これはわたくしの夢の物語。もしもの、IFの物語。
もしもわたくしが勇気を持つことができたなら。前に進むための勇気を持ち合わせていたら。
もしもわたくしが、ユーカリさんと付き合うことになっていたら。そんな、そんな夢物語。
◇
「……て、くだ……い!」
誰かの声がする。甘ったるくて甲高くて、それでも彼女が愛して、わたくしも愛しているような、そんな愛おしい声。
「ぅ……んん……ユカリ、さん?」
「そうですよ! 早く起きてください!」
お世辞にも朝が強いわけでもない彼女は、布団をかぶりながら顔を枕にうずめる。
あと五分。そんな言葉を呪詛のように唱える。実際はあと1時間ぐらい放っておいてほしい。
「駄目です! 今日はムスビさんとお出かけに行くって約束したじゃないですか!」
「やくそ、く……おで、かけ……」
蘇る記憶。本来は存在していないものの、もしもの彼女の頭の中にはある約束。
そう、そうなのだ。彼女は今日ユカリさんとお出かけすると言う約束をしていたのだ。お出かけと言えば二人っきり。二人っきりと言えばデートだ。そんな日に、彼女はいったい何をしているというの。起き上がれ、起き上がるのですムスビ! うぉおおおおおおおお!!!!!
「ふあぁ…………ねむい」
「おはようございます、ムスビさん」
ふやっとした笑顔が彼女の身体に染み渡る。あぁ、今日もユカリさんは一段と可愛らしい。天使のようだ。
ベッドから地上に足をつけて立ち上がると、勝手知ったる我が家兼ユカリ宅の洗面台へと向かっていく。
どうやらこの世界の彼女もアウトロー戦役をやったのだろう。その事実だけは変わらず、結果だけが変わったようなものらしい。だからこんなちっちゃい同居人がいることも忘れてはいけなかった。
「おはよ、ムスビちゃん!」
「おふぁようございます、フレンさん」
大きな口を開けてあくびを一つ。
金色の髪の毛モジュールを揺らして、にははと笑う彼女はELダイバーフレン。
この世界の彼女は、失恋したことになっているのでしょうか。
フレンさんの恋の行方は、おそらくもしもの世界の彼女にしか分からない。想像するしかないわたくしには彼女がどんな決断をしたのか。どういう気持ちでムスビのそばにいるのか分からないけれど、きっとかつてのわたくしと同じ気持ちだったことだろう。
欲しくても手に入らない。それが、世の中の常なのだから。
時間は進んで、手早く準備を終わらせた彼女が気合の入った服装でスカートをふわりと浮かばせる。
「よし、万全ですわ!」
「いー感じじゃん! 気合入ってんね!」
「もちろんですわ! 今日はユカリさんのファーストキッスをいただくつもりですのよ!」
少しうつむきがちに「応援してるよ」なんていうフレンさん。
恋のELダイバーが失恋を知る。そんな彼女を見るなんて思いもよらなかった。
その報われない恋は、どうやって霧散させればいいのでしょうね。今のわたくしでさえも、それは分からなかった。
「では、行ってきますわ!」
「うん、ってらー!」
IFのフレンさんの出番は、これでおしまいだ。
その最後の去り際は、少しだけ寂しそうなものだったのが印象的だった。
◇
「お待たせしましたわ!」
「……わっ」
彼女の服装は控えめに言わずとも派手なものであった。
明るい黄色を基調にし、ところどころ白いフリルが可愛らしさをアピールするいわゆるゴスロリ調の服装。当然その場で回ればふわりとスカートが舞い、見るものをすべて魅了させるようなかわいらしさを誇っている。
白い肌と白い髪にもマッチしており、まるで物語に出てきたお姫様のような、そんな様相を成していた。
「どうかしましたの?」
「いえ……。ムスビさん、すごく素敵だなって」
「そ、そうですか? ちゃんと選んだ甲斐がありましたわ!」
照れながら服の裾を少しだけ握る彼女。
本当にうれしそうですわね。そりゃわたくしですし、その見た目で虐げられてきたのだから、褒められることに耐性がないのは当然なことでして。
頬を赤らめるのもそこそこに、彼女は手を腰におき、ユカリさんを視線で誘導する。
「さ。今日はわたくしがエスコートしますわ、お嬢様」
「ありがとうございます、私の彼女さん!」
冗談を冗談で返した顔を見て、お互いに笑い出してしまう。
ひとしきり笑った後は、ユカリさんが彼女の腕を組んで歩き出す。
身長差的にもちょうど子供のコアラが親コアラに抱き着いているような、そんな感じ。見た目は姉妹か、それか親子か。本当は同い年の女の子同士のカップルだというのだから驚きだ。
「まずはご飯ですわ! 今日はまだ朝食を食べてませんし」
「お母さん、用意してくれなかったの?」
「あいにく時間が圧してましたから……。今度なにか埋め合わせをしませんと」
「じゃあ料理を教わりましょう!」
「いえ、それは。……ちょっと」
IFの彼女も料理がへたくそなようだ。
まぁ、今の時代調理済みの商品があるぐらいですから、料理ができなくたって別に問題ない。
それどころか調理してくださった方々に手間賃という形で感謝をプレゼントできるんだ。これほど素敵なことはない。そう、料理できなくたって生きていけるんだ。それはそれとしてお金がないのだけど。
「ちなみに今日の朝食兼おひるご飯は?」
「朝マ○クですわ!」
「あぁ、今の時間帯ならね」
朝マッ○! いいですわね。わたくし行ったことがありませんでしたし、今度ケーキヴァイキングのオフ会ってことで集まってもよいかもしれませんね。何気にらしいオフ会というものをやったことありませんでしたし。
朝食を終えて、ショッピングへ。
雑貨店にやってきた彼女たちは、お互いに似合う小物をプレゼントしよう、という話になった。
目を凝らしながら、周辺を歩いていけば、意外と面白い雑貨があるわけで。例えばこのカエルの置物。ユカリさんが虫が嫌いとか爬虫類が無理とかいう話は聞いたことないものの、無難に選ぶ、ということはしない方がいいだろう。
であるならばマグカップとか、何か変な置物とか。色物を狙いすぎても、おそらく引かれるか微妙な対応をされるだろう。そういうのに空気を読んで、いいねとは言ってくれるだろうけど。
お店の中を練り歩きながらやってきたのはメガネのエリア。
サングラスから伊達メガネなど。ユカリさん、こういうの好きそうですね。似合いそうにないのも含めて可愛らしい一面が見れること間違いないだろう。
例えばこういうメガネなんかは賢く見えそうだって理由で好きそうだし、こっちのサングラスも意外と悪くない。アウトローに憧れた彼女なら絶対に好きそうだ。似合わないのも込みで。
「ムスビさん、こんなのはどうですか?!」
やや興奮気味のユカリさんが晴れやかな笑顔で彼女の顔を覗く。
手に持っているのはトマトの被り物であった。
「……わたくしを何だと思っているか、なんとなく分かってしまいましたわ」
「あはは、ムスビさんと言ったらこれかなーって」
「まぁ、悪くはありませんけど」
トマトの赤は鮮烈でよいものだ。健康にもいいし、一石二鳥だ。
というか、こんなものまで置いているのか。侮れませんわね、ヴィレ○ジヴァンガ○ド。
「ムスビさんは?」
「伊達メガネですわ。こんなのもよくありませんか?」
少したれ目気味なレンズのメガネを彼女にかけさせて、鏡を見る。いつもの印象とは少しだけ別ではあるものの、ユカリさんであることを彩らせるには十分なメガネであった。
「かわいいですわ! やはり、わたくしの見立てに間違いはなかった」
「むぅ、もっとかっこいいのないですか?! イケメンな奴になりたいです!」
「ユカリさんはかわいいが一番ですわ!」
「それはムスビさんだって同じです!」
顔を見合わせて、2回目の笑い。
本当に幸せそうで、自分の夢が叶ったみたいな無邪気な微笑みで。
それが本当は夢の中だってことは知らない表情だった。
◇
「ありがとうございます、楽しかったです!」
夕日の海岸線。シーサイドベースを尻目に海沿いを歩いていく。
彼女にとっての夢物語も、そしてわたくしにとっての夢物語もここで終わるのだろうという半ば確信めいたものを感じていた。
「それはよかったですわ」
勇気はきっとこの時のためにある。
関係を進めるべく。彼女がこれから口にすることは、きっとわたくしにはないもの。本来手にしなくてはならなかった、大事な勇気の形。
腕をほどいて、ユカリさんのハテナを浮かべる顔を視界に入れながら、彼女は大きく息を吸って、吐き出した。
「あのっ! わたくしと、その……。うぅ……」
「ムスビさん……?」
それでも勇気が出ない彼女だったが、もう一度ぱちんと頬を叩いて深呼吸を交わす。
覚悟は、決まった。
「わたくしと、キスを、してくれませんか……?」
はしたないとか、破廉恥だとか、そんな気持ちを釜の中でぐちゃぐちゃにかき回して、形作った結論を口にする。わたくしには、出来ない芸当だ。
「私、と……?」
「……ダメ、ですか?」
「い、いえ! ダメじゃないです! その、びっくりしただけで。ムスビさんとなら、私は……っ!」
相手を不安にさせないと言わんばかりに精一杯の笑顔を浮かべるユカリさん。
そういうところですわ。自分だって不安なはずなのに、それでも相手に手を差し伸べる。そんなあなたをわたくしは好きになった。絶望のどん底に沈んでいたわたくしを掬い上げてくれた大切なあなた。その事実だけは、彼女も、わたくしも変わらない。
「……ユカリさん…………っ」
「ムスビさん……」
薄れていく彼女たちの輪郭。
あぁ、もうすぐこの夢もほどけていくんだ。理想から現実へ。過去から未来へ。もしもから、いつもへ。
ありえたかもしれない『もしものわたくしたち』。
でもそれは、本当にもしもなのだ。確定した、未来ではないのだ。
『夢の中で、幸せになってくださいませ。もう一人のわたくし』
寝言なのか、夢の中での一言なのかは分からない。
けれど、去り際にわたくしの言葉が届いていたのなら、嬉しいです。
◇
「ムスビちゃん! ほら、朝だよ!!! 起きてぇえええええええ!!!!」
「……ぅん…………。うるさいですわね」
「起きろー!!!」
お世辞にも朝が強いわけでもない彼女は、布団をかぶりながら顔を枕にうずめる。
あと五分。そんな言葉を呪詛のように唱える。実際はあと1時間ぐらい放っておいてほしい。
「今日アタシと一緒にデートするって約束したじゃん! ほら起きて、準備する―!」
現実に戻ってきてもデートですか。万年発情期じゃありませんのに、頻繁にデートするなんてわたくしはプレイボーイならぬ、プレイガールか何かですか。
「ふあぁ……。いま、何時ですの?」
「11時だよ! ご飯食べてGBN! いいよね?」
「……わかり、ましたわ。ねむい」
フレンさんの頭を優しく撫でてから、地上に足をつける。
この騒がしさはきっともしものわたくしにはないものだ。フレンさんと一緒の日常。こんな幸せをIFのわたくしは知らない。
わずかな優越感と諦めたはずの感情に整理をつけながら、わたくしはいつもの日常へと戻っていくのだった。
『もしも』から、『いつも』へ