ようこそ姉弟至上主義の教室へ   作:ピト

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第8話 こくはくっ!

 ジメジメとした梅雨が明けて本格的な夏の到来を知らせる7月初日。そろそろ新入生である我らの学年全体もこの学校生活に慣れてきた頃。バカンスにカコつけた特別試験まで残り1ヶ月を切った。

 先月、つまり6月は特に行事等はなく、おおむね平穏に見える日々を送っていた。中間テストではBクラスがAクラスの平均を上回り、クラスポイントの差を少し縮めることに成功していた。やはりAクラスに勝てた原因は相手の派閥争いの弊害とみていいだろう。一之瀬からの情報だと坂柳派が過去問を入手していたが、葛城派は入手できずそのまま試験を受けたらしい。それでも流石はAクラスと言ったところで、全員が過去問を覚えにかかっていたBクラスに対してたった5点しか離されていない。この中間テストでのAクラス内の派閥争いは坂柳派のリードと見ていいだろう。その為、今回後れを取った葛城派はおそらく、原作通りに坂柳が身体機能的に欠席を余儀なくされる夏に名誉挽回を計ってくると思われる。ところで、中間テスト後に行われたクラス会議では、一之瀬の提案によって原作と同様のBクラスの制度が施行されることとなった。それすなわちクラス貯金である。一之瀬の口座にBクラス全員が毎月三万プライベートポイントを振り込み、将来の不測の事態に備えるという制度。既にBクラスの絶対的なリーダーになっていた一之瀬の提案に反対意見など出るはずがなく、満場一致の可決だった。クラス会議前に隠れて意見を求められた俺も反対せず、むしろそれは推奨して行うべきだと支持した。

 6月中旬から学年内に動きがあったのは主にCクラス。俺たちBクラスにちょくちょく圧力をかけてくるようになった。圧力と言っても直接的な被害は出ておらず、一之瀬たちも対処に困っているところだ。付け回されていても、日によって人が違っているため証拠としては弱く、廊下ですれ違いざまに肩がぶつかったとしても偶然と言われれば強くは出られない。気の弱い生徒には精神的に参ってしまう事案だ。

 あっ、そうそう。偶然って便利な言葉だよね。これ一言で説明がついてしまうし、納得できなくても追求し辛いもんね。いや~、俺さぁ、昨日偶然あるものが撮れちゃったんだよねぇ~。ツチノコ?いやいや、そんな御大層なものではないって。なんとね、Cクラスの人たちとDクラスの人が特別棟で殴り合いの喧嘩をしているところを動画に納めることが出来たんだ~。ホンット、偶然って怖いよね。4月に特別棟を姉様と散歩していたら景色の見栄えの悪さに善意識が働いて観葉植物を設置。昨日たまたま廊下全体が写る場所にある観葉植物の一つに小型カメラをわすれちゃってね。いや~、うっかりうっかり。夜中に気付いて取りに行ったらなんと、あら不思議、件の動画が収められているではありませんか。もうね、たぶん日頃の行いの良さが出てしまったんだと思うね。グフフ。

 こんな感じで少々上機嫌にエレベーターを待っていると、チンと到着を知らせる音が鳴った。

 

「あっ、鬼龍院くん!おはよう!」

 

 上の階からのエレベーターには先客が乗っていた。

 

「おはよう、一之瀬。朝から元気だな」

「ニャハハ。それだけが私の取り柄だからね」

 

 我らがBクラスのリーダーである一之瀬は先程も述べた通り、中間テスト以降クラスでの地位を不動のものとしていた。男女問わず人気に拍車がかかっている。

 

「そう言えば鬼龍院くん。今朝ってポイント振り込まれてた?」

「いいや、振り込まれていなかったな」

 

 一之瀬が月初めのポイントが配布されなかったことに疑問を呈する。CクラスとDクラスの諍いが原因であるのは明白だが、本来当事者たち以外知り得ない情報であるから一之瀬が疑問に思うのも当たり前のことだろう。

 

「何かあったのかな?鬼龍院くんは何か知ってる?」

「さあな。だが、Bクラスには関係のないことだから安心すればいいと思うぞ。一之瀬が不安がっているとクラス全体に響いてしまう」

「………そっか。君がそういうならひとまず安心できるよ」

 

 一之瀬は安心できると口にしながら、どこか不満げに、そして複雑そうな表情をしていた。

 

「どうした?」

「………ううん。何でもない。話は変わるけど、今日の放課後って、暇、かな?」

「うん?特にこれと言った予定はないが?」

「うん。………じゃあ、さ、放課後、校舎裏に来てくれない、かな?」

 

 話題を変えて言いにくそうにまごつく一之瀬。頬が若干朱に帯びている。…こっ、これはまさか……、ゴクリ。とはなるはずもなく、あ~、白波ちゃんの告白イベントって今日だったっけ?昨日のことですっかり忘れてたわ。あれだね。一之瀬が無自覚でこういう仕草をするのって反則だよね。原作知識がなかったら絶対騙されてたわ。

 そう言えばこの役って綾小路じゃなかったっけ?あれ?ええんかな?まあBクラスのリーダーがDクラスの生徒に惚れるのは絶対阻止するつもりだったから好都合ではあるんだけど。

 

「分かった。放課後すぐで構わないか?」

「う、うん。ありがと」

 

 モジモジと恥ずかしそうにする一之瀬。天然ってほんと怖いわ。それからしばらくお互いに無言で歩いていると「帆波ちゃーん!おはよー!」とBクラスの女子生徒が声をかけてこちらに合流し、一緒に教室へと向かった。教室に着くまで女子の数は増えるのに男子が全く増えなくて周りの視線が痛かったです、まる。

 

 

 

 光陰、矢の如し。ということで時は放課後。朝のホームルームでプライベートポイントの振り込み関連の説明が星之宮先生からあった。予想通りBクラスに影響は無く、然るべきタイミングで振り込まれるそうだ。事件のことについて触れられることはなかったけれども、明日には周知の事実となっているであろう。それはさておき、今は一之瀬と白波ちゃんに集中しよう。一之瀬から言われた通りの場所に着くと、既に彼女は来ていた。白波ちゃんはまだ来ていない。近付いて行くと一之瀬が俺に気付いた。

 

「やっほー、鬼龍院くん。来てくれてありがとう」

「ああ。それで?こんなところに呼び出してどうしたんだ?」

 

 要件は既に分かっているのでさっそく切り出す。いつ白波ちゃんが来てしまうかも分からないしね。目の前の一之瀬は長い髪をくるくると指先に巻いて、照れた表情を浮かべた。

 

「あっ、あのねっ」

 

 一之瀬は顔を朱色に染め、俺と目を合わせたり逸らしたりを繰り返した。

 

「わっ、私のっ、彼氏になってください!」

 

 そう言って一之瀬は頭を下げた。

 …オーケー。クールだ。クールになれ。知っていてもこの状況じゃあ勘違いしてしまいそうだ。表情や仕草が完全に告白のそれだったし、行動が真剣すぎてどう答えたら良いものか…。勘違い…だよね?

 取り敢えずは話を本筋に戻していこう。

 

「…一之瀬ちょっと落ち着こうか。たぶんその言い方じゃ語弊を生みかねない」

 

 両手を前に出してドウドウと一之瀬を諫める。一之瀬は顔を上げてキョトンとしていた。

 

「語弊?私は本気だよ?」

 

 え?マジですかい?一之瀬さん、アナタこれはマジ告白だったの?………ってなわけあるかぁ!?

 

「ストップ。落ち着こう、一之瀬。全容を包み隠さず話してくれ」

 

 少し慌てる俺の提案に一之瀬は素直に頷いた。

 

「分かった。あのさ、鬼龍院くんってモテるよね?」

「………まあモテるかどうかはさておき、女子と会話するのに抵抗はないな」

「告白もされ慣れてるでしょ?」

「いや、俺は告白されたことはこれまでほとんど記憶にない」

「えっ?そうなの?」

「ああ」

「でも告白されたことはあるんだよね?じゃあさ、どうやったら相手が傷付かないようにできるか教えてくれないかな?」

「うん?一之瀬?」

「私、今からここで告白されるみたいなの………」

 

 無事軌道修正できたみたいだ。一之瀬は必死そうな顔をしながらも言葉の語尾が弱々しく、何かにすがろうとしているようだった。彼女は両手の拳を握り、下を向いてしまった。

 

「一之瀬なら告白され慣れていると思うんだが?」

「………」

 

 押し黙る一之瀬。

 

「仲の良い同性からか?」

 

 俯く一之瀬がバッと顔を上げた。目が見開かれ驚いている。

 

「………どうして、どうして分かったの?」

 

 原作知識です。とは言えない。

 

「仲が良くない人からの告白に悩むことはないだろう?仲が良くても男子なら一之瀬は告白されたとしても順当に答えを出して返事ができると思った。ならあとの選択肢は一つしかない。それだけのことだよ」

 

 もっともらしい理由をでっち挙げて回避する。

 

「そっか………」

「相手は白波ちゃんってところかな?」

「………凄いね、鬼龍院くんは。何でもお見通しみたい」

 

 実際あんだけ一之瀬に尻尾をフリフリしている白波ちゃんの姿を見たらなんとなく気付く人もいると思うけどな。

 

「それで少しでも穏便にすませようとして俺に偽彼氏を?」

 

 一之瀬はコクリと頷き、「それにっ」と続けた。

 

「けっ、契約のことを考えてみても私と付き合ってることにしてた方がいいんじゃないかな?」

「………交際を隠れ蓑に、か」

 

 一之瀬が偽彼氏役を俺に持ってきた理由に合点がいった。いろいろ考えた上での発案なんだろう。

 

「うん、………どうかな?」

 

 不安そうに俺を見つめる一之瀬。庇護欲を掻き立てる一之瀬の表情に少し戸惑ってしまう。迷わずその提案に飛びついてしまいたい衝動に駆られるが、俺の中で何かがそれを押し止める。

 それに、現時点で白波ちゃんに嫌われたくはない。後々に白波ちゃんも有能な人物になってくれるだろうからな。今はまだ早い。

 

「一之瀬」

 

 俺は一之瀬を呼んだ。一歩間合いを詰めて、目線を合わせるために腰を若干折った。

 

「告白を自分からしたことはあるか?」

 

 努めて優しく問いかけた。一之瀬はフルフルと首を横に振った。

 

「そうか。………告白っていうのはな、されたことしかない俺たちが考えるよりもずっと勇気がいることなんだ。ましてや、相手が同性となればさらに悩むことだろう。一之瀬は優しい。白波ちゃんを傷つけたくないのは分かる。だが、一之瀬がやろうとしていることは一層白波ちゃんを傷つけてしまうことになる」

 

 一之瀬の目尻に涙が浮かぶ。それほどまでに心を痛めるのは一之瀬が白波ちゃんの想いに応えることができないからだろう。

 

「一番良いのは白波ちゃんの想いに真摯に向き合うことだ。その結果、一之瀬が白波ちゃんの想いに応えることができなくても、白波ちゃんは納得してくれると思う。これからまだ三年も一緒のクラスなんだ。なおさら正直に考えてあげるべきだよ」

 

 体を起こして目下にある一之瀬の形の良い頭を撫でる。

 

「終わったら話を聞くから頑張って。俺はどんな時も一之瀬の味方だよ」

 

 そう言い残して一之瀬の傍を離れる。しばらく行ったところの角を曲がり、その近くにあった自動販売機に隣接しているベンチに腰かけた。ミルクティーを二本買って休んでいると、数分後に白波ちゃんが現れた。緊張しているのが丸分かりなほどガチガチで、俺のことには気付いてないみたいだ。

 5分ほど経った。白波ちゃんは目に手を当てながら俺の目の前を走り去った。原作通りにフッたらしい。まあそうなるように仕向けたのは俺だけど。

 一之瀬が姿を見せたのは白波ちゃんが走り去ってから10分を過ぎた頃だった。俺と話していた時より深く沈んでいた。俺は一之瀬を無言で迎え入れてベンチに座らせた。段々とぬるくなっているミルクティーを差し出す。一之瀬は素直に受け取ってプルタブを開けようとするも、手が震えているせいで何度もカチカチと音を立てて失敗していた。一之瀬から缶を奪い取り、プシュッと変わりに音を出した。

 風が柔らかく俺たちの髪を撫でた。日の光が雲とかくれんぼを繰り返す。周囲に俺と一之瀬以外の姿は見えない。部活や既に帰宅している生徒が大半で、用事もなく残っているのは俺たちくらいだと思う。ブラスバンドの練習する音やサッカー部などの運動部の掛け声がBGMに流れる。

 

「………聞かないの?」

「話したくなったら聞くさ」

「………うん」

 

 足を組み、ベンチに背を深く預けて一之瀬が落ち着くのを待った。それから幾何かの時間が経った。

 

「私、明日からも普通にできるかな?」

「一之瀬から話しかけてあげればいい」

「話しかけてもいいのかな?私だけが友達感覚でもいいのかな?」

「ああ。構わんさ。その内一之瀬が白波ちゃんを意識すれば白波ちゃんの勝ち。意識することがなくても二人はずっと友達だ」

「………私の勝手すぎないかな」

「勝手で何が悪い?人間は欲まみれの生物だ。一之瀬は善人過ぎる。むしろその欲をもっとさらけ出しても誰も文句は言わないと思うぞ」

「私は善人なんかじゃないよ………」

「一之瀬の過去なんて知らないし、これからの一之瀬も分からん。だが今俺の前にいる一之瀬、君は善人だよ。たとえ君がそう思っていなくとも俺は一之瀬のことを善人だと思う。勝手だろ?」

 

 フッと一之瀬に対していたずらな笑みを浮かべた。それにつられて一之瀬の表情も若干マシになったようだ。

 

「勝手、だね」

「自分の人生だ。好きに生きればいいじゃないか。少なくとも、俺の身近に自分の欲望に忠実な生き方をしている人がいるが、その人は一之瀬なんて比にならないくらい強欲だよ。でも楽しそうに生きている。彼女は欲張るタイミングが上手いんだ。その結果、いつも甘やかしてしまう。一之瀬にそうなれって言っているんじゃないけど、今が強欲になるタイミングなんじゃないか?白波ちゃんとこれからも友達でいたいんだろう?」

「うん………うん、友達で、いたいよぅ」

「いい答えだ。一之瀬、君がそう望む限り白波ちゃんが一之瀬から離れていくことはない。俺が保証しよう」

「………うん、ありがと」

「なんなら仲人を頼まれてもいいぞ」

「ふふっ。仲人って何かお見合いみたい。でも大丈夫。私が自力で手に入れるよ」

「そうか。うん、それがいい」

 

 一之瀬はいつもの向日葵のような明るくハツラツとした満面の笑顔になった。やっぱり一之瀬はこうでないとな。今の一之瀬はさっきまでの彼女より何倍も魅力的な女の子だ。俺は一之瀬の頭に数十分前と同じように手を伸ばしてポンポンと優しく触れてよしよしと撫でた。

 

「よく頑張ったな」

 

 その場で目をアワアワさせる一之瀬。それが少しおかしくてもう少しの間その行為を続けた。一之瀬が慣れてきた(?)頃、頬を朱色にして俯いている彼女を撫でる手を止めて離した。すると、一之瀬はパッと俺の顔を見上げてきた。この時の一之瀬の表情がどんなものだったかは想像にお任せしよう。一つだけ言えるのは、俺に妹がいればこんな感じなのかもしれないと思った。

 

 

 

 

──────

 

 白波ちゃん告白イベントから翌日。朝のHRでプライベートポイントが振り込まれていない原因について前日よりも詳細な説明が星之宮先生からあった。CクラスとDクラスが特別棟で揉めたということだ。現在は事情聴衆の最中で、何か知っていることがあれば申し出るようにとのことだった。ポイントの振り込みは一週間ほどズレる予定らしい。

 放課後になって、帰りの準備に荷物をまとめていた時のことだ。

 

「鬼龍院」

 

 名前を呼ばれて顔を上げると、目の前には神崎がいた。

 

「どうした神崎?何か用か?」

「突然なんだがこの後暇か?」

 

 俺の予定を尋ねてくる神崎。おそらくは特別棟の視察に行くと思われる。

 

「少し野暮用があるが、何かあるのか?」

「そうか。いや、ならいいんだ。一之瀬と話して特別棟に行くんだが一緒にどうかと思ったんだ」

「それは悪かったな」

「いや、俺が誘ったのが急だったから大丈夫だ。元の予定を優先してくれ。それに本来、今回のことは俺たちには関係ないことだしな」

 

 隣席が一之瀬なのに今になって神崎が同行に誘ってくるのには訳がある。それは既に一之瀬と俺の間でやりとりがあったからだ。朝のHR後、俺たちは一瞬で目を合わせ、目線のみで方針を定めていた。コテンと首を傾げて「どうする?」「なにかある?」と無言で問いかけてくる一之瀬に、俺はただ首と振ったのだ。契約関係にある俺たちにはそれだけで十分であり、一之瀬は今回の件で俺の助言はなく、同時に俺の行動には口添えが必要ないと察した。しかし、俺と一之瀬の関係を知らない神崎のあずかり知るところではなく、一之瀬が俺を誘わないから声を掛けてきたと思われる。

 

「すまん。また明日な」

「ああ、また明日」

 

 

 

 

──────

 

 カランコロンカラン。

 チリンチリン、チリンチリン。

 

 はい。二つの擬音を聞いたと思うけど、アナタが喫茶店の入店音と捉えるのはどっち?ス〇バとかタリ〇ズだとこんな音はしないだろうね。でも個人経営のお店だと上記の二つの音が王道な気がする。…気がするだけだよ、気がするだけ。

 俺は今ケヤキモール内にひっそりと構えるカフェにいる。ちなみに入店音は後者の方だった。神崎のお誘いを蹴った俺の野暮用。それはある人物とこの静かなカフェで待ち合わせをしていることだった。うーん、待ち合わせって言うのは微妙にニュアンスが違ってるかな?…あっ!呼び出されたって方がしっくりくるね。

 頼んだカフェオレに口をつけながらクッキーを啄む。おっ、なかなかおいしいじゃなか。店内の奥の方のテーブル席に腰かけてルンルン気分で満喫。そんな折に、俺がこのカフェに入店して以来のお客が入って来た。入口に目を向けてみると約束をしていた人物だったので微笑みながら軽く手を振った。相手の女の子は俺を見つけると、店主にアイスティーを注文しながら近付いて来た。

 

「お待たせしました」

「ううん。全然待ってないよ」

 

 社交辞令を交わしながら、彼女は俺の正面に座った。彼女とは同じクラスであるが、直接口頭ではなくスマホ経由でこの時間のこの場所を指定されていた。現在、俺と彼女の関係は良くて友達、消極的に言えばただのクラスメイト止まりだった。お互い共通の友人を介しての会話はするが、一対一の対面で話をするのは初めてのことである。わざわざ俺をここに呼び出したのは深い理由があるのだろう。昨日のことを知っているのはおそらく俺と一之瀬だけ。振られても翌日の学校にいつも通りの姿と雰囲気で出席する忍耐力は素直に称賛する。元々自分の中で結果が分かっていたのかもしれないし、告白の出来事を周囲にバレたくなかったのかもしれない。真相は目の前の張本人に聞いてみないことには分からないが、一番の理由は一之瀬に心配を掛けたくなかったからだと俺はみている。

 

「ね、白波ちゃん?」

「はい?」

 

 俺が唐突に同意を求めたことで、白波ちゃんの語尾に不信感が伴った。

 

「すみません。前から思ってたんですけど、どうして女子の中で私だけが苗字にちゃん付けなんですか?私が知る限り鬼龍院くんがちゃん付けしているのって私だけですよね?」

 

 えー?そりゃ、ほら、………なんでだ?

 

「嫌だった?」

「嫌という程ではないですけど…」

「何でかはよくわからないんだけど、白波ちゃんのことは初めからずっとこの呼び方がしっくりきてるんだよね」

「えぇ………」

「あっ、もしかしたら同い年に見えなかったからかもね」

「………どうせ私は小さいですよ」

 

 白波ちゃんは口を窄めた。アイスティーが運ばれてきて、俺たちは一息吐いた。

 

「それで?今日はどうして呼び出されたのかな?」

「──どうして鬼龍院くんがあそこにいたんですか?」

 

 質問に質問で返される。おりょりょ、白波ちゃんの真剣な目付き、イイね!んー、でも気付いていないと思ってたけどそうではなかったようだ。告白し終わった後の走り去るタイミングで視界に映ってたってところかな?

 

「偶然って言えば信じる?」

「いえ、信じられません」

 

 白波ちゃんはキッパリと否定した。

 

「その理由は?」

「あの時間のあの場所に人が来ることはほとんどありません。だから学校内の告白スポットとして女の子の間では有名なんです。それに、鬼龍院くんが一人であそこにいることもおかしいです。鬼龍院くんはゆっくりベンチで座っているところをよく目撃されていますが、それはお姉さんが必ず同伴している時です。貴方たち姉弟は有名なんですよ?」

「あそこで白波ちゃんが何をしていたかを自分で暴露しているようなものだよ?」

「否定しない鬼龍院くんこそあそこに意図的にいたってことを言っているようなものですよ?」

 

 あれ?白波ちゃんってこんなに口調が強かったっけ?もっと女の子女の子してると思ってたんだけど………。

 

「俺があそこにいたからって問題でもあるの?」

 

 俺が開き直ると、白波ちゃんは俺を睨むように目を細めた。

 

「鬼龍院くんは一之瀬さんの何なんですか?」

「友人。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「ウソです」

「ウソじゃないよ」

「ウソです!!」

 

 白波ちゃんが少々ヒステリックな感じで前のめりになって机を叩いた。店主が心配そうにコチラを見守っている。俺は白波ちゃんの目を捉えて離さなかった。

 

「一之瀬さんと鬼龍院くんの間には絶対に友達以上の何かがある」

 

 ………へぇ。俺たちの間に無言の見つめ合いが生じた。お互いに相手の空気から何かを感じ取るように瞬きひとつすらしないでいる。俺は表情を変えずに内心でほくそ笑んだ。

 

「どうしてそう思った?」

「その口調、やっぱり。やっと本性を出しましたね」

 

 ………うん?

 

「一之瀬さんは優しいんです。可愛くて、スタイルが良くて、明るくて、みんなをまとめられるリーダーシップもあって、こんな私に素敵な笑顔で話しかけてくれるんです」

 

 ………うん?

 

「一目惚れでした。初めて恋に落ちました。どうしようもないくらい一之瀬さんが好きなんです」

 

 涙目で話す白波ちゃんは悲痛な表情をしていた。

 

「分かってました。一之瀬さんが私からの告白に困惑していることも、おそらく受け入れてもらえることはないっていうことも………。でも、それでも、私は自分の初恋にウソをつきたくなかったんです」

 

 二筋の水の道が白波ちゃんのほっぺたに作られた。言葉と涙を流している姿からは気持ちを伝えられただけでよかった感じの美談みたいなんだけれど、白波ちゃんの眼光がどうもそうではないっぽいんだよなぁ。

 

「白波ちゃんが一之瀬のことを好きなのは十分分かった。だが俺と一之瀬の関係を勘ぐる要素が見当たらないんだが?」

「そんなの、一之瀬さんが朝一で私に話しかけてきたからに決まってるじゃないですか」

 

 はい?

 

「どうしてそんなことが勘ぐる理由になるんだ?」

「一之瀬さんが告白してきた相手に、翌日何事もなかったかのように話しかけられる訳がないじゃないですか。一之瀬さんなら絶対に私のことを気遣って意識してくれると確信していました。優しい私の惚れ込んだ一之瀬さんは絶対にそうなるはずだったんです」

 

 なるほど。確かに一之瀬は白波ちゃんに対する態度をどうすればいいかを悩んでいた。おそらく俺が助言しなければ白波ちゃんを意識しすぎて上手く対応できなかったかもしれない。

 

「諦めないんだな」

「は?なに当たり前なことを言ってるんですか?告白だって私のことを他の女の子たちとは違うって一之瀬さんに意識してもらうためなんですから」

 

 「なのに」と白波ちゃんはこれまでで一番キツイ目線を向けてきた。

 

「一之瀬さんはこれまでと変わらない笑顔で接してくれました。どこかの誰かさんのお陰で………」

 

 白波ちゃんの恨めしい気持ちがありありと伝わってきます。

 

「今朝のHR後の一之瀬さんと鬼龍院くんを見て確信できました。私の一之瀬さんに手を出した不届き者はコイツだと。何目線だけで会話してくれてるんですか?心が通じ合ってるとでも思ってるんですか?振られた私への当てつけですか?本当は心の中でざまあみろとか思ってるんじゃないですか?」

 

 最後の方になればなるほど早口で攻撃的な口調になる白波ちゃん。

 

「ねえねえ、白波ちゃん」

「なんですか?」

 

 俺を睨む白波ちゃんに最大級の笑顔をお届けする。

 

「取引しない?」

 

 語尾に音符が付いてるかの如く、俺の声は弾んでいた。

 

「………は?」

 

 白波ちゃんは軽く引いていた。




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