プリクラでのキング〇クリムゾン事件、もといほっぺにキス事件から数十分。
相変わらずご機嫌そうな隣のギャルことフレンさんはクレープを美味しそうに頬張っている。ここだけ見たらゴールデンレトリバーか何かのようにも見える。可愛らしい、という面で言えば、わたくしが望んだ容姿なのだ。当然かわいい。
「ん? ムスビちゃんも食べる?」
「食べません。人が口をつけた物なんて」
はしたないという言い訳半分。あの頬へのキスの手前、どんな顔をしてクレープを食べればいいか半分。
ここははしたないってことにしておけばいいかと、誤魔化しておいた。
シンプルに盛られたチョコバナナクレープをパクついている彼女を見ながら考える。
この女は、いったいどういう経緯でわたくしの頬のファーストキスを奪ったのか。
外国では親愛という意味合いではよく使われる愛情表現の一つであるのは確かだ。でもそれとこれとは別というか、キスの瞬間、妙に顔が高揚していた気がしたというか。フレンさんの頬がほんのり赤かった覚えがある。まぁ、覚えがある、程度だけど。
というか、1人で悶々としているのがバカみたいじゃありませんこと?
わたくしはユーカリさんの後をつけていたはずなのに、どーしてこんなへんてこな事態になったんだか。
あーもう、イライラしますわねぇ!
この隣で何も考えずにクレープの紙を破ってるこの女! なんでこんなに考えを乱されなくてはいけませんの?!
「なんか怒ってる?」
今のが表情に出ていたのかもしれない。「そんなことありませんわ」という何食わぬ顔を作って誤魔化す。
フレンさんは納得して、クレープの包み紙破りチャレンジを再開した。
らちが明かない。というか、最近のフレンさんは今まで以上に何を考えているか分からないんだ。
突然手をつないできたり、ほっぺにキスしたり。他にも出合い頭に突然抱きしめられたり、ちょっと高揚した表情を浮かべたり。
こんなの、まるで恋する乙女そのものじゃありませんか。
しかもその相手が、間違いなくわたくしのように思えて。
いやいやいや。わたくしですよ? 自己評価0点どころから、そこを突き抜けてマイナス10億点まで行っているようなネガティブ女のどこがいいのですか。
いやまぁ、まんざらじゃないかそうではないか、と聞かれた際に。ありえないとか、まったくないとか、そういった脈なしみたいな反応はしないまでも、どうしてわたくしが、みたいな反応には必ずなると思う。
わたくし自身は、まぁ。助けていただいた手前、無下に断るわけにはいかないにしろ、相手はこのわたくしですし、加えてELダイバーです、女の子同士。
女女の関係がどうこうはこの際置いておくとして。問題は山積みなわけでして。
沈黙の空間が辛い。気まずい。フレンさんが何を考えて、クレープを食べているのか。
きっと何も考えてないんだろうとは思うけど、だからこそ困ってるわけで。
あー、ドラ〇も~ん。人の心を見透かすゴーグルとかない~? とないものねだりしてしまうぐらいには困ってる。
「やっぱりクレープ食べたいん?」
頬にクリームが付いたフレンさんがいたずらっ子のようにクレープを差しだしてくる。
はしたない。そんなだからギャルなんですわ。
わたくしは彼女の頬に付いたクレープを指先で掬う。GBNのフィードバックシステムはすごいのか、フレンさんの頬に触れた際、きめ細かい肌の感覚や柔らかい肉質が指先を襲ってきた。
煩悩はないにしろ、羨ましいという感情はあるわけで。……って、そうじゃない。
このクリーム、どうしましょうか。このまま口に運ぶことこそはしたないわけで。ま、無難にティッシュかハンカチで拭いて……。
「えいっ」
不意を突くようにしてフレンさんがわたくしの指先を口の中に入れる。
ん? 口の中に入れる? やや生暖かさとぬるっとした体液の中で動く大きな生物、いや舌によってクリームがついていた指のおなかの部分をぺろりと舐められてしまった。
一瞬。いや、5秒ぐらいは思考が停止していたことだろう。
再び起動したわたくしを待っていたのは戸惑いと恥であった。
「な、何やっていますの?!」
再度お嬢様ロアーが鳴り響く。
何やってるんですかこの人?! は、この人本気ですの?! 本気だからこんなことやっているんですよね、どうもすみませんでした!
じゃなくて、指先から少し透明な架け橋を引きながら、彼女は小悪魔的な微笑みから指先を舐めた舌をちろりと外に出す。
「てへぺろ」
「は、ははは、はしたないですわ! 自分が何をやっているかお考えで?! 頭ついてますの?!!」
「あはは、辛辣―」
「あーもう、ほんと……」
呆れを通り越して、何をすればいいか分からなくなってしまう。
少しばかりスース―する指先を見ながら、問いただすのもバカらしくなってしまうほどには疲れ切ってしまっていた。
「そんなに気にしちゃって。舐めちゃう?」
「舐めませんわよ!!」
失礼してしまう。わたくしがそんなにもはしたない女に見えるとでも。
それに、この指を舐めてしまったら間接的に、その……。
蘇るのは頬の感触。唇の柔らかさ。脳裏に焼き付いてしまった温かさは、紛れもなくわたくしにまで熱を伝播させていた。そこまでは再現しなくてもいいでしょうに。
いそいそと、何かを誤魔化すようにハンカチを取り出せば、指に付いた唾液を取り除く。フレンさんがつまんなーい、とか言ってますけど。
「でもさー、間接キスっていつまで間接キスなのかな? 例えば触って何秒以内、とかあるじゃん。あぁいうのよ」
知りませんよ。とは言うものの、気になるのはわたくしの指先。
意識すればするほど、熱を帯びていく耳先と指先を振るって、わたくしは左手でフレンさんの背中を押す。
「ほら、ユーカリさんたちを探しますわよ」
「えー、もうちょっと一緒にいようよー」
「本来の目的は別にありますのよ!」
ちぇー、なんて言いながらわたくしに背を向けて歩き出す。
まったく。これだからギャルは苦手なんですのよ。
まだハンカチ以外誰にも触れられていない指先をじっと見つめる。
そっと自分の唇に触れてから、自分がバカらしいことをしているんだなと、自分で自分で呆れた。
「……フレンさんの唇、柔らかかったですわね」
指先の感覚と頬の感覚を合わせたら、それはれっきとしたキスになったりしないだろうか。
いやいやいや。これではわたくしがフレンさんのことを大好きみたいじゃないですか。そんなわけあるはずありません。わたくしは、まだユーカリさんのことが好きだって思ってますのに。
彼女から向けられる好意をため息で洗い流してから、フレンさんの後を追うのだった。
◇
「今日は楽しかったです!」
「それはよかったわ。意外と猫カフェってあるのね」
VRだったとしても、データの塊だったとしても、猫をモチーフにしたのであればそれは猫なのだ。
などとバカみたいなことを考えながら、エンリさんとのひと時を送っていた。
それよりも猫はかわいかった。見ているだけで癒されるし、気まぐれによってきた猫ちゃんが私の足にぴとって寄り添ってくるのだ。人慣れした猫もいるんだな。と思いながらも、猫をモチーフにした生命体なのだから当たり前か、なんてことも考えながら。
噂では伝説上の生き物であるカーバンクルまでこのGBNにいるという話なのだから、たいしたものだ。私もカーバンクル、略してカバンちゃんを撫でてみたいものだ。
「犬カフェとか行きたくないですか?! きっとかわいいと思いますよ!」
「い、いえ。犬ならもう手一杯よ……」
なぜ私を見ながらそう言うんだ。
なんだよぅ、このエンリさんとムスビさんから継承してもらった犬耳と犬しっぽをバカにしているというのか? 喧嘩なら買いますよ。と言わんばかりに耳をピーン、しっぽをピーンと伸ばす。俗にいう威嚇のポーズだ。
「だから手一杯なのよ」
耳下からそっと髪をかき分けるみたいにして顔を撫でるエンリさんの手がくすぐったい。
自然と、くぅん。なんて声を喘がせながら、その身を委ねる。
なんか、初めてされたけど、すごく気持ちいい。変だな、私ちょっと快感を覚えているや。
「ふふ、気持ちよさげね」
「エンリさん、やっぱりいじわるになりました」
「ユーカリがかわいいってことにしておいて」
指先でさわさわと優しく撫でられて、またもや気持ちよく。
んぅ。これ癖になっちゃいそう。
「エンリさん、気持ちいいです」
「そう」
普段の鋭いイメージがあるエンリさんは今は見る影もない。
目を細めて、眉を緩めて。何が楽しいのか口元まで柔らかくなってる。
でも私まで嬉しくなっちゃうから、普段から緩み切ってる顔が、さらにグニャグニャに溶けちゃってる。
って、今GBN中だよね?!
ハッとなって周りをきょろきょろと目を配らせたら、ボロ布の男性や和風の装飾をした男性など、数少なく通り過ぎていた人たちが私たちを見ていた。
恥ずかしくなって、添えられていた手を握って走り始めた。誰もいないところだったら別にいいのに。なんて思いながらやってきたのはどこだろうここ。どこかの河川敷かな。
「はぁ……はぁ……。いきなり走るからびっくりしたじゃない」
「だって、エンリさん人前であんなことするから……」
手をつないだまま、私は膝に手をつきながら、息を整える。こんなところまで再現しなくてもいいのになー。などと思う。
左手の感覚にようやく気付くことになったのは数十秒後のことだった。
握っている指先。汗ばんでいる手のひら。繋がっているエンリさんの綺麗で、スラっとした手先……。
「あっ。すみません!」
とっさに手を放してエンリさんとの距離を取る。
怖い。怖いのかな。エンリさんならきっと受け止めてくれるから怖いだなんて思わない。
でもどちらかというと、この感情はネガティブなものではなくて……。
「わたしの手、変だったかしら」
そんな相手はちょっとだけがっかりしたような表情であったのは言うまでもない。
だってそうだよ。好きな相手に嫌そうに手を放されたら誰だって不安に思うし、今のエンリさんみたいにしょげたりしてしまう。
そんなことはない。って言いたい。けど、私の謎のポジティブにも満たない、この感情に整理をつけられないのだ。
だからとっさに手のひらをふるふると、違うということを表明する。
「じゃあ、どうして?」
どうしてって言われても。どうしてだろう。
なんというか、分からないんだ。胸の奥で暴れたがっているこのえも言えぬ感情を。
「わたし、自慢じゃないけど人の心があまり分からなくて。嫌だって思ったら言ってちょうだい。出来るだけ改善するから」
捨てられた子犬みたいな瞳で私を見つめる。
そんなことない。嬉しいかそうじゃないかで言ったら、間違いなく嬉しい。
でもそれ以外に、また別の何かがあって……。
トクン、トクンと気づけば心臓の鼓動が早くなっているのを感じている。息苦しいのは確かにそうだけど、何かこれは別の、息切れとも違う何かのような気がして。
ありのままを伝えたい。でも言葉にできない。……それでも。
「私も、自慢じゃないけど分からなくって。でも嬉しかったんです。その、エンリさんと手を繋げて」
身勝手かもしれない。けどさ、私だって人並みにそういうのに憧れるんだ。
例えば手をつないで、指先を絡めあったり。エンリさんと一緒に隣を歩いたり。抱きしめあって、自分たちのぬくもりを確かめ合ったり。
それがエンリさんでよかったって本気で思ってる。嬉しいって身体の奥底から感じている。
「私、まだ恋心が分からないですけど、エンリさんに教えてもらってるって実感はあるんです」
胸の、ちょうど鎖骨の部分を触れながら、間違いなくそう感じる。
このよかったって気持ちが、もし恋心なら。『好き』って気持ちなら。
エンリさんの真正面に立って、彼女の手に触れる。
「まだ勉強途中ですけど、私だってエンリさんのこと好きなんですよ!」
早鐘を打つ胸の鼓動は、息切れと、緊張と、それ以外が混ざったカオスだけれど、そんなんでもいい気がしている。
だって混ぜて出来上がったものを人はこういうのかもしれない。
『恋心』って。
「……じゃあ、一つ。お願いいいかしら?」
「なんでしょうか?」
「……わたしのこと、エンリって呼んでみないかしら」
それは、呼び捨てで、って……。
またもや胸の鼓動がうるさく鳴り響き始める。
人の名前を呼び捨てで言うだけでなんと大げさな心臓さんなんだろうか。
でも、私は言いたい。求められたのなら、答えたい。
震える唇で、怯えた声で、今にも枯れてしまいそうな唾液を飲み込んで。私は口にする。
「……エンリ」
「ユーカリ……」
私たちはまだ、これだけでいい。お互いに手を取って、見つめあって、名前を呼びあう。ただそれだけで。
だって、先はまだまだ長いわけなんだから。ゆっくりと一歩ずつ確実に、踏み慣らそう。私と、エンリの恋心を探す道を。
ちょうど地平線に沈む太陽が横目で見えるけど、そんなものよりエンリの顔が真っ赤なんだから、私で照れてくれているんだなって、そう考えるだけで私の顔も夕焼け色に染まってしまうんだ。
夕焼け色の2人