ようこそ姉弟至上主義の教室へ   作:ピト

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第7話 わすれるきおくっ!

 殺害予告を受けて、背後に忍びよる不穏な影におびえながら過ごすこと約一週間。本日は中間テスト。その最後の教科が終わろうとしている。Bクラスはテスト四日前に一之瀬によって過去問が配布された。一之瀬は、この学校は過去、入学初回の中間テストはすべて同じ内容を出題していると調べた上でクラスメイトたちに情報を流した。それと供に、過去問と同じ内容のテストは今回だけであるため、過去問だけに捉われず、勉強するようにと注意もなされた。なぜなら、今までそうだったからと言って今年度もそうであることは限らない、とのことだった。穿ちすぎないかもしれないが、万が一の可能性をも危具して注意喚起したのは流石だと思った。

 徒順なBクラスの面々は、一之瀬の指示通り、真摯にテスト勉強を行い、今日に臨んだ。一限目で、例年通りと判定しても、クラスの緊張感は途切れることはなく、最終科目まで全力で当たっている姿があった。素晴らしい心構えだよねっ!俺?俺はホラ、過去問なんて見てないよ?ちゃんと勉強してれば必要のない代物だし、所詮は赤点を回避するの方法にすぎないから。

 終了のチャイムが鳴った。その瞬間、クラスの空気が一気に弛緩した。

 

「終わったー!」

 

 各所から喜びの声が挙がる。みんな満足の出来映えのようで、やり切ったという表情だった。うんうん、もしかしたらAクラスにも平均点で勝ってるかもね。解答用紙の回収が終わると、放課後となった。試験終わりで、部活に行く者やお疲れ会を開催しようとする者などで教室はワキャワキャと騒がしくなった。それを横目に携帯を取り出す。すると通知が二件あった。一つは隣で同じく携帯をイジっている一之瀬から。

 

 "夜、10時ぐらいに電話していい?"

 

 ん~、それぐらいなら出られるかな?短く「分かった」と返信した。さてさて、もう一つは、と確認しようとしたところで廊下が一層騒めいた。何だ?

 

「お、おい。なんで、上級生が一年の校舎に?」

「バッっ、おまっ、あの人は──」

「やばっ!めっちゃキレイー!」

「背が高いし、足もすっごく長くない?」

「誰かに用事かな?」

「あんた知らないの?」

 

 あ~、はいはい。聞こえてきた言葉で誰かが分かったね。何気に初めてここに来るはずだから、騒がれてしまうのもしょうがない。通知の相手もその人だったし。内容は簡潔に「迎えに行く」の一言。わざわざ来なくてもいいだろうに………。ふう、と息を零して携帯を眺めたままでいると、件の人が傍までやって来た。席に座った状態で見上げると、姉様がアゴで「早くしろ」と促して来た。

 

「ほら、早くしろ」

 

 口でも直接おっしゃられた。ヘイヘイ。素早くカバンに荷物をしまって立ち上がる。姉様は俺を待つことなく、先に歩き出していた。お~い、待ってよ~。周囲の視線が集中する中で、少し大股になって姉様の背中を追いかける。姉様はゆっくりと優雅に歩いており、追いつくのはすぐにできた。姉様の隣に落ち着き、姉様の歩調に合わせてゆっくりとしたペースになった。

 

「6時に予約してるから、一旦寮に帰るでしょ?」

 

 実は今日、姉様と豪華な夕食を予定しています。

 

「ああ。それと、今夜はお前の部屋に泊まるからな」

「泊まるのはいいけど、夜中にちょっと用事があるからね」

「分かった。時間までどうする?」

「特にこれといってやることもしたいことも無いけど………姉様は?」

「私も特に無いな」

「それだったらウチの教室にわざわざ来る必要あった?」

「………確かに」

 

 少々驚いた表情の姉様。おそらく、夕食を一緒に食べる→一緒にいる→迎えに行くって感じの思考だったのかな。

 

「まあ、時間までゆっくりしようか」

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 寮に帰った後、姉様が一旦姉様の自室に戻り、俺の部屋にやって来た。特にすることはないので、俺たちはベッドに背中を預ける形で読書をしていると、あっという間に時間は過ぎて行った。予約した時間に丁度良くなって再び寮を出て、暗くなってきた外を歩く。今から行くお店は、高校生には普通敷居が高く、滅多に立ち寄る者がいないところ。住民のほとんどが学生であるのに、ドレスコードの存在する店を何故出しているのか。もちろん、料金も安いはずもなく、利用するのはもっぱら少数派の大人と一部の懐が温かい生徒のみだ。懐が温かい生徒でも、高校生故にこの店で食事をする人は極小。今回どうして俺たち姉弟がここに来たかというと、ひとえに姉様の興味だった。去年行けば良かったのでは?とも思ったが、俺がプライベートポイントを管理するから行くんだそうだ。そうだった。姉様は、手元にあるお金は使ってしまうタイプの人間だった。俺は一人、そんな風に納得して、姉様の提案を了承した。

 もう店に着くというところで、俺たちが歩いて来た対面からこの学校の有名人が歩いて来た。その人は俺たち姉弟を視認すると、ピクリと眉を動かした。

 

「おやおや?これはこれは、生徒会長殿ではないか」

 

 眼鏡を掛けた理知的な顔の男子生徒、堀北学。Dクラスの堀北鈴音の兄であり、3年Aクラス、生徒会長。現在、この学校の頂点に立つ男だ。姉様は堀北兄に対し、口角を吊り上げて啖呵を切った。

 

「鬼龍院か………。隣は弟だな?」

 

 ギロリと堀北兄の眼光が俺に向いた。この目つきの悪さは、間違いなく遺伝だね。ドとMのつく趣向を持つ人からしたらご褒美だろうけど、俺はそういう性癖を持ち合わせていない。っと、話が逸れかけたな。

 

「はい」

 

 最低限の礼儀を以って頭を下げた。俺は、この人に今のところ関わる気がないから受け答えもこのくらいの最小限で十分でしょ。貴方は綾小路と妹さんを目に掛けておけばいいんだよ。

 

「鬼龍院圭介。入試の学力試験は首席。中学での素行も良好。中学時代も現在も部活には所属していないが、非常に類い稀なる運動能力を保持している。クラスは、Bクラスだったか」

 

 ………ヤバいよ。個人情報の管理はいったいどうなってんの?一生徒が他の生徒の学校評価を見れるとかあり得なくない?つくづくこの学校の生徒会権限の異常さよ。とりあえず、訝しげな目線を送っておこう。

 

「ふっ。そんなに警戒するな。見たところ、この時間帯でお前たちが制服姿なのはこの店で食事だからか?」

「はい。そうですけど?」

「ちょうどいい。俺もここで食事をする予定だったところだ。一緒にどうだ?会計は持ってやろう」

 

 太っ腹な生徒会長。姉様の顔を一応窺うと、おもしろそうだから受けろと書いてあった。

 

「………でしたら、有り難く会長のお言葉に甘えさせていただきます」

「了解した。悪いが少し待っていてくれ、従業員に頼んで来る。予約は苗字で入れていたのか?」

「はい」

 

 堀北兄は俺の返事に頷き、店の中へと入って行った。堀北兄が店に入って数十秒すると、一人の女子生徒がやって来た。彼女は確か、橘茜。生徒会の書記をしていた人のはず。書記さんはキョロキョロと周りを見渡した後、バックから小さな手鏡を取り出して、入念に前髪をチェックしていた。………ん?何か、嫌な予感がするぞ?………まさか、あの野郎っ!?

 

「待たせたな。ん?ああ、橘、来たか」

 

 堀北兄が正面玄関から顔を出す形で戻って来た。書記さんに声を掛けたので、やっぱりかと思った。書記さん、ごめんね。書記さんにとってはデートだったかもしれないのに………。

 

「会、長………?」

 

 何が何やら理解が当然できていない書記さん。

 

「今日はこの姉弟と共にすることとなった」

 

 堀北兄は、淡々と伝えることだけと言った後、「行くぞ」と俺たちを促した。姉様は特に思うところもなさそうに、堀北兄に続いて入店した。かく言う俺は、いや、俺も書記さんのようよう気落ちする姿を最後まで見届ける胆力は無かった。気付かなかったというのも一つの優しさではないか?少なくとも、初対面の俺ができることはなかったように思う。彼女の前途は多難だ。

 

 

 

 

 従業員に案内されたのは、上品な雰囲気の個室だった。四角いテーブルの片側に俺と姉様、もう片側に堀北兄と橘先輩が座る形となった。姉様の正面に堀北兄、俺の正面に橘先輩。橘先輩は立ち直りが早いのか、むしろ堀北兄のデリカシーの無さに慣れてしまっているのか、それとも堀北兄に自分が気にしていることを悟られたくないのか、落ち込んでいる感じは既にない。でも、多分、三つ目だろうなぁ。健気だねぇ。

 

「ひとまず、橘を紹介しよう。俺と同じく3年Aクラス、生徒会の書記もしてもらっている。橘、二人は鬼龍院姉弟だ」

 

 俺は軽く会釈をした。姉様は特に動きを見せず、橘先輩は真面目に返礼してくれた。もともと予約していたので、すぐに料理が運ばれて来た。

 

「食事の席だ。箸を進めながら話をしよう」

 

 堀北兄の号令で食事が始まった。堀北兄が料理に箸をつけ、口に運んだところで俺と橘先輩も箸を取った。もちろん、姉様は自分のペースで気にせず食べている。

 

「橘は、姉の方は知っていただろうが、弟の方は知っていたか?」

「はい。鬼龍院さんは去年からちょくちょく名前も聞いていましたし、今年は鬼龍院くんが入学なされてから私の周りでもちょっとした話題を呼んでますので」

 

 あら、やだ。お姉様聞きまして?私たち、話題になるほどのなんですって!………ん?姉弟っていうのは話題になるの?でも、Bクラスに堀北兄妹の話題は出たことないよ?あれ?

 

「堀北会長は、Dクラスに妹さんがいるんでしたっけ?」

 

 疑問に思ったことを投げかけると、堀北兄の目が細まった。あっ、そう言えば、この兄妹ってお互いにシスコンブラコンなのに素直になれてないんだった気がする。えっと、確か堀北兄が妹に言った言葉は「孤高と孤独を履き違えている」だったな。兄の背中を追いかけるだけの妹、そんな妹を危惧して冷たく接する兄。どっちも性格が不器用過ぎて、綾小路が居なかったら堀北妹は結局成長できなかっただろうね。空回りしすぎだよ、この兄妹………グスン。

 

「………ああ、恥ずかしながらな。愚かな妹だ」

 

 まーた心にも思ってないこと言ってるよ。兄妹姉弟の関係なんて千差万別なのは理解できるけど………。もう少し踏み込むか?

 

「非常に優秀だと聞きますけど?」

 

 ウソです。現実に会ったことも話題を聞いたこともありません。ただただ、俺が知っている原作知識の情報。

 

「Dクラスにいる時点で欠陥品だ。それに今年は史上最悪の記録を打ち立ててくれた」

「俺もあの記録には驚きましたけど、ここから這い上がる可能性もありますよ?まだ卒業まで3年もあるんですから」

「過去、Dクラスが上のクラスに上がったことは数少ない。ましてやAクラスで卒業した事例など皆無だ。歴代でも最悪な結果を出したクラスで、今の妹がのし上がっていけるとは到底思えん」

 

 ふ~ん。今の妹、ねぇ………。

 

「過去の事例は、唯の記録の産物にすぎません。妹さんが史上初の0クラスポイントからスタートするなら、史上初のDクラスからAクラスで卒業する可能性だってある」

「…随分と妹を買っているようだが、面識があるのか?」

 

 ええ。一方的に。

 

「ないですよ」

「では何故そのようなことを言った?お前はDクラスではなくBクラスだ。むしろ敵対する関係のはずだが?」

「あくまでも可能性の話ですよ。それに、俺は姉様が好きだから」

 

 堀北兄と橘先輩が『急に何言ってるんだ?』的な表情をしてきた。隣に顔を向けると、姉様が俺の言いたいことを察したように不敵な笑みを浮かべている。

 

「なかなか嬉しいことを言ってくれるではないか。姉の私も、弟のお前が好きだぞ。お前のことは、この世の誰よりも信じられる」

 

 姉・弟を強調する姉様は、ニヤニヤと楽しそうに笑う。

 

「ありがとう、姉様」

 

 乗ってくれた姉様にお礼を言う。さてさて、この光景を見ている堀北兄はどう思っているかな?

 

「お二人は仲がよろしいんですね」

 

 橘先輩が微笑ましそうに俺たち姉弟を評した。

 

「ああ、自慢の弟だ」

「噂で聞いていた鬼龍院さんのイメージとは大分違いますね」

「噂は所詮噂でしかない。真実はあろうと、それが私の全てではないからな」

「そうですね。今の鬼龍院さんもすごく素敵ですよ」

 

 フレンドリーに話を進める女性陣。取り敢えず、橘先輩は額面通りで受け取ったようだ。一方の堀北兄は、俺を鋭い目つきで見ている。

 

「………鬼龍院、この学校はどうだ?」

 

 ………話題を変えるか………。まあ、いいけど。それに鬼龍院は今この部屋に二人いるんですけど?どっちに聞いてるの?いや、まあ、目線で分かるけど、出来れば呼び方も工夫して欲しいなぁ。

 

「どう、とは?」

 

 俺は回答を濁した。堀北兄の質問が抽象的すぎる。もっと具体的に言ってくれない?じゃないと余計なことまでしゃべっちゃったら困る。

 

「この学校のシステム、それを教えられたお前が、この学校に対してどのように考え何を思ったかが知りたい」

「………クラス間で争いを促して生徒に刺激を与える。人を集団で成長させていくには素晴らしい環境だと思いますよ」

「ほう?」

 

 堀北兄は「続けろ」と目で促してきた。

 

「競争は人を成長させる。極端で一番分かりやすい例が戦争でしょうか。戦争は人類に飛躍的な技術革新をもたらす。歴史が証明してくれていることです。この学校はその原理、競争というものをCPで上手く誘導している」

「CPをお前は理想的なものだと思うか?」

 

 堀北兄の目が、一層光を帯びた。原作で、あくまでもクラスで成長することに重きを置く堀北兄、同学年に好敵手がいないがために個人主義を提示した南雲。俺がどちら側かを見極めるつもりかな?

 

「サピエンスとして生きていく以上、一つの集団、つまりここではクラス単位での評価というのは、将来性を育んでいくのに最適な評価基準と言えましょう。我々人類は、個人のみでは生きられない社会性を持った生物ですからね。他の学校ではできないこと、Aクラスでの卒業特典があればこその制度です」

「………お前は不安や不満を持ち合わせていないのか?」

「まだ二ヶ月ほどしかこの学校で過ごしていませんが、俺は割と気に入っているつもりです。ポイント制度も実に心地の良いものだと思います」

 

 俺の考えを聞いて、堀北兄の目力が少し緩まった気がする。なまじ姉様と俺は客観的に優秀だから南雲の思想を後押しする側かもしれないと思ったんだろうか。姉様の性格とか行動を見ると個人主義に走っているようにも見えるだろうし、その弟ならと考えてもおかしくはない。

 だが、その懸念はおそらくこの世界の姉様に関しても杞憂にすぎない。なぜなら、先程も述べた通り『この学校を気に入っている』からだ。姉様も俺も卒業特典にあやからずとも自力で道を切り開くことができる。故に、南雲に付くことはありえない。この学校でのみ味わうことのできる、自分の力だけでなく他人の力をも必要とする評価制度の刺激が、俺も姉様も気に入っている。故に、南雲の思想に興味はない。だから、原作の姉様は南雲に興味を持たなくなった。わざわざこの学校の良さを悪い意味で無くそうとしている勢力に、姉様が与することなどありえない。まあ、敵対行動を起こすかどうかは別問題ではあるが……。それに加えて、南雲の思想を一番近くで危惧しながらも結局何もできなかった堀北兄にも姉様は興味を失くす。今の時点で既に興味を失くしているかは分からないが………。

 しかしながら、俺も姉様も南雲の思想に共感できないかと言われると、案外そうでも無い。南雲は二年生全体をほぼ手中に収めており、Aクラスの地位を、はたまた、来年になれば学校全体の統治者としての地位を揺るぎないものとしている。そしてそれは、今の学校体制では南雲に与える刺激が少ないことを意味しており、端的に言うなれば南雲の性格上つまらないと感じるのは必然なのである。総じて、南雲が必ずしも悪い訳ではないのだ。

 目の前の堀北兄は、俺がしゃべった後、しばらくの間考え込んだ。俺たち三人は、堀北兄の思考を邪魔することがないように黙り、静かな空間を作り出した。食事を進める音だけが部屋の中に響く。堀北兄の長考は実に、十分近くにも及んだ。

 

「ダメ元で敢えて言おう。鬼龍院、生徒会に入らないか?」

「会長!?」

 

 堀北兄の提案に、橘先輩が頓狂な声を出した。にしても、ダメ元………ねぇ。良く分かってるじゃないか。いや、この調子だと姉様にも勧誘したことがあるな?

 

「断る」

「即答っ!?どうして断っちゃうんですか鬼龍院くん!」

 

 良いリアクションありがとう、橘先輩。でも俺が断るのを意外に思っているのは、多分貴女だけなんだ。

 

「そうか。一応、理由を聞いておこう」

 

 あら?堀北兄は橘先輩に優しいんだね。

 

「生徒会に興味はない。それに、アンタの尻拭いをさせられるのもごめんこうむる」

「なっ、ちょっ、ちょっと鬼龍院くん!?会長になんて口をきくんですか!」

「橘。かまわん」

「っ………会長………」

 

 堀北兄に窘められてシュンっと気落ちする橘先輩に少し罪悪感を覚えたが、それは致し方ない。我慢してたけど、堀北兄相手に敬語はちょっと生理的にキツイ。

 

「クククッ………」

 

 隣では、姉様が笑いを堪えていた。

 

「ァハハハハハ」

 

 前言撤回。全然堪えられていなかった。手をおでこに当てて、天を仰ぐ形で豪快に笑っていた。

 

「姉様?」

「クククッ、すまんな。お前のセリフが、かつて私が勧誘された時に言った言葉とそっくりだったのでな。流石は血を分けているだけある」

 

 姉様は片手を握って口を押さえた状態で再度笑い声を上げた。そっか、やっぱり姉様にも声を掛けてたんだな。

 

「ちなみに言っておくがな、生徒会長殿よ。私は弟にこの学校に関して、何も教えてはおらんよ。そんな野暮なことはしない。まさか、この意味が分からぬ訳はあるまい?」

 

 姉様の言葉に、堀北兄の眉がピクリと動いた。姉様は、堀北兄の反応を見て、益々笑みを深めた。わあ、悪そうなお顔ですこと。悪代官みたいで非常に様になっている姿は、我が姉様ながら感嘆する。

 

「今日はなかなか気分が良い。二つ、生徒会長殿に進言しよう。私は状況や制度がどうであれ、その中で楽しむに限る。だが圭介の場合は、その気にさせればその限りではない」

「…ほう?」

 

 ちょっ!?姉様っ!?

 堀北兄も「ほう?」じゃないよ!何が「ほう?」だよ!いい事聞いたって顔すんな!その顔は綾小路に向けろ!

 

「そして、以前にも忠告したと思うが、奴を買い被り過ぎないことだな」

 

 姉様、それは甚だしく同感。秋合宿で堀北兄は南雲を信用しすぎて、橘先輩を退学にされてしまう。無事救えたからいいもの、まんまとやられてしまうのはダメージが大きいに間違いない。俺はどう立ち回ろうか。まだ考えるのは早いかな。

 

「留意しておこう」

 

 堀北兄は神妙に頷いた。正直、姉様が忠告したところで未来が変わるとは思えないけど、まぁ、気付かせる機会は多い方がいい。なるべく長く南雲の目を釘付けにしておいてくれるにこしたことはないからな。

 食事の席は、その後、橘先輩が持ち前の明るさを駆使して場を和ませ、お開きになるまで話が途切れることはなかった。会計は宣言通り、堀北兄が全員分払ってくれた。橘先輩は恐縮していたが、結局は堀北兄の押しに抗えず渋々ながら従っていた。その時に「次回は私が払います」と次の約束をしているあたり、彼女も強かなものである。俺は心の中で、橘先輩を応援しようと決めた。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 姉様と共に寮の俺の自室に戻ったのは、午後9時を少し回った頃だった。一之瀬との約束まで約一時間。その時間は、歯を磨き、お風呂に入るだけですぐに経過した。スマホの画面が着信を知らせた時には、ちょうど髪をタオルで拭いていた。タオルを首に掛けて、スマホを持ち上げ、通話ボタンに触れた。

 

「もしもし」

『あっ、もしもし、鬼龍院くん!こんばんは!』

「こんばんは、一之瀬」

 

 Bクラスのリーダーこと一之瀬は、声だけでも元気と分かるくらいハキハキとした挨拶をしてきた。姉様がくつろいでいるベッドに腰を下ろした。

 

『夜分にごめんね』

「いや、気にしないでくれ。俺もちょうど話したいと思っていたからな」

『そっか。ならよかった』

「渡した過去問は、上手く使えたようでなによりだ」

『うん。たぶんウチのクラスからは退学者は出てないし、むしろみんな高得点だと思う。Aクラスに勝っているかどうかは、蓋を開けてみないと分からないけどね』

「ああ。みんなやり切った表情をしていたからな」

『最初は範囲表と比べて僅かにズレてたから扱いに困ったけど、テスト範囲の変更が通知されてから知り合いの先輩たちに確認を取ったの。そしたら、先輩たちの時も同じだったらしいからそれで確信が持てた。あっ、でも鬼龍院くんを信頼してなかった訳じゃないよ』

「分かっている。同じ新入生でしかない俺の言葉を盲目的に信じられたとしても、それでは先が思いやられる。上級生に確認を取った一之瀬の行動は素晴らしい行為だ」

『ふふっ、お褒めの言葉をありがとう。でも、私は鬼龍院くんから受け取ったモノをみんなに配っただけだよ。本当に褒められるべきは君だと思う』

「俺がやらなくても、一之瀬なら遅かれ早かれ気付いていたと思うぞ」

『そうかな?私は気付く自信ないなぁ』

 

 原作に、一之瀬が過去問の有用性に気付いたという描写はなかったと思う。Bクラスならそれでも乗り切れるだけの学力を全員が保持しているだろうし、極論過去問がなくても取り返しのつかない問題は生じないだろう。実際のところはどうだったんだろうな…。

 

「そうか、なら過去問を手配せずに一之瀬がどうするかを観察するのも一興だったな。これは惜しいことをした」

『もー、イジワル。…でも、それもそうだね。私もクラスを引っ張っていくならこれくらい気付けないといけないよね…』

「さぁな。Bクラスなら今回は放っておいても退学者は出なかっただろう。仮に一之瀬が気付かまいと最悪は回避できる」

『でも、最高の結果は得られない』

「そういうことだ。ところで、用件はそれだけか?」

『あっ、ううん。まだあるよ他クラスで過去問を入手した人の情報』

「聞かせてくれ」

『結局、全クラスが過去問は手にしてたみたい。Aクラスは今、二派閥に分かれているらしくて、一方は使っていたようだけど、もう一方は持ってもいなかったみたいだよ』

 

 前者が坂柳で、後者が葛城だな。おそらく。というか絶対。

 

「手に入れた方の派閥のリーダーは?」

『坂柳さんっていう女の子。この情報もその子から聞いたの。代わりにウチの情報も求められたけど、手に入れたのは私ってウソついちゃった』

 

 『テヘッ』とカワイイ効果音を自分でつける一之瀬。あざとカワイイ。でも、坂柳が一之瀬のことを信じたのかは疑問が残るところだね。実際に会ってみないと分からない。対面するのはいつになるやら。楽しみだ。

 

『Cクラスは龍園くんって男子。あんまりいい噂は聞かないの。Cクラスの子に聞いた時に少し怯えていたから、あながち噂に間違いはないと思う』

 

 Cクラスは、やはり龍園か。既に独裁体制に入ってるみたいだな。

 

「噂?」

『なんでも、クラスを従えるためなら暴力も辞さないって考えらしいよ。龍園くんに反発した人はいたらしいけど、そういう人たちはしばらくして彼に従順な態度を取ってるんだって』

「それはまた随分と過激な支配者だな」

『自分の目で見てみないと、本当かどうかは分からないけどね』

「そうだな」

『最後、Dクラスは櫛田さんが入手したって聞いたよ。ほら、この前図書室で会った女の子、覚えてる?』

「記憶力は良いからな。そうか、あの子か………」

『うん。みんな凄いよね。龍園くんはまだ面識がないけど、坂柳さんと櫛田さんはあんなに可愛いのに頭もキレるんだもん』

 

 Dクラスの情報は櫛田止まり、か。話を聞いている感じだと、過去問情報を櫛田に直接聞いた訳ではなくて又聞きなんだろう。まだ櫛田のことを『櫛田さん』って呼んでるから、まだそこまで親しくなってないみたいだ。

 

「………可愛いは関係あるのか?」

『ニャハハハハ、言ってみただけ。でも、二人とも本当に可愛いんだよ?』

「俺は一之瀬がいれば十分だ」

『ニャッ!?』

 

 ほんと、一之瀬で十分だよ。銀髪のロリッ娘も堕天使も容姿は優れているものの、片や泣く子も黙るサディスト、片や暗黒物質を腹に抱える承認欲求の権化。もう既にお腹いっぱいだろう?そうしたら、今度は一之瀬を見て欲しい。容姿は言わずもがな、内面は善行の上に善行を重ねたような性格。死後の裁判は第一審から第七審まで満場一致で天国判決が固く、閻魔大王が土下座して一之瀬をもてなすに違いない。まさに本物の天使である。

 それにしても………、

 

「ニャ?」

『………』

「………?」

『………………お』

「お?」

『おやちゅみっ』

 

 プツリという音が直後に聞こえた。耳から携帯を放して画面を見ると、通話状態は既に終わっていた。携帯をベットの前の机に置いて、一息ついた。それと同時に両肩を掴まれ、グイッと後ろに倒れさせられた。反射的にアゴを引いて衝撃に備えたが、やってきたのは予想よりも柔らかい感触だった。

 

「姉様」

 

 上目で確認すれば、いつもの涼しい顔をした姉様が不敵に笑っていた。どうやら姉様の双兵に頭を預けているようだ。フッと力を抜いて、姉様がそのまま支えていられる程度に体重をかけた。姉様の細く長い綺麗な指が、俺の頬を優しく撫でる。

 

「女、か?」

 

 姉様は楽しそうに問いかけてきた。

 

「今のところ、クラスのリーダーをしている女の子。姉様がウチの教室に来た時に居たと思うよ。ピンク色の髪で、多分姉様と同じくらい長い」

「ああ、確か、お前の隣の席にいたな」

「………驚いた。あんな短時間で興味持ったの?」

「意外か?」

「ちょっとね。それに、興味を持った姉様が話しかけなかったのも珍しいし」

 

 姉様の性格からすれば、興味を持った相手に接触していくのは普通のこと。だが、何もしなかったというより興味を持った素振りも見せなかったというのは初めてのことだった。一之瀬や周囲に遠慮した?いいや、そんなことを姉様は気にする性質でもない。

 

「勘だよ。だが、女の勘だ」

「???」

 

 姉様が勘で物事を判断することはままある。そして、決まってそれは良く当たる。今回もその一例だと思うが、俺には姉様の言っていることが理解できなかった。いつものと差があるの?勘でしょ?『だが』って何?普通の勘とは別物なの?どういうこと?

 

「まだ芽も出ていない。私が触れるのは早すぎる」

 

 姉様の付け足された言葉は、やはりよく理解できなかった。頭の中で反芻するも、パッとした考えが浮かばない。『芽』って何?触れるのが早い?一之瀬にまだ見ぬ才能でもあるのだろうか?

 思案を色々巡らせていると、姉様の親指が俺の下唇をなぞり、意識が強制的に戻された。慈しむような、それでいて嗜虐的な姉様の瞳は、吸い込まれていきそうな程甘美で、艶めかしく滑らかに俺を撫でる姉様の指先は、このまま蕩けてしまいそうな程官能的だった。金縛りを受けたかの如く、俺は動けなかった。

 

「ふふふ、私の心をくすぐるイイ表情だ」

 

 姉様の舌がチロリと姿を見せて、上唇を右から左へと舐める。その妖しくも麗しい姉様の仕草に、俺は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。唾が喉を通る音が頭の中に大きく響く。タイミングがタイミングだけに姉様にもまる聞こえだったようで、姉様の口角が歪んだ。

 姉様は俺の前髪をかき上げた。姉様の顔がグッと近付き、俺の額に一瞬柔らかい感触があった。

 

「dolce」

 

 ボソリと呟かれた言葉に、俺の体がブルッと震えた。

 ………あれ?俺は何を考えてたんだっけ?




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