「待った、かしら」
「いえ、全然です!」
このやり取り、前の時もやった気がする。
そんなわけでジャパンディメンションのドーサンエリア。
北の最果てに位置するこのエリアは、気候としては涼しい部類だ。伊達に元ネタが元ネタなわけだから、そうもなろうというところであるのだけど。
本日はこのドーサンエリアでエンリさんとデート、という流れ。
GBN内では初めてのデートで、エンリさんとは2回目。少しはにかみながら、この日を楽しみにしていたのは言うまでもない。
でもだからっていつも通りのぼろぼろのコートに黒マフラーは……うーむ。
「エンリさん、もうちょっとこう。なかったんですか?」
「アバターパーツだけはこれしかないのよ。面倒くさくて」
「本当ですかぁ? 初期服にそんなものなかったと思いますけど」
「……そうだったかしら」
とぼけちゃって。
私の記憶ではそんな流〇馬みたいな服装はなかったはずだ。だからエンリさんはもう一着持っている。それも、とんでもなく恥ずかしがりそうなタイプのが。
「エンリさん、白状した方が楽になれますよ?」
「何のことかしら」
「見たいんです! きっとかわいらしいガーリーな衣装なんだろうなって思うんです! ダメですか?」
上目使い。うるんだ瞳。両手を胸の前に。あざといが過ぎるほどのおねだりポーズ。
一度やってみたかったけど、やる相手がいなかったから。
でも、うろたえているところを見ると、効果はてきめんだったようだ。
「いや、まぁ……多分思い違いよ」
その目線から逃れるように明後日の方向に顔を背けて、誤魔化してみせるエンリさん。
おやおや、そんなことを言ってもいいのかなー。
「エンリさん、嘘は苦手なんじゃなかったんですか?」
「うっ……」
あともう一息。
私は決意をスッと口の中に秘めて、高らかに宣言しよう。
「恋人からの、お願いですよ?」
あくまで甘えるように猫なで声で。こういう素直じゃない相手にはとことん責め立てろ。というのはユメさんから教えてもらった常套テクニックらしい。
ちなみに使う相手を確認されたところ「家族特攻ですか、これ」という結論に至ったとかなんとか。なにが家族特攻なんだろう。
赤面しながらも、私の頭に手を置いて撫でてもらう。何故そうなったのだ。
「どこで学んだのよ。それ」
「ユメさんからです」
「……あの義姉ッ!」
どこかで義姉激おこポイントが1点増えた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。
しょうがないわね、と。エンリさんのため息交じりの諦めを聞いたところで、ウィンドウを開く。しばらくしてカーテンのようなものが周囲に展開された後に、バサッと表示されたのはリアルでも見た、エンリさんのガーリーな姿であった。
いわゆる、ワンピースという類だ。桜色のように綺麗で鮮やかな色彩に、ところどころフリルの装飾がふわりと踊って、エンリさんの黒くて長いツインテールや困った顔と相まって、すごく可愛らしい、という感想が湧いてくる。
だから、私はむき出しの感想を口にした。
「……だから嫌だったのよ」
白い肌を赤く染め上げて、エンリさんは顔を隠す。
あぁ、本当にかわいいな、私の彼女。ふつふつと湧き上がる充実感と、これは自分だけが見ていいのだろうかという戸惑い。そして、それより他の人には見せたくないな、っていう独占欲のような何かがグニャグニャと捻じ曲がる。
『あの子かわいい!』
『……ぐっど』
通りすがる人たちがそんなエンリさんを見て、感想をこぼしたり、言葉には出さなくても目線を向けていたりと、このエリアで一番目立っていたのは他でもない彼女だった。
誇らしくもあり、それ以上私のエンリさんを見ないでって気持ちもあり。まったくもって面倒くさい己の感情に心が揺らいでいく。これが、恋心とやらなのだろうか。
「……行きましょう」
「えっ、あ。はい!」
少しだけ期待した手を引かれて、なんてことはなく。エンリさんはそのまま歩きだしていた。少し残念だな、と思いながら、私もその後についていくことにした。
◇
「ぐぬぬ……あざとい真似を……!」
「いやぁ、ウケるなー」
「ウケませんわ! 初期衣装があんなバリバリの少女趣味だとは思わないじゃないですか」
ウケるのはこっちの状況でもあるんですけどね。
どこから聞きつけたのか、ムスビちゃんが2人がデートすると聞きつけて、跡をつけると言い始めたのだ。
この女、結局諦められてないんじゃん。とか口が裂けても言えないが、アタシもアタシで、面白そうだからついてくことにした。変則的なダブルデートみたいな感じでこっちも嬉しいし。
「まぁ流石にあれはウケるわ」
「ですが、手も繋げないなんてうぶなエンリさんだこと。わたくしの方が勝ちですわね!」
手をつなぐに勝ちも負けもなければ、アタシが誘導しなきゃ告白すらできなかったムスビちゃんがよく言うよ。どうせ言ってる本人だって手を繋げないんだろうなぁ……。アタシ、いいこと思いついちゃった。
「ね、ムスビちゃん。予行練習ってあるじゃん」
「なんのですか?」
「手をつなぐ! ひょっとしたら将来的にユーカリちゃんと手をつなぐことが万が一、いや億が一あるかもしんないんだし」
「億が一ってどんだけ信頼がないのですか」
いや、ありえんじゃん。ムスビちゃんそれぐらいないとエンリちゃんから捲れないでしょ。ありえてもアタシと付き合うとか、そんなんだけなんだし。
「だいたい、手をつなぐのに予行練習とか……」
「どうせムスビちゃんからエスコートとかできないでしょ」
「んなっ?! そんなことありませんわ! 仮にも元ノイヤー家の令嬢。そのぐらいの淑女としての礼儀作法は赤ちゃんの頃からとっくに備わっていましてよ!!」
「はいはい、そーでござんすか」
煽ったらムキになる感じ、ホント可愛らしいな。
恋を自覚してからというもの、最近ムスビちゃんをいじるのが楽しくて仕方がない。みんなが楽しくなっちゃう気持ち、分からんでもないな。
アタシはエスコートを誘うように手のひらを上に向ける。
しょうがないですね。と言いながらも、手を取ってくれるムスビさんが本当に愛おしい。
「ムスビちゃんも大概ひねくれものだよね」
「そんなことありません。わたくしは臨機応変に対応しているだけであって、ひねくれているなんてそんなそんな」
「でも、アタシにあんだけのこと言ったくせに、こうして手をつないでくれてる」
今は、アタシのことどう思ってくれているの?
そんなことを考えてしまうぐらいには、ずっとムスビちゃんのこと考えているんだよ。
好きになってからというもの、アタシは気軽に好きなんて言えることがなくなってしまった。
恋って、こんなにも面倒なものになるんだって、初めて分かったよね。
そんな人に手をつないでもらうって、なんか、いいよね。
「あなたから求めてきたのでしょう。まったく、しょうがのない人ですこと」
ムスビちゃんが手を引っ張って、ユーカリちゃんたちの後をついていくように歩きだす。
あぁ、なんかいいな。詳しく言葉にはできないけど、心の中が少しウキウキとするみたいな。
一つ足を運ぶごとに、胸がトクンと踊る。もしかしたら手から振動が通って、ムスビちゃんに伝わってるかもしれない。そんな予感を抱きながら。伝わるかな。伝わったらいいかも、でも恥ずかしいな。なんて思ってしまう。どうかしちゃったんだ、アタシ。
口に出そうとして、やめる。
実際、ムスビちゃんはアタシのことどう思ってるかなんて、聞かなきゃ分からないのに。
「えへへ、そーだっけ?」
「そうでしょう? でなければ、わたくしみたいなのと手をつないでも嬉しくないに決まってますわ」
「そんなことないよ」
あるはずがない。ユーカリちゃんがエンリちゃんに抱いているように、アタシだってムスビちゃんに憧れを抱いている。終わりを迎えたって、その恋を手に入れたって、それは変わらない。むしろもっとムスビちゃんのことを知りたくなってる。
自己評価が著しく低いのはきっと周りのせい。そんな無責任な赤の他人から救えたのはユーカリちゃんのおかげで。
アタシに何ができるか。そんなの、決まって一つだ。
「ムスビちゃん、自分が思ってるよりずっとかわいいって知ってる?」
褒めて褒めて褒めて。自分に自信が持てるぐらい褒めちぎって。
ムスビちゃんが生まれたことを後悔させない。自分がいなきゃいけないって思えるほど、強く思わせるぐらいに。
「ありえませんわ。……それこそ、フレンさんの方が可愛らしいでしょう?」
「はぇ?! アタシ?!」
「そもそも、わたくしが欲しかった容姿をすべて持っているのですから、容姿最適なのは決まっていますわ」
ま、まぁ。ムスビちゃんがぶっちゃけた時に聞いてはいたけど、まさか性癖の域まで達しているのではないだろうか。
金髪緑眼のフェチ。うーん、ノイヤー家拗らせてるなぁ。
「じゃー、どっちもかわいいってことで!」
「そういうことにしてあげますわ」
「そんじゃプリクラ行こ! ユーカリちゃんたちその辺のゲーセンに入っていっちゃったし!」
嘘。実は見てない。
これはムスビちゃんと二人っきりでいたい口実に近い。
でもいーじゃん。文字通り二人でイチャつきたいんだもん。
「仕方がありませんわね。プリクラというもの、教えて下さる?」
「うん! 超絶ギャルテク、見せてあげっから!」
ゲーセンのドアをくぐりながら、アタシはどんなプリクラがいいだろう。綺麗め? それともかわいい系でいいかな? などと考えている。
ムスビちゃんならきっと、なんでも似合うんだろうな。
◇
「はっきり言って、ゲームの中でゲームって分かりませんわね」
「アハハ! それなー!」
何故だろう。フレンさんに体よく踊らされている気がする。
別に悪い気はしないけれど、いいようにされること自体はそこまでよいとは感じないので、タピオカジュースを飲みながら、何か逆転の手がないかを考えているところだ。
ノイヤーとしての名前を捨て、新しくムスビと言うアカウントを作ったわたくしを快く歓迎してくれたのは他でもないユーカリさんたちだった。
よかった。と言う気持ちと同時に、この思いはきっともう叶わないんだろうなという軽い後悔のような感情に苛まれる。
思いっきりフラレたことで、気持ちが楽になったのは事実だ。同時に割り切れない心もあるわけで。そんな心をアディに付け込まれて、ノイヤー家の戦士として駆り立てられたのは間違いない。そういう意味ではユーカリさんにも、目の前のフレンさんにも感謝はしている。
それとは別に。フレンさんに奇妙な感覚を抱いている。
近しい感情で言えば親しみやすさ。安心という二文字でも相応しいかもしれない。
この子は妙にわたくしにベッタリしてくるし、なんだったら以前より鬱陶しい。やたらとユーカリさんの間に挟まろうとしてくるし、ちょっとコンビニ行こうぜ! みたいなノリで二人っきりになりたがるし。
お気に入りなのは知っているけれど、この失恋という傷心を他でもないあなたが優しく撫でてしまうと、それはそれで勘違いしてしまいそうになるから勘弁してほしいところだ。
「でもめっちゃ楽しんでたじゃん、ゾンビゲーとかカーレースとか!」
「まぁ、そんな機会もありませんでしたから」
改めて考えれば、これはゲーセンデートというやつではないだろうか。
何が悲しくてギャルと二人っきりでゲーセンデートなんて行ってしまったんだろう。そもそもギャルとお嬢様って属性反対ではありませんこと? どこの百合漫画かっていうんですの。
「ムスビちゃん、ぴーす!」
真顔でピースサイン。よく撮れてないのでもう一回と言われてしまった。
そんな事言われましても、こういう意図した時に笑うことというのは難しいでしょうに。
「つまんない?」
「そうではありませんが……。カメラを向けられた時に笑うのがあまり得意ではありませんでしたから」
カメラを向けられても、その意図はたいてい興味本位か悪意だったため、あまり写真自体が得意ではなかった。
しばらく考えたフレンさんは、何かをひらめいたようにわたくしに打開策を投げかける。なんでもとりあえずカメラの正面に立っていればいいという話だ。
わけもわからないまま。とりあえず無表情でカメラの正面に立つ。
フレンさんはと言えば、その隣。こちらを向くようにして立っていた。
「行くよー、さーん。にー」
いち。その瞬間であった。
急に右腕に柔らかい肌触りとともに重力を引かれたわたくしの頬に小さな感触が伝わる。
真正面に見えるのは鏡のように映し出されたわたくしたちの画面。あっけとらんに不意を突かれたわたくしと、頬をついばむように目を閉じてキスをするフレンさんの姿で……。
「な……ななななななっっっ?!」
「さーてっと、デコるよー」
声にならない叫びと、いつもどおりの姿であるフレンさん。
は? 今何した。え、何かされましたか? わたくし、今数秒間記憶が吹き飛んだような。パイツァー◯ダストではなくキング◯クリムゾン的な飛び方だったと思うのですが。
「フ、フレンさん……?」
「……ん? なに?」
その声は、明らかに笑い声が含まれていた。
「フレンさんッ!!」
響き渡るお嬢様ロアーはゲーセン内を反響させたとかなんとか。
近づくギャルとお嬢様