「こんなもの、かな」
カチャっとプラスチックが擦れる音を鳴らしながら、私はバッドガールの最終調整を完了させた。
いつの間にか隣にいたエンリさんは気だるげそうにスマホをいじりながら、少しだけ鼻息を抜いている。ようやくか。そう言いたげな表情だった。
「……足りないわね」
「え?」
今なんと言った?
足りないって何が足りないんだろう。調整ならかなり終わらせた。まだドッズライフルをどうするかなどは考えていないものの、バッドガールの基本は完成したと言っても過言ではない。
彼女を完璧にしたい。私はその一心でご教示を願うことにする。
「足りないって、どんなのがですか?」
「これよ」
机の上に置かれたのは、おおよそ1/144スケールに出来上がっている黒いボロ布。
しかしながら、あえてボロボロにしているようにも見えるその布は私がよく知っているガンプラのパーツの1つであった。
「ゼロペアーのマフラー、ですか?」
「まぁ、そんなものよ。初心者への餞別ってことで」
目を閉じ、よそを向きながら、そんな事を言っている彼女の端から見える頬の色は少し色み付いているように見える。照れてるのかな。もう数週間接しているものの、彼女らしくない不器用なプレゼントの仕方に、少しだけ顔が蕩ける。
そっか。私のために用意してくれたんだ。そう思えるだけで、私の中の心にふつふつと喜びの津波が押し寄せてくるみたいで。
こういうとき、なんと言えばいいか。私は知っている。
エンリさんの方を向き直り、押し寄せている感情のマグマを言葉にする。
「エンリさん、ありがとうございます!」
「……ん」
不器用で少し雑で、それでも暖かみを感じる彼女の優しさに、思わず胸を締め付けられる感覚に陥る。
何度も伝えているはずの「ありがとう」なのに、今日は少しだけ勝手が違う。
嬉しいの度合い、と言うべきか。言い慣れているありがとうが、今日は新鮮な気持ちで言えた。
「不器用ですわねぇ、エンリさんは」
「何言ってるの。これは初心者への餞別よ」
「そういうところが不器用ですと仰ってるんですの」
「喧嘩売ってるの?」
「買いますわよ? ん?」
そしてそれを察してか知らずか。わざと煽るような真似をしているムスビさんはいったい何がしたいのか。この人がたまに分からなくなるものの、目の前でエンリさんとバチバチ火花を散らしているのを見るのは心が痛む。止めに入るならこのときだろう。
「ム、ムスビさんもありがとうございます! わざわざ休日まで付き合わせてしまって」
「いいのですわ! わたくしはユカリさんのためなら宇宙の果てから海の底までお付き合い致します!」
「随分と図々しいのね」
「なんか言いましたか?」
スキあらばバチバチするのはやめてってあれほど言っているのにぃ!
お互いにお互いの発言に油を注ぐ役目を止めるこちらの身にもなって欲しい。
「み、皆さんでGBN行きましょう! ね?」
「それもそうですわね」
「そうね……」
エンリさんもムスビさんも、その言葉には同意してくれたものの、その綺麗で細い指を口元に寄せて考え事をしているのはエンリさん。
どうやら私の手に持っているバッドガールと私の顔を交互に行ったり来たり見合わせているように見える。わたしの顔に何かついているだろうか。もしかして塗装したペイントがほっぺたについているとか? それならかなり恥ずかしい。
ポケットからスマホを取り出して、黒い画面に自分の顔を反射させてみたけど、特に変わった様子はなかった。
「なにかありましたの?」
「あんた、GBNのあの格好でバッドガールに乗り込むつもりなの?」
「あの格好って、地球連邦軍の制服ですか?」
「そうよ」
何かおかしな点があっただろうか。
私はAGE好きで、それが故に地球連邦軍の制服を身につけているのだ。そこにおかしな点なんてあろうはずもない。では何故?
「あんたのバッドガール、海賊モチーフよね」
「はい」
「海賊と言えばアウトロー。にしては、アバターが少し真面目すぎるわ」
「……はっ!!」
天啓。まさしくその言葉に相応しい内容だった。
そう。そうなのだ。思い返してみれば、地球連邦軍も元を正せば『軍隊』だ。
軍隊は即ち清楚でキレイな、アウトローから最も遠い秩序たる法の下で裁きを下す正義と言ってもいい。
その正義が乗っているガンプラが、このアウトローの塊であるガンダムAGE-1バッドガールであることに今まで疑問を持たなかった私が恥ずかしい。
「重要。重要ですよね! エンリさん!!」
「そうね。アウトローだからというわけでもないけれど、アバターの見た目をガンプラに寄せるのも1つの遊びよ」
「あ、あの。たかがそんなことで意気投合されても」
「「たかが?!」」
珍しくエンリさんと意見が一致した私たちはムスビさんを追い立てる。
ガンプラの試運転、という目的なんて今はどうだっていい。女の子だもの、ファッションはしたい。ファッションとはつまり自分の愛機と身も心も一つにできるというオシャレそのものだ。
そのファッションを粗雑に扱うことなんて今の私にはできない。
「エンリさん、私のコーデ。手伝ってくれませんか?」
「もちろんよ。こんなところで意気投合するなんて思ってもいなかったわ!」
「私もです、エンリさん!」
「わたくしもですわ、2人とも……」
こうして生まれたのは結託したファッション同盟。
目指すは他に出しても恥ずかしくないかっこいいアウトロー。いや、かっこかわいいアウトローだ。もちろんAGE成分入れる。ハードルは高ければ高いほど飛び越えることが楽しくなる。そう、これは1つの歴史を刻むための下準備。重要な大好きの形なんだ!
少し大げさに言っている気がするけれど、気にしないよ、私は!
そうと決まれば。私たちは意気揚々とGBNへとダイブする準備を進めるのだった。
◇
とは言え頭の中のファッションデザインはあまり決まっていない。
悪く、そしてAGEらしく。やるならバロノークの女というのも悪くないけれど、それでは安直すぎる。
かっこよくかわいい女。それだけに自体は難航していると言っても過言ではなかった。
「どうですか?」
「却下。バッドガールにしてはタレ目すぎる」
「えぇ?! 元からこんなのなんですよー!」
私の目元がタレ目だからという理由で黒一色のまさしくバッドガールという服装は却下され。
「どうですか?!」
「却下。なんでゆるふわウェーブなのよ」
「そうですわね。ふわふわとした髪の毛にその見た目は似合いません」
「えぇ~!」
別のバッドガールルック。ブカブカのパーカーにあえて生足を見せるスタイルはこれまた却下される。
ちょっと恥ずかしいからこれは別にいいんだけど、この愛らしいウェーブに文句をつけられるのは少しいただけない。
仕方ないので他のバッドガールルックに変えたとしても、却下が続くばかりだった。
「どうして……」
いつもの服装で落ち着いた私は膝をついて、バッドガールルックとの致命的な相性の悪さに絶望した。
「そもそもあんた、身長が小さい割に胸がでかいから、ちょっとイヤラシイ子供にしか見えないのよ」
「い、イヤラシイってなんですか!」
「だったらGBNでぐらい身長伸ばしたらよかったじゃない」
それもそうなんだけど……。
私が今までやってきたVRゲームは基本生身で戦いものばかりだ。
そこには必ずと言っていいほど、身長の操作機能があった。このGBNにだって身長の意図的な操作はあるのだけど、そこには深い深い谷底よりも深い罠が存在する。
リアルとデータの身体による身長差のバッドステータス。身長を大きくすればするほど、リアルとの身体の差異が如実に現れる。例えば歩く際にシークレットブーツの履きたてのように、ぎこちない歩行活動になったり。あとは手の長さや身長の大きさによって通れる場所、つかめるものに差が出たり。
それが故にVRゲームで身長をいじることは非推奨、というよりもエンジョイ勢やファッション勢が行う行為となっていた。
動かしづらいのは嫌だし。そんな理由で私も身長を伸ばさなかったり、胸を削らなかったりしたことに後悔を抱いた。
「いいじゃないですか。こうやってエンリさんを上目遣いで見れますし」
反撃と言わんばかりにじっとりと瞳を半開きにしながら、両手を後ろに回して下からエンリさんを見上げる。
相手が男性だったら基本的にこれで即死みたいな行為であるが相手は女性だ。そう簡単にうろたえたりはしないのだ。
おでこの少し上あたりを優しい力加減でチョップされる。少し痛い。
「あんた、それ男にやらないことね」
「やりませんよ。男の人怖いし」
「全くですわ。こんなプリティなユーカリさんを見たら、皆さん誘拐したくなります」
「誰もそこまでは言ってないわよ」
実際この見た目で後悔したことはいくつかあるものの、口に出すほどではないので記憶の引き出しに鍵をかけて封印しておく。何があったかと言えば、クラスの生徒に少しだけイヤラシイ目で見られているということなんだけど。
プリティかはともかく、エンリさんやノイヤーさんみたいな身長高めの人は羨ましいとは思う。何故って? こういうバッドガールルックが着こなせるからだよぉ!
「ですが、ここまで悪い女に仕上がらないとは……」
「ある意味才能よね」
「悪かったですねぇ!」
私だって好きで成長していないわけではない。
ただほんの少し。そうちょっとだけ夜中にゲームをしていただけなんだ。
人間が成長するのは夜寝ている10時から2時の間だと聞く。その間にゲームをしていたとかそんな事を口が裂けても言えるわけがない。
心の奥底に沈めながら、私は参考となるファッション雑誌を眺める。
うーん。どれも私には似合わなさそうだ。むしろグッドガール特集の方が受けが良さそうな辺り、自分のバッドガール適性のなさに辟易するレベルだ。
ページを捲っていき、ガンダムガールのコーナーへ行くと、発色の良い小麦色の肌をしたダイバーの写真が出てきた。
白いスクールシャツに紺色のミニスカ。加えて頭部のピンと張り上がった虎の耳をしたJKルック。いわゆるギャルと言って差し支えないだろう。胸元も開いてるし。
いいなー。私もこういう女の子に生まれたかったよ。
「……これね」
「これですわね」
「へ?」
その瞬間。何故だか雑誌を一緒に覗いてたエンリさんとノイヤーさんの意見が合致した。
◇
「完璧ね」
「これしかありませんわね」
完璧とは、探求者にとって死に値することなんだよ。
などと誰かおしゃれな研究者が言ってた気がしないでもないけれど、それは置いておく。
今のは私は新たなダイバールックに新装していた。
まずは地球連邦軍の制服。これをあえてそのままに胸元を開けたり、袖を腕まくりして着崩す。腰にはカーディガンを巻いて、学生らしさと可愛らしさ。そしてアウトローさを表現。まさしく不良のような格好と言っても過言ではないだろう。ここで制服を肩から身につけたりすればそれはそれでよかったのだが、今はおいておく。
私の怒りのポイントはこの犬耳と犬しっぽのアバターパーツなのだから。
さっきまでなかったよね?!
おもむろにエンリさんが取り出した犬耳と、ノイヤーさんの懐から飛び出た犬しっぽがベストマッチ。不良のような見た目があら不思議、悪ぶったチワワにしか見えない。
「って、そんなビフォーアフターってありますか?!」
「いいんじゃないかしら。だいたいあんたにアウトローなんて無理なんだから、不良程度で十分よ」
「ですわね。キュートですわよ、ユーカリさん!」
「うぅ……うぅ……」
正直恥ずかしい。胸元が開いてるから谷間がチラチラと私の視界を行ったり来たりしてるし、何よりケモミミ&しっぽが思いの外他の人に見られるんじゃないかと恥ずかしくてたまらないのだ。
「えー? もしかして自分で選んでつけたのー?」
「うっそー、シンジラレナーイ! 犬耳としっぽは小学生までだよねー!」
なんて言われた日にはGBNをやめるまである。悔しいことに、私のメンタルはそこまでカチコチではないのだ。
「こんなんじゃチワワかポメラニアンですよぉ……」
今更2人で顔を突き合わせて、少し申し訳無さそうな顔で私を見ないでほしい。逆にされるがままパーツを身につけた私まで申し訳なくなってしまう。
……うん。こうなったら2人を元気づけるために覚悟を決めよう。私は悪ぶったチワワだ。悪ぶったチワワ。可愛いがすぎるのでは?
「こうなったら、3人でどこかストレスを発散しに行きましょう!」
「つまりバトル?」
「はい! バッドガールの試運転もしたいですし!」
今までにないほどの高鳴りを感じる。
ストレスは何らかで消化することができるらしい。今回選んだ消化方法は殴る蹴るの暴力。八つ当たりというやつだ。何か適したイベントのようなものはあるだろうか。先輩の2人に聞いてみると、それぞれ反応を示した。
「こういうのは野良試合もありですが、それだと基本タイマンの1対1ですし……」
「……ヴァルガよ」
私はクエッションマークを宙に浮かせていたけれど、ノイヤーさんが目を見開く。まさしく「今なんと言った」という言った相手が信じられない顔だった。
「本気で言ってますの?! あそこは猿山ですわよ! そんなところに初心者であるユーカリさんを……」
「実際行けると思うわ。彼女のバトルセンスは大したものだもの」
ノイヤーさんがバツが悪そうな顔で私を見てくる。
な、なんでしょうか。もしかしてヴァルガって場所は相当やばい場所だったりします?
「あんた、乱戦は好きかしら?」
「えっと……はい」
その答えにしばらくの間後悔するとは、この時の私は知らなかったり。
ともかく。これが私のハードコアディメンション-ヴァルガ行きが決まった瞬間であった。
デジモンで言うところの成長期から成熟期辺り
情報アップデート
◇ユーカリ
機体名:ガンダムAGE-1バッドガール
見た目:青く髪の毛が肩まで伸びたウェーブのかかったセミロング
地球連邦軍の制服を胸元を開けたり、腰にカーディガンを巻いたり。
不良のような格好。犬耳と犬しっぽをアバターに装備している
ユーカリ第2形態。
バッドガールと似合うようにしてコーディネートされている。
参考は某-Tuberの何テラさん。悪ぶったチワワorポメラニアン。