私は約束は守る方だ。特に人との出会いの約束。例えばお出かけとか。
何故そんな話を突如始めたかと言えば、時間は数日前に遡ることになる。
「ユーカリ、その。おでかけに行かないかしら?」
そう言ってエンリさんは、私が渡したフェスの投票券を手にちらつかせていた。
なんというか、それは私が決めたわけでもないし、願いを叶える何でもチケットってわけでもないのになぁ。
でもエンリさんとおでかけかぁ。
「そういえば私、中央エリアで面白そうなアバターアイテムのお店を見つけて……」
「GBNではないわ」
頭の中にはてなが浮かび上がる。GBNじゃないって、それ……え?
「もしかして、リアルで、ですか?」
「ダメかしら」
エンリさんとリアルでお出かけ。
エンリさんとリアルでお出かけ。
エンリさんとリアルでお出かけ。
繰り返し言ったのは私が事実を受け入れられてない証拠だった。
え、どうして。いや、分かるけど。エンリさんに告白された後にこれだから……。あれ、ひょっとしてこのお出かけって……。
「デート、って認識でいいんですか?」
「……っ」
普段あまり表情を顔に出さないエンリさんが、気恥ずかしそうに顔をうつむけて、コクリと首を縦に振る。
や、やめてくださいよ。私だって恥ずかしくなるじゃないですかぁ!
でもエンリさんの言いたいことは大抵これで決着がついたわけで。
なんというか、エンリさんは最近大胆になった気がする。
私との距離を詰めようと、帰りも少しだけ近づくようになったし、一緒に座る時はだいたい隣同士。動揺しないようにとは言い聞かせているのだろうけど、心臓の鼓動がこっちまで響いてくるし。
逆に私だって距離を決めかねてる。さっさと告白の返事ができればいいと思っているけれど、その答えもまだ見つかってない。
ついこの前、ノイヤーさんまで私のことが好き、ということを聞いてしまった手前、どちらか一方を、とは言えないのだ。
正直な話、お互いに友達と思っていた相手からの告白。嬉しくないかと言われれば嘘になるけれど、戸惑ってしまうのが現実だ。
だって私が今まで『友達』として接していたのだ。急に距離を詰められても、私だって困ってしまう。
ノイヤーさんのことが嘘だったと仮定しようにも、ああいう場面でフレンさんは嘘をつかない。むしろ恋愛に関しては嘘をつかないと言った方がいいかもしれない。その部分だけは信頼できる。
だから余計に困ってるんですけどー!
ま、でも。デートぐらいならいいか。
「いいですよ。どこがいいですか? やっぱり遊園地とか、ショッピングモールとか……」
「それはお楽しみということで。大丈夫よ、悪さはしないわ」
というのが数日前。
その『悪さはしないわ』と言う一言に非常に怯えながらも、何故だか用意する羽目になったバスタオルとフェイスタオル。それから着替え一式。
エンリさんから貰ったデートに必要なもの、というリストにあまりデートらしさがない。
というか、どっちかと言うと慰安旅行の類だ。
恋愛素人の私でもこれは分かる。これ行きたい場所って温泉ですよね。
「待ったかしら」
「ぁ……いえ、いま来たことろです!」
謙虚に挨拶しながらも、私のファッションチェックが始まる。
って言っても、エンリさんのことだからシックに大人な風貌で来るのかなーとか思ったけど、そんなことはなかった。
見た目の美麗さとは相反して、長くて黒い髪の毛はいつもどおりのツインテール。
それに合わせたのか、全体的にガーリーコーデで決めている。なんか、意外っていうか、もっと大人っぽい服装で来るのかなって思ってたからびっくりだ。
「エンリさん、可愛い系好きなんですか?」
言ってからしばらくして口を抑えた。
何言ってるんだ私! 意味合い的には「なんか似合わないですね笑」みたいなイメージに聞こえなくもない。そうでなくたってダイバールックがトレンチコートにマフラーっていう今の見た目とはミスマッチな風貌なんだから、気にするに決まってるのに。失敗した。
エンリさんは恥ずかしそうに、口元をやや緩める。
「まぁ、好きよ」
あれ、案外反応が柔らかい。
「意外です。ダイバールックもあんなだったから」
「あれは……。ゼロペアーのイメージに合わせただけよ。ああいうのだけが好きってわけじゃないわ」
ゼロペアーも結構かっこいい系の機体だしなぁ。なんて漠然と考えながら、寄りかかっていた壁から離れる。
「今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」
「驚くことはないわ。温泉よ」
はい、知ってました。
◇
「って、結構本格的なところですね」
「日帰りのつもりだから、ゆっくりは出来ないかもしれないけれど」
目の前にあるのは少し古い見た目をした旅館だった。
名前を春町旅館。由緒正しき場所らしく、ここに来るまでのバスの中で1人スマホをイジりながら検索していた。
GPDの全国大会の選手宿としての役割があったらしく、今でもその聖地を訪れようと少なくはない人々が足を運んでいる。
「お待ちしておりました、ホシモリ様」
「久しぶりね、ヒナノ」
「はい、こっちでは1年ぶりでしょうか」
ん? ひょっとして常連さん的な。
「ナツキから聞いたことあるでしょう、私がGPDの全国大会に出場したって。この旅館はその時にわたしが使わせてもらったもの」
そういえばエンリさんってGPDの全国大会に進出したことがあったんだっけ。復讐のことが強すぎて印象が薄かっただけで、結構すごい人ですよね。
目の前にいるのは春町旅館の若女将、ハルマチ・ヒナノさん。エンリさんの1つ上で、年が近いこともあって、GPD全国大会出場のときからたまに連絡を取り合ったりしているのだとか。
なんだ。エンリさん友達いるんじゃないですか。
「そちらの方は?」
「わたしのフォースのリーダー。名前は……」
「イチノセ・ユカリです。よろしくお願いします」
「はい、よろしくね」
大和撫子、と言う言葉が相応しいだろうか。
その後ろで結った黒い髪も、桃色の浴衣も着こなしている。美しい。エンリさんには劣るけど。
「ユカリ、ガンプラは持ってきたかしら?」
「え? あ、はい。バッドリゲインはここに」
「よかったわ。じゃあ早速温泉行きましょう」
「は、はい……」
え、今なんでガンプラの話を言ったの?
分からないけれど、今は噂の温泉というものを堪能するのが1番ということで留めておく。
ところで、なんですけど。
温泉って当然ながら服を脱ぐじゃないですか。
上着はもちろんのことながら、シャツも、下着も。
わ、わた。私……、エンリさんの前で脱ぐんですか?!
「……何よ」
「い、いえ」
なんでエンリさん気にしないんですか!
この前の水着フェスの時だって、エンリさん結構戸惑ってましたよね?! なーんで服を脱いで裸になることに対しては抵抗ないんですか!
あーあー、そんなスルスルと可愛らしいワンピースを脱いですぐに下着姿になって……。
「……何よ」
「綺麗な、身体ですね……」
エンリさん、なまじ体型がスレンダーだからこそ、手足が長くてスラッとしている。凹凸のないからだと言えばあまり聞こえはよくないものの、すべすべでもっちりとしてそうな肌はなんとなく触りたくなる欲求を駆り立てる。
いや。いやいやいや。なんで私、友達でちょっと欲情しちゃってるの! 浴場で欲情ってアホか! いや私はアホだけど、そうじゃなくって!
「あんまり見てていいものでもないわよ。水着だって、だから嫌だったんだから」
「で、でも。私の前ではスルスル脱いじゃって」
「それは……っ」
胸の前を片腕で少し隠す。まるで今更恥じらいを覚えたように。
いや違う。だったら最初から恥ずかしがるはずだし。ならどうして。
「ユカリになら、いいから……」
「へ?」
「あんただったらいいって言ってるのよ。何度も言わせないで」
その瞬間。胸の奥底がドクンと脈打ったのを感じた。
な、なんだろう、この感じ。過去に経験したことと言えば、AGEにてアセムがロマリーに対してプロポーズしたときのことを見たような、そんな……。
分からない。分からないけれど、そう悪くないものであることは容易に理解できた。
どうしよう。私も脱がなきゃいけないんだけど、エンリさんの前ってことですごく緊張してきた。
自分の体に軽いコンプレックスと言うか、背丈が小さいくせに胸ばっか大きくなるから、あんまり人には見せないようなブカブカな格好に普段はしてるのに、今日はその覚悟を家に忘れてきてしまった。
トランジスタグラマーと言えば聞こえがいいけど、言ってしまえばチビ巨乳。あんまりいい気はしない。
そんな中、エンリさん下着も外してタオルを用意してるからもう準備万端と言った調子だ。
「もしかして、わたしがいるから着替えられない、とか?」
「ぁ……いえ! そんなことは」
私はとっさに嘘をついた。
実際はエンリさんがいるから着替えられないのである。
だって恥ずかしいし。嫌じゃないですか。「変な身体」なんて思われたら。
うぅ、少しながらムスビさんの気持ちが分かった気がする……。
「ユカリ。この際だから言うわ」
「え。あ、はい」
「わたしは嘘が嫌いなの。それが例え相手を傷つけまいとする言葉でも」
突然の告白。何かと思えば、嘘が嫌いという話だ。
あぁ、私結構察せられてたってことか。それは今も。
「恥ずかしいんでしょう、着替えるの」
「……あはは、そうみたいです」
言ってしまえば単純な話。恥ずかしいんだ。それはエンリさんだって同じだったはずなのに。
「私、あんまり自分の身体、好きじゃないんです。高いものも取れないし、胸も邪魔だし」
エンリさんが欲しいって言うなら簡単にあげるって言えるレベルだ。
みんなにだって軽いコンプレックスみたいなものは存在するはず。エンリさんにだって、ムスビさんにだって。
私はたまたまそれが自分のへんてこな身体であっただけ。
「そう、だったの」
「アウトローになろうって思ったのも、少しはこんな発想があったからかなーって。えへへ、自分でも似合わないって思ってますけどね」
脱衣所のロッカーの目の前で何言ってるんだか私は。御託を並べずに周りなんて気にせずにさっさと脱げばいいのに。
「わたしはあんたが羨ましいわよ」
「またまた、ご冗談を」
「いいじゃない、小さい身体ってだけで愛想があるんだから」
「でもそれはたまたま私がちっちゃかっただけで……」
エンリさんはそう言ってくれるけど、私はなりたくてなったわけではない。
もうちょっと胸の成長が背丈に行けばよかった、なんてことばっか考える。
「それはわたしも同じよ。欲しくてこの凹凸のない身体になったわけじゃないし」
「うぅ……それは……」
「みんな隣の芝生は青く見えるんだから。気にするなとは言わないけど、せめて協力できることがあれば、何でも言ってちょうだい。年上らしくなんとかするから」
胸の奥底がポカポカと暖かくなるのを感じる。
まだ露天風呂に入ってないのに、そのぐらい気持ちよくて、暖かくて。
変だな、私。今日は特に。
「……じゃあ、その。……後ろ、向いててもらえますか?」
「えぇ、それがあんたの望みなら」
ボタンを外しながら、なんとなく考える。
もしかしたら、今日エンリさんへの答えを導き出されるのかなって。
この胸の感情を、味わったことのない感情を『そう』捉えるのであれば、きっと私は……。
「いいですよ」
タオルでできるだけ胸の部分を隠しながら、無理して笑う。
やっぱり恥ずかしいよ!
「……やっぱりあんたでかいわね」
「だから嫌だったんです! エンリさんのえっち!」
「女同士でしょう?!」
「でもですー!」
この後、めちゃくちゃ身体洗った。
えっちだぜ!
名前:若女将 / ハルマチ・ヒナノ(春町陽菜乃)
性別:女
身長:153cm
年齢:20歳
二つ名:春町旅館の若女将
フォース「春町旅館」のリーダーであり、現実の春町旅館でも若女将をしている。
ダイバーネームは若女将。本名はハルマチ・ヒナノ。
性格や見た目は大和撫子そのものであり、一挙手一投足に美しさを感じるほど。
だが、実際のところは刀フェチであり、刃の美しさに似合う女になるが口癖。
また自身はG-Tuberでもあり、
春町旅館を宣伝する他、様々なことにチャレンジしている。
特に人気のあるコンテンツは居合斬りの動画。
我流で極めたハルマチ流の剣技はある種の芸術であると巷で噂になっている。
そんな彼女はエンリと友達であり、GPD最後の全国大会からの仲である。
エンリは1年に1回のペースで、春町旅館に訪れていたりと、結構親交がある。
常に1人でやってきたエンリが、今年は友達と一緒に来たことに内心喜んでいる。
◇春町旅館
ガンプラ界隈では有名な旅館の1つであり、
GPD全国大会では選手たちの宿として使用されていた由緒正しき旅館。
GPDが衰退した今でも聖地巡礼としてやってくる人々がいる。
また、温泉も有名であり、このお湯に使った人はガンプラバトルに勝てる、
という都市伝説まで出てきてしまっているほどだ。
今ではGPデュエルのシミュレーションマシンもあり、
春町旅館独自の改造により、ダメージレベルの設定を行うことができる。