ハードコアディメンション-ヴァルガ。
それはいったい何なのか。私にはもちろん分からないのであるが、答えを求めると自然と1つにつながってしまうほど簡単な問題だった。
ヴァルガは対人戦に餓えたダイバーたちの要望によって作り上げられたルール無用。殺戮や鏖殺。奇襲に不意打ちと、様々な戦法戦略が合法化されたディメンションだ。
唯一にして最大の特徴である、合意なしのガンプラバトルが可能な場所であり、中級者以降の腕鳴らしやストレス発散のはけ口。果ては初心者をここに誘導して合法的に叩き潰すという初心者狩りまで生まれている有様だ。
それを一般ダイバーたちは何と捉えたか。
例えばGBN動物園。様々なチンパンジーや猿がひしめき合う小さな楽園であり地獄。
例えばボス猿トーナメント戦。これまた猿が己のガンプラが強いことを証明するための腕試しの場であり、バトロワ島の1つ。
あるいはマッドマックスや北斗の拳ディメンションなど、言いたい放題様々なのであるが、総じて危ない場所、と呼ばれる多くの悪意が募る場所である。
そんなところに連れて行こうとするエンリさんは正直頭がおかしいと思うし、それにはいと答えてしまった私にも責任はあると言ってもいい。
だからって後悔する時間を与えてくれないのは酷すぎるのではないだろうか。
「本当に行くんですか……?」
「行くに決まってるでしょう。バッドガールの晴れ舞台よ」
「むぅ……」
そう言われてしまうと弱い部分はある。
バッドガール、チンパンの巣窟であるヴァルガで完勝! なんて事ができれば今後の自信につながるし、バッドガールが強いということの証明もできる。
逆にコテンパンにやられてしまえば、自信の喪失から早くもゲームオーバーになってしまうこと請け合いだ。兎にも角にも、この1戦は重要と言えよう。
だからこうやって緊張もしてるし、なんだったら行きたくなんてなかったよ!
既に出撃準備をしている手前、2人から逃げることなんてできないわけで。今日は厄日だ。
「……ヴァルガに到着したら、まず最初に全力でブーストをかけなさい」
「は、はい……?」
なんでだろう。出撃前に聞いたエンリさんのアドバイスから猛烈に嫌な予感しかしない。
やっぱりチンパンたちの動物園とは、全くの比喩表現ではないみたいだ。
「エンリ、ガンダムゼロペアー。行くわよ!」
「ノイヤー、ダナジン・スピリットオブホワイト。行きますわ!」
「うぅ……みんなして……」
かっこよさげな出撃口上はテンションが上がるものの、今から行く場所がテンサゲなんだよ。まぁいいや。どうにでもなっちゃえ!
「ユーカリ、ガンダムAGE-1バッドガール、行っちゃいます!」
ヴァルガに着いたらフルブースト。よし心に決めた。
ディメンション間ワープゲートを抜けて、飛び出た先は空中。
見渡す限りの廃墟と灰色の岩場はまさしく原子爆弾でも落ちたかのような荒れ果てた土地だった。
空も灰色で、地平線の彼方まで雲がかぶってるし、本当に世界そのものが死んでしまったような錯覚すら覚える。
「ここが、ヴァルガ……」
「ユーカリさん、ブーストですわ!」
「あっ!」
エンリさんに言われた通り、最大限スラスターを全開にしてブーストを点火させたその瞬間だった。
一筋の閃光が私がいたすぐ後ろを掠める。少しでもブーストが遅ければどこかに被弾して、そのままゲームオーバーになっていたほどの正確無比な射撃。
思わず閃光――ビームが来た方向をカメラアイで確認する。わずかに見える視線の先。銃口を構えたデュナメス型のガンプラが、こちらに銃口を向けていた。
来る。思わず身構えても、通り過ぎる私のバッドガールには目もくれずにただひたすら、私が入ってきた場所を見つめていた。ど、どういうこと?
「あいつはいつもそこから来る奴を狙撃して、片っ端からダイバーポイントにしてるリスキルのバカよ。1発逃したら、追ってこないから安心しなさい」
「そ、そうなんだ。よかった……」
「でもあいつの恐ろしいところは他にあるの」
「へ?」
灰色の土に着地したゼロペアーは腰にマウントしていたナックルガード付きツインメイスを手に取り始める。それに応戦する形でノイヤーさんも手のひらにエネルギーを溜め込み始めた。一体何が始まるんです?!
「あいつの弾丸は戦いの狼煙。つまり、ここに猿どもがやってくるってことよ!」
『そういうことだぜぇ!!!』
現れた集団は合計10機。そのどれもがジオン軍のザク系統の機体であり、いずれもバイクに乗ってこちらに襲いかかってきているのである。
スパイクショルダーを改造した世紀末仕様の長いニードルに加えて、クルーザータイプのバイクを幾重にも改造したまさに特攻隊専用モデル。うんうん、あれもまたアウトローだね。かっこいいなぁ、なんて言ってる場合ではない。素早くドッズライフルを構えて、射線上に入ってきた敵を1機ずつ狙い撃つ。
だが、ドッズライフルは本来貫通力を加えたビームライフルであり、DODS効果を与えた反動として、少しばかり銃身がぶれてしまう。それ故に1発目は牽制射撃と思えるほどの軌道を描いて世紀末ザク隊の空中をすり抜けていった。
くっ。まだまだ。仰角は少し修正して、反動による調整も済ませて。よし第2射行ける気がする!
放ったビームの螺旋はクルーザーバイクに跨ったザクの左手を掠める。
浅い。そう思った矢先にビームによって溶けた装甲が爆発。そのまま1機がバイクから転げ落ちてしまった。結果オーライと言うべきだろう。
「やった!」
「あんなんじゃまだくたばんないわ。わたしは前に出る。援護お願い」
「しょうがありませんわね!」
ダナジンのビーム連射の雨を背に、ゼロペアーは残り9機となったザク軍隊に単身突貫を図る。
って、最初は私のバッドガールの性能を見たいんじゃなかったんですか!
私もドッズライフルで牽制をしながら、突撃を仕掛ける。
いかんせん左腕はただのフックであり、ビームサーベルを持つことはできないものの、このガンダムだってやればできるってことを教えてあげなくちゃ。
「あんまり前に出ないでくださいまし」
「でも、近づかなきゃ、当たらないよ!」
ゼロペアーが突貫した先がモーゼの十戒のごとく左右にバイクザクたちが別れる。
どうやら囲んで棒で叩くらしく、片手に持ったザクマシンガンで円状になるように囲んだ中心、つまり私たちに乱射を始めた。
一つ一つのダメージは少ないものの、蓄積していくのがダメージだ。粒カスの豆鉄砲だろうと溜まっていけばHPが削れていってしまう。
「このっ! このっ!」
全然当たらない。こと射撃戦は苦手であると同時に、常に動き回っている相手にGBN初心者であるはずの私が当てられるわけもない。
小手のビーム兵器で対応しているゼロペアーだが、しびれを切らしたのだろう。彼女が軽く舌打ちを鳴らして、尻尾のテイルシザーで地面に先端を突き立てるようにバリバリと音を鳴らして攻撃を始めた。
「いい加減、鬱陶しいのよ!」
バイクに被弾するのは尻尾ではなく地面の岩。視界とバランスを奪われたバイクザクたちは転倒、もしくはバイクから脱却する形でなんとか難を逃れる。だが総じてその場で足を止めてしまったという事実は変わりない。
ガンダムフレーム特有の素早い身のこなしから、身の丈2つ分ほどジャンプしたゼロペアーは右手のメイスを投げつける。同時にテイルシザーによる鋭い突きの攻撃が視界を失ったザクたちに襲いかかる。
『何だこの音は?!』
メシャッという明らかに機体そのものが質量に潰された音ともに相手のパーティが1つ欠ける。
『アールツー?! おの……ッ!』
『D2!』
同時に襲いかかっていたテイルシザーがザクヘッドから胸部までを一刺し。
突き刺さったザクを今度はメイスのように他の機体へと叩きつける。
『グワーッ!』
「そうだ、私も……!」
熱源センサーは有効だ。ならば、狙いを定めてドッズライフルで撃ち抜く!
ドシューンとドッズライフル特有のライフル音は土煙を突き抜けて1つのザクの胴元を貫いてみせた。
爆発したザクと同時にメイスのように叩きつけられたザクが他のザクと誘爆を起こしさらなる大きな爆発へと姿を変える。
『う、嘘だろ……たった1機に、こんな……』
「戦場では、侮りは死に値するわ」
辞世の句を読ませる前に着地したゼロペアーのメイスで脳天をかち割られて更に1機撃墜。
10機いたザクたちは残り5機となってしまい、散り散りに逃げ始める。
追おうと思い、ドッズライフルを構えてみたが、それはゼロペアーに何故か止められてしまった。
「あの様子なら下手に手を出さなくても勝手に死ぬわ」
「う、はい……」
「相変わらず鬼神の如き強さですわね」
「やめて。わたしなんてまだまだだから」
そんなに謙遜しなくてもいいのに。
乱戦に慣れているとは言え、小隊の半数を1人で消し去ったエンリさんはすごい。
実際に口にしてみたら、照れた後にゼロペアーでこづかれてしまったので、これ以上何も言わないことにする。だってダメージ結構痛かったし。
「ワイヤーの性能も確認しておきたいわね」
「ですね。試しにドッズライフルは控えてみます」
「その方が良さそうね」
後ろ腰にドッズライフルをマウントして、左手の調子を確かめる。
左手はワイヤーフックという武器腕となっており、超硬度のワイヤーで射出。そのままフックで攻撃したり、ワイヤーで防御したりと、用途は様々なはずだ。いかんせん使ったことがないので使用感がイマイチわからないけれど。
敵を求めるべく私たちは歩いて周囲を探索し始める。
ゼロペアーもダナジンも、そしてバッドガールも空中を常に走ることはできない。故にスラスターを存分に使用しなければダッシュ行動もできないわけで。
他の機体に見つかると面倒だからこそ、こうやって身を潜めながら、次の交戦相手を探していた。
「やっぱり索敵マンは欲しいですわね」
「これだけ広いと、ですね」
ここ、ヴァルガは対人戦を想定しているため、通常のディメンションよりも広く設定されている。故にドローンやビットなどで索敵をするダイバーも少なからず存在するとのこと。今の私たちにとってはまったくもって羨ましい機能である。
ないものねだりをしてもしょうがない。自前のガンダムの角とヴェイガン機のスキャンを使って狭い範囲の索敵を試みている。
すると、1機がこちらに近づいてくるのを察知した。
「さすがヴァルガね。的には困らないわ」
「いいですか?」
「思う存分やってみなさい」
鈍色のチェーンを握りしめて、空中から飛んでくるアヘッド目掛けてワイヤーフックを投げ込む。
突き攻撃で突き飛ばすように真っ直ぐアヘッドの進行方向へと進んでいき、そして……。
『グアッ!』
「ヒットした!」
仰け反ったアヘッドがそのままビームライフルを持って臨戦態勢を取り始めるものの、私のワイヤー捌きは更にその上を行く。
フックの下部分に潜り込んでしまったアヘッドの背中を引っ掛けるようにして、装甲の隙間にフックを滑り込ませる。
しまった。そう声が聞こえながらも、ノーマークだった彼に責任があるのだ。ワイヤーを引き込むように左腕を引き下げ、右手にビームサーベルを握る。これは釣りだ。大きな獲物が引っかった場合、どうすればいいと思う。答えは1つ。仕留めて今晩の夕飯にするんだ!
『わわわわ~~~~!!!』
「ごめんなさい!」
ビームライフルを撃つスキも与えず、突き立てたサーベルは胸元。コックピットを貫いたアヘッドはそのまま爆発四散。ゲームオーバーとなった。
「うまく使えれば、かなり有効な武器になりそうね」
「ちょっと難しそうですけどね」
「まぁ、問題はハイエナたちが群がってきたことよね」
「え?」
ダナジンのデータリンクから数機がこちらに向かっていることを確認する。
ひょっとして今の行動見られてた感じなの?!
「1機はカットシー。1機はマラサイ。もう1機は、この反応……なに?」
「どうしたんですか?」
「妙ですわね。ジャミングで表示されなくなったと思えば、モンテーロに変わりましたわ」
ノイヤーさんの説明によるところ、補足した熱源反応が一瞬消えたかと思えば、次の瞬間には熱源反応を探知し、正体がモンテーロであることが判明した、とのことだった。
確かに妙だ。バグという可能性もあるけれど、それなら修正のためにガードフレームが出てくることになる。でもその気配は一切ないし。どういうことなの。
「いずれにせよ、少し厄介そうな相手ね。カットシーとマラサイはなんとかする。ダナジンとバッドガールでモンテーロを殺りなさい」
「それが妥当ですわね」
「うん。怖いけど、頑張ってみます」
ターゲッティングしたモンテーロに、僅かな不安を抱きながらも、私とノイヤーさんは第3戦目のステージへと駆け上がり始めた。
やたら強いヒロイン。
明日からモンスターを狩りに行くので多分不定期になります。
ヴァルガ編は終わらせてから、ね。