ようこそ姉弟至上主義の教室へ   作:ピト

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 去年言っていた新作のガイルも投稿しました。もし興味があればそちらにも立ち寄っていただければ幸いです。


第9話 きんにくっ!

 生徒会室の扉が開かれ、長い黒髪の少女が出てきた。そのすぐ後ろには背の高い赤髪の男子生徒を従えている。

 

「マジでありがとな、堀北。おかげで部活にも出られっし、感謝しかねえ」

 

 男子生徒須藤健は前を歩く女子生徒堀北鈴音に頭を下げた。堀北は立ち止まって後ろに振り返り、横髪を右手で払いのけた。

 

「勘違いしないで欲しいわ。私は貴方のためにやったんじゃない。私自身のためにやったことなの。私が貴方をAクラスに行くために必要だと思ったから協力したまでよ。それに、私にお礼を言うより貴方にはやるべきことがあるんじゃないかしら?さっさと部活に行きなさい。そして一刻も早くレギュラーになって試合に出てクラスに貢献すれば今回のことはチャラよ」

 

 須藤は堀北の冷たい言葉に少したじろぐ。

 

「お、おうよ。じゃあ、行ってくるぜ!マジでサンキューな!」

 

 須藤は気を取り直して足早に駆けて行った。その姿が見えなくなると、堀北は一つ息を吐いて再び歩き出そうとした。

 

「──テメェが堀北鈴音か」

 

 背後から低い声が聞こえてきた。堀北はその声の方に振り返り、声の主を視認する。

 

「誰?」

 

 その男は堀北にとって見覚えのない人物だった。男は堀北の問いには答えず、ポケットに両手を入れたまま彼女に近付いて目の前で止まった。

 

「次は邪魔の入らねぇところで叩き潰してやるよ」

 

 男は楽しそうに「クククッ」と下卑た笑みを浮かべて、堀北の前から去って行った。

 

 

 

 

 ──────

 

 ガチャンッ!

 

 夜のトレーニングルームにバーベルを置く音が響いた。

 

「フーッ、フーッ、フーッ」

 

 インクラインベンチから体を起こして酸素を補給する。限界まで追い込んだなれの果てに、ただ呼吸を荒く繰り返し、一点を呆然と見つめていた。体から湧き出る汗が体を伝う。それらを拭うことさえも今は億劫だった。それほどに限界だった。

 目だけを動かして体の状態をチェックした。腕の血管はまるでミミズのように浮かび上がり、血液が心臓から送り出される度にその証拠として伸縮を繰り返していた。指先は細かく震え、自意識で動きを止めるのは困難。大胸筋は山のように隆起し、呼吸に合わせて上下運動をしていた。呼吸よりも速いペースで左胸だけが細かく振幅するのはトレーニングの激しさを物語っていた。

 周囲に人影はない。なぜなら、今の時間は午後9時45分だからだ。高度育成高等学校のトレーニングルームは、国立の政府運営教育機関なだけあってトレーニングマシンが充実している。部活に入っていなくてもこの恩恵を享受できるのだから素晴らしい。それに、今の時間帯は学校側に申請すればまだ使用できる時間帯であるのも学園都市たる利点で更に良い。クーラーが付いていないことだけが少々不憫な点ではあるが、学校側は現在の地球温暖化を鑑みての導入を前向きに検討しているらしい。まあ、我慢できない程でもないし、クーラーが無いので必然的に汗の量が増えて、それもまたモチベーションの向上の一端であったりする。

 俺は本日の最終種目のインクラインベンチが終わったので、あとはプロテインを飲んで10時までにはこの施設を出なければならない。休んで3分が経った頃、女子更衣室の中から姉様がTシャツにショートパンツ姿で出てきた。姉様も俺がトレーニングをする時にはだいたい一緒にすることが多い。今日は別々のメニューをしていたけれど、パートナーとして同じメニューをする時もある。姉様は俺より15分ほど早くトレーニングを切り上げており、今は少し上気した頬を緩ませて近付いて来た。

 

「終わったか?」

 

 姉様が確認してきたので頷いて返事をする。姉様は俺の傍までやってくると、プロテインの入ったドリンクを差し出してくれた。

 

「ありがと」

 

 俺はお礼と共に姉様からドリンクを受け取ろうとするが、手がブレて上手く掴めない。すると、姉様のドリンクを持っていない方の手が俺の手を阻んだ。

 

「じっとしていろ。飲ませてやる」

「姉様、それは悪い」

 

 姉様の申し出に俺は断わりを入れた。

 

「あと10分しかない。つべこべ言わずに従え」

 

 しかし、俺の断わりは姉様の有無を言わせぬ命令に却下された。結局姉様に抗えるはずもなく、姉様の補助の許でドリンクをゆっくり飲んだ。

 

「………よし飲めたな」

 

 姉様は俺が飲み干したのを見届けてカップの蓋を閉めた。

 

「ほら、立て」

 

 次に姉様は手を俺に差し出して起こそうとしてくれる。そのありがたい補助の連続に、俺の心も暖かくなる。

 

「ありが──っっ!?」

 

 でもやはり身体的に追い込み過ぎたのか、起き上がろうとしてバランスを崩した。その際にしっかりと握っていた姉様の手を引っ張ってしまう。カシャンッ!と俺はインクラインベンチに座り直してしまい、姉様は俺の胸の上層部にもたれかかる。

 

「ごめん!姉様大丈夫!?」

 

 俺はまず何よりも姉様の安否を確認した。だが、姉様は声を出して呼応してくれなかった。代わりに俺の胸に手を添えて押す形でゆっくりと起き上がった。

 

「姉、様?」

 

 姉様は俺の膝の上に座ったまま、無言で近くに持ってきていた二つの手提げ袋の中から一枚のTシャツを取り出した。

 

「上だけ、十五秒以内に着替えろ」

 

 姉様の命令。俺は今出せる最大限の能力を駆使して何とかミッションの完遂に挑む。その間、姉様はスマホをポケットから取り出して何やら操作していた。俺がようやく着替え終えると、姉様は「三分までか…」と呟かれた。

 

「姉──」

「──しゃべるな」

 

 呼びかけようとすれば、上目でギロッと睨むように遮られた。姉様は上着のポケットにスマホをしまうと、ポスンっと俺にしなだれかかってくる。姉様の長い髪が倒れてくる反動でふわりと浮き上がり、姉様の体をまるで掛け布団のように包み込んだ。俺は姉様の顔にまでかかっていた数本の髪の毛を当たり前のようにすくい上げて姉様の耳に掛ける。筋トレ終了からさほど時間が経っておらず、パンプアップも最高潮付近である俺の胸板は結構固いはずなのだが、姉様は心地良さそうに接触していた。姉様の右手が人差し指と中指の二本足で歩行しながら俺の体を下から上へと移動する。こそばゆい感じがして小さく震えた。絶世の美女である姉様が官能的に俺を刺激する姿に生理現象故の反応が出てしまう。姉様は俺の変化を機敏に感じ取ると艶めかしい表情で俺に微笑んできた。それに手を当てられ、姉様は俺の目から視線を外さず妖しく舌なめずりをした。

 それからは何事もなくゆったりとした時間が流れた。姉様の言っていた三分が近くなってきたと思った時、姉様は俺の胸元のシャツを両手で握って顔を押し当てて深く深呼吸し始めた。

 

「スゥー。………いかんな。どうも我を忘れそうになってしまう」

 

 丁度姉様のスマホからタイマーの音が鳴った。

 

「少し前の私を褒めるべきだな。とっさによく対応できたものだよ」

 

 姉様がタイマーを切りながらそう言った。

 

「姉さま………ごめん」

 

 俺はしょぼんと落ち込みながら謝罪を口にした。姉様の言う褒めるべき対応というものを、ケガをしなかったという意味で捉えたかったからだ。姉様は苦笑いして立ち上げりながら俺のアゴを撫でた。その姿はさながら「分かっているくせに」と言いたげだ。

 

「そういう意味では………いや、気にするな。私はお前を責めたりなどしない。ホラ、今度こそ立て」

 

 俺たちは荷物を持って出口へ向かった。施設を出る時にいつも見回りをしている警備員さんとすれ違い、お互いに会釈をして通り過ぎた。月に照らされた寮までの道のりを姉様と並んでゆったりと歩く。夏の夜風が運動して火照った体に気持ちいい。

 

「圭介」

「うん?なに姉様?」

 

 姉様から呼ばれて隣を見ると目が合った。

 

「お前、背が伸びていないか?」

 

 姉様がグッと距離を詰めてきて俺の肩に手を置き、頭を肩に引っ付けながら聞いてくる。

 

「うん。たぶんまだ少し伸びてる気がする」

「やはりか。ならば縦に伸びている今、あんなに強度の高いメニューをしてしまってどうする。今の時期は自重もしくはマシンを使うにしても強度を調整すべきだろう」

 

 鋭い目で俺を睨む姉様。

 

「さすがに今日みたいな強度のメニューは三四ヶ月に一度にしてるよ?身長はまだ止めたくないし、それに偶にはあそこまでやらないと自分を追い込めていない気がしてストレスが溜まるんだよね」

 

 俺が言い訳をすると、姉様は呆れたようにため息を吐いた。

 

「お前が追い込むことが好きなのは知っているが、やりすぎないかと心配になる。今日も身構えていたにも関わらず軽々とお前に引っ張られてしまったのだからな」

 

 それを言われると耳が痛い。すみません、新しい環境に張り切り過ぎたようです。

 

「ごめんよ、姉様。でも安心して。背が伸びていると思う時期は強度の高いトレーニングのスパンは長くして、その分水泳とか他の競技でストレス軽減をさせているから。今日はこの学校に来て初めての追い込みだったからちょっと張り切り過ぎたけど………」

「それならいいが、くれぐれも無茶だけはしてくれるな」

 

 心配そうに俺を見つめる姉様。くっ、守りたいこの顔を。

 

「心配してくれてありがとう、姉様」

 

 お礼を言うと、姉様は「ふっ」と笑って正面を向いた。姉様にはスポットライトのように月光が当てられており、姉様の端正なシルエットが一層見惚れるものになっていた。

 

 ──綺麗………。

 

 この世の誰よりも美しい。身贔屓もあるかもしれないが、疑いなくそう思った。口に出さなかったのは絵画の美しさが失われることが無いように、姉様が美しいことが当たり前だからだ。むしろ声に出して言ってしまうと美しさの重みが軽くなってしまう気がして。だからこの光景をただただ目に焼き付けるだけにする。写真も撮らず、過去にも未来にも残さない。一生俺だけのものにするために。

 

 

 

 

 ──────

 

 浴室から出て体を拭き、下着だけで洗面台の鏡の前に立つ。鏡に映る自分の筋肉をピクピクと動かして様々な確認を行う。おそらく一度眠れば筋肉痛が俺を襲うだろう。もう既に超回復が始まっているかもしれない。これから成長する我が相棒たちを見てニヤニヤしていた。帰宅してからの栄養は迅速に補給している。内容は鶏の胸肉にブロッコリー、アスパラガスにニンジンとゴーヤを茹でただけ。その上から塩をひとつまみにしてデザートにトマト。調味料をほとんど使わない筋肉の筋肉による筋肉のための食事。素材本来の味を楽しみながら相棒たちへ「ほら、しっかりと育つんだぞ」と話しかける俺は傍から見られれば気持ち悪かったに違いない。姉様が風呂に入っている時でよかったと思う。

 姉様と入れ替わるように風呂に入り、シャワーは体の汚れをピシピシと落として爽快な気分に。徐々にハリを失っていく相棒たちに寂しさを覚えたのは記憶に新しい。まだ風呂から出て数分しか経ってないから当たり前だけどね。

 色々な確認と思考をしていた時、急に洗面所の扉が開いた。そこにはバレーボールのユニホームのような超短いパンツにタンクトップを着た姉様がいた。姉様はパンツ一枚の俺の姿を特に気にした様子はなく、俺も某タヌキアニメのヒロインよろしく「きゃー!の〇太さんのエッチー!」とはなるはずもなく、コテンと首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「スマホが鳴っていたから持って来てやった」

 

 姉様が俺のスマホを渡してくれた。

 

「ほうほう。ありがとありがと」

 

 俺は受け取ってすぐに相手が誰かを確認することなく通話に出た。

 

「はい119番です。火事ですか?救急ですか?」

「えっ?あ、すっ、すみません!間違えました!」

 

 ──プツッ。プーッ、プーッ、プーッ。

 

 ………切られた………だと………?

 スマホを耳から離して姉様と目を合わせた。姉様はヤレヤレといった感じでお部屋にお戻りになられた。再び鳴り出したスマホ。冷静に緑のボタンを押した。イメージは旅館の女将さん。

 

「はい、こちら温泉旅館如月でございます。本日はお電話いただき誠にありがとうございます」

 

 おっとりした女性を意識して話した。だっ、大丈夫だ。バレてない。

 

「………」

 

 だっ、ダメか!?いっ、いや!まだだっ!まだいける!

 

「私、当旅館の女将、(ふき)と申します」

「ねえねえ、鬼龍院くん」

 

 抑揚のない音声が流れてきた。「鬼龍院くん」じゃなくて「キ・リュ・ウ・イ・ン・く・ん」って感じだった。冷や汗が滝のように背を伝った。いやーっ!お風呂に入ったのにぃー!こうなったら仕方がねえ!俺も男だ!とことん最後までやってやろうじゃねえか!

 

「次ふざけたこと抜かしたら男の象徴をぶっとばしますよ?」

「──申し訳ございませんでした!」

 

 いやー、今のセリフは股間にゾクゾク来たね。もうやばかった。あの声は本気で容赦無くやる気だった。これは誰でもすぐに謝るよね。電話越しだけど土下座するまであるよね。

 

「………はあ。とりあえず次に二人っきりになった時は覚悟してもらうとして」

 

 ツッコミたい。だけどツッコんじゃだめだ。今はマジでヤラレル。冗談抜きでだ…。本気でこの声を聞いて欲しいレベル。人を殺す声はこんなのだぞって教えたい。

 

「あの日から一週間が過ぎました。約束通り、私が貴方の駒として働いた報酬の一つとしてあの封筒の中身を教えてください」

 

 ………そう。話は一週間ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

 ──────

 

「取引しない?」

「………は?」

 

 目の前で軽く引いている小さな女の子、白波千尋ちゃん。我らがBクラスのマスコット的存在で、一之瀬のことが友達以上に好きな乙女さんです。

 

「丁度手がもう一本欲しかったところだし都合がいい」

 

 白波ちゃんに手の甲を見せて握ったり開いたりを繰り返す。

 

「白波ちゃん、協力してあげるよ」

 

 俺は「うんうん」と独りで頷いて満足する。

 

「はい?何に協力してくれるんですか?」

 

 意味不明だと顔に書いてある白波ちゃん。

 

「だから、一之瀬の一番近くに居たいんだろ?それに力を貸してあげる」

「………意味が分かりません。それに、敵の温情ましてや塩を送られる筋合いはありません」

「勘違いしているようだけど、俺は白波ちゃんの敵じゃないよ。俺と一之瀬は恋人関係でもなければ特別な関係でもない」

「たとえ貴方がそう言ったとしても私には信じられません。特別な関係じゃないならアイコンタクトだけで意思疎通ができますか?いえ、それだけじゃありませんよ。一之瀬さんの鬼龍院くんを見る目が他の人たちを見る時と比べて種類が違うんです。いったいこれはどう説明するつもりですか?」

「………白波ちゃん、一之瀬のこと好きすぎない?ちょっと怖いくらいなんだけど。視線の意味とか普通気付く?」

「好きな人のことなんですからこれくらいは当然です。まあ、これほど一之瀬さんを理解できるのは私くらいなものでしょうけれど」

 

 胸を張る白波ちゃん。いや、胸は残念ながらな──

 

「──男の人って男性器を切り落とされたら性欲ってなくなるんですかね?」

 

 目が笑っていない笑顔でそう宣う白波ちゃんが魔王のようなオーラを禍々しく散布している。冷や汗が加速する。おーい!店長さん、このカフェ冷房ついてる?ついてるって?あらそう?ちょっと暑くない?

 

「古来より中国朝鮮半島において男性器を切り落とされる役人がいて、刑罰として去勢(宮刑・腐刑)されたり、異民族の捕虜や献上奴隷が去勢された後、皇帝や後宮に仕えるようになったのが宦官の始まりである。しかし、皇帝やその寵妃等の側近として重用され、権勢を誇る者も出て来るようになると、自主的に去勢して宦官を志願する事例も出てくるようになった。このように自ら宦官となる行為を自宮あるいは浄身と呼ぶ。しかし、現在のような医療技術がある訳もなく、去勢した後の傷口から細菌が入って三割が死ぬことから、宦官になるのは命がけであったともいわれている。なお、切り取られた性器は「宝」と称され大切に保管され、本人の死亡後一緒に棺に納められた。死後、性器と一緒に埋葬されなければ騾馬に生まれ変わるといわれた。また昇進に際しては宦官であることを証明するための「検宝」と称される作業があったため、「宝」を失くした場合、他の宦官の物を盗むに至った事例もあったようである。また、自宮の際には手術代の代わりに性器を質に入れるものもいた。そこでだ、時期や方法にもよるが、去勢されても性欲は残るとされている。そのため宦官と女官との不義がたびたび起こり、大量の張型が押収されるということがたびたびあった。宦官の性行為では多量の汗をかき、相手や物に噛み付くなどして性欲を発散させたという記録が残っている。張型を自分自身に使用していた可能性もある。以上のことからたとえ男性器を切り落としたとしても性欲がなくなるとは考えにくいと言える」

 

 俺は持てる知識を全て使って懇切丁寧に白波ちゃんに宦官の説明を行った。だいぶ早口だったんだがうまく聞き取れたんだろうか?い、いや、別にお面が張り付いた笑顔の白波ちゃんが怖くなったわけじゃないよ?ホントだよ?

 

「コホンッ。話を戻すが、俺と一之瀬には白波ちゃんが疑うような関係は本当にない。強いて言えば、俺が気まぐれで助言を与えている代わりに一之瀬は俺の行動に口を出さないってことくらいだ」

「助言?」

 

 俺はカフェオレの残りを嚥下して飲み干した。

 

「クラスポイントの存在、過去問の有用性、これら全てを一之瀬に示唆したのが俺だと言えば信じるか?」

「………」

「さて、ここで一之瀬のことを誰よりも恋い慕い、ほんの僅かな変化も見逃さないと自負している白波ちゃんに問題です。Bクラスのリーダーは誰でしょう?」

「………一之瀬さんです」

「では次の問題です。今現在一之瀬に最も近しいリーダーの補佐的立場にいる生徒は、Bクラス全員の認識で誰になっているでしょうか?」

「………神崎君です」

「クラスメイトたちから俺がそういう立場ではないと認識される所以は?」

「………クラスの協議や話し合いで何も発言しない、から?」

「じゃあ最後、どうして客観的に学力も運動もクラスで一番できる俺が、リーダーたる一之瀬から公の場で意見を求められない?」

 

 白波ちゃんは何か腑に落ちた表情を浮かべた。うむうむ。余は満足じゃ。Bクラスではクラス会議がまあまあの頻度で行われている。プライベートポイントを集める一之瀬銀行然り、今後のクラス方針然り。そんな会議において、俺は今まで有用な発言は一度たりともしていない。事前に一之瀬から相談を受けるが、それはあくまでも事前にであり、会議の場での一之瀬は面白いように俺に意識を向けず、むしろみんなの意識をなるべく俺から遠ざけようとしている節さえある。偶然の産物か、はたまた一之瀬が意図的に行っているのかはこの際問題ではないが、今白波ちゃんに対して有力な一手となった。もし一之瀬が意識的に行っていたのであれば、一之瀬は自らを隠れ蓑にしようとしたと考えられる。契約を遵守しようとしてくれて嬉しい限りだ。

 

「ではでは、話を先に進めようか。まず、白波ちゃんには神崎よりも一之瀬の近くにいる参謀になってもらう。一之瀬の役に立ちたいんだろう?表立ってクラスメイトの誰よりも一之瀬に寄り添い、常に味方であり続け、時に諫める。そんな一之瀬の参謀になれ。俺の言うことを的確なタイミングで実行できれば、白波ちゃんはすぐに一之瀬の右腕として認知される。神崎が男な分、一之瀬と同性な白波ちゃんは色々とアドバンテージがあるし神崎に遅れた時間は十二分に取り戻すことができる」

 

 大人しく俺の話を聞いている白波ちゃんの雰囲気は、この話に乗り気であると判断して良さそうだ。

 

「俺が白波ちゃんの知恵となろう。一之瀬の役に立てるようにお膳立てしてやる。一之瀬がどう動くかを予測し、白波ちゃんがどう動けば一之瀬の信頼を勝ち得るかを指示を出す」

 

 俺は「どうだ?」と意思を聞いた。すると、視線が合わさった白波ちゃんの瞳には決意が見て取れた。

 

「代わりに、私は何をすればいいんですか?」

 

 白波ちゃんは了承を含んだ返事に俺への見返りを聞いて来た。うんうん。話の早い子は好きだよ。

 

「偶に俺の言うことを聞いてくれるだけでいいよ」

 

 俺は軽い調子でそう返した。そんな俺の雰囲気も相まってか、白波ちゃんは拍子抜けしたような顔付きになる。

 

「そんなことでいいんですか?」

「おっと。勘違いして欲しくないんだが、俺が白波ちゃんに何かを要求した時に白波ちゃんには拒否権がない。それに俺がいいと言うまで詮索も禁止だ」

 

 俺はワザと白波ちゃんの体を品定めするかの如く目を向けた。その視線を受けた白波ちゃんは身の危険を感じたのか、バッと自分の体を抱き締める。白波ちゃんの反応に俺は「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「………鬼龍院くんはそんな人じゃないと思ってたのに最低です」

 

 女子から蔑んだ目で見られる俺。正直結構心を抉られる。でも必要なことだったんだよ?

 

「馬鹿言え。俺も男だ。そんな欲望に駆られる時もある」

 

 俺は白波ちゃんが一之瀬以外の視線の種類に敏感であるかどうかを知りたかった。同時に視線に敏感であれば気配にも応用できるからな。今俺が求めている駒の条件は度胸と周囲への同調能力だからだ。前者は同性への告白という極めて勇気のある行動から知ることができた。後者は普段の白波ちゃんの様子と今しがたの反応で確信済みだ。え?普段の様子から判断できるのであればさっきの一連は必要だったのかって?いやいや、普段は悪意の籠った視線なんかそうそう受けないでしょ?普段の姿から分かるのは気の弱い女の子が周りに気を遣っているということ。周りを見ているってことは分かるけど今回のそれとは訳が違う。だから他意はない。………そう、他意はない。

 

「すまないが少々試させてもらった。白波ちゃんの危機察知能力がどれほどのものなのかを知るためだ。だが女の子に不躾な視線を送ったことは謝る。すまない」

 

 真摯に机の上に両手をおいて頭を下げた。しばらくの間沈黙があった。俺は姿勢を崩さないことで許しを請い続けた。やがて頭上から「顔を上げてください」と言われる。それに従うと呆れた表情の白波ちゃんがいた。

 

「今度からは気を付けてくださいね」

 

 白波ちゃんからの注意を俺はありがたく承諾する。

 

「ああ。もちろんだ。これからは絶対にしない」

 

 確約の言葉を放って、そのまま続けた。

 

「それに元々白波ちゃんで意識するほど青くないからな」

 

 ピシッと白波ちゃんが石像のように固まり、ヒクヒクと眉が吊り上がっていた。俺は余裕綽々な態度で深く椅子に腰かけ直した。

 

「むしろ白波ちゃんの方が心配になるよ。あれぐらいの視線で嫌悪感をあらわにしていたらこれから先大変じゃない?」

「余計なお世話です。このケダモノ」

 

 え?なんでこんなに罵倒されてるの?純粋に白波ちゃんのことを心配しただけなのに…。

 

「ケダモノはひどいな。誤解だって言ったろ?」

「もういいです。男はみんな所詮ケダモノでしかないことがよく分かりました。鬼龍院くんも例外ではなく」

「えー………」

 

 大きなため息を吐く白波ちゃんに俺はますます首を傾げる。目の前でアイスティーをゴクゴクとふてくされたように飲む白波ちゃん。あれだね。女の子を操るのって思いの外難しいんだね。デリケートな存在なのは分かるけど、姉様とはやっぱり違うなぁ。言葉のセレクトには慎重にならねば。………まあ、追々でいっか。

 俺はカバンの中から一枚の封筒を取り出して机の上に置いた。

 

「何ですか、この封筒?」

 

 怪訝な目で封筒を凝視する白波ちゃん。

 

「最初の頼み事。その封筒をCクラスの椎名ひよりって女の子に渡して欲しい。ただし、渡すと言っても直接じゃない。その子の部屋のポストに入れてくれ。誰にも見られない時間帯でな」

「………中身は何なんですか?」

「詮索はNG。知りたければ一週間後。プライベートポイントが振り込まれてから」

 

 これでも大分ヒントは出した。

 

「………分かりました。やっておきます」

 

 白波ちゃんが封筒をカバンの中にしまった。

 

「それより、私は今回のことでどう動けばいいんですか?」

 

 目下の案件を気にする白波ちゃん。今後の行動指針を求めてきた。

 

「特にすることはないよ。強いてやることと言えば一之瀬の密に連絡を取って話を聞いてやるくらいだ」

「それだと何もした内に入りませんよ。神崎くんは今日も一之瀬さんと一緒に行動していますし、このままじゃどんどん参謀の地位には近付けなくなりませんか?早く何かの役に立たないと」

「おいおい、焦るな焦るな。神崎が参謀の地位にいられるのはこれまでの経緯だ。そこにすぐ割って入ろうなんざあと一、二ヶ月は早い。それに今回の事件の中心はCクラスとDクラス。元から俺たちの出る幕なんかないんだよ。だから今は、俺たちには関係のないこの事件を利用して一之瀬ともっと話せ。いや、話さなくてもいい。とにかく一之瀬が事件について整理できるように聞き手となるんだ。参謀になるための第一歩はそこだ。日常会話ができる相手と重要な立場としての話し相手とは訳が違うからな」

 

 俺は説得を試みているが、白波ちゃんは納得したとは言い難い表情だった。

 

「心配する必要は無い。俺の予想が正しければ、この夏にクラスポイントが大きく変動するイベントがあるはずだからな。白波ちゃんが本格的に動き出すタイミングはその時だ。それまでは一之瀬との関係を徐々に再構築してればいい」

 

 白波ちゃんが重々しく頷く。予定にはなかったが具体的な未来を提示することが効いたみたいだ。

 

「じゃあ、渡した封筒のことはよろしく頼むよ」

 

 テーレーレーテレレテレレレー。おめでとう。白波ちゃんを仲間に引き入れた。そんな効果音が俺の頭に流れた。

 

 

 

 

 ──────

 

 さてさて、あの時の封筒の中身とな?でも、その前にひとつ。

 

「とりあえず、上手くやってくれたことに感謝するよ」

「別にあのくらいならどうってことありません。それこそ、わざわざ私を使う必要がありましたか?」

「もし誰かに見られた時、男だと言い訳がし辛いだろ?女の子だったら多少強引にでも理由をでっち上げれる。前から仲良くなりたかったのでお手紙を出したとかな」

「まあそうですけど………」

「中身の予想はしてみた?」

 

 白波ちゃんの見解を聞いてみる。与えられるだけってのは成長がないからな。

 

「時期的にCクラスに対する抗議文なのかなと思いましたが、それだと椎名さんを中継する必要性が感じられませんし、そもそも抗議なら表立ってやった方が効果的ですし、その場合一之瀬さんがやるべきです。隠れてコソコソやっている意地汚い鬼龍院くんにメリットはない。だからこの線は消しました」

 

 ふむふむ。なるほど。ちょっと言葉のチョイスが気になるな。

 

「続けて」

「CクラスとDクラスの喧嘩に関連してのこと、これはおそらく当たってるんじゃないかと。それから考えられる線は、………何らかの取引をCクラスに持ち掛けたんじゃないですか?具体的な内容までは見当がつきませんけど」

 

 おー!ブラボー!だいぶ近い。あの封筒の中身、それはUSBと一枚の紙だ。USBにはもちろんあの映像が。一枚の紙には以下の内容を書いた。

 

『Cクラスの王様へ

 一つ貸しってことでよろしく。今回は動く気がないから安心してよ』

 

 これは匿名で送った。素性はまだ明かしていない。綾小路が龍園に『X』として認識されるまでは静観したいと思ってるからだ。もしかすると綾小路が手紙を出した犯人と勘違いしてくれるかもしれないしね。匿名で送ったメリットはこれだが、逆にデメリットは既に今回の事件の片が付いており、匿名であるが故に白を切られると正直お終いということだ。けれど、俺の予想では龍園が断ることはしないと確信している。計画は順調に行われるとみて間違いない。

 

「それで?結局は何なんですか?」

「んー、取引って言うより駆け引きって感じかな?Cクラスに挨拶がてら俺が出っ張らなくて良かったねって感じのことを書いた。匿名だけどね」

「………ちなみに鬼龍院くんが行動を起こせばどうなってたんですか?」

「白波ちゃんはどっちの味方?」

「一之瀬さんの味方です」

「ぶれないなあ。まあ、Bクラスが手助けするって決めたDクラスの勝ちは揺るがなかったんじゃない?」

「はあ………なら動けばいいじゃないですか。Cクラスのポイントが減るチャンスだったんですから」

「ほどほどで止めておくのがいい時もあるんだよ。藪を突いて蛇を出すことになったら笑えないだろ?それより一之瀬の聞き手にはちゃんとなれたか?」

「あ、はい。それは大丈夫です。言われた通り余計なことは口に出さず、終始一之瀬さんに寄り添いました」

 

 その時の状況を思い出したのだろう。白波ちゃんの声が明るくなった。

 

「告白前よりも仲良くなれた気がします。それだけは鬼龍院くんに感謝ですね」

「そりゃどーも」

 

 第一段階はクリアか。

 

「一応鬼龍院くんのことは信頼することにします。これからよろしくお願いしますね」

「そうか。俺も白波ちゃんのことは信頼してるよ。これからよろしく」

「はい。では」

「ああ。おやすみ」

「おやすみなさいです」

 

 就寝の挨拶を最後に通話が切れた。歯を磨いてからベットに向かうと、姉様が既に横になって眠っている。時計を見るとそろそろいい時間だった。成長ホルモンが分泌されなくなってしまう。

 電気を落としてベットの縁に座る。姉様は夏用の薄い掛け布団もしていない。申し訳程度に足に掛かっているけれど、姉様は女の子だし体を冷やして欲しくない。いくら今の季節が夏であっても油断はできない。姉様は繊細なのだから。

 俺は掛け布団を持ち上げて姉様の隣に横向きで並んだ。左手で姉様を包み込む要領で布団を掛けた。

 

「んん………」

 

 その時、周囲の変化を感じ取ったのか、姉様が夢現に俺を見た。

 

「ごめんよ、姉様。起こしちゃったね」

「………けーすけ?」

 

 トロンとした姉様の表情から判断するに、おそらくこのまま意識の覚醒にまでは至らないだろう。姉様はモゾモゾと動いて右腕を俺の左脇の下に通し、左腕は俺の右肩から首筋に掛けて抱き着いてきた。小さな吐息が艶めかしく聞こえる。

 

「………よかった………ちゃんといる………」

 

 姉様が顔を俺の胸に押し付けて呟いた。俺は姉様を軽く抱きしめ返し、左手で姉様の頭を優しく撫でる。すると、姉様がさらに足を絡ませてきた。

 

「………お前は私のだからな………」

 

 獲物を逃がさないタコのように、姉様は俺に体を密着させている。触れ合う面積を増やそうと少しずつ力を出して体を押し当てている。姉様のスタイルに強調される豊かな双丘。女性らしい柔らかく滑らかな肌。いつもの嗅ぎ慣れた匂い。俺の頭がクラクラとしてくる。

 

「俺は姉様の傍にいるよ」

 

 安心させるように姉様の耳元で囁いた。瞬間、姉様の力がストンと軽くなり、代わりに安心しきった寝息が聞こえてきた。姉様のおでこにキスをしてから目を閉じて意識を手放した。




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