今回はコロコロ場面が変わりますが、時間軸的には修前です。
「9999回…………10000回」
今日も日課の素振りが終わった。手を開けて閉じて、自分の感覚が鈍ってない事を感じる。
素振り用の木刀を置き、コップに冷たい水を注いだ。
とくとくとく、と流れ込む水を傍目に、私はこれからの予定を練った。今日は休日、学校もなく、暇といえば暇である。であれば鍛錬を積むのも一興ではあるが、実戦に赴いても良い。
どうしようか唸っていると、友人からの電話が来ていた。どうやら素振り中に来ていたらしいが、集中していたもので反応する事が出来なかった。
申し訳なさを感じつつ、携帯を開くと、友人の太刀川からのメールだった。
『ランク戦するぞ』と分かりやすく端的に書いてある文を読み取り、私は午後の予定をランク戦にする事にした。
いつもはやろうと煩い男だが、暇な時にこのお誘いは嬉しいものがある。早速汗を風呂で流し、私は準備を進める事にした。
ー
その日、訓練生である僕は、とてつもない光景を目にした。
ボーダーにはランク戦と言うシステムがある。簡単に言えば、ボーダーの皆でポイントを奪い合って上位を目指すといったもので、隊員同士の切磋琢磨が目的とされたシステムだ。
僕は訓練生なので勝率は低いが、このランク戦において無類の強さ。そしてボーダーでトップの輝く人がいた。
太刀川慶。黒い隊服に身を包み、腰に差した2本の孤月(簡単に言えば日本刀の様なもの)を振るって、他の隊員を斬って行く。非常に現れる頻度が高いので、僕以外にも知っている人はいるはずだ。
そんな彼は、このボーダーで最強と謳われる人物であるのだが、そんな彼が今、押されていた。
「なぁユウキ! すっげぇ!!!!」
「凄い……」
友人が肩を叩いて目をキラキラさせてくる。そうだ、太刀川さんの相手をしている人は、凄かった。いや、凄い以外で表せる言葉が見つからなかったのだ。
剣道の様に孤月を両手で持ち、正眼の構え(剣道の構えの基本)で太刀川さんを迎え撃つ彼。少しクセのある髪をした彼は、ランク戦が始まって以来、
そう、一歩もだ。
「流石、
声のする方を向いて見れば、攻撃手4位を冠する村上鋼さんが、一時も見逃すまいと目を凝らしていた。
その他にも名の知れた隊長クラスの隊員が集まっていた。
流と呼ばれた彼は一歩も動かず、太刀川さんの剣を捌いていく。手首の動き、孤月の側面を使って丁寧に捌くその姿は、まるで職人だった。
ー
「クッソ……一本も届かなかった」
「流石に柔な鍛え方はしていないのでな」
ランク戦を終え、ロビーに戻ると、悔しそうな太刀川の姿がそこにはあった。がっくりと肩を落としている彼にそう声をかけ、持ってきていたペットボトルの水を飲んだ。
ふと気が付けばロビーには大勢人がおり、大方、太刀川でも見に来たのだろう。彼はこのボーダーで最強と言っても過言ではないからな。その太刀筋でも見に来たのだろう。そんなボーダーの意識の高さに少し嬉しくなった。忍田さんは殿堂入りなので数えていない。
「んで、どうだった?」
「ふむ……」
感想を聞かれるので少し頭を捻る事にしよう。
「太刀川はそうだな。攻撃に長けている分、守備が疎かだな」
「いやいや、僅かな隙間通されたら無理だろ」
「そして何と言っても粗いな。素振りが足りない」
「それを言われたら確かに足りないけどな……」
はっはっはと言わんばかりに笑う太刀川。まぁ己の鍛錬が常人と逸脱しているのは不器用ながら理解出来る。だが、私はそれだけやらなければ、彼らには追い付くことは出来ないのだ。
実に14年ほど刀を振るってきた。それでやっと
例えば剣術のみで言えば私はボーダー内でも上位に位置するだろう。(そう信じたい気持ちが強い)ただ、剣術のみで成り立っている訳ではない。射手や狙撃手といった遠距離に長けた者も多くいる。そういった相手を前にした時、私はあまり強くないのだ。
「流さん」
「鋼か。どうした?」
「俺も10本お願いします」
再びの強者に思わず心が躍る。鋼はまた太刀川とは違ったタイプの攻撃手だ。
太刀川が攻撃特化であるのなら、鋼は防御特化の攻撃手と呼べるだろう。片手に大きな盾を持ち、耐性を崩して優位性を保ったり、その磨かれた剣術で攻撃をしてくる非常に万能な男だ。
私と似た様なタイプだが、決定的に違うのは盾を持っているか否かだ。
盾は受け流すほかに、受けるといった使い方をする。受け流すのと違う点としては、攻撃を止める事で、隙を生ませる。ほんの僅かな時間だが、その成功率は受け流すのとは違って、非常に高い。いわば、安定感が違うのだ。
「分かった。だが、10本だけだ。これが終わったら一旦今日のログを見返す必要があるからな」
「分かりました。それにしても流さん程の人でもログを見るのですね」
「勿論だとも。経験を体感ではなく目で分析する。それも大事なのだからな」
「いや、そうではなくて……」
「?」
……何を言いたいのかは分からないが、まぁいい。とりあえず今は目の前の戦いに集中せねば。
ー
霜月流。古参と言っていいほど昔からボーダーに所属しており、毎日素振り一万回の他に綿密な鍛錬を積んだ努力の男。
そんな彼に負けた太刀川の心の中には悔しさがあった。
太刀川は流に対して一本も取れなかったのだ。それに一歩も動かす事が出来なかった。
グラスホッパーでの高速戦闘も、剣速で負け。
正面からの斬り合いは全て流されて負け。
距離を取って見れば、生駒旋空よりもずっと長い間合いで負け。
誰がどう見て完璧な敗北だった。
「俺も毎日素振りするか……」
やめといた方がいいと天の声が囁くが、それは後日、彼が実際に素振りを始めてから聞こえる様になるだろう。