偶然というものはいつだって存在する。
神様のいたずらなのか、ダイスの女神様、もとい邪神様による運命のサイコロ振りなのか。
いつだってそれにわたしたちは振り回されっぱなしである。
そう、今だって……。
「いやぁ、まさかエンリさんもこの辺出身だとは思いませんでしたよー!」
「……最近、引っ越してきたのよ」
半分嘘。ちょうど3年ほど前に引っ越してきて、GPDができる環境でもなかったし、なら、ということでGBNを始めた。
兄さんの影響も多分に含まれているけれど、ガンプラ好きが功を奏した、ということで1つ誤魔化させてほしい。
元々は北の方で過ごしていたけれど、家庭の都合で、というやつだ。当時中学生だったわたしに意見できるわけもなく、そのままこっちの都会まで引っ越してしまった。
やっぱ都会はすげーなぁ! ガンプラが豊富で! とかぼやきながら散策したのはいい思い出だな。
「ある意味運命ですわね、こうしてネット出会えた友達と偶然ブッキングなんて」
「わたしは勘弁してほしかったけど」
「そんなこと言わないでくださいよー! 私、こう見えても嬉しいですから!」
まるでブンブン犬のしっぽを振り回していそうなぐらいの勢いで言われても、お、そっか。ぐらいにしか思わないよわたしは。だってそのとおりにしか見えないし。
頼んだ赤い彗星のトマトジュースを口に含みながら、わたしは質問事項をまとめる。
「で、ガンプラを教えてほしいって?」
「はい! 今のAGE-1でもいいんですけど、やっぱり勝てるようになりたくって!」
聞けば、チュートリアルも含めてMS戦は3戦やったが、勝つことができたのはNPDのみ。初心者狩り、あのゼダスM軍団とわたしを含めて、対人戦で勝てた試しがないらしい。悲しいねバナージ、とかではなく。初心者ならそんなもんだとは思うけどな。
あのゼダスM軍団だって、質は悪いが数としてはいっちょ前に用意できていた。ガンプラの出来だって、恐らくわたしとそっちのお嬢様の足元にも及ばないが、素組みよりは高いと思われる。
わたしのゼロペアーとお嬢様のブルーアイズ。じゃない、ダナジンに感化された、というのが適切だろう。わたしにもそういう経験はある。
それに、勝てるようになりたい。という気持ちは概ね同意できた。
わたしのガンプラが強いんだと、最強なんだと心から言えるような強い意志を胸に、自分のガンプラを磨き上げてきた。
そうして出来上がったのがこのゼロペアーだし、お嬢様のダナジンというわけだ。
彼女の腕は良い。あとは対応できるだけのガンプラ、ってことか。
「お願いできませんか、エンリさん」
「なんであんたがそれを口にしてるのよ」
「せっかくのユカリさんのお願いですもの。無下には出来ませんわ」
「あんたはこいつの母親か何かかと」
ため息を付いた後に、ストローからトマトジュースを一口。酸味が口の中いっぱいに広がって、夏の気配に爽やかさが喉を潤す。
お嬢様。確かノイヤーとか言ったか。が、ぷりぷりと少し前のめりになりながら怒ってくる。
ノイヤーって人、白い髪に白肌って、アルビノか何かだろうか。リアルでもそうだとは思わなかったけど、こういう人もいるんだな。
彼女はその視線に気付いたのか、少し目を細めて威嚇を始めた。
「なんですの?」
「別に。珍しい人もいるんだなと」
「わたくしのことなら放っておいてくださいまし。容姿をとやかく言われるのは嫌いですので」
やっぱり気にしていたのか。その過敏すぎるほどの受け取り方は前から散々言われてきたことなのだろう。
人の容姿に難癖をつける人なんてごまんといる。わたしの長いツインテールとか、鋭い目つきとかもバカにされたり、怖がらせたりしてきたらしいし、スルー力が高いが美徳の日本人でも肌の色は気にする。
だからわたしは無作法がすぎたと謝る必要があった。
少し目線を外して、テーブルに肘を付けてからわたしはこう言う。
「……ごめん」
傍から見れば謝るような態度ではない。
だがわたしだって素直になりきれない自分が嫌いだし、それ以上にノイヤーという人間そのものが苦手な部類だ。そんな相手に頭を下げるなんて屈辱的な真似したくない。だからぶっきらぼうに目線を外した、というわけだ。
ちらりとノイヤーの顔を見ればそのマリンブルーの瞳が丸く見開かれる。そんなに意外だったか?
わたしだって、兄さんに言われるまでは謝るなんてことはしなかったけど、世渡りぐらいはできるようにしておけと言われたことに感謝はする。
「まぁいいですわ。正直、謝るだなんて思いもよりませんでしたけど」
「失礼を行った相手には誠意を見せろ、ってのが兄さんからのお言葉でね」
「お兄さんいるんですか?!」
話をぶった切るようにして、今度はユーカリが2人の話を遮って前に出た。
ありがたいっちゃありがたいけど、そんなにも食いつくような内容だったかな。
わたしには兄がいる。それだけでいいじゃないか。妙なところで興味を示している彼女がやっぱりわからない。
「その話はいいじゃない。で、ガンプラのことでしょ?」
「あ、そうでした。考えてくれますか?」
有望な初心者。腕前は割と成熟しているものの、ガンプラの出来がイマイチというところ。
個人的には面白い相手だと思う。成熟期から完全体になったユーカリと、1戦交えてみたくもあるし。
ライバルは多ければ多いほどいい。最近名を挙げているダイバーたちに喧嘩を売る機会もなかったし、成長すればわたしのいい練習相手になるかもしれない。だったら、成長を促すのも1つの手段だと言えよう。
「ガンプラって、どういうのが組みたい?」
「……! それじゃあ!」
「どういうのが組みたいって言ってるの」
あえて誤魔化した。だって直接協力する、なんて言ったら恥ずかしいし。
だったら、口を閉ざしたままでもその意志が伝わる方にしたいじゃないか。
わたしという生き物は、嘘が嫌いなものの、素直ではないのだ。
「やりましたわね、ユカリさん!」
「はい! でも、どういうガンプラが、ですか」
「そうね。ある程度の指針とベースになる機体が決まらないことには話にならないわ」
とは言っても、そのベースとなる機体は恐らく決まっているはずだ。
さっきからテーブルに置かれているタッパーの中身をチラチラと見ながら、考え事をしているようだから、存外わかりやすい。
ガンダムAGE。わたしも好きな作品だけど、巷で聞く話は基本的にアセムとゼハートの話ばかりだ。反響を受けたからこそのメモリー・オブ・エデンもあるわけだし。
とは言えフリットの一生を描いたあの作品を見て、フリットが嫌いにならないわけもなく。
キオだって、出番は少なかったものの、迷いながらも最後に救うことが出来たゼラからは彼の信念が垣間見えてくる。
不殺の信念。それを貫き通すことは難しかったのは分かる。否定されながらもそれでも前を向いて歩き続ける姿は幼いながらも強い男であることを理解させるには十分だった。
ま、わたしには分かりかねる感情ではあったけど。
「私、アセムとゼハートが好きなんですけど、AGE-2は憧れというか、最推しみたいなところがあって、こう、もっと自分の腕前が上がってからにしようって思ってるんです」
限界オタクの推しへの激重感情かよ。
そんな言葉が喉から出かかったが引っ込めた。面倒くさいオタクのそれだ。チャンプであるクジョウ・キョウヤとタイマンで話せるレベルなんじゃないだろうか。
「だから最も思い入れの深いAGE-1にしてみたんですけど、コンセプト、ってやつなんですか? 足りないのって」
「そうね。目標や憧れと言ってもいいわ。ああなりたい。こうしたい。そんな思いをガンプラにぶつけるの」
ガンプラは自由だ。そんな事を言った誰かさんがいたはずだ。
どんなものを作ったっていい。MAだったり、ドラゴンだったり、旧キットを自分らしくビルドアップさせたり。世の中には旧キットザクでヴァルガに生息するバカ、あるいは化け物がいるらしい。
理解できない範疇ではあるものの、そのこだわりに対してはそっと唇の端を上に向けることになるだろう。
さっきも言った、僕の、私のガンプラが一番であることを示すために。並々ならぬ努力をしながら作り上げた自分だけのオリジナルは、心地いいのだから。
「目標。憧れ……」
トマトジュースを口にしている間、わたしに視線が向いた気がした。
なんのことかと彼女の顔を見たら、そらされた。なんだよ。
「別に恥ずかしがる必要はないでしょ。それも一種の縁なんじゃないの」
だいたい恥ずかしいのはこっちの方だ。なーにが「一種の縁」よ。全く恥ずかしい。少し顔が熱くなってきてしまった。バレてないよね?
ちらりと横目で見た彼女の顔は、タレ目の瞳がまんまるお月様に開いていて。
「ありがとうございます! 私、決めました!」
「何を?」
「アウトローになります!」
「……は?」
発言を聞いて、わたしもノイヤーも、「一種の縁」だなんて言ったことを後悔したのは言うまでもなかった。
◇
憧れた相手がいた。それはつい最近であったにせよ、ぶっきらぼうながら優しく接してくれて。
私もこんな人になりたい。そう思いながら、ガンプラの設計図を大学ノートに記していた。
「アウトロー、か……。あ、そうだ。後で西部劇系の作品見なきゃ」
やっぱアウトローと言えばカウボーイハットにリボルバー銃を構えてズドンズドンだよね。くーかっこいい! しびれに憧れに。
マフィア系でもいいのかな。黒いスーツをかっこよく身に纏った男たちの手には、ケジメを付けるためのハンドガンが1つ。アサルトライフルでもいいし、スナイパーライフルを手にとって殺し屋、というのも1つのアクティビティだ。
いわゆるアウトロー活動。アウカツ! を実行に移すためには、今の地球連邦軍の制服も改造してみせたい。着崩してなんぼだよねやっぱ。
「あー、考えること多すぎるー!」
机から離れてベッドにダイブINすれば、そこはもう夢少女のお城。何もないベッドは今から天蓋付きベッドへと早変わりだ。
左右に右往左往しながら考えるのは自分がかっこよく、スマートに、アウトローになれるようなプランばかり。
どうしたらかっこよくなれるだろう。どうやったら。どうやって。
「そうだ。アウトローで検索かけよ」
こういうときに聞くのは大抵グーグル先生だと相場が決まっている。
とりあえずまず意味から調べてみた方が早そうだ。なにせ私はワードは知っているけれど、アウトローの意味を悪い人、ぐらいにしか解釈していないのだから。
「ふむふむ。法喪失者という訳で、文字通り法律を無視する人や無法者を意味する。うわこわ」
本当に悪い人だった。なれるかなぁ、アウトローに。
そういうロールプレイをする予定だから、さんざん悪いことは考えておくべきだろう。例えば午後ティーを午前に飲むとか。牛乳を飲みたい人に策をして青汁を仕込むとか。
「やっぱ西部のアウトローとかいるんだ。あとは盗賊に。ヴァイキング……」
ヴァイキングって確か海賊って意味だったよね。
リンク先に飛んでみると、実際に海賊を指す言葉だとのことだった。
海賊。海賊かぁ。アセムも海賊みたいなことをしていたし、そのコンセプトでもアウトローは名乗れるんだ。
好きな物に憧れているものを重ねる。
ちらりと見たAGE-1はフリットが乗っていたことで有名だが、最初の頃はアセムだって乗っていた。
もし、アセムがAGE-2ではなく、AGE-1を乗り続けていたら。シドにやられた際、修繕を受けたAGE-1はどんな格好をするだろうか。
ふつふつと浮かび上がるアイディアが湯水のように襲いかかってきた。
「これだ!」
早速シャーペンを持ってガンダムの設計図を作り上げていく。
私が作るのはガンダムAGE-1の海賊風アレンジ。となればやっぱりフックは必要だしー、えっとえっと……。
「アイディアがまとまらない!」
明日が休日でよかったー。密かに買ってきたマックスコーヒーを口にしながら、自分の進むべき憧れを胸にいだいて、ガンプラの設計図を大学ノートに写していくのだった。
海賊らしく、作らせてもらう!