ガンダムビルドダイバーズ リレーションシップ   作:二葉ベス

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モンスターを狩らずに小説書いてるので私は偉い


第41話:自称お嬢様と過去。そして……

 世の中とは、非常に複雑怪奇で偏見に満ち溢れている。

 そう考え始めたのは果たしていくつの頃からだっただろうか。

 うんと小さいときだったから、正直もう覚えていないけれど、確かに言えることは、その瞬間、わたくしの心を絶望が蝕んだことだけだ。

 

 生まれてからずっと、このアルビノ特有の白い肌と白い髪。そして青い瞳が大嫌いだった。

 

 ノイヤー家は代々金髪緑眼の血族が引き継ぐことになっている。

 一度落ちてから、再び再建することが出来たノイヤー家の先祖が金髪緑眼だったことからあやかってのことなんだと聞いた。

 先祖代々脈々と受け継がれていった金髪緑眼のストーリー。でも、それを途絶えさせたのは他でもないわたくしだった。

 白髪碧眼として生まれたわたくしにあったのは、親としての優しさなどではなく、冷たい眼差し。

 生まれたときからそんななのだから、迫害を受けるなんて当然のことで。

 食事抜きは基本のことながら、ろくに習い事も受けたこともないし、その上で作法はきっちり覚えさせている。なんでかなって思ったけど、今にして思えば、ノイヤー家の長女を虐待している、なんて報道されたら嫌だから『表向き』はちゃんとしつけてますよっていうアピールだったのかもしれない。

 まぁ、そんなだからわたくしの性格も大概引っ込み思案で内気なものに変貌していく。

 言いたいことはあるけど、それを口にすれば恐らくお仕置きが待っている。

 そもそも目に入っただけど『呪われた子』と罵られるのだ。本当に嫌な人生。

 この見た目さえなければ。金髪緑眼にさえなっていれば。

 髪を染めようとも考えた。カラーコンタクトを入れようとも考えた。

 だが自然体しか許されないノイヤー家では、それも叶わず。

 

 弟が生まれてから更に状況が悪化した。

 弟はまさしく金髪緑眼であり、ノイヤー家を次ぐべき当主として様々なことを覚えだしていった。

 どうしてでしょうね。たかが2年の差があるというだけで、色の違いがあるだけで、どうしてこんなにも迫害を受けなければいけないのでしょうか。

 こんなわたくしに優しくしてくださる人間なんているわけもなく。

 小学校では遠巻きにされて、半ば存在しないように扱われていた。それを6年。まぁ、その前の6年間も、正直実りのようものであったかと言われればそうでもないのですけど。

 

 中学生となったとき、薄情な親から言い伝えられた。

 

『もう中学生なのだから一人暮らしぐらいできるわね?』

『え?』

 

 体のいい追い出しだった。

 当時の弟も、相当優秀になっていたし。当主として引き継ぐにはいい頃合いだったのかもしれない。

 未練もないし、お金もほんの少し余裕をもたせてくれたことが意外だった。

 死なれては困るし、心の余裕を持たせるためにあえて趣味代という形で与えていたのかもしれないけれど、今となっては分からないことだ。

 そうしてわたくしは貧乏な一人暮らしへと舞台を移した。

 最初は出来ないことばかりだったけど、それなりに楽しく出来たし、何より親元をようやく離れることができて、安心した。鬱屈した日々に、一筋の光が生まれたような、そんな予感さえ感じたんだ。

 まぁ、それも長くは続かなかったんですけどね。

 

 中学生といえば多感な時期だ。いろんなことに、色について。

 

『幽霊みたい……』

『化け物がよぉ!』

 

 遠巻きにされている理由はこれで分かるだろうか。

 そう。わたくしを取り巻く環境は対して変わっていない。

 中学時代は光と闇が両立していた時代だった。いっそのこと光なんてなければよかったのに。そう思えるほど。

 他の人たちは黒や茶髪など、地味めな色が多かったその髪の毛の中、一際目立っていたのはわたくしだった。

 当然教師からも目をつけられたし、わたくしならイジメてもいい、みたいな風潮も出来上がっていたと思う。

 実際ゴミを投げつけられて笑われていたし、セクハラ行為も横行してたな。

 ノイヤー家のバックアップがなければこんなにも酷い人生になるのかと思って、また暗い闇に閉ざされたんだと思って絶望した。わたくしには自由に人生を謳歌することすら許されないんだと。そう卑屈になってしまうほどに。

 

 でも、止まない雨はないように、わたくしに傘を差してくれる物好きがいた。

 

『いい加減にしてください! ムスビさんが困ってます!』

 

 それは、名も知らぬ女の子だった。第一印象はちんちくりん。でも可愛らしくて、チワワの威嚇みたいで微笑ましくなってしまう。

 けれどわたくしはそれをおせっかいだと思った。庇ってくれたけれど、今度被害を受けるのは彼女だし、わたくしを助けてメリットどころかデメリットしか生まれない状況で、彼女はわたくしを庇ったのだ。

 

『あの……。わたくしはいいですから……』

『よくありません! 色で差別するなんて、おかしいですよ! ムスビさんはこんなにも綺麗なのに!』

 

 耳を疑った。わたくしが、綺麗……?

 それは今生において、初めて言われたわたくしへの褒め言葉であった。

 教師が止めに入って、そのときは事なきを得たけど、それよりも何よりも、目の前の彼女がわたくしのことを、容姿を……なんと言ったのですか。

 

『まったく……。大丈夫ですか?』

『い、いえ。わたくしは慣れていることですから』

 

 聞きたい。もう一度。わたくしの、この呪われた身体をあなたはなんと言ったのですか?

 でも言えるわけないじゃないですか。わたくしが何かを言えば、きっとあなたも皆さんと同じように……。

 

『そんなこと慣れないでください! ムスビさんは美しいんですから!』

 

 死んでいたはずの胸の奥の感情がドクンと脈を打ち始めるのを感じた。

 まるで死者蘇生。その言葉だけで何年も何十年も生きていけるような気さえする。そんな魔法の言葉。

 口をパクパクと開け閉めして、言わなければ、何か口にしなくては、と使命感にかられても、そんな言葉がすぐに出てくるわけもなく。

 それでも、わたくしは……。

 

『あの』

『ん? どうしたんですかムスビさん』

『お名前は……。あなたのお名前を聞かせてください』

 

 不意に緊張が解けるように彼女は笑った。

 

『知らなかったんだ、私の名前! ちょっと凹んじゃうなー』

『す、すみません! わたくしは皆さんが全員わたくしの容姿をバカにしていると思ってまして……』

『それこそ偏見だよ! 現に私がいるわけだし』

 

 どんなに雨が降っていても太陽は顔を出す。

 彼女は、そんな雨上がりに咲いた輝かしい太陽だった。

 わたくしも、そちら側に言ってもいいのですか? そんな当たり前のことを考えてしまうほどには辟易していたのだろう。

 

『私はイチノセ・ユカリ! ユカリって呼んでください!』

 

 それが、ユカリさんとの出会いであり、わたくしの初恋相手でした。

 

 ◇

 

「その、すみません。私、エンリさんと付き合うことになって」

 

 初恋は叶わないもの、というのが通説だ。

 なんでかは知らないけれど、そういうものらしいから、素直に受け入れるしかない。しか、ないんだ。

 

「そ、そうでしたの。あはは、おめでとうございます」

 

 分かってた。薄々そうなんじゃないかって。でもひょっとしたらわたくしにもチャンスが訪れるんじゃないかって。そう、思ってたのに……。

 泣きそうな顔を必死に笑顔で塗り固める。悔しいって気持ちを奥歯で握りしめて、絶対に離さないように、口に出さないようにぐっと力強くこらえる。

 でも涙が出そうになる。嫌だ。嫌ですよ。こんな、結末……。

 

「ノイヤーさん、本当にすみません……」

「な、なんで謝る必要があると思ったんですの? 2人で仲良くしていればいいのではなくて?」

 

 どうして初恋は実らないのだろうか。

 相手が鈍感だったから? わたくしがもっと好き好きビームを撃っていればよかった? それとも、わたくしがGBNに誘わなければ。いや、もっと言えば家の会合なんてものに呼ばれなければ、あの日、あの時。エンリさんと出会うことは決してなかったはずなのに。

 すべてが裏目に出ていく。

 本当は自分の幸せを取りたかった。わたくしはもっと幸せになりたいって思えるほどに、あなたと出会えて変われた。

 でも中学生時代、わたくしと一緒にイジメを受けていたのは他でもないユカリさんだ。気丈に振る舞っていても、その心は摩耗していっているのが分かった。

 人に優しくするってのは、同時に自分を分け与えること。

 それが平然とできるユカリさんは、わたくしにとって幸せになってほしい相手だった。

 でも、もしその権利があったとしたら、それはわたくしにしてほしかった。

 わたくしが1番彼女を幸せにできるって、そう、思いたかったのに……。

 

「ごめん。アタシが伝えたばっかりに……」

 

 なんで、あなたたちはそんなにわたくしに優しいのですか?

 辛くなる胸を、ギュッと奥歯で挟んで。血が出るまで挟んで。本音だけは出てこないようにする。

 ユーカリさんはともかくとして、エンリさんだって実際人ができているのだと思う。誰だってあのタイミングなら告白する。わたくしだってそうだ。だからエンリさんは悪くない。

 フレンさんだって、外見は置いておいて、中身は素敵そのものだ。何故わたくしを慕うのかは分かりませんが、それでも外見を除けばあなたは何も悪くない。

 だから、その優しさが今は鋭い刃として突き刺さっている。

 

 やめてください。わたくしは好きでしたが、ユカリさんのことが好きでしたが。

 ごめんなさいなんて言わないで。それはわたくしが余計みじめになるから。まるで、ユカリさんの恋心を否定するみたいで、嫌だ。

 本音は否定したい。どうしてわたくしじゃないのかって、大声で叫びたい。

 わたくしでもいいはずとか、わたくしじゃないとダメだとか、わたくしの方がいいに決まっているとか。そんな事を。

 だけど、言えるわけないじゃないですか。

 あの日、わたくしに優しくしてくれた相手に、わたくしの黒い感情をぶつけていいはずがない。わたくしの、想いをぶつけていいはずがない。

 

「あ、わたくし、この後用事がありますの。ではこれで失礼致しますわ」

「ま、待ってください!」

 

 立ち去ろうとしたわたくしの袖を引っ張って、ユーカリさんは止めにかかる。

 

「……帰って、きますよね?」

「…………」

 

 即答が出来なかった。嘘をつき慣れているはずなのに、どうしてもこの子の前では、嘘が下手くそになる。ダメだ。今は、今だけは笑えムスビ!

 

「えぇ、もちろんですわ」

 

 半ば強引にひったくるようにして引っ張る袖を振り抜く。

 そのままダッシュで走って、そのままログアウト。

 追ってこないようにわたくしは急いで帰宅の準備を進め、シーサイドベースを飛び出した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 煩わしいぐらいの夏の太陽。もうすぐ地平線の向こう側に消えていく太陽が、今だけは憎らしかった。

 誰と照らし合わせているのかなんて、流石に分かってしまう。

 

「……どうして」

 

 ベンチに座って、もうどうでもいいかのように足を投げ出す。

 おおよそお嬢様を振る舞っているような見た目はしていない。

 

 エンリさんとユカリさんが付き合うってことは、つまりわたくしを見てくれなくなるかもしれない。

 だったら、今度は誰がわたくしを助けてくれるのだろうか。

 他力本願もいいところの自分に呆れてしまう。

 ユカリさんに相応しい女になる。そう決めてからおおよそ5年ぐらい。仮初のお嬢様言葉に、コンクリートで塗り固めた気丈なる心。そして優しさ。

 こんな物があっても、わたくしはユカリさんの隣には程遠かった。

 

「また、一人ぼっちですか」

 

 虚空に溶けゆく言葉を目で追う。もう、なにもないことぐらい分かってる。

 多分あのフォースにはもう戻れない。いや、戻りたくない。

 でもユカリさんを失ったわたくしの行く場所なんてあるのでしょうか。

 こんなことだったら、カードゲームでもやってた方がよかったなぁ。

 漠然とそう思うのだから、もう心が参っている。あの時のように、心が死んでいる。

 

「わたくし、は……」

 

 どうすればいいのでしょうか。

 所詮、人は他人にすがらなくては生きていけない。一人ぼっちの行き先なんて。

 

「……何かしら」

 

 その時だった。ポケットのスマホに1通の電話がかかってきたのは。

 名前を見て、わたくしは何を血迷ったか、通話ボタンに手をかけた。

 

「もしもし」

『やぁ姉さん、元気にしてたかい?』

「……何のようですか、アディ」

 

 アディ・ノイヤー。それこそがわたくしの弟の名であり、ノイヤー家の次期当主の名前であった。

 そんなアディがいったい何の用事でわたくしに電話をかけてきたのだろうか。

 

『いやぁ、ちょっと。姉さんの力を借りたくってね』

「冗談も口までにしてください。わたくしの力なんていらないでしょう」

『それがいるんだよねぇ。今からメールで場所を送るから、そこに来てよ。時間はこの後19時。じゃーねー』

 

 何の力を借りたいんだか。

 でも、気晴らしには丁度いいかもしれない。わたくしの傷心を慰めるのに、あの弟を利用させてもらう。場所もここから近い。これなら間に合いそうだ。

 何の用件かは存じないけれど、これでわたくしの憂さ晴らしができることを切に祈っている。




わたくしの過去と、わたくしの今

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