第52話:ギャルダイバーと恋の予感
それは、いつ芽生えた感情なのか、アタシ自身理解するのに時間がかかった。
あのアウトロー戦役の後、いろいろなことが事態を収束させるために動いていたことは分かり切っていたのだけど、後見人が変わったり、ノイヤーちゃんがムスビちゃんになったり。
目まぐるしく変わる変化に対して、対応するのに必死すぎたんだ。
そうしてすべてが終わったころに、ふと考えるようになっていた。
「最近さー、ムスビちゃん見てると、すっごい胸の奥が揺らぐっていうか。なんだろうなーこの感じって思って」
それはリアルでも、GBNでも。
モビルドールとしての身体は心臓なんてないので心としての問題だ。
まるで体中に血液が流れていくような、運ぶようにドクン、ドクンとポンプのごとく動く。胸の奥が存在しない機能をさも存在しているかのように扱われる不思議な感覚。
アタシには、そんな機能ないはずなのに。なんて思っていても、感情は止まらない。止められない。
制御しようとしても、アタシの脳がそれを拒んで体に指示してくれないのだ。まったくもって不便な体。
初めての感覚に、自分自身が戸惑いというものを覚えていた。
ムスビちゃんを除いた、ユーカリちゃん、エンリちゃんの3人でとりあえずこのことについて相談しようと集まっていた。そして、2人は唖然としていた。
「あんた、本気で言ってる?」
「マジマジ! 大マジよ!」
2人で顔を見合わせて、そしてとんでもなく悪い顔でにやけてくる。なんだこいつら。
「へー、そうなんですかー。そうですかそうですかー」
「なにさ。アタシなんか変なこと言った?」
「別に何でもないわよ。少しだけ普段のあんたの気持ちが分かったってことだから」
エンリちゃんの言うそれはいったいどういうことなんだろう。普段のアタシはギャルのアタシ。つまり、ギャルの気持ちが分かったということ?
バカなことを言うな。エンリちゃんとかいうストイックなアスリートタイプと一緒にされても、アタシが迷惑するだけだ。
だからって気にならないわけもなく。試しに聞いてみたら、ため息をつかれた。なにさだから。
「それはいいじゃないですか! それよりも、どんな時に胸が揺らぐんですか!?」
これまた食い気味な質問。まぁ、悪くはないんだけど、ちょっとドン引きっつーか、ユーカリちゃんが普段と比べて数段怖い。
質問に対して答えるべく、どんな時に胸の奥が揺らぐか考える。
そもそも揺らぐ、という表現もあまり適切ではない。例えば心臓の病のような感覚。
胸の奥底で何か小さなしこりだったものが、ここ最近妙に膨らんできて、同時に疼く感じ。自己分析しても、やっぱり分からなくて、放置しているけれど、やっぱ気になっちゃうっていうか。
例えばどんな時。どんな時に、かぁ……うーむ。
そうだなー。ムスビちゃんが後見人となった時に、多分彼女とはこれからずっと一緒にいるんだろうって確信したときだろうか。
あの時はすごく嬉しかった。ぼんやりとこの人なら、ムスビちゃんになら後見人になってもいいかなって、気持ちがあったから。
それもなんでだろうって感じだけどね。漠然とそう考え付いた内容で、ダメもとで言ってみたら、案外通ってしまったことにチョーびっくり! みたいな驚きの方が強いのだ。
だからじんわりと、今の環境を受け入れるごとに、胸のしこりの疼きが少し和らいでいくと言いますか。これを嬉しいって感情なのは知ってるんだけど、それとは別に何かが潜んでいる。そんな分からない何かが蠢いている。それを胸のしこりと言えばそうなのかも、みたいな。
例えば、アタシが早起きしたときにムスビちゃんの寝顔を見たときだろうか。
あんな割かしきつめなイメージを持たせている美人のムスビちゃんも、寝ている間は可愛らしくてさ。すーすーって、まるで子供みたいに安らいだ顔をするんだよ? それがもうかわいいっていうか、スマホがあったら間違いなく写真撮って、ソッコーホーム画面にするっていうか。
いやだってかわいいんよ。やわそうなほっぺ、つんつんしたら、やめてください~、って言いながらうーうーうなっちゃうのいいよね。
あ、でもその時に「ユカリさん?」とか言っちゃう辺り、ちょっとムッとしちゃうっていうか。
胸の奥にもやーって灰色の雲が充満する感じ。なんでアタシじゃないんだろー、ってそんな他愛ない感情だけどね。
「って感じ。まー、分かんないか」
「「うわ」」
なに2人とも。ドン引きしたように白い目で見るじゃん。
まぁ確かに、ちょっち気持ち悪いこと言ってるなって自覚はあるよ。でもそれを聞いてきたのは他でもないユーカリちゃんとエンリちゃんの2人なんだよ? まったく、人の話を聞いておいて、この態度って酷いと思うの。むー。
「思ったよりも重症ね」
「というか、フレンさんも可愛らしい趣味をお持ちですね!」
「いや。いや! 何の話よ! アタシの話聞いてそんな感じになります?!」
思わず敬語で口にしてしまったけど、あまりの動揺に、耳の先っぽまで真っ赤になる感覚。
いやいやいや、アタシだって何さこの感覚。自分の心を自分で操作できないっていうか、これ話したことによって、受けるダメージを自分自身で受け止めている感じ。その攻撃をライフで受ける。とか、必要経費だとかじゃないんよ! なんなんもう!
「というか、恋のELダイバーなのに、自分のことは分かってないのね」
「アタシは恋愛映画やアニメが好きって気持ちから生まれたELダイバーなの! 恋のELダイバーじゃない!」
「つまり耳年増、と」
「うぐっ!」
耳年増とか言うな! アタシだって、その自覚はしてたんだから。
自分で恋もしたことはない。だけど、他人の恋は気になってしまう。それは自分の生態的にそうならざるを得ない感情で。こんなの変だとは思うけれど、アタシの性分なんだからしょうがない。
というか、自分のことは、ってどういうこと?
「でもワクワクしますよね、人のコイバナ聞いてるのって!」
「……へ?」
「ユーカリ、わたしこのネタでもうちょっと引っ張ろうと思っていたのだけど」
「すみません! でも可愛らしいなーって思って、つい」
今、コイバナって。恋って言った?
「アタシ、ムスビちゃんに恋してるってこと?!」
「そうじゃないの?」
「私もてっきりそうだと思ってました」
恋。恋とは。特定の相手のことを好きだと感じ、大切に思ったり、一緒にいたいと思う感情。だという話だ。Wikipediaに載ってた。
つまり、アタシはムスビちゃんのことを好きだと感じ、大切に思っていたり、一緒にいたいって考えている、ただの恋するELダイバー……。
「うおおおおおおお!!!!」
「うるさっ」
「急にどうしたんですか?!」
立ち上がって雄たけびを上げるアタシは誰にも止められない。
どうやらアタシは、アタシは……ッ!
「アタシは、ついに恋心を手に入れたんだ!!!」
それはずっと憧れていたもの。アタシが求めてやまなかった、本当に欲しかった気持ちそのもの。
そっか。アタシ、これをずっと探していたんだ。
他にお客さんがいなかったことが幸いだったけど、誰かいたら白い目で見られていたことだろう。現に今、ユーカリちゃんとエンリちゃんにはそんな目で見られてるわけですけども。
◇
フレンさんが恋心を手に入れた。それ自体は喜ばしいことであったのだが……。
「私は私で、まだ見つけられてないんですよね」
続く相談は私、ユーカリである。
恋心を知った後、とりあえずどうしよっかなー、と浮ついた気持ちのフレンさんは、実に気持ち悪かった。不愉快というよりも、純粋に変な人を見ているかのような恐怖のようなもの。
同時に浮かび上がる、目の前のELダイバーには分かっていて、私には分からないという状況にやや焦りを感じていた。
「んまー、焦る必要はないんじゃないの~?」
「なんか苛立ちますね」
私だってイラっと来ることはある。それを知らないフレンさんではないだろうけど、ご機嫌すぎてそれすら気づいてない場合がありそうだから、さらに苛立ってしまう。
「やっぱり今のフレンさんに相談したのが間違いだったかな」
「ごめんごめんごめん! マジごめんって! 浮かれてました謝罪!」
調子に乗っていたフレンさんが素直に頭を下げて、謝罪をする。まぁいいんですけど。苛立つって言ってもむくれる程度のものだから。でもフレンさんにはバッドポイントを1つ追加だ。1億ポイントたまったら、何かが起きます。
「というか、わたしまだ教えられていなかったのね……」
そして隣ではへこむエンリさん。
違う、違うんですよぉ! 最近すっごく忙しかったですし、エンリさんと二人っきりでいれる機会だってそれほど多くはなかったし。
ムスビさんの話だってそうですけど、それ以前にエンリさんの離脱のことだって。
「そうね。わたしが悪かったわよ、えぇホント……」
あ、地雷を踏みに抜いたみたいだ。
「わ、分かりました! エンリさんと二人っきり! 二人でどこかに行きましょう!」
彼女のツインテールがぴょこりと、少し揺れた気がした。
私だって、エンリさんにもっと教えてもらいたいんです。例えば二人っきりの甘い空気とか、手をつないだ感触とか、ファーストキスの味とか……。
自分でも恥ずかしいことを言っているのは分かっている。分かっているけど、それ以上に嬉しくなっちゃうんです。憧れだったエンリさんが、私のこと好きで。感情の重さや質は違えど、ときめく好意の方向は両思いで。
「いいわよ。今度もわたしが場所を考えておくわ」
隣にいるのに、その隣が果てしなく遠い。
好意の方向はお互い向き合っているのに、その好きに押しつぶされてしまいそうなくらいで。
私、エンリさんにふさわしい恋人になれているだろうか。
身近な問題が解決した先で待っていたのは、そんな漠然とした不安であった。
きっとエンリさんはそんなことないと言ってくれる。
なんだかんだで、私には甘いエンリさんのことだから、ふさわしい相手であると言ってくれるだろう。
だけどね。憧れに思っていた相手なんです。信じられないじゃないですか。夢みたいじゃないですか。推しだった相手がファンに惚れるなんて、創作の中の話じゃないんですから。
「ユーカリ」
「……なんですか?」
「秋と言ったら、やっぱり紅葉狩りかしら」
でもこんなことを聞いてくるエンリさんとなら、大丈夫なのかなーって。ちょっとだけ不安だった気持ちが、ゆっくりと溶かされる感覚。
彼女なら、エンリさんとならきっと見つけられる。不安は、いつの間にか払しょくされていた。
「……エンリちゃんさぁ、ナツキちゃんとはいつバトル感じ?」
「それもあったわね……」
塗りつぶした不安をさらに塗りつぶすフレンさんは鬼か何かか。
エンリさんと言えば、ナツキさんへの執着と言ってもいい。
そういえば、みたいなノリで言い放ったエンリさんのナツキさんへの今の感情はいったいどれだけのものなのだろうか。
「意外だねぇ、復讐復讐って言ってたとげとげしいころとは大違いだよ!」
「今も大して変わりはしないわ。でも、今はみんながいるし」
……今、なんと?
「ごめん忘れて」
「えー! 今のムスビちゃんにも教えてあげたいから、もっかい! 録音するから!!」
「うるさいわね、その頭についてるバナナの房をもぎ取るわよ!」
「これは金髪のサイドテールですー! 照れ隠ししちゃって、エンリちゃんかーわいー!」
照れ隠しなんかじゃ……。なんて言いながら、エンリさんの白い肌が見る見るうちに赤くなっていく。
やっぱりかわいい。顔に出ないとか言っていたのは嘘かもしれない。
素直じゃないなぁ。嘘がへたくそで嫌いなそんな彼女が私は好きなのかな。分からないけど、一つの参考ってことにしておこうっと。
「そうです! エンリさんはかわいいんです!」
「ちょっと、あんたまで何言ってるのよ」
「かわいいものをかわいいって言って何が悪いんですか?!」
相変わらずの日々。そんな日々こそが、私が望んでいた未来の一ページなんだ。
よかった。エンリさんも、ムスビさんも、フレンさんも、みんな笑顔で。
最終章はイチャイチャメインです