第37話:ばっどがーりゅと恋の悩み
『好きよ、ユーカリ』
リフレインするのは、私が憧れている相手からのラブメッセージ。
抱きしめられたぬくもりも、顔を覆う平坦ながらもわずかに感じる柔らかみ。そして心臓の鼓動。
その全てが何を物語っているのか。ムスビさんに鈍感と罵られたこともあった私でも察することができた。
「好きって、分かんないよ……」
私、イチノセ・ユカリは恋愛がわからない。俗に言う恋愛弱者である。
いやだって、私にそんな浮いた話があったかと言えば……うーんどうなんだろう。何回か呼び出されて告白されたことはあったけど、よく分からないことが多すぎて、すぐに突っぱねちゃったんだよなぁ。あまりよく知らない男子が多かったし。
でも、女の人に、それも私がよく知る人に告白されるだなんて思わなくて。
「なんか。なんだろう、この気持ち」
こう、告白のことを考えると、ポォっと胸が少し暖かくなって、全身に満ち渡るような、そんな気持ち。嬉しいとも、照れるともまた違うような、そんな不思議な感覚。
でも悪くない。いや、むしろいいとさえ思ってしまう。こんな感情を受け止めてしまえば、誰だってYESと返事してしまうことだろう。
そう、問題はその返事だった。
「恋愛としての好きって、なんだろう」
好き。というのにはいくつかパターンがあると聞いたことがある。
例えば友愛。友達としての愛。
例えば親愛。親密な愛。
例えば家族愛。家族を愛する心。
どれも愛と付いても、その度合は色々とわからないところがある。
私はエンリさんのことが好きだ。
でも同時にムスビさんのことが好きだし、フレンさんも、それなりに好きだ。
その好きは友達としての好きであり、どうしても恋愛としての好きはどこにもいなくて。
返事。返事って言ったって、だいたいYESかNOしか存在しない。
YESで踏み切る勇気もなければ、バッサリNOで切り裂く度胸もない。そもそも恋愛感情を持ち合わせていないのだから、仕方ないってことの方が多いのだ。
「どうすればいいんだろう……」
ベッドにうつ伏せに寝っ転がって、スマホをイジイジ。内容は恋愛のことばかりだ。外側から人の好きを見るのって、きっと楽なんだろうな。そう考える。
人はのんきなものだ。いざ他人となると楽しみたくなるのだから。フレンさん、そういう気持ちでずっと見てたんだろうな。むぅ、そう考えるだけで、ちょっとムカついてきたぞ。今度まずい料理持っていってやる。
「はぁ……」
頼るとしたら、ムスビさんなのかな。フレンさんはあれできっと相談には乗ってくれるだろうけど、私とエンリさんの秘密をバラさないとは限らない。
それにムスビさんにはエンリさんの件が終わったら言いたいことがあるって、言われてたっけな。なんだろう。
素早くスマホをタップしてLINEで送信。しばらくしてメッセージが帰ってきた。OKらしい。
今日はもう疲れた。だから明日、ムスビさんにエンリさんのことを相談して……。
極限まで集中していたせいか、そのまま睡魔がGoTo睡眠。深い眠りへと落ちていくのだった。
今が夏場で、ほんと良かった。
◇
「で、ご相談ってなんですの?」
シーサイドベース店内に設備されているG-Cafe。その席の一角でムスビさんと座っていた。もちろんエンリさんはいない。
「それがですね……」
こういうことを話せるのはムスビさんしかいない。そう思って私はエンリさんとの事の顛末を話した。
あの後、ちゃんとフォースには戻ってきてくれたし、謝罪はもらったから、今まで通りとは行かなくても徐々に慣れていけばいい。そう、思ってたんだけど告白の事が頭から離れなくて、それどころではなかった。
最も、数週間後の私からすれば、この選択こそが1番の過ちだったんだろうと、後悔することになるとは思ってもみなかったわけで。
「っ……。そう、ですの」
「はい。私、どうしたらいいか」
ムスビさんの顔が酷く険しくなるのが分かった。
どうしてだろう。そんなにエンリさんが私に告白したことが辛かったとか?
いやいや、それこそホントになんでだろう。全く心当たりがない。
「エンリさんとは、あの後連絡は?」
「いえ。多分今日もGBNにログインしてます」
「……変わらず、というべきですか」
「そもそも連絡取り合うような間柄でもなかったですから」
仲は良かったし、お近づきになりたかったと言えば、ホントのことだ。
でも向こうからそんなに連絡を取るような人ではないのは分かってたし、私からするのも迷惑かなって、考えたぐらいで。
「い、意外ですわね。あの方に遠慮しているだなんて」
「遠慮ぐらいしますよ! ネットとリアルは違うって思ってたから。一応、ネトゲ恋愛っていうんですかね、これ」
えへへ、と軽く照れながらも笑う。
ムスビさんは、これでもかと言うぐらい悲しい顔をしていた。
「ひょっとして、体調悪いんですか?」
「えっ?! そ、そんなことありませんわ! わたくしは今日もトマトジュースで健康ですわ!」
おーっほっほっほ! なんて、普段は使わないくせに。
やっぱり無理している。何故かは分からないけれども、今は休ませた方がいい。
「すみません、今日は無理やり呼び出してしまって」
「そんなことありませんわ! ユカリさんの力になりたい、だけですから」
じゃあなんで、尻込みするように声を沈めていくんですか。
分からない。エンリさんも大概だけど、今日のムスビさんは特に変だ。まるで、私に何か隠し事しているように。
むず痒い。私には言えないことなんですか? 友達でも、それは言えないことなんですか?
出かかった言葉を寸前のところで食い止める。私は友達のことならもっと知りたい。悩んでいることなら打ち明けてほしい。
「……言えない、ことなんですか?」
「むしろ、あなただから言えないんですわ」
苛立ちがこもったような、そんな声色が私の耳元に届く。
ここは公の場であって、プライベートスペースではない。そんなところでまるで別れの話を切り出すみたいに口に出されたら、もう何も言えないわけで。
だから口にしたのかもしれない。あの時言いたかったことって、なんですか。って。
「ムスビさん。エンリさんを連れ戻したら伝えたいことがあるって、何だったんですか?」
「っ……。それは……」
周りが凍る。触れてはいけない絶対領域に触れてしまったような、禁忌や禁断の封印を解こうとしているような、そんな冷たさ。
しばらくの沈黙。氷は、突如崩される。
「わたくしは、ユカリさんに幸せになってほしいだけですわ」
幸せに。その言葉は、誰に相応しい言葉なんだろうか。
私は知っている。その言葉は、他の誰でもないあなたにこそ相応しい言葉で。
『幽霊みたい……気持ち悪い……』
『怖いわ、おばけみたい……』
白い肌のせいで、白い髪のせいで。なんでそんな事を言われなくちゃいけないんだろう。
私は、ムスビさんにこそその言葉を贈りたいのに……。
「ですから、あなたが思うようないい結果を、見せてくださいませ」
私は、どうすればいいんですか。
◇
『私、エンリさんに告白されたんです』
リフレインするのは、わたくしがお慕いしている相手へのラブメッセージ。
正直予感はしていた。それを祈りとして、願いとして、わたくしは天高く組んだ手を上に掲げた。
でも、結局はエンリさんは告白をして、わたくしにそのツケが回ってきている。そのツケは、明らかにわたくし1人が背負いきれるようなものではなくて。
――どうして。
今日は一人で考え事がしたいとフォースのメンバーに言伝を伝えてから、白ダナジンに乗り、GBNの果てなき空を散歩する。
どうしたらいいのでしょうね。わたくしはユーカリさんのことが好きだ。そこに一切の淀みはなく、ただ一つの歪みもない真っ直ぐで、純粋な想い。胸に秘めた報われることのない恋心。
いつか伝えたい。でも伝えてしまえば今の関係が壊れてしまう。
そんな悩みを抱えながら、友達としてそばにいたのに。
――どうして。
エンリさんはそんな壁すら飛び越えていった。わたくしが超えられない壁を難なく、軽々と。
わたくしはこんなに我慢しているのに、あなたという人はどうして。なぜ。そんな怒りにも、憎悪にも似た感情がふつふつと湧き上がっていく。
わたくしにはできなかったこと。一歩近づくだけでなのに、その足が重たくて。
本当はわたくしだって言いたかった。隠していることは何? って言われたら、それはあなたをお慕いしてることですって、言いたかった。
でも、そんなことをしても今度はユーカリさんを困らせるだけ。
あの子は優しすぎる。こんなわたくしにしたって、エンリさんにしたって、面倒な相手はみんな放っておけばいいのに。無理にあなたが背負う必要なんて、どこにもないのに。
頭の中にハテナが浮かび上がっては、最終解答への道を拒む。
どこまで行っても発想はぐるぐると回り、悩みはどこへも行けない袋小路へと追いつめられる。
やっぱり、わたくしは変わってない。いくら気丈にふるまおうが、この容姿と内気な性格が。
「わたくしもエンリさんみたいになれればよかったのでしょうか」
くだらない考えに辟易する。
こんな時フレンさん辺りに相談すれば、いいのでしょうけど、あの方はあの方でわたくしは気にいってはいない。
中身がどうこうはこの際慣れてきたから別にいいとして、視界に入るその見た目が気に入らない。
わたくしが求めてやまなかった、金髪緑眼。それを持ち合わせている相手をどう好きになることができよう。
気に入らない。何もかも気に入らない。心を憎しみで染めても、発散先はないからただ溜め込むだけ。それがどんなに危険なことか、それぐらい分かっている。だけど……。
「こんな激情を受け入れてくれる方なんて、いらっしゃいませんよ」
堂々巡りは終わらない。いっそ辻斬りでもしましょうか。ドラド辺りならブシドラドーとか作って……いえ、さすがにお金もないですし、ブシドラドーなんて語感だけで考えてるようなものですし。
でもいいですわねブシドラドー。やっぱりモチーフはミスターブシドーでしょうか。なら刀型のビームサーベルを手のひらからブーンと。しっぽの実体剣でも使えれば、さらにそれらしいかもしれませんわね。
同時に心の中で思う。接近戦で戦えるような技量がないことを。
「才能、ありませんものね」
以前から考えていた。この白ダナジンを果たしてうまく使えているだろうかと。
周りにはGPD時代からバトルしているエンリさんに、ゲーマーとしての勘と才を持つユーカリさん。そして機体のバリエーションの高さで戦うフレンさん。
決定的な戦力差。わたくしができることと言えば、とあるゲームのモンスターを真似た白龍。わたくしが好きなドラゴンを模したダナジン。
大好きなりに愛は注いだ。強度だって他のガンプラに比べたら堅いだろうし、コックピットの移動だって並大抵の努力やったことではない。だけど、それだけだ。わたくしはビルダーであって、ファイターではない。いくらガンプラを作っても、操縦するのがわたくしであっては……、
「やめましょう、この話は」
旅の果てに浜辺に着陸したわたくしのダナジンは、そのまま海岸線の流木に座る。
少しごつごつとしていて、あまり座り心地がいいものではありませんが、それでも今の感情を流すには最適かもしれない。
何の解決になってないにせよ、何も考えずにぼーっと空と海の間を見るのは心地がいい。余計なことを考えずに済むのだから。
「どうすればいいのでしょうね」
恋心と、憎しみと、妬みと。いろんな感情がわたくしの中で渦巻いても、答えなんてものは出るわけがない。あるのは現状維持と、2人が付き合わないでほしい、という願いだけだ。
鈍感VS恋愛弱者VS恋愛弱者