手筈は整った。あとは任務遂行のタイミングをこちらで図るだけだ。
「ということです、マツムラさん!」
「あんまり顧客のログイン状況を言いたくはないんだけど、今回は内緒ってことで」
エンリさんのログインポイントは結局の所このシーサイドベースしかない。
だから私たちは朝イチからG-Cafeでエンリさんにバレないように待機。
彼女がログインしたのを見計らって、私たちも行動を開始。そのままヴァルガへと突入する手筈だ。
ムスビさんが考えたアイディアで、結構穴があると冷静に考えたら頭を抱えてしまうけど、それだけエンリさんの行動パターンも単純だと言って差し支えない。
今の彼女は以前よりも復讐に囚われている。だから良くも悪くもその行動はパターン化されていた。それはフレンさんとムスビさんの調査からも知れるような事実であった。
だから今回は万全の状態でエンリさんを迎え撃てる。ナツキさんにも待機しているように言ってあるし、地雷はできるだけ排除している。
「緊張してますの?」
「あはは、やっぱりバレてます?」
万が一があるとすれば、私が説得できなかった場合だけ。
勝っても負けても、それはどちらでもいい。大事なのは説得できるか否かなんだから。
私の口にかかっている。だから怖い。エンリさんが私の言葉を聞いてくれなかったら。あの夜の、あの雨の日の二の舞になったら。
恐怖で震える手を、ムスビさんがそっと握ってくれた。
「大丈夫ですわ。あなたなら、なんとかなりますわ」
「なんとかって。そこは絶対って言ってほしいです」
「世の中に絶対なんてありませんもの。正の絶対も、負の絶対も」
世の中には絶対なんて存在しない。誰が言った言葉だろうか。
言われてみればそうだ。絶対無理だと考えられてきた空を飛ぶことだって人間にはできた。
絶対無理だと思いこんでいたELダイバーとGBNの共存だってできた。
だったら、人間同士の共存だってできる。不可能なんて、ありえない。
「ありがとうございます。なんか、勇気出てきました」
「それでこそ、肝が据わったアホの子ですわ」
「それは余計だと思うんですけど」
じっとりした視線を向ければ、ムスビさんは笑う。
どことなく元気がないのは気のせいだろうか。やっぱり、ムスビさんもこの作戦が上手くいくか心配なのかな。
それでも。頑張るしかない。私の言葉を、想いを相手に伝えるまでは、終われない。
メールが一通を届く。作戦開始のメッセージだ。
私たちはその場を後にする。次にここに来るのは、エンリさんと一緒に。そう心に誓って。
◇
「エンリちゃんがヴァルガに入ったの確認したよ!」
「分かりました。では皆さん、手筈通りよろしくお願いします」
『任されましたわ!』『了解だぜ!』『承知之助』
次々とヴァルガへ先行してゲートの中に突入していく面々。どなたも腕利きだと聞く。例えヴァルガだったとしても、その力は遺憾なく発揮されることだろう。
操縦桿を握りしめる。泣いても笑っても、ここから先は私たちの戦争だ。私たちは勝つ。勝って、エンリさんを勝ち取る!
「ノイヤー、ダナジン・スピリットオブホワイト! 行きますわ!」
「フレン、モビルドールフレン、ミランド・セル! 行っちゃうよ!」
息を吸って、吐く。覚悟は、決まった。
「ユーカリ、ガンダムAGE-1バッドリゲイン。エンリさんを、取り戻します!」
機体を射出。そして移動形態となった白ダナジンに乗って、ヴァルガゲートへと突入する。
まず最初は一気にブーストを掛けてその場から退避。そうしないとスナイパーに狙撃されておしまいだと言う。これはエンリさんから教えてもらったことだ。
だからまずは、一ブースト!
「行っけぇえええええええ!!!」
ゲートを抜けた先、一気にブーストを掛けてすぐさま離脱。
背後にビームの気配を感じながらも、そのままホバークラフトで安全な着地を行う。
『ドローン展開しとっから、あたしはここでデータリンクしてるね』
「ありがとうございます」
オレンジ色のハイザック・カスタムからの連絡を耳にすると、すぐさまヴァルガの一部マップがコックピット内に展開される。どうやらエンリさんはこの中にはいないらしい。
「探すしかありませんわね」
「はい。全方位警戒ってことで」
「りょ! ミランドでアタシら消しとくね」
フレンさんがミラージュコロイドとGN粒子での一定範囲の隠蔽工作をする。
このためにミランド・セルで来てもらったというのもある。もう1機はグランド・セルという後方支援に適したセルを持ち出してきてもらった。
効果範囲からハズれないように慎重に行動を行う。
途中途中危ない場面はあったものの、岩場をすり抜けて一同は廃墟エリアへと突入する。目標は、まだ見えない。
そこまで遠くへは行ってないはず。だからもうちょっと。もう少しのはずなんだ。
焦る考えと、緊張から、少しだけ手に汗が滲む。
こういうところがGBNの悪いところ。こんなところまで再現しなくてもいいのに。
「やば、タンクの残量切れそう」
「ホントですの?! 流石に今ミラージュコロイドが切れたらまずいですわよ」
「ギリギリまでなんとかする。ちょっと待ってて」
支援機を召喚して、少しだけGN粒子の充電を行う。
それでもおおよそ10分潜伏できればいい方だという。
もうこのまま自力で探した方がいいんじゃないだろうかとか、3人で迫りくる機影を撃破して行くのもありか。そう考えたけど、万全の状態でないとエンリさんには勝てない。少なくとも説得の時間を稼がなきゃいけないのだから。
「ここからは時間との勝負ですわね」
「はい。このデータリンクも結構範囲は広くなってるはずなんですけど」
ジワリジワリと、待つだけの時間が長引く。
いつまでこうしていればいいんだ。焦りと不安だけが募っていく。
実はもうエンリさんはこのヴァルガにいないんじゃ。そう考えてしまうぐらいには。
お願いだから、私からエンリさんを奪わないで。そんな祈りにも似た神頼みをコックピットの中で行う。
一分。また一分と。時間だけが過ぎ去っていく。
もうすぐGN粒子のタンク残量が底をつく。その時はもう暴れまわるしかない。万全じゃない状態で、エンリさんとエンカウントすることを想定にしながら。
『……いたぞ! 廃墟エリア北東! 今座標を送る!』
タンク残量が0になると同時に、その吉報はやってきた。
廃墟エリア。どうやら対岸にいるらしい。私は今いる場所を味方に明かしながら、2人の、白ダナジンとモビルドールフレンの顔を見る。
「ダイジョーブだって、アタシらいるし!」
「いざとなったら、バーストストリームで一層しますわ」
心強い仲間だこと。ダナジンは頭を、フレンは手をバッドリゲインの背中に添えて、勢いよく押し出した。
「「いってらっしゃい!」」
「はい、行ってきます!」
次にただいまを言う時はエンリさんも一緒ですからね!
◇
様子がおかしい。そう気づいたのはついさっきのことだ。
わたしの周りにいたはずの敵という敵が円形を囲んで動こうとはしない。
むしろ『わたしの壁』になるように動いている。敵に対しても、そしてわたしに対しても。
「片っ端から叩く? いや、数が多すぎるわね」
ざっと見積もって30機。どうしてこんな編隊がいるにも関わらず、わたしを攻撃しないのだろう。
分からない。謎だ。まったくもって不可解。こんな事をする理由がない。
完全にイニシアチブは向こうが握っていた。対抗ロールを振ろうにも、数的優位もあちらが上だ。突破は不可能に近い。なら大人しく作戦実行の瞬間を待つしかない、か。
「はぁ……。もう3週間か」
ウィンドウを起動してピクチャを開く。
思えば随分と変な所まで来てしまった。気まぐれで助けたわんこが不良になって、それでわたしをこれでもかと言うぐらい惑わせてくる。
本当は今でもこんな事をしているはず。だからこれが正史。今の、一人ぼっちが正しい歴史であると、そう信じ込む。
でも、あのぬくもりは到底忘れられるようなものじゃない。
フレンのおちょくり。ノイヤーとのいがみ合い。そしてユーカリとの想い出。
なかったコトにするのは恐ろしいくらい、とても充実していた。
「あんたも、そうだったの?」
名前は呼ばないけど、思い出すのは似たような歴史を持つナツキ。
あの後GPDの表舞台から姿を消したと聞いた。それでも、GBNに帰ってきて春夏秋冬と言う仲間を作り、ハルという恋人を手にした。
そんな彼女を邪魔するなんてことをしたくなかったから、わたしはずっと隠れていたのに。ずっと、誤魔化してきたのに。
「あんたは、わたしが欲しい物をみんな持ってる。ずっと羨ましかった」
GPD時代の仲間はそれほど仲がいいものではなかった。利害が一致したから付き合ってきただけ。引っ越した先で連絡をくれる人なんて誰一人としていなかった。
仲違いしたとは言え、ナツキの友達は仲良さそうで。
今も不器用なわたしと違って、彼女には友達が多い。
わたしだって欲しかった、そんな友達が。信頼しあえる仲間が。
ケーキヴァイキングのみんなが、そうだったと思う。
だけど、復讐を、今までの自分を捨てるのが怖くて、今を捨てた。
一度掴みかけた手をわたしは振り払ったんだ。もう戻れない。もう立ち止まれない。後ろを見て、過去へと前進するしか、もう、わたしには……。
突如として鳴り響く接近アラート。我に返ったわたしはその赤い点を確認する。
数は1。その姿を見て、わたしは目を疑った。
そうか。周りの30機は全て囮。そして最後の1機が本命。そいつはどこまでもわたしの後ろをついてくる。
鬱陶しくて、わたしの心にズケズケと入り込んできて、わたしの心をかき乱す、愛しいあなた。
振り払ったこの手を、もう一度握りに来たとでも言うの? 今更戻れるわけがない。今更、帰れるわけがない。だったら、なんで……。
黒いボディに、胸のドクロが輝く。
左腕はわたしの知らない腕になっていて、足だってフォートレスのパーツを黒く塗装している。
そして何より、わたしが上げたABCマフラーを身につけて……。
「なんでここにいるのよ」
『エンリさんを、迎えに来たんですッ!!』
ユーカリ、あんたはいつも眩しすぎるのよ。ナツキと同じように。いえ、ナツキ以上に。
「迎えに来た? わたしの手を取れなかった人が?」
『そうです! 私は、エンリさんと話に来ました!』
「わたしがボロボロになってるのを見たから、助けたいって思っただけでしょ」
自分でも酷く汚いことを言っている自覚はある。
相手はあのユーカリだ。わたしの感情をぶつけていい相手じゃない。
わたしが好きな相手に、わたしの汚いところを見せたくないんだ。だから帰って。
『確かにそうかも知れません。でも偽善の助けたいじゃありません!』
「助けたいって気持ちに偽善以外あるわけないじゃない」
だから、帰ってよ……。
「同情なんていらない。わたしに必要なのは復讐心であって、あんたたちみたいなのとは釣り合わない」
だって、わたしは薄汚くて、後ろしか見てない未練がましい女で。
あんたみたいな光とは相容れることはできない。眩しくて、一緒にいられないから。
『一緒にいたいんです!』
そう、心のどこかで思っていたことを、ユーカリは的確に突いてくる。
どうして。どうしてあんたはそこまでしてわたしに加担するのよ。なんで。
『私はエンリさんと一緒がいいんです! だから釣り合わないなんて言わないでください。私には、エンリさんが必要なんです……』
正直嬉しかった。わたしが必要だって、好きな人がそう言ってくれることが夢のようで。
同時に何故、という好奇心が生まれる。
ユーカリは酷く鈍感だと考えている。それはわたしもノイヤーも同じことを言うだろう。
だから、どうしてもそこが気になった。
――あんたは、いったい誰が『好き』なの?
「どうしてよ。あんたはどうして、わたしにここまでのことをするの?」
『それは、友達だからです!』
……そう。そう、なのね。
心の中の炎が急激に冷えて、小さくなっていくのを感じる。
" 友達 "ね。わたしのことを助けようとするのも、わたしと一緒にいたいっていうのも、全部全部" 友達 "だから、なのね。
わたしは。
「わたしは、そうは思ってない」
だってそうでしょう? わたしは友達なんかよりもう一歩先に行きたいんだから。
みんなが好き。それは立派なことよ。
でもね、わたしはあんたの一番になりたい。一番がいいの。
ナツキに勝つまでは、その一番になれない。わたしの過去が全てを台無しにして、あんたの接しているだけでナツキを思い出してイライラする。だから決着を着けなきゃいけないの。過去という呪いから抜け出すために。
わたしの過去の因縁に決着をつけてからなら、いくらでも相手するから。あんたの言う" 友達 "として一緒にいてあげるから。
だから今は、眼前の" 驚異 "を取り除くために、マイナスまで行ったわたしの過去を" ゼロ "に戻すために、懐の、ゼロペアーのメイスを握る。
「今だけは引いて。でなければ」
『引けません。エンリさんを取り戻すために!』
『エンリさんを』
「ユーカリを」
『「倒すッ!!」』
引き抜かれたメイスとビームサーベルが交差する。
わたしが昔望んでいた一戦がまさかこんなところで叶うなんて、思いもよらなかった。
ゼロペアー。それは絶望をゼロに戻すための名前。