気分が乗ったので2話投稿
霜月流が素振りを始めたのには訳があった。
流が素振りを始めたのは三歳の頃。強くなりたいと思ったのが最初だった。父の振るう剣に、流は三歳にして惚れたのだ。
鮮やかな剣に空気が斬れる。それを幼少期から見てきた流は。いつしかこうなりたいと願った。
その結果が素振りだった。父に基本であり応用であると教わった素振り。勿論素振り以外の鍛錬もあったが、流が特に力を入れたのは素振りだった。
それは百回から始まり、月日を重ねる毎に増えていき、現在では一万回にも及んだ。
さてさて、そんな彼に転機があった。父の所属していたボーダーに入った事だった。
最初は自分の力が役に立てば良いと思っていた。だが、ボーダーに入って流は運命的な出会いをする事になる。
ー
所変わって現在、村上鋼とのランク戦を終え、流は玉狛支部に来ていた。勿論手元にはランク戦のログのデータを持ってだ。
流は玉狛所属ではないが、昔からの縁という事で歓迎されている。それに、玉狛には小南がいるからだ。邪ではあるが、思春期の男子学生にとって、好きな人と少しでも近くにいたいという気持ちは大切だろう。
玉狛支部に到着し、インターホンを押した。休日の午後ではあるが、きっと誰かはいるだろう。
扉の奥から足音がし、鍵の開く音と共に筋肉が顔を覗かせた。
「木崎か」
「小南はいないぞ」
「…………………………………………………………………………………………………………そうか」
目に見えてがっかりしているのが分かるぐらいには落ち込んでいた。彼が小南の事を好いているというのを知る前、木崎は年に似合わず成熟した人物だと思っていたが、今目の前で年相応の顔を見せる流に少し安心感を抱いていた。
木崎に言って上がらせてもらうと、木崎の他に玉狛のお子さま 陽太郎がいた。
「ながれ、ちょうしはどうだ?」
「まずまず、と言ったところか」
「そうかそうか。きょうもしょうじんしたまえ!」
「分かった」
次いでに雷神丸の頭を撫で、流は木崎について行った。
さて、霜月流はただ小南桐絵を好いているという訳ではない。それだけであれば、顔立ちも悪くなく、実力もあり優しさもある彼はとっくに彼女のハートを射止めていたであろう。
では、何故こんなにスペックの高いと思われる男が燻っているのか。
それは彼が非常に不器用であるという点にあった。
「すまない木崎。また頼む」
「そう言うと思って既に準備している。連絡貰った時からな」
「助かる」
既に何百、いや、何千と通っているこの支部だが、未だにログの見方が分からない。彼は熱心にメモを取り、必死に練習をしたのにも関わらず、いざ目の前にするとよく分からなくなってしまう。
それに彼の不器用さは機械に対してだけではない。
例えばトリガー。彼が孤月以外のトリガーを使わないのは、戦略ではなく単純に使えないから。グラスホッパーなんてまず無理。射手になれば玉を真っ直ぐ飛ばすことすら無理。
料理も彼の腕は壊滅的だった。いつも頭を下げて木崎に教えてもらってはいるが、いつまで経っても小学生の調理実習を越えない。これには、木崎も自分の教え方が悪いのではないかと本気で落ち込んだ。
そしてそれは好意を抱いている相手に対してのコミュニケーションにも反映されていた。
霜月流はこの時ほど自分を恨んだ事はなかった。もう少し自分が口達者で、気の利く様な事を話したりできればもっと変わったのではないかと思っている。この男は恋にも不器用だった。
木崎がログを再生し、それを流は見る。横ではコーヒー片手に木崎が、変な所を触らない様にと見張り、太刀川戦のログが終わった。
「流、今のログ見返す必要はあったか?」
「勿論。一見すると悪くない様に見える事も、目を凝らして見れば……ほら、ここだ」
木崎が一時停止を押すと、太刀川の孤月が迫った瞬間、流の孤月が弾き損ねていた。
そう、彼は一歩も動かなかっただけで、決して無傷だった訳ではない。一般から見ればそれはほぼ無傷に見えるが、流にとっては不服だったそうだ。
ほんの僅かな乱れ、それを戒めるかどうかによって己は変わると流は信じている。
「よし。ありがとう木崎。お土産を買ってきたから、皆で食べてくれ」
「助かる。ありがとう」
なんでこのタイミングなんだお前は。と言いかけてやめた。これが彼の平常運転なのだから。
素直に礼を言って貰っておくのが吉だろう。こう見えても流はメンタルが弱いのだ。
木崎に礼を渡し、ログも見たので帰ろうと玉狛の玄関を開ける。
「あっ、流」
「桐絵か」
桐絵かじゃないだろ。
「すまないもう用事は──
「帰るの?」
「茶菓子を持ってきた。一緒に食べよう」
おい。
ー
『弱いやつはキライなの』
小南桐絵ははっきり言って強者であった。武器を見事に使いこなし、非常に長けた攻撃力を持っている攻撃手であった。
霜月流ははっきり言って弱者であった。何度素振りをしようが、何度鍛錬しようが、雑魚と言われても文句の言えないほどには弱かった。
だからこそ、好きな人が言っていたこの言葉が心に突き刺さった。
何度諦めようとしたことか。
何度彼女の前から消えようと思ったことか。
何度辛いと感じただろうか。
それでも、霜月流は好きであるという気持ちに嘘をつきたくはなかった。
そこで流は考えた。
彼女が最強の矛であるとするのならば、同じ矛になるというのはどう足掻いても追い付くことは出来ない。
それならば、私は最強の盾になろう。
彼女からどんな攻撃をも防ぐ盾になろう。
霜月流の原点はこの時、輝き始めたのだった。
どんな話が見たいかどうか活動報告で募集します