訪れたのはバー。それもただのバーではない。オカマバーだ。
フォース『アダムの林檎』のフォースネストの目の前で、どこかで見たような震え方をするチワワが一匹いるとしたら、それは私です。
「ユーカリちゃん、何おびえてるのさー!」
「いや、だってぇ……!」
レストランはいい。だってこれはファミリー用だし。
喫茶店だって問題ない。だって喫茶店はおひとり様用だし。雰囲気を味わうって点では春夏秋冬のフォースネストはそれらしくてよかった。緊張でそれどころではなかったけど。
でもさぁ……。オカマバーは流石に行ったことないですって!
そもそも私たち未成年だし! たとえ成人してたとしてもオカマバーで何をされるか分からないですよ!
例えば、そう! 悪魔の科学で身体を改造されてショッカーみたいに戦闘員にされるとか!
私嫌です! イィイイイイイ!! とか言いながらナイフもって突撃するの! あ、でもアウトローかそうでないかで言われたら、私の中では100割アウトローだからあり寄りのありかもしれません……。
「嫌ですわよ! わたくし、ユーカリさんがイーしか言わなくなるのは!」
「ですよね! でもオカマバーに入ったが最後、私たちは改造人間に……よよよ」
「あんたたち、相当失礼なこと言ってるってわかってるー?」
珍しくフレンさんに突っ込まれてしまってはリーダーとしての立場なんて全くない。
さて。じゃあひとしきり喚いたところで、覚悟を決めていこう。
リーダーってことで引き戸のドアを動かして、入店を試みる。
カランカラン。そんなSEが私の耳の中に入ってくると、そこにはオレンジ色を基調にしているのだろうか。いわばムーディな内装。いくつかの座席と、いくらするか分からないお酒の瓶。シャカシャカとシェイカーを振りながら、私たちというお客様をお出迎えする。
「たっだいまー!」
「おかえりなさい。そしてその子たちがフレンちゃんの言ってた?」
「うん! アタシのマブダチ」
マブダチになった覚えはないのですけど。
ノイヤーさんがボソりとつぶやく。私も確かにそんな覚えはない。マブダチってあれだよね、本当のとか眩しいとかそういう。
そう言ってくれるのはやぶさかではないというか、ちょっと嬉しいけど、こうやって臆面もなく言えるフレンさんはやっぱりギャルなんだなと思うわけで。
そんなことを考えていれば、カウンターから姿を現すのは一人の男性。
紫色の髪と褐色のいい肌。そして程よく発達した筋肉。それだけであればただの男性で済ますことができた。だけど、そうは問屋が卸さない。胸元がパカリと開いたダイバールックに、細部の動きがすさまじく女性っぽい。いや、このオーラ、女性そのものというべきパワーを感じる。
前言撤回。一人の男性ではない。一人の女性がコツコツと、スマートな足取りで私たちの元へとやってきたのである。
「初めましてかしらね。アタシはマギーよ、よろしくね」
私も軽く挨拶をするけれど、いかんせん不良+ドラゴン令嬢+オカマ+ギャル。この空間において突っ込みどころしかないダイバールックだが、そんなのお構いなし。
ノイヤーさんも挨拶を交わす。周りがこんなでもやるべきことはしっかりとやるお嬢様だからこそ、流されずにいる彼女は流石だと言わざるを得ない。要するにご令嬢の挨拶のそれをマギーさんにしたのだ。さすがノイヤーさんだ。
話もそこそこに、私たちは客席の一角。ソファー席に誘導される。
正直、何をすればいいか分かってないけど、とりあえずお酒を注文した方がいいのかな。
「はい。ホットミルクよ。緊張してるなら、まずはミルクでも飲んでリラックスなさい」
「あ、ありがとうございます……」
じんわりとホットミルクの温かみと人のぬくもりに包まれる。
あ、この人気遣いがすごい。フレンさんと目が合って、にっこりと笑う。緊張する必要なんてなかったんだ。
「ね、言ったでしょ?」
「はい。なんか、身構えてました」
「ですわね。わたくしにもミルクなんて。隠していたつもりなのですが」
隠していても、それを自分の前でさらけ出させるように程よく距離を詰めてくる。これが、大人なんですね。
用事もそこそこに、他のお客さんがフォースネストから出ていくと、中はマギーさんと同フォースの従業員、そして私たちだけ。どうやらこういう点においても気を使われたみたい。
仕事を終えたマギーさんは空いている席の一角に女性らしく座る。
「さーて。フレンちゃん、まさかただ遊びに来た、なんてことではないのでしょう?」
「んまーねー!」
オレンジ色のカクテルグラスを揺らしながら、雰囲気を漂わせるフレンさん。意外と絵になる。
「マジな話、今日はさ。マギーちゃんの協力を煽りに来たんよ」
「アタシ?」
「そうそう。エンリちゃんって知ってるでしょ? バードハンターの」
要約すれば、エンリさんを助けるためにマギーさんの知り合いないし、フォースのメンバーを当日貸してほしいor紹介してほしい、という内容だった。
フレンさん曰く、人海戦術が必要なら、その筋の人に話を通すべき。という作戦なのだろう。
だが、マギーさんは意外にもこれに渋い反応を示した。
「紹介する、というのは構わないわ。けれど、見つけたとしてエンリちゃんをどうするつもり?」
「戦って説得します!」
「そうね。素晴らしいことだと思うわ」
だけど。マギーさんは右側の髪の毛をかき分けて、言葉を紡ぐ。
「問題は2つあるわ。1つはエンリちゃんとユーカリちゃんの実力差。明らかに戦力差がありすぎると思っているわ」
分かっていることだ。それはガンプラの性能を高めるなり、自己鍛錬で何とかする。
「そしてもう1つ。復讐をやめさせるってことは、エンリちゃんの心を折るということよ。それは、分かってるわよね?」
多分マギーさんは『あえて』こんなことを言っているんだ。
誰かが言わなくてはいけないこと。人の心というのは複雑怪奇で、思い通りにいかないことがいくらでもある。今回については、復讐をやめさせる、ってことはエンリさんの心の支えをなくすことに他ならない。
そうなった場合、エンリさんは今までの自分がなんであったかを後悔する。
また、別の問題が生まれるって、そう考える。
だから、そうさせたくないから。私は欲張りだから、一緒にいたいことも、復讐をどうするかも、全部つかみ取る。
「復讐は、やめさせません。むしろ加担します」
「……聞かせてもらっても、いいかしら?」
復讐は何も生まない。それは古来から言われている創作上の台詞。
だけどさ、何も生まないことはないんじゃないかと私は思ってる。
少なくとも心の整理はつく。つっかえが取れてスッキリする。それだけでも十分価値があるって思うんだ。
ましてや人の生死が関わっているわけじゃない。エンリさんは本気で戦わなかったナツキさんに自分の実力で勝ちたいというだけなんだ。
だったら、答えは1つですよね。
「エンリさんは私たちと一緒に強くなってもらいます。それこそ、ナツキさんだけじゃなくてあのフォースに勝てるぐらいに」
「ヒュー! 大きく出たねー、ユーカリちゃん!」
「無鉄砲で顧みないアホの子。それでこそユーカリさんですわ」
意外そうな顔なんてしない。マギーさんはあえて私たちを試す真似をしたのだから。
だから優しい大人の微笑みを向けて、その答えを祝福する。
「春夏秋冬に勝負を挑む。あの今乗りに乗ってるフォースにね! いいわ! そうでなくっちゃ!」
マギーさんは手を叩き、従業員を呼び出すと、1つのワイン瓶を持ち出してきた。
「シャンパンよ。あなたたちの門出を祝うなら、これくらいしなきゃ!」
「でも、私たちまだ未成年ですよ!」
「大丈夫、ノンアルコールよ!」
まるでハートでも出かねないような仕草の投げキッスで私を打ち抜く。
あぁ。私、マギーさんと出会ってまだ数十分しか経ってないけど、もう人としての良さを感じ始めている。ある種の恋か、はたまた尊敬の念か。分からないけど、この胸がポカポカするような感覚を口に出すとしたら、それは……。
「ありがとうございます! 私、頑張ります!」
感謝の言葉であることは、言うまでもないだろう。
◇
「戦闘訓練はまた後日。とりあえずはユカリさんのガンプラですわね」
「はい。やはり今のバッドガールでは、エンリさんには傷一つ付けられないと思うので」
やることは山積みだ。とにかく多い。その中の1つがこの『ガンダムAGE-1 バッドガール』の改造である。
はっきり言おう。今のバッドガールの使い勝手は非常に悪い。
駆動系や装甲周りに問題はない。ただ一点、左腕が腕としての機能をしてないってことだけだ。
バッドガールの左腕はワイヤーフックに置き換わっており、あの時私が「わーかっこいー!」ってことで使い始めたアウトローな武器であるものの、実際の使い心地はビームサーベルを両手持ちできないわ、たまにワイヤーが邪魔になるわ、そもそも使いづらいわ、とにかく批判批判の嵐だった。
他のVRゲームでもワイヤーを使った武器はあったにせよ、普段使いはしてなかったと言える。
考えれば考えるほど、シンプルな武器の方が強いという理論がわかる気がした。やっぱりビームサーベルとか使いたい。
「でも、やっぱりかっこいい武器使いたいんですよー! シグルブレイドとかかっこよくないですか?!」
「いいですわね。個人的にはヴェイガン系列のゼイダルスのシグルクローという潔さもまたベストですわね」
「それもありなんですよねぇ。EXA-DBのデータを流用したとか、ヴェイガンに鹵獲されたバッドガールがー、とか」
「相変わらず凝ってますわね、設定」
リアル世界に戻っていた私とムスビさんはAGE系のキットコーナーで2人腕を組んで悩みあっていた。
左腕に代わる機体。普通でもいいのだけど、バッドとついてるんだから、ちょっとはかっこよくしたい。実用的で見た目的にワルで。そう考えていくとやはり出てくるのがクロー系だったりするわけで。
「クロー系と言えばゼイダルス。それか別作品に飛んでバルバトスなんかもありですわね」
「そういえば、私AGE以外、見たことがないんですよね。気になってはいるんですけど」
「おススメしてませんでしたわね」
そもそもムスビさんからはAGEの話しか聞かない。実は他を知らないんじゃないか、この人。
「映像作品としてのおすすめはやはりガンダムXですわね。初心者におすすめですわ」
「へー。あれですよね、ムスビさんのバーストストリームの元ネタ」
「いかにも。サテライトキャノンは乙女のロマンですわ。加えてもどかしいガロードとティファの関係性がまた……」
恍惚な笑みを浮かべながら、ムスビさんがガンダムXにトリップする。
私がAGE語ってる時も、だいたいこんな感じだった気がする。好きな作品はトリップした方が嬉しい楽しいご満悦の三段活用だ。
「エンリさんのゼロペアーの元ネタも大概ヴァサーゴですわね。あのヴェイガンみも堪りませんわ……!」
「あはは。ムスビさん、結構エンリさんと趣味合いますよね」
「そうでしょうか。あの方とは相いれない関係だと思いますが」
そんなことはないと思うけど、それは口にしないでおく。
ムスビさん、エンリさんを敵視しているというか、何故か威嚇みたいなことをずっとしてるから、一見仲が悪いようには見える。
さっき言った通り、趣味であるゲテモノ系、怪獣系の好みは結構似てると思うんだけどなぁ。
「ですが、下手にワイヤーをやめる必要もないかもしれませんわね」
「え? でもワイヤーって使いずらいですし」
「いいえ。逆手に取るんですのよ、相手に『有線接続』だと思わせる。これだけで十分戦えますわ」
ムスビさんはスマートフォンからお絵かきソフトを立ち上げ、さらさらと簡単に脳内の情報を書き上げていく。
出来上がったのは腕のような丸と、ワイヤーのような線だった。明らかに画力が足りなかった。
「この腕を、有線接続ではなく一種のファンネルのようにするんですの。こんな感じに」
そういうと、あらかじめレイヤーで分けていた丸と線が分けられる。
手首の部分を境に動き回る無線腕、か。それをワイヤーで騙して有線であると誤解させる。
ダイバーはワイヤー切断すればいいと考えるが、そのスキを狙って無線腕が背中を貫く。なんというアンブッシュ。アウトローの塊みたいな発想だ!
「まぁ1回しか使えない戦法ですし、エネルギー補給の関係上、短時間しか動けないと思いますが」
「……すごい」
エネルギーならビームサーベルより実体剣の方がいい。てことはゼイダルスのシグルクロー。
私の中で発想が連鎖のラインが整っていく。空飛ぶ腕、油断の有線。そしてシグルクロー。
「これだ……!」
「なら、確定ですわね!」
「はい!」
要所要所はあとで修正すればいい。今はこの無線シグルクローを作るべきだ。よーし、頑張るぞ!
私たちはHGのゼイダルスを購入してから、シーサイドベースを立ち去った。
HGゼイダルスが発売している時空
◇マギー
出典元:ガンダムビルドダイバーズシリーズ
原作設定は割愛。一言で表すのなら聖人。
本作限定の設定として、フレンの後見人としてメイと一緒にお世話をしている。
フレンについては、あくまでも『仮の契約』であり、
本人が望めば、他の人を後見人として見送る準備もできている。
ユーカリに対しての印象は危なっかしい若者。ただ芯が強い彼女を見て、どこかのリクを思い出したかもしれない。
同じお店に身長がちっさくて巨乳で酒飲みのG-Tuberが雇われているという話だが……?