憧れなんてものは基本人それぞれだ。
サッカー選手になりたい。野球選手になりたい。キャビンアテンダントに、医者に、果てはアイドルに。
私の求めているそれは決してそこまで大きく大それたものではないにしろ、抱いた憧れの形は、方向性は間違いではないはずだ。
そう。私が求める憧れの形。それは……。
「なるほどね。AGE-1を3部のアセム仕様に改修。IFの世界でAGE-1を駆けていたアセムがシドにやられたあと、ビシディアンによって白兵戦を主体とした形にリビルドされた、って設定ね」
「はい! アセムは2部の初めにAGE-1に乗っていたので」
コンセプトは先ほど説明した通り、AGE-1の海賊仕様だ。
主軸にしたAGE-1の機体からはAGEシステムは取り除かれており、その代わりにドクロのレリーフが施されていたり、左腕は腕としての機能はしておらず、手首から先にあるのはアンカーフック。
機動性を重視したAGE-3オービタルの両腰に加えて、ビームサーベルはAGE-2のリアスカートを採用している。
もちろんAGE-1らしさは残しており、脚部のパーツにスパローを使用している。
つまるところ前線での撹乱担当。発射もできるアンカーフックで器用に戦場をかき乱しながら、ドッズライフルやビームサーベルで刈り取っていく。いかにもアウトローらしい戦い方で、私も気に入っていた。
「悪くない。けど……」
「どうかなさいましたの?」
「防御力の水準が著しく低い。この辺は好みの問題だけど、何か対策をしたほうがいいわね」
「なるほど。AGE系MSは基本的にヴェイガン機の電磁シールドしかありませんからね」
難しい話をしているみたいだ。
いや、実際はちゃんと私も理解している。こういう近接戦闘での攻防戦に置いて、防御力というのは確かに必要だ。
アップデートを繰り返したとは言えども、AGE-1に高い防御力性能は存在しない。ないなら外部から身につければいいのだが、VPS装甲では恐らくエネルギーの問題が邪魔をしてまともな運用ができない。
ナノラミネートアーマーはそもそもとして、エイハブリアクターを搭載してないからこれも無理。
対ビームコーティングもあるけど、そこまでの資金は持っていない。割と手詰まりな状況だった。
「予算がこのぐらいだとすると、ピンポイントバリアとかでビームシールドというのも手ね」
「それじゃあアウトローらしくない!」
「だ、そうですわよ」
「無茶な注文ばかりしてくるわね……」
エンリさんの今日の飲み物はカフェオレだ。ストローでチューチューと口にしながら、さらなる模索案を続けていく。
AGE系のガンダムの防御機構は多くない。Cファンネルも含めても、片手で数え切れるほどだと思われる。
やるとすれば、他世界からの輸入。そして調整、か。
でもそれではAGEでやる意味がない。設定に準拠するなら、やはりAGE系でまとめたほうがいい。こだわりが次第に高まっていくものの、これといったイメージは浮かび上がらない。
茹だった頭を冷やすように、私は目の前にあるオレンジジュースを口にしてから、椅子にもたれかかった。
「あー、考え疲れるー!」
「ふふ、お疲れさまです。冷やしたタオルを持ってきましたわ」
「ありがとーございます。ひゃー!」
ムスビさんから受け取った冷やしタオルを額に乗せ、急激な冷気と共に頭は急速に冷却される。
この夏も近づいてきた時期。暑いったらありゃしなかったから、このタオルは効く。
「あなたもどうですか、エンリさん」
「……いいわ。施しを受けたくないもの」
「そう言わないでくださいまし。キンッキンに冷えてますわよ!」
視界の端でムスビさんがジワリジワリとエンリさんに詰め寄っている。その手には冷やしタオル。
エンリさんのすごく嫌そうな顔を見ながらも、他のお客様の迷惑になりかねないためか、手をかざして待てのポーズをしている。
「お、これは欲しいという意味ですわね」
「どういう解釈で……冷たッ!」
エンリさんの手のひらに襲いかかった冷やしタオルは氷の魔法を使ったかのように手から脳へと光信号が送られる。抱いた感情はおおよそ普段のクールなエンリさんとは思えないほどの可愛い悲鳴だった。
「あんた、ホント何してるのよ。めちゃくちゃ冷たいじゃない!」
「ちょっとした仕返しですわ」
「なんのよ……」
私が全快状態だったら、間違いなく可愛いと連呼していたが、脳を休ませている私にとってそれは難しい話なわけでして。
エンリさんとムスビさんの微笑ましいやり取りを聞きながら、私は頭の中で漠然と「やっぱり電磁シールドかなー」などと思い耽っていた。
しばらくエンリさんとムスビさんのやり取りを見ていると、エンリさんが何かに気付いたようにスマートフォンを取り出して検索を始めた。
「何かありました?」
「腕にチェーンをぐるぐる巻きにして、そこに対ビームコーティングなり、電磁シールドのフレーバーテキストなりを導入すれば、ピンポイントのガードが可能よ」
見せてくれたのは両腕を鎖でぐるぐる巻きにしたMSの姿。
名前は恐らくオリジナルだから控えておくものの、アウトローらしさを感じさせる黒いボディに鈍色のチェーンが光り、とてもかっこいい。これならばチェーンの強度と特殊兵装による防御面も期待できることだろう。
「いいですね! 流石先輩アウトロー!」
「いや、別にアウトローになった覚えはないから」
「その割には照れていませんこと?」
「少し黙ってとくれるかしら」
よそ見しながらも、少しばかり可愛らしさ残る反応に口角が上に向く。毛頭隠すつもりはないものの、見られたら流石の私も恥ずかしいからオレンジジュースを飲んで誤魔化した。
コホン、とわざとらしい咳払いをしてからエンリさんはサラサラと綺麗な指でシャーペンを持ち、必要なキットと思しきメモを書き出していく。
AGE-1ノーマルやAGE-2ダークハウンド、そしてAGE-3オービタルと、意外と購入キットは多いように見えた。加えてサプレッサーや塗装用の道具などを見積もって、だいたい5000円がギリギリ超えるか超えないかのところだった。
「塗料はここの制作スペースを借りれば安く済むわ。キットは任せたわ」
「結構出費が痛い……」
「そんなものよ。オリジナルで作ろうとしたらお金がいくらあっても足りない」
「言ってくれれば、わたくしが出しますのに」
友達のムスビさんが言ってくれるのは非常にありがたい話ではあるものの、友達からお金をせびるなんて真似をしたくはない。金銭のやり取りは基本的にしっかりとすべきものなのだから。
とは言え、やっぱり出費が痛いのはある。近々短期のアルバイトでも探してみようかな。
「……完成図は、黒かしら?」
「ですです! 黒いガンプラにドクロの白やチェーンの銀が目立つ感じで」
「ふーん」
何かの確認だったのだろうか。少しだけ不可解な会話だったものの、特段気にする理由もないのでスルーする。
あとはGBNに少しだけログインし、ログボをもらったり、ガンダムベースで素材となるダークハウンドとオービタルを買って、帰路につく形になった。
意外にもエンリさんとは途中まで同じ道らしく、一緒に帰ることとなった。
何故かムスビさんはやたらと悔しそうに、上まぶたを平行にしながら私たちを見ていたわけで。なんでだろう。
「分かります、エンリさん?」
「知らないわよ。あんな女のことなんて」
トートバッグを肩から吊るして、エンリさんは黙々と私との帰路を歩いていく。
他人に興味がないのか、それとも何か訳があってムスビさんを遠ざけているのか。
ここ2日接してみて、エンリさんとムスビさんの間柄には少しだけ壁があるように感じられた。そしてそれはエンリさん側からの壁であることもなんとなく。
ムスビさん側からは積極的に遊ぼうという気概はあれど、拒否するのはエンリさんなわけで。うーん、2人の間に何があったかは分からないし、そもそもなかったかもしれないけど、エンリさんの拒絶の仕方は少しだけ目に余るものがあった。
聞くのは一瞬。だけどその一瞬で全てが台無しになる気がして。やっぱ人間関係って難しいな。褒めてたら自然と仲良くなった気がしたけど、まだまだ親睦は深まってないんだろう。私を待たずに歩いていく様がそれを如実に表している。
「エンリさんって、クールですよね」
「どうしたのよ、急に」
「いえ、なんとなく」
クール。そう、態度ではなく人間関係が。
ひんやりしていて、カッチコチで。叩いても壊れない絶対零度のような氷。
私から火を近づけないと、溶けていかなさそうな、冷たさを感じた。
「そういえばあんた。憧れとか言ってたけど」
「はい! それは……」
「それってチャンプのこと?」
「……ちゃんぷ?」
ど、どなたですかそれ。私知らない人の名前出されても、愛想笑いをするぐらいにしか分からないんですけど。
案の定その様子は伝わっていたのだろう。こいつマジか、みたいな顔を見せながら、彼女は答えてくれた。
「ワールドランキング1位の化け物のことよ。別名AGEの限界オタク」
「AGEの?!」
「知らない、トライエイジマグナムやAGE-2マグナムとか」
何だその人。ランク1位でAGE好きで。
試しにスマホで検索をかけてみたところ彼のG-Tubeチャンネルやアカウント情報、スレッドなどがヒットした。すご、本当に有名人みたいだ。
「すごい。私の前でも分かるぐらいガンプラの完成度も高いし、理解度も……わぁ! これAGE-1の改造機ですか?! 美しい……」
作品への愛は、ガンプラに適応されると聞いたことがある。
このAGE-1はまさしく作品への愛を一身に受けた、いわば救世主のような見た目。
細部の処理の仕方はもちろんのことながら、自分なりに作品の雰囲気を崩さぬよう、かつ自分なりの解釈でオリジナル要素を組み込んでいく姿は、どこかムスビさんのダナジンに似たものを感じていた。
自分の解釈で自分だけのガンプラを作る。なるほど、これが愛なんですね。
「会ってみたい……会ってお茶会したい……」
「……紹介しないほうがよかったわね」
クジョウ・キョウヤ。覚えました。会える機会があったら絶対に会う。心に決めた。
◇
その件のクジョウ・キョウヤチャンネルを私は開きながら、もう1つあったパッドでガンプラの加工の仕方を調べていた。
最初に作ったAGE-1を慎重にバラしながら、私は見聞きした内容を逐一確かめながら手を加えていく。
画面の中のクジョウ・キョウヤさんはその速度をどうやったら出せるんだ、というレベルでAGEガンダム5種類を丁寧に組み立てている。私もあんな風に器用に手を加えられたら。そんな未来のIFを描きながら、それでも今ある目の前を精一杯こなしていく。
時にはエンリさんやムスビさんに聞きながら。時にはアルバイトをしながら。
幸いにも私は手先が器用な方らしく、エンリさんに遠回し気味な言い回しで褒められて少し嬉しくもあった。
「ここがこうなって。えーっと」
もらったチェーンのパーツを組み立てていって、腕に巻き付ける。おぉそれっぽい。このままだとすぐに外れてしまうし、塗装もする予定なので、仮置したものを外してタッパーの中にしまう。
日数は2週間ほど。完成度はおおよそ8割と言って差し支えない。
タッパーにパーツを持って、いざシーサイドベースのガンプラ制作スペースへ。
今日は土日で朝からいくらか先客はいるものの、席は埋まってないように見えた。
「よーし、塗るぞ!」
動画で見たダマにならないようなムラのない塗装を慎重に施す。
この辺の塗装の完成度もGBNに反映されるらしく、等身大スケールにした際、塗装が重たすぎて腕が上がらないと言ったケースもあるようだから、結構シビアな作業だ。
慎重に集中して、徹底的に。今までで類を見ないほどの精神統一をしながら、気付けば時間は3時間経過している。塗装も一段落ついたので、一旦その場を離れて自販機でマックスコーヒーを買った。
「やっぱ疲れたときには甘いものだよね」
これはコーヒーではなく、糖分の塊だ。明日の体重のことを気にしながらも、自販機の隣のベンチに腰掛けて1つため息をつく。
こんなに集中したのはいつぶりだろう。VRFPSゲームで勝ちと負けの狭間にいるときだろうか。それとも対人戦でもう少しあれば敵を倒せる、という時だろうか。
多分どれにも当てはまらない。これは私だけのオリジナル。この疲労感も、休憩のマックスコーヒーの甘ったるさも、全部全部、私のために用意されたオリジナルだ。そう思えば少しだけ心が浮つく。
飲みきったマックスコーヒーをゴミ箱に入れて、後は組み立てるだけのパーツたちを出迎えに行った。
「……え、どなた?」
パーツを乾かしていたブースには1人の男性が立っていた。
身長は恐らく170cm強か。黒い髪に男にしては少しだけ後ろ髪が長い青年。
様子を見るにパーツたちを見ているのか、真剣そうに前のめりで私のガンプラを見ているようだった。
恐る恐る近づいてみれば、接近に気付いたのか私の方へと振り返る。
「あ、あの……、何か御用ですか?」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと気になったから」
何が気になったっていうんだこの人は。
少しラフな格好だった彼は乾燥していたパーツたちから離れて、制作ブースの椅子に座る。
「少し、見ていてもいいですか?」
「い、いいですけど」
怖い、というよりも不思議な雰囲気だった。
いかにも真面目さと幸薄そうを混ぜた彼の顔は最近まで見ていた動画のどこかに映っていたような気がしないでもないけれど、それがパッと出てこなくて困っている。
まぁいいかと、その思案を虚空の彼方に消し去ってから、パーツを机の上に並べた。
「私もちょうど話し相手が欲しかったので、助かります!」
「俺はあまり喋らない方だけどね。AGE-1の改造機?」
「そうです。私なりに解釈したアセムのAGE-1なんです」
「へぇ……」
気付けば自然と設定を口走りながら、新たなAGE-1を形作っていく。
この人はなんというか、話していて少しだけ心地がいい。
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、優しさが垣間見える声色。興味を惹かれているのかはたまた惹いているのか分からないけれど、人の話題を引き出すのが上手いように見える。聞き上手、ということだろうか。
「名前は決まっているのかな?」
「名前……。そうだ名前! どうしましょう」
「あはは。そこも自分で決めるといいですよ、その方が愛着もつく」
目の前の黒髪の男性に聞かれるまで、名前を気にすることはなかった。
エンリさんのゼロペアーだって、自分で考えた名前なんだもんね。
AGE-1は入れたい。ウェアを換装する際、基本的には後ろにノーマルなりタイタスなりの名前がつく。
ならそれに習って、ガンダムAGE-1◯◯としよう。だけど、そんな名前がパッと出てくるわけでもない。
アウトローはそのまますぎるし、ヴァイキングも名前負けしているような気がして。
悪い人。私。なりたい自分。……そっか。
「ガンダムAGE-1バッドガール。そうです、バッドガールです!」
答えは既に目の前にあった。組み上がった黒と白の海賊ガンダム。鈍色に光るチェーンシールドに、ドッズライフル。仕上がった『私のガンプラ』にはふさわしい名前であると自負できる。
「いいんじゃないかな、バッドガール」
「ですよね! よっし、今からGBNに行ってきます!」
「うん、いってらっしゃい」
「ありがとうございます、名も知らない人!」
消えていった騒がしいバッドガールに、知人の犬っぽい誰かを思い馳せながら、思いの外待ち合わせの時間から過ぎていることに気づく。
「……ヒナタ、怒ってないといいな」
男は自分の幼馴染との待ち合わせに遅れた言い訳を考えつつ、その場を後にした。
黒髪の男、いったい何者なんだ……?