鳥のさえずりで、目が覚めた。
「……んん」
そこは、閑静な治療室だった。
ハンターズギルドに併設されているここは、主にクエストで怪我を負ったハンターが療養する施設である。
その一室で、アルフレッドは重い瞼を開けた。この部屋に押し込まれて、十数日と経った朝だった。
「はぁぁぁ……よく寝た」
両腕を伸ばして、寝起きの背伸びをする。
そんなつもりで体を動かすものの、右手から激痛が走った。
「でっ……あ、そうか俺」
右腕を
耳に残る咆哮の響き。
迫り来る二本角。
瞬時に砂が吸った、大量の血。
「……あのディアブロス、どうなったかな」
彼の右腕を容易く折った、ディアブロス。
瀕死にまで追い込んで、そのまま縄張りを後にしたことをギルドの職員から聞いた。
同種と縄張り争いをするのと同様で、負けた個体はその地域には二度と足を踏み入れないだろう。そう語る王立古生物書士隊員の言葉を聞いて、胸を撫で下ろしたのはつい先日のことだった。
「──それにしても」
脳裏に浮かぶのは、命の危険を感じたように逃げ始めた角竜の姿。
「珍しい奴だったな……」
ディアブロスといえば、追い詰められれば追い詰められるほど凶暴になりやすい。瀕死まで追い込んだところで、激昂した奴に返り討ちにされたというハンターも少なくない。
しかしあの個体はどうだろう。角を折られたことで、自身の安全を優先して逃走を選んだ。死に際であっても、冷静さを持ち合わせていることの表れだ。
「強い奴だった。強いし、賢いし、
ここまで追い込まれたのは久々だ、とアルフレッドは自身の体を省みる。生きて帰れたことが、奇跡に近かったと言えるほどの、怪我。ハンター稼業に復帰するには、しばらくの時間を要するだろう。
そんな怪我であるならば仕方ない。そう自分に言い聞かせて、彼はベッドに余りある自分の体を委ねるのだった。
「ま、こうなったからにはゆっくり休ませてもらうぜ……」
医療棟の費用は馬鹿にならない。しかし幸いなことに、彼には金銭的に余裕があった。
あのディアブロスは、右肩を骨が見えるほど抉られていた。あのままでは、致命的な出血量を伴うだろう。おそらく長くない。ギルドの職員はそう判断し、彼に討伐相当の報酬金を用意していたのだ。
しばらくは狩りに出れないだろうが、食い繋いでいくことは可能である。
彼はこの束の間の休養をふんだんに使い、今日もまた惰眠を貪るのだ。
「にしても──」
包帯だらけの体を、左手で押さえた。
すると鳴り響く、抑えきれない腹の音。
「……腹、減ったなぁ」
部屋の窓から差し込む光は、まだ白く、日が昇り始めた時間帯であることが分かる。
朝食の時間までは長そうだ。彼はそう判断して、再び瞼をしっとりと縫い付けた。
鳥のささやきを耳にしながら、視界を暗転させる。
何度も作ってきたその暗闇が、彼を優しく
○◎●
「……足りねぇ」
ようやく迎えた朝食を軽々と平らげ、アルフレッドは呻くようにそう呟いた。
医療棟の食事は質素で、よく言えば健康的、悪く言えば美味しくはないという代物だった。おまけに量もない。人より大柄な彼は、胃袋も同様に人より大きいのだろう。
ここの食事は、そんな彼の心を、全くと言っていいほど癒せるものではなかったようだ。
「酒、飲みたいな」
狩りの合間は、酒場に通うことが習慣になっている。そんなハンターは少なくなく、その多くが酒豪や酒癖の悪い者である。
アルフレッドも同様で、実はお気に入りの酒があればそのラベルを残し、ハンターノートに貼り付けるほどの酒好きだ。香りの良いブレスワイン、異国の風を感じられる黄金芋酒、スモーキーな香りがたまらないナグリッシュ・ウイスキーなど、彼のノートに貼られたラベルは多岐に渡る。
彼が流浪のハンターとして特定の拠点を持たないのは、もちろん大型モンスターを求めて放浪している点が大きいが、同時に各地の酒を廻ることも楽しみの一つとしているからである。
「ここじゃ絶対飲ませてくれないもんな……」
療養できるのはいいが、ここには娯楽がない。ただベッドの上で座って、横になって、一日が過ぎるのを待つばかり。
端的に言えば、アルフレッドは暇を持て余していた。
頬を撫でる風。
垂れる冷や汗が、妙に熱い。
咆哮が衝撃になって、体中を打ちのめす。
牙と牙を擦り合う瞬間が、彼の鼓動を熱くする。
大怪我を負わされたというのに、彼の心は常に狩猟区にあった。
狩りがしたくてたまらない。銃槍を握りたくて、たまらない。
彼にとっては、この命のやりとりが、一番の娯楽──なのかもしれない。
「……あのー……」
瞼の裏側に浮かんだ情景を噛み締める彼に向けて、掛けられた声。
どこかおずおずとした、少女の声だった。
「あん? ……って、お前さん……」
月色の銀髪。
よく焼けた肌。
身を包むものこそ、この医療棟用のガウンだが、目の前の少女には見覚えがあった。
「えへへ、セレス……です。えっと、アルフレッドさん?」
「……アルフでいいよ」
「じゃあ、アルフ。あの、隣いい?」
「ああ。ま、座れよ」
ところどころに包帯を巻いた彼女だったが、歩けるようにはなったらしい。
少しぎこちなく、彼のベッドの端に腰かけた。
「傷の方は、どうだ」
「おかげさまで、随分良くなったよ。何とか杖もなしで歩けるくらいに」
「そりゃ何よりだ」
「アルフは、どう?」
「いやぁ、この体たらくだ。まだしばらくはかかりそうだな」
人より、回復力には自信がある。
それでも、完治するにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
アルフレッドのそんな言葉に、セレスは申し訳なさそうに眉をへの字に歪めてしまう。
「……ごめん、あたしのせいだよね」
「はぁ?」
「あの時、あたしが無理を言ったから、アルフはそんな怪我を……」
「何だ、そんなこと」
担架に運ばれていたセレスに、角竜の討伐を懇願されたことを彼は思い出した。
「モンスターがいたから、狩りに行っただけ。別にお前さんに頼まれてなくても、俺は行ったさ」
「……でも」
「それにあのディアブロス、凄く強い個体だった。あんな奴と戦えるなんて、狩人冥利に尽きるね」
そう言って薄く笑うアルフレッドに、セレスは繋ごうとしていた言葉を失う。
その目は、まごうことなき狩人の目だった。鋭い眼光を前にして、これ以上の謝罪は必要ないんだと、彼女は実感した。
「じゃあ……こう言うね。ありがとう。あのディアブロスを狩ってくれて」
「……ま、どういたしまして」
ぎこちなく微笑むセレスを前に、アルフレッドはそっけなく応える。
そして、思い出したように言葉を繋げるのだった。
「ちなみにだが、俺はあいつを狩ったわけじゃない。あくまでも追い返しただけだ」
「えっ……!?」
「残念ながら、撃退が精一杯だった。悪いな」
「そんな……じゃあ、また!?」
「その点は安心してくれ。ディアブロスは、縄張り争いに負けたらそこには戻ってこないらしい。書士隊曰く、だが」
「そう……なんだ」
「それに、かなりの手傷を負わせた。おそらくは長くないそうだぜ」
「そっか。なら、良いんだけど……」
束の間の、安心感。
しかし断続的に蝕む、言いようのない不安感。
セレスから浮かび上がる感情は、まさにそれだった。その雰囲気には以前見た快活さはなく、どこか怯えているようにさえ見える。
そんな彼女が、問い掛ける。消え入りそうなほど、弱々しい声だった。
「……アルフは、あんなモンスターを何回も相手にしてきたの?」
「まぁ、アイツは別格だったとしても、何度かは」
ラギアクルス、リオレウス、ベリオロス、セルレギオスなど、彼が相手にしてきたモンスターは多岐に渡る。
あのディアブロスは頭一つ抜けた強さがあったが、あくまでも彼にとっては単なる狩猟し終えたモンスターの一つである。──いや、狩りきれてはなかったが。
なんて考える彼に向けて、セレスは胸の内に秘めた疑問を投げかけた。
突拍子な、投げかけだった。
「怖くは、ないの?」
「あん?」
翡翠色の瞳と、視線が交わる。
その瞳は、色濃い不安の色を帯びていた。
「怖い……とは、あんまり考えたことがなかったな」
彼の表情に、嘘偽りはない。
セレスは少し、目を伏せた。
「……あたし、怖かった。あんなのを前にして、もうダメかと思った」
「……そうか」
「アイルーたちに助けられたのは幸運だったな。死んでても、おかしくなかったもん……」
そう溢す彼女の肩が、微かに震えている。
あの悪魔のような角竜を前にすれば、畏怖の念を抱くのが普通だ。
薄ら笑いを浮かべるアルフレッドが異常なだけで、彼女の反応は至って当たり前だった。
「狩りが、怖いのか」
「……っ」
その言葉に、彼女の体が小さく跳ねる。
図星、と体現しているかのように。
「分からなくもない。実際、あの怒気は凄かった」
思い浮かぶのは、怒りに満ちた表情で角を振りかざす悪魔の姿。
全身から、まるで湯気のように昇り立つ怒気は、見る者全てを畏怖させるだろう。
「耳が裂けるくらいの咆哮だったな。今でも、耳に残ってる──」
「い、言わないで……」
その拒否の声は、何ともか細かった。
耳を塞ぐように、セレスは身体を縮み込ませる。
アルフレッドはそんな彼女の姿を見て、次に掛ける言葉を考えるのだった。乏しい頭で、足りない語彙で、何とか彼女の気持ちを傷つけずに言葉を掛けれないものか――。
そんな思いが、彼の眉間に皺となって現れる。
「……まぁ、なんだ。無理をする必要は、ないんじゃないか? 他にもいろんな生き方があるだろうし、無理にハンターを続けなくても」
気遣うようにアルフレッドは声を上げるが、彼女は沈黙を保った。
「その様子じゃ、元々好きで狩りをやってたわけじゃないんだろ? まぁ、そりゃリオレイアを仕留められるハンターを失うのは、ギルドにとっては辛いだろうが……。でも、お前さんの人生なんだし」
続く、沈黙。
「自分の人生、やりたいことをやって生きるに限る。これを機に転職っていうのも、悪くないんじゃないか──」
その言葉を遮るように、セレスは胸の内を溢すのだった。
「辞めたくても、辞められないよ……っ」
嗚咽を含んだようなその声に、アルフレッドは語りを止める。
肩が震えている。
どうも何か事情があるようだ。
いつの間にか重い人生相談に巻き込まれていることに辟易としながら、それでも彼女を放っておくほど、彼も腐ってはいなかった。左手で頭をぼりぼりと掻きながら、ふと思い当たったことを投げかける。
「……あの村のことか?」
セレスが危惧していた、村のこと。
ディアブロスが攻め入らんとするほど近づいていたあの村を、彼女は守ろうとしていた。
村を守ってほしいと、アルフレッドに懇願していた、あの姿。自身がボロボロになっても、村のことだけを案じていたあの姿。
彼女が、はっと彼を見る。潤んだ翡翠色の瞳と、目が合った。
「あの村、お前さんの故郷なのか」
「……うん、私の故郷。エスト村」
「エスト村……」
熱帯イチゴや、隕石の欠片などの特産物で、その名前はそれなりに知られている。
同時に慢性的な水、資材不足に悩まされ、モンスターの脅威にも晒され続けている、とても貧しい村であることも有名だ。
セレスは、その村の生まれだった。
「知ってると思うけど、うちはとっても貧乏なの。水も食料も足りなくて、みんなやせ細ってる」
「……あぁ」
「あたしは、十一人兄弟の長女。出稼ぎに出れるのがあたししかいなくて、親や兄弟のためにたくさん稼ぐには、
「だから、あんな無茶を」
如何に雌火竜を狩れるといっても、角竜はわけが違う。
熟練した上位ハンター、もしくはG級ハンターでなければ狩猟するのは難しい。無理を言って狩りに出たのだろうが、その結果があれだ。
確かに、セレスが出なければ村は今頃残ってなかったのかもしれない。しかしやはり、無茶以外、何でもないだろう。
アルフレッドは、溜息をついた。
「あたしが稼がないと、みんな餓えちゃうの……! だから、だからあたしはハンターを……!」
胸の内の思いと、自身の感情で揺れ動く彼女の姿。
家族のために食いぶちを稼ぐには、確かにハンターはうってつけの仕事である。大型モンスターを狩猟すれば、そのクエストの報酬金に加え、モンスターの素材をいくつか持ち帰ることができる。
そのモンスターの価値が高ければ高いほど、それは大きな収益になるのだ。同様の理由で、借金苦に陥った者がハンターになることは珍しくない。追い込まれた女性が、体を売ることを拒否してハンターを志すのも、よく聞く話だった。
そうでないとしても、彼女の境遇はそれに近い。
「セレス……」
彼女は、まだ幼さの残る少女だった。
二十歳を超えているか、超えていないか。下手すれば、もっと若くさえ見える。
それでも彼女は、気丈にもハンターとして戦い続けた。その心が折れる今まで、戦い続けていたのだ。
「ずっと、一人でやってきたのか? バルバレに出てきて、一人で」
「友達なんて、いないもん……。猟団に所属すると、そこでお金を取られちゃうから」
「確かに、な。一人なら報酬を山分けすることもないしな。稼ぐには一番だ」
「……そっか。アルフも、一人で狩りをしてたもんね」
初めて二人が話したのは、いつかのバルバレの集会所だ。
銃槍を担ぐ珍しい男を見て、セレスから声を掛けたのだった。
お互い、組むこともなくその場を後にした。結局のところ、どちらも一人を選んでいたのだから。
「……なぁ、セレス」
「な、何……?」
不意に名前を呼ばれ、少し戸惑う彼女に向けて。
アルフレッドは、いつかの誘いの返答をした。
「あの時言ってたな。一緒に狩りに行く? ってさ」
「……あ、う、うん」
「今更だけど、答え直していいか?」
「え、え?」
彼の真意が分からずに言葉に詰まるセレス。
アルフレッドは、構わず言葉を繋げ続ける。
「今度一緒に、狩りに行こうぜ」
「え……」
間の抜けた返事が響いた。
「猟団みたいに大所帯だと、稼ぎも減るけどよ。二人ならそれなりに良いはずだ」
「で、でも」
「モンスターが怖くても、安心しろ。俺が守ってやる」
そのための盾だから、と右手を掲げようとして、走る激痛に悶える。
そんな大男の姿を前に、セレスは数秒沈黙するも、耐えきれなくなって吹き出した。
緊張の糸がほぐれたように。
面白おかしい気持ちを、抑えられないように。
「ふっ、ふふふ……。しまらないなぁ」
「う、うるせっ……い、いででで」
痛みに耐えながら、アルフレッドは彼女の姿を見る。
潤んだ翡翠色の瞳から、怯えの色が抜け去ったわけでない。
しかし幾分か、その表情がやわらいでいた。
「一人が良いんじゃなかったの? 銃槍は、危ないんでしょ?」
「お前さんはガンナーだから、問題ないだろ?」
「まぁ……それはそうだけど」
ガンランスの砲炎は、射程に優れているわけではない。
ゆえにガンナーにとっては、特に脅威にもならないのである。
「ま、報酬の取り分は、一人の時よりは減るけどよ。それでも他の仕事を探すよりは稼げるだろ。何より、生存率は遥かに上がる」
「……怖かったら、後ろに隠れてもいい?」
「後ろから援護射撃してくれるなら、な」
「……分かった」
セレスは、少し嬉しそうに、それでいて恥ずかしそうに笑う。
それほど親しいわけではなかったアルフレッドに対して、随分と踏み入った身の上話をしてしまったこと。
それを彼が聞いてくれて、手を差し伸べてくれたこと。
どこかむず痒い感覚を、彼女は覚えていた。
「じゃあ、あの……よ、よろしく」
「おう、よろしくな」
彼女が差し出した右手に、アルフレッドも応じた。
右手を伸ばして、握手を交わそうと────。
「……って、いだだだッ! わざとかこのッ!」
「あ、ご、ごめんっ、つい!」
再び激痛に襲われる彼を前に、セレスは謝りながらも笑みを溢してしまう。
何はともあれ、まずは体を治してから。
二人はそう実感するのだった。
10話目なので、ぼちぼちパーティーメンバーを増やしたくなりました。アルフレッド一人の狩りを書くのは楽しいですが、結局大男の独り言ばかりになるので物寂しいんですよね。あと、彼女がヘビィボウガン使いなのには理由があります。やらしてみたいことがいくつかある。ガンランスにも関連している、あれを!!
アルフレッドは何も背負ってませんし闇も抱えてませんが、セレスはなかなかの薄幸な感じなので助けてあげたいですね。銀髪褐色と、カラーリングはダークエルフのそれです。防具はスパイオシリーズ(S版です)…ちょっとマイナーかな?
ちなみにこんな顔です。可愛いですね。
【挿絵表示】
さて、これにて第一章は終結です。最後のガンランス考察絵、その4を添付します。最後を飾るのは、やはり竜撃砲。その機関部の妄想です。
この作品でよく出てくる空圧レバーの図解もあるので、是非ご覧ください。
【挿絵表示】
次章からは、ガンスとヘビィのペア狩りを書いていきたいなと思います。閲覧ありがとうございました。