分かっていはいた。それがホントはどれだけ難しいことか。
でもいざ目の前に形として現れてしまうと、流石の私もガックリきてしまうわけで。
「シグルブレイドってクリアパーツじゃないんだ……」
目の前のゼイダルスの爪を見て思った。感じた。怒った。
まぁ、確かに分かるんですよ。手のひら全体もシグルブレイド加工されていて、作成には相当時間がかかるとは思ってましたよ。それでも多少なりともクリア加工してると思うじゃないですか。そんなことはありませんでしたよね!!
「はぁ、どうしようこれ」
少女ユカリ。ガンプラの腕前についても初心者に毛が生えた程度であった。
「ということで相談なんです、ムスビさん」
「まぁ、ある程度は予想できてましたわ」
翌日。そろそろ夏も本番。夏休みも間近と言うタイミング。
その辺のコンビニで買ってきたであろうカレーパンとトマトジュースを片手にムスビさんは相談に乗ってくれた。
今度何か奢ってあげた方がいいのだろうか。でも私お金ないしなぁ。はぁ、夏休み始まったら本格的にバイト探さなくちゃだよね。GBNをやる時間が減るの嫌だなー。
「クリアプラ板を使って切り出していくしかありませんわね」
「くりあぷらいた?」
「まんまの意味ですわ。プラスチック製の板切れ。それが透過処理されてる、みたいなイメージです」
そんな物があるんだ。私知らなかった。
というか、そういう話ってプラモデルを趣味にしてないと発想として出てこない。我ながら目の前にいるムスビさんはプラキチなのかなー、と考えながら密林宅配サイトで検索。寸分違わずヒットした。
「5枚でだいたい700円ぐらい、か……」
「同じぐらいで普通の白い方もありますから、値段は大体変わりませんわね」
「……これに700円」
「加えてデザインカッターも必要ですし、定規もあれば便利でしょうね。強度が必要なら、ヤスリがけだって大事でしょうし……」
「あーあー、聞こえませーん」
親に白い目で見られたって構わない。構わないんだけど、こうして改めてムスビさんの言ってたラインナップを見ていると、財布からお金が翼を生やして飛んでいくのが見える。正直、胃に悪い。
「でもエンリさんを殴ってでも連れ戻すためですし、このぐらいの出費は……」
「……ユカリさん」
「ん? 何かありました?」
ムスビさんがトマトジュースの箱を机に置き、両手をフリーにする。
その指先を少しイジりながら、視線を行ったり来たり。口元だって何かを言いたげにモゴモゴと動かしていた。
なんだろう。何か言いたいことがあるのは確かなんですけど、それの心当たりがまったくもって見えない。
催促するのも悪いので座して待つことにする。
数十秒経って。改めて決意が固まったらしく、両手をパンっと叩いてこう言った。
「わたくしの家に行きませんか?」
「……いいんですかぁ?!」
「えぇ。質素なところですけど」
「行きます行きます! 楽しみだなぁ」
かくして、本日はGBNをお休みして、ムスビさんの家へと向かうことになりました。
◇
ノイヤー家とは代々金髪緑眼が家系を継ぐ、と言う方針になっている。ってのをムスビさん本人から聞いたことがある。
なんでも一度没落したノイヤー家は当時のご息女によって建て直され、財界に置いても一目置かれる存在となったらしい。らしいっていうのも、ムスビさんから聞いたことのあるだけをただ羅列してるだけに過ぎない。
話を戻すと、曰く、そのご息女は金髪緑眼の女性だったのだとか。
ご息女の娘についても、同様のことが言えたため、これは金髪緑眼というのが一種の祝福なんじゃないかと錯覚させるには十分なほどであった。
そんな中で生まれてきた白髪碧眼のムスビさんが、ノイヤー家に受けいられるわけもなく。
「まったく、授業中に電話とか、ありえませんわ!」
「あはは、本当ですよね」
ノイヤー家、というよりもムスビさんの一人暮らしの家に今はお邪魔している。
中は案外綺麗、というわけがない。散らかってるし、その辺にティッシュが転がってるし。なんというか、適度な感じで掃除したい欲求が生まれてくるへんてこな部屋だった。
半ば追放されるような形でノイヤー家からお金だけ渡されて、ムスビさんは一人暮らしをしている。
ノイヤー家側としても、ムスビさんの扱いには困っているから、無害なら無事であることを確認した上でとっとと追い出すのがいいと踏んだのだろう。勝手な話なのは間違いないし、これは私怒ってもいいと思うの。
「あの方々は、わたくしが生きていれば、とりあえず良しとする勝手な人たちですからね」
「……ムスビさんは、それでいいんですか?」
「良くも悪くも、この容姿で生まれた呪いですわ」
ムスビさんはこのことに関して、基本諦めている。
人はそう簡単に変われないように、人の固定概念ほど動かすことができない石はごまんとある。あ、今の意志と石をかけたわけじゃないですからね?
ムスビさんは生まれた場所が悪かった。たったそれだけなのにな。
「ほら、何をしんみりしてますの! 丁寧に切るんですわ。1回で切ろうとするんじゃなくて、何度もなぞって……そうそう」
中学校の時だってそうだ。少なくとも、その容姿が受け入れらればムスビさんの人生は順風満帆に行くのに。
「こう?」
「やっぱりセンスありますわね。後はシグルブレイドらしく厚みを加えるためにもうワンセット!」
「ひえぇ~!」
まぁ、私がいるからいいのかなとか、思わないでもなかったり。
もし、私の手からムスビさんが零れ落ちそうになったら、私は必死で彼女の手を掴みに行くだろう。それが当然の義務であって、私じゃないといけない役目であって。
プラ板を引っ掛ける音だけが部屋の中を響かせている。
ふと、ここにエンリさんとフレンさんが一緒にいればいいのに。なんて頭によぎってしまった。
エンリさん、今元気にしているかな。怪我とかしてないかな。私のこと、ちゃんと覚えていてくれてるかな。
考えても考えても、その事実の確認は本人に聞くしかない。早くバッドガールを作って会いに行かなきゃ……。
「痛っ……」
「あぁあぁ、言わんこっちゃない! 救急箱取ってきますわ!」
怪我しちゃった。浅めだったから助かったけど、傷口が微妙にじくじくする。赤い血だって滲む。
……こんな想いをするなら、私はエンリさんを放置すればよかったのに。
いや違う。エンリさんがいいんだ。私の中でその事実を膨らます。だって、彼女は私を救ってくれたヒーローだし、復讐の理由だって至ってまっとうだ。
私は、エンリさんの復讐を果たしてあげたいと思ってる。
元より復讐を止めるなんて大それた事言えるわけがない。どこかのG-Tuberが言ってた。復讐は何も生まないけど、した方がスッキリするからした方がいいって。
なんとも馬鹿げた話ではあるけれど、それだけでエンリさんの行動基準が理解できてしまったのが情けない。
要するに、今エンリさんはモヤッとしてる。モヤってるなら、スッキリさせてあげなきゃ。
「おまたせしましたわ。ほら消毒液」
そして私はと言えば傷口にしみる消毒液にのたうち回っているのだった。
もっとハードボイルドに決められないんですか、私は。
◇
「で、できた、のかな」
「いいんじゃありませんの? 後は実際にGBNにログインしてブラッシュアップしていく形ですわね」
その日の夕方、と言っても日がもうすぐ降りるぐらいだから、もう19時が近いかも。
長居しすぎたかもだけど、こんな時にはお礼をすべきだと相場が決まっている。
……ってことで!
「ムスビさん、冷蔵庫何がありますかー?」
「あ、それはちょっと!」
制止を聞かずに、私はムスビさんの小さい冷蔵庫を開いた。
中身は、すっからかんだった。
「え、えっと……」
「……自炊しなくてもいいだけのお金は頂いてますのよ…………」
けしからん。私だってもっとお金欲しいし。
とは言え、なにもないとなるとどうしようかという話にもなるわけで。
今からガンダムカフェ行こうかな。多分閉店21時だと思うし、そこまで遅くも早くもないはずだ。
「シーサイドベース、行きます?」
「まぁ、そうなりますわね」
そんな感じでとてとて歩けば、再びシーサイドベースへと帰還。
そういえば、とスマホのGBN連動アプリを起動すると、メッセ欄に大量のメッセージが届いていた。も、もしかして、フォース戦の申請とかじゃないですよね。だったら嫌だというか、謝るのが非常に忍びないから苦手なだけで。
でもその半分はフレンさんからのメッセージだった。
「うわ、このギャルこわい」
「何かありましたの?」
「連絡みたいです。日程の都合次第でいそうな人がざっと30人。フリー枠は10人ってホントに?!」
あの人、やっぱりすごい人材なんじゃないだろうか。
友達100人できるかな? って言って本当に100人連れてきた人間なんてそうそういない。でもフレンさんならやりかねない。そういうところが彼女の一番怖いところと言ってもいい。いい意味でギャルって怖いや。
で、残りの半分はその関連。こりゃ結構処理するのに時間かかっちゃいそうだ。
慣れない手付きでメッセージの返信を打ちながら、ポテトを一口。相変わらず塩っ気が足りない。けど美味しい。
「お手伝いできるならしたいですが、個人へのDMとなると難しいですわね」
「気持ちだけは受け取っておきます」
なにせ私が始めたことだし。そのための準備はできるだけ進めておかないと。
とは言ってもムスビさんに何もさせていないというのももったいないと思うので、1つお願いすることにした。
「その代わりに作戦立案、お願いしてもいいですか?」
「えぇ。ユカリさんのお役に立てるなら、わたくしの知識存分に生かして差し上げますわ!」
と言う感じで作戦会議&DMのやり取りが始まったのが19時すぎ。
それからずーーーーーーーーっと席を陣取って、気付けば時間は……。
「お客様、もう閉店の時間ですので……」
「へ?! あー、もうこんな時間!」
21時。閉店の時間だった。
どうしようもこうしようもなく、とりあえず席を立ってお会計を済ませる。
返信は大方終わっており、決戦日はすでに決めていた。
作戦の立案も、だいたいは終わっており、後のブラッシュアップができれば、作戦は完成するとのことだ。
「あとは、戦闘経験値、ですわね」
「はい。一応10日間猶予をいただきましたが、その間にやれるかどうか……」
どうやったら強くなれる。というのは元来から抱いている戦士の悩みのタネだ。
私もようやくその領域に入ってきたのかと、少し笑ってしまうものの、それどころではない悩みであるのは確かだった。
相手はエンリさん。ランカーだろうとなんだろうと、そのメイスで叩き潰してきた猛者だ。
そして今、彼女は復讐の念に取り憑かれていて、冷静ではないはず。だからいくらか付け入るスキはあるはずなんだけど、それが見えてこない辺り、憧れというのは厄介だ。
「エンリさんに勝てるヴィジョンが見えません……」
「あなたが弱気になってどうするんですのよ!」
「1戦目だって半ば私の不意打ちとムスビさんのビームで消し飛ばしただけですし」
タイマンとなるとおそらく初めてだ。
そして1対1ということは、飛んでくるメイスとテイルシザーに怯えなくてはいけないということ。加えてリミッター解除による3倍出力の機動。その全てが暴力的で考えるだけで脳がパンクしそう。
「ではユウシさんを頼ってみてはいかがですか?」
「……そっか、あの人ならエンリさんの癖を徹底的に知ってるわけだし」
「ユウシさんはベルグリシの他にもう1つガンプラを使い分けていると聞きます。打診してみることをオススメしますわ」
受けてくれるかわからない。だけど、前を向くしかない、やるっきゃない。
衝動のままにDMを入力して、そのまま送信する。
やれることは何だってする。それがエンリさんを取り戻すことに『リゲイン』につながるのであれば。
「そういえばユカリさんのバッドガール、あれはそのままの名前でいいんですの?」
「ううん。バッドガールを超えた新たなウェア。それこそ……」
――ガンダムAGE-1 バッドリゲイン。
それは、取り戻すために作られた彼女の名である。
決意の名はリゲイン。取り戻すための力
バッドリゲインの詳細は次回で。