最後は少し短めです。
たくさん、いろんなことがあったように思える。
思えるだけで、実際は少なかったかもしれない。大した時間は経ってないかもしれない。
でもわたくしたちが刻んできた時間の重みは、きっとそこら辺にいるモブたちには分からないぐらい重たいんだ。
「っはー、負けた負けたー!」
「真正面から撃ち破られましたわね」
文字通りその弾丸がすべてを決したと言っても過言ではなかった。
それなりに遠かったし、なんだったら『混沌のシグマシスバースト』だけで決着をつけることができたと思っていたが、ランカーの世界はそんなのじゃ対抗できないぐらい果てのない世界だった。
「あんな状態から狙撃してくるとか思わんっしょ」
決め手は対艦ライフルの弾丸。
鈍色の流星がヴァイキングギア・シドの頭部を狙い撃ち破損。セツさんを犠牲にしながらも、撃ち貫いたコックピットは爆発。その後はもう訳が分からないうちにフレンさんも撃破され、ゲームセット。向こうの勝利となった。
「悔しいなー。アタシとムスビちゃんなら行けるー! って思ったのに」
「過信は禁物ですわ。過信こそが敗北の原因となる。もっと精進しなくては」
本当は、こんなに熱を入れるつもりはなかったんですのに。
最初はユーカリさんと遊べればそれでいい。あわよくば告白して、恋人関係に、なんて思ってました。けれどそれは失敗に終わって。
今隣にいるのはうるさくて、わたくしをかどわかす悪い猫。
その豊満な胸を腕に押し付けて、何がしたいんだか。そんなんでわたくしを落とせると思ったら大間違いです。
「ね! 今日はどっか飲みに行かない?」
「あなた、また介抱されますわよ」
「そんときはムスビちゃんに助けてもらうからさー」
またそんな人任せな。
そんなだから負けたのでしょう。
「わたくしが介抱するだなんて一言も言ってませんわ!」
「でーもー、後見人でしょ? マギーちゃんはよくしてくれたっけなー」
このギャル……。
人と人を比べてはいけないと有史以来ずっと言われていることでしょう。
果たしてそんなことを口にしたのはいつの誰だかは全く存じておりませんが。
まったく、しょうがない子ですね、あなたは。
「分かりましたわ。マギーさんのバーでよろしくて?」
「よろしくてー! よーし、今日は飲むぞー!」
「わたくしはジュースでも頼んでおくことにしますわ」
酒飲みギャル。属性としては完全に真っ黒ですこと。
まぁでも、あと3年もすればわたくしもお酒を飲める日が来る。
その時は美味しいと思える日が来るんでしょうか。過去を振り返って、あの時はつらかったね、って笑い話になる日が来るのでしょうか。
「えー、マギーちゃんだって見逃してくれるって!」
隣にいる金髪緑眼の乙女を見て思う。多分だけど、この子となら新しい未来を作っていける。
そしたら、過去話を肴にしながらお酒を飲むんだ。
さぞや美味しい飲み会になるだろうな。
「そんなはずあるわけありませんわ! それに、わたくしが酔ったら誰が介抱すると思っているんですの?!」
「ムスビちゃん、弱そうだしねー」
こんな日々が続くなら、必ず。
わたくしはただのムスビ。ノイヤーでもなく、幽霊でもなく、ただのムスビ。
フレンさんの隣にいる限り、ただのムスビでいられる。それには感謝しているんですよ。
「3年後、吠え面かくことをお待ちしておりますわ!」
ご機嫌なように珍しく「おーっほっほ」なんて下品な笑い方をする。
まぁ、こんな日があっても悪くはないですわね。
◇
「負けたわね」
「負けましたね」
春夏秋冬への挨拶もそこそこに終わらせて、私たちは海岸線のベンチへと座っていた。
時刻はもう夜で、真っ暗で。街灯が提灯のように光って、暗い海をわずかでも照らしているかのように見えた。
つま先で地面を少しだけいじくりながら、春夏秋冬との戦いを振り返っていた。
私の戦いは、正直終始圧倒されていたと言っても過言ではない。
トランザム抜かれてからの動きは防戦一方。ハルさんはランカーではないものの、そのぐらいの実力があると言われていることを加味しても、すさまじい攻め方だった。
ファイルムという桁違いな性能のガンプラ。パイロット技能による適正。そして単純な技量。このどれもが私に足りなかったものだった。
悔しい。単純にゲーマーとしての感性がそう叫ぶ。
悔しい。エンリの領域までまだ遠いということを自覚してしまった。
悔しい。何より、エンリの前で負けてしまったことが。
本気で戦って負けると、こんなにも悔しいんだ。
「…………」
「…………」
二人の沈黙が交差する。
エンリの戦いも実に惜しい戦いだったと思う。少なくとも傍から見て。
あの時、確実にイニシアチブが有利だったのはエンリだ。だからとっさの行動、メインウェポンを投げるということがなければ、勝っていたのはエンリで間違いはない。そう、そのイレギュラーが発生するから対人戦とは難しく、怖い。
きっと私以上に悔しいのは、エンリの方だ。悔しくて、憎らしくて。やっと果たしたと思った復讐がすんでのところで防がれたのだ。
ジャイアントキリングは成し遂げられなかった。
「……はぁ、あーあ。負けたわね」
「エンリ?」
いつものように吐き出したため息からさわやかさを感じてしまうほどのすがすがしい敗北宣言。
その言葉に驚くけれど、思い返してみれば当然のことだった。
彼女は本気ではないナツキさんと戦い、勝ってしまったことを根に持っていた。
本質は本気かどうか。全力と全力をぶつけあって負けたんだ。そこに悔いは残っておらず、勝っても負けても、満足感だけが満ち溢れていたのかもしれない。
「負けた。負けたわ。スッキリした」
言葉だけはすごく清々しく聞こえる。
でも、その声は少し湿っぽくて。まるで涙を我慢しているかのような、悲しみを我慢しているみたいな、そんな胸の苦しさ。
寄りかかってきた肩は少し震えていた。私の方が身長は小さいはずなのに、今だけはエンリの方が小さく感じたんだ。
「エンリ」
「何よ」
「我慢しなくても、いいんですよ?」
鼻をすする音と今にも崩れてしまいそうな笑顔は、誰の目から見ても無理しているって理解できた。
だから彼女の方へ腕を広げる。胸の中で泣いていいって。エンリの悲しみを一番最初に受け止めるって、エンリの恋人なら当然のことだと思ったから。
「ユカリ……、みっともないところ見せてもいいの?」
「はい。エンリの強いところも、弱いところも、全部受け止めるって決めましたから」
「……そう、だったわね」
いつかのエンリの告白を思い出す。
あの時は自覚していなかったけど、今なら分かる。
私はちゃんとエンリを愛せることができると。他の誰でもなくて、エンリがいたからここまでやってこれたと思うから。
ポスリと私の胸の中に顔をうずめたエンリはしとしとと悲しみの雨を流す。
そんな彼女の華奢な背中と黒くて細い髪の毛をそっと抱きしめる。
「わたし、ずっと頑張ってきた……! ずっと、諦めずにきた」
「知ってます」
「ナツキが幸せそうなのを見て、嫉妬してた! またわたしにないものを持ってるって!」
それは懺悔。常に上にいたライバルが手に入れた愛をずっと妬んで、羨んで。それでも壊すことなんてできないと自分の中に押し殺した。それが一番正しいことだって思いこんで。
「でもあんたに、ユカリに出会えた。諦めずにいた先であんたは待ってた!」
それだけが支えで。それだけが嬉しくて。
「一度は手放しかけた愛を再び手にしてくれて、ヒールじゃなくてヒーローって呼んでくれて、嬉しかったの」
仲間だけじゃダメだった。エンリが欲しかったものはたった一つだけ。かけがえのない想い。
「愛してくれてありがとう! おかげで、わたし……わたしは……!」
――過去を振り切れた。
その言葉一つで、エンリの復讐が終わったことを理解するには十分だった。
その言葉一つで、私がエンリを支えられてよかったと、そう感じられた。
「ユカリ。こんなわたしだけど、また一緒にいてくれる?」
胸の下から私の顔を見上げて、上目づかい。うわ、私がいつもやっていたことだけど、これは確かに破壊力高いかも。
そんなことされたら、私の心臓の音がトクン、トクンと早まってしまう。
努めて優しく、それでいて相手に私の精一杯が伝わるようににっこりと笑った。
「当たり前じゃないですか。私、エンリの事好きなんですもん」
恋心をまだ教わってないから、って嘘を言おうとしたけどやめた。
だって、エンリにはいっぱい教えてもらいましたから。恋心のイロハ。いや、人を友達としてではなく、かけがえのないたった一人として愛すること。
感謝には報いなきゃいけない。だから私は恥ずかしくても本気の言葉を口にする。
本気の愛を、口にする。
「ユカリもなのね」
「エンリはどうなんですか?」
少し意地悪気味に、それでも嬉しそうに口にする。
胸の中にいたエンリが姿勢を正して、私に向き直る。たった二人っきりの世界。愛の巣。
「わたしもよ。わたしも、ユカリのことが好き」
「じゃあ、両思いですね!」
「……恥ずかしいわね、なんか」
そりゃ恥ずかしいこと言ってますから。
見つめあう二人。その先は、もう言葉にしなくても理解していた。
潤んだ瞳を上目遣いで見つめる。何を欲しがっているのか、分かってますよね?
しょうがないわね。なんて言いながら、エンリの顔が近づいてくる。
目と鼻の先から、息がかかる距離。手首ではなく、指同士を絡めあって、目を閉じる。
これが私たちの、リレーションシップ。私たちの、関係性。
最初はいびつだったかもしれないけれど、研磨して、くっつけて離れて。それでもまた無理やりくっつけて。
まだまだ継ぎ目はでこぼこかもしれないけれど、また二人で繋ぎ合わせれば無限大。
だから最初のステップはここから歩いていけばいい。私たちの愛は、これからもずっと続いていくんだから。
結んだ愛は甘美なほど柔らかくて。それでいて優しく包み込まれた暖かさを感じる。
指先の汗も、結んだ唇もすべてエンリと一つになった感覚。
私のファーストキスは少ししょっぱかったけれど、これまで出会ってからのすべてが込められていた。酸いも甘いも知った愛が。
好きです、エンリ。これからも、ずっと。
街灯が照らす私たちはまるでスポットライトの真下にいるみたいに明るかった。
――ガンダムビルドダイバーズ リレーションシップ 完
改めまして、リレーションシップを読んでいただきありがとうございました。
これで3作目となりましたが、いかがだったでしょうか?
ケーキヴァイキングにとってのメインとなるお話はこれでおしまいとなります。
が、今回のリレーションシップは番外編を用意する予定です。
番外編はコラボ話も考えておりますので、その辺はご期待ただければ幸いです。
それから次回作もやんわりと考えており、こっちもご覧いただければ嬉しいです。
最後に。
うちのユーカリ、エンリ、ムスビ、フレンの活躍を読んでいただき、誠にありがとうございました!
それでは、またいつの日かお会いしましょう!