかますことだ。
我らがケーキヴァイキングを抜けたこと、絶対に後悔させてあげますからね、エンリさん!
◇
「ユーカリ、帰っちゃったね」
「もっとコアラお姉ちゃんとお話ししたかったなー」
「どこから来たの、コアラって」
ユーカリ。わたしとは全然違う、周囲に流されなくて、明るく元気で、自分の意思を固めることができた女の子。まだ高校生だろうに、たいしたもんだなぁ。
「ハル、何考えてるの?」
「ん? いや。ユーカリにちょっと興味が出てさ」
どことなく不安定で、それでもしっかりしていて。
わたしとは違うのは間違いない。だけど根っこはわたしと同じ、仲間を大切に考える子で。
応援したくなる。そして同時に考えもする。この子と戦うことができたら、それはどんなに楽しいことだろうかって。
「他の女のこと考えてる」
「いやいや、わたしはいつもナツキが一番だし」
「ホントにぃ? 私が確かめてあげよっか?」
「なに、おでこでもくっつける?」
「私もおんなじこと考えてた! じゃあここで」
「うん!」
まぁ、その時が来たら、わたしのファイルムをフル起動させて、全力で戦わせてもらうよ。
「まーた始まった。お姉ちゃんたちのイチャイチャ。分かってるセツはクールに去るね」
楽しみだな。この事案が解決したら、フォース戦の相談でもしてみよっかな。
温故知新。古きを知って新しきを得る。
情報アップデート
◇エンリ
彼女は不調のナツキに対して勝利してしまっている。
本気で戦わなかったライバルに対して、こんなんじゃないというイメージを抱いて。
だから今度会った時には全力のナツキと戦う。とそれまで修行していた。
◇ハル
出典元:ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ(二葉ベス作)
前作主人公。超絶寂しがり屋で過呼吸を起こすほどにはナツキが好き。
スキあらばいちゃつく。だがその胸の内側ではユーカリに対して興味を抱き始める。
いつか事案が解決すれば、その時は一騎打ちによる勝負を挑むのだとか。
ちなみに実力はちのよりちょっと弱いぐらいなので、3桁ランカーに匹敵するぐらいにはめちゃくちゃ強い。
◇セツ
出典元:ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ(二葉ベス作)
かわいい。火力を司る感情から生まれたELダイバー。通称火力の妖精。
2年前から見た目の成長はしていないが、精神的には成長している。
そのため、分かっているセツはナツハルのイチャつきの波動を察知して逃げれるのだ! すごいぞセツ! クールだぞセツ!