「こんのッ!!」
迫り来る爪を、盾で受け流す。
氷海の凍て付くような風が、頬を撫でていた。通気性に優れた風牙竜の鎧では、その風を防ぐには事が足りず、アルフレッドは顔を
一方で、渾身の爪を防がれたのは、白く丸々とした毛並みのモンスター。兎のような耳が特徴的なため、雪兎獣と呼ばれている。またの名を、ウルクスス。
唸り声を上げて、その獣は再び両腕を高く掲げる。
氷上であろうと自身の巨体を軽々とコントロールする自慢の爪をもって、目の前の人間を薙ぎ払おうとするのだった。
同時に響く、発砲音。
その二つの爪と頭部に、鋭い弾頭が傷を描く。
「おお、すげぇな……!」
今まさに振り回さんとするその両腕を、加えて頭部まで正確に撃ち抜いた射撃術。
多くの狩場を駆け抜けてきたアルフレッドが、思わず感嘆する技術だった。
雪に覆われた木々の向こうから昇る硝煙に、彼は頼もしさを覚えていた。
「セレスのやつ、良い腕してんな」
針穴に糸を通すようなその射撃。
強烈な一撃とはいかなくとも、ウルクススを確実に削っているのだ。当然、雪兎獣も黙ってなどいられない。
木々の向こうを見る。
その大きな耳に残る発砲音。どこから飛んできたかを、確実に把握している。
大きな鼻は、風に乗って流れてくる火薬の香りを確かに感じていた。
目の前の大男だけではない。姿を見せない、別の敵が確かにいる。そんな思いが、ウルクススを前へと押しやろうとする。固く滑らかな腹甲を使って、木々の向こうへと滑りだそうと──。
そんな彼の出鼻を挫く、強烈無比な砲撃。強い火薬の香りが、鼻腔を新たに埋め尽くした。
「どこ見てんだウサギ野郎! 俺を見やがれ!」
爆炎に紛れて、鋭い刺突が走る。
三本に分かれたその小振りな爪は、獣の柔らかな毛皮を易々と切り裂いた。切り裂いて、その刀身を潤す毒を塗り込んでいく。
ピリピリとした感覚が、傷口に走る。ウルクススは顔を顰め、やはり目の前の大男を薙ぎ払おうと、体勢を低くするのだった。
「来るか……ッ!」
鋭い爪を使って氷を握り、太く発達した脚をさらに膨らませる。
次の瞬間、ウルクススは走り出した。一瞬で加速し、しかし喰い込ませた爪を軸にして回転する。目の前の敵を殴り飛ばす、まるで全身を槌のように使ったその一撃。
雪が霧のように舞い上がり、氷の破片が飛び散った。
アルフレッドは──その盾で、巨体の一撃を受け止めていた。
薙ぎ払ったはずの人間が、まるで何事もなかったかのようにそこにいる。
どころか、滑る体を止めることで必死な自身の頭に向けて、あの三本の爪を突き立ててきた。
ウルクススは、脳天を打ち抜かれる痛みに悲鳴を上げた。
「とうっ!」
同時に、引き金を引く。
砲弾に収められていた杭が、瞬時に展開・射出される。
仰け反るウルクスス。頭頂部に突き刺さるは、噴煙を上げる謎の棒。痛みと、それに伴う異様な感覚に、とにかくその杭を抜こうと頭を振り回して。
しかしそれよりも速く、杭が弾けた。中に詰められた砲丸が続けざまに炸裂し、その衝撃が獣の脳を揺さぶるのだった。
倒れ込む巨体。意識を混濁させ、隙を晒す獣。
狙いをつけるには、十分だった。
「よーし……!」
セレスは、妃竜砲を折り畳む。
剥き出しになった銃身に、彼女は特殊弾を詰め込むのだった。
「装填完了! 行くよーっ!」
アルフレッドに向けて発したその声に、彼が背後に跳ぶ姿を確認して。
セレスは、地に伏せた。
大地に寝そべることで、さらに冷たい感覚が押し寄せてくるが、スコープを覗く彼女にとっては、まるで無いに等しい感覚だった。
心臓の音が高鳴って、それが次第に聞こえなくなる。
全身を晒す白い毛並みがスコープ越しに映り、まるで酸欠になったかのように、さらにさらに白く見えるようになった。
荒かった息が、勢いを増してどんどん荒くなる。しかし、その吐息は、いつの間にか耳に届かなくなっていた。
世界から、音が消えた。
炸裂音は、一瞬だ。
彼女の引いた引き金が、一瞬で世界に音を取り戻す。
発射とほぼ同時に着弾する、超速度のその弾は、ウルクススの柔らかい体を容赦なく貫くのだった。
直後、その弾道が炸裂する。着弾と同時にばら撒かれた火薬が摩擦によって火を灯し、銃創をさらに惨たらしく焼く。
意識を手放していたウルクススは、あまりの痛みに思わず起き上がった。大量の鮮血を、吹き溢しながら。
「見事だ……! やるな!」
「えへへ! 狙撃は得意なんだ!」
怒り心頭、雄叫びを上げるウルクスス。
再び木々の合間に身を隠すセレスを狙い、足元の氷を掬い上げる。
鋭い爪は、固い氷を易々と砕いた。その塊を、流れるような動きで、まるで小石の如く放り投げるのだ。人間にとっては、自分より一回りも大きいその塊を。
「させるか!」
雪を滑って、前に出たアルフレッド。その右手の盾で、氷の塊を跳ね返す。
ウルクススも、ただでは終わらない。もう一度、氷を捲り上げた。しかしそれも、銃槍の盾の前では小さな雪玉に等しいもの。彼にも、盾にも傷をつけることは叶わなかった。
どころか、氷を防いだ勢いを乗せて、アルフレッドは槍を振り下ろす。腹甲を抉るようなその一撃にウルクススは怯むのだった。
「……まずいッ!」
いや、手負いの獣は、何をするか分からない。
ウルクススは、走り出す。目の前のアルフレッド──いや、その奥にいるセレスを轢き潰さんと、腹這いになって走り出した。
傷の入った腹甲では、万全のスピードは出ない。しかし、その衝撃は盾で防ぎきれるものではないことは、一目瞭然だ。
「セレスっ! 避けろ!」
大きく横に滑って、獣の突進を躱したアルフレッドが声を張り上げる。
しかしそれは彼女にまで届かず、重弩の連射音だけが返事をしていた。
「チッ!」
即座に、アルフレッドは銃槍を背後に掲げる。
砲口に圧をかけ、衝撃を最大にまで高めるのだ。同時に、右手の盾を取り外しては、それに両脚をかけるのだった。
「滑れるか……ッ!?」
砲撃、直後に流線状に流れる視界。
拡散型の強烈な反動を利用して、アルフレッドは前に出た。
脚の下には、重厚な盾がある。それを氷の上に滑らせ、彼は加速した。さながら、ウルクススの滑走のようだった。
「うわわ、こっち来た!」
セレスはしゃがんで連射の体勢に入っていた。
しかし、迫ってくる雪兎獣の速度は、想像以上に速い。慌てて避けようとしても、避けきれないかもしれない。そんな不安が彼女のなかに巣食おうとした、その瞬間だった。
「オオオオォォォォッッ!!」
まるで猿叫のように、アルフレッドは吠えた。
大男が盾に乗って滑ってくる。あまりの衝撃的な姿に、セレスは転がって避けようとして、しかし受け身を取り損ねた。
一方の彼は、ウルクススへと食らいつき、跳んでその耳に銃槍を突き立てるのだった。
「これならどうだ……ッ!!」
シリンダーに残った最後の弾に、圧を掛ける。
穂先を埋める肉の奥から、青白い光が漏れ始める。
耳元の溜め砲撃。音に敏感なウルクススは、突然の衝撃と爆音を受け、真横に転がった。セレスを轢き潰すことも忘れ、パニックに陥っている。
「ぐあっ!」
振り落とされたアルフレッドは、雪を掘り分けながら転がった。頬や髪が若干凍て付いており、ガチガチと歯茎を打ち鳴らす。
「大丈夫!? アルフー!」
「うおおおっっ、さ、寒ぃぃ!! ほ、ホットドリンク……!」
「はい、これ! 飲んで、急いで!」
防具の所々を雪で飾りながらも駆け寄ってきたセレスが、ポーチから取り出したホットドリンク。それを慌てて受け取って、彼は一気に飲み干した。
トウガラシのつんとした辛味が喉を通り抜ける。ほっとするような、体を芯から温めてくれるその熱さ。
アルフレッドは起き上がる。銃槍を、雪の中から引き上げた。
「わ、悪いな……。止められなかった、アイツを」
「ううん。ちゃんと止めてくれたよ。ありがと」
セレスはにこっと微笑んで、妃竜砲を展開した。
暴れ回るウルクススだが、つまるところパニック状態だ。誰かを狙っているわけでもなく、ただひたすらに暴れ回る。
ヘビィボウガンにとっては、これ以上にないチャンスだった。
「火炎弾、景気よく撃っちゃうよ!」
懐から取り出したマガジンを、フレームに装着させる。
装填されたのは、彼女の宣言通り、『火炎弾』だ。火薬草を磨り潰して調合したその弾薬は、発火性に優れており、着弾と共に弾丸を燃焼させる。ウルクススのような、炎に弱いモンスターにはまさに必殺級の威力を誇るのである。
それを、彼女はしゃがみ撃つ。反動を最小限に抑えて、連射性に特化させたヘビィボウガンの妙技だ。機動力を犠牲に、高威力を一度に叩き込む、必殺技と言っても過言ではない。
「やああぁぁッ!!」
ばら撒かれる弾の数々。
木々を飛び交い、雪を赤く染めながら、ウルクススへと着弾する。
着弾と同時に発火、その体毛を激しく燃やした。どこか焦げ臭い香りが、この雪景色の中に充満する。
「俺も負けてられねぇな……!」
乱射される火炎弾に紛れ、アルフレッドも走り出す。
火炎よりもさらに赤いその髪が、風に
燃え上がる雪兎獣の体を燻す砲炎が、さらに彼の髪を靡かせるのだった。
突いて、突いて、突いて。
軽く、振りやすいこの『V・ガルランド』。三本の刃でできた穂先によって、刺さり過ぎず、抜けやすい。その特性が、流れるような刺突を実現した。
三度目の突きで、彼は銃槍を振り回す。素早く振った銃槍からは、空になった薬莢が飛び出した。同時に、予備弾倉の砲弾がシリンダーへと装填される。
予備弾倉は、これで空になった。銃槍はさらに軽くなり、アルフレッドの刺突を加速させる。何度も貫かれたその皮膚には、刀身に塗りたくられた麻痺毒が浸みこんでいく──。
突如、ウルクススが体を痙攣させる。
反撃に向けたその巨体が、まるで自分の意思では動かせなくなったようなその姿。
麻痺毒が染み渡り、とうとう全身の自由を奪ったのだった。
「セレス!」
「うん、行くよ! 最後のリロード、狙撃竜弾!」
セレスが再び重弩を折り畳む。
最後の狙撃竜弾だった。
ウルクススは、すでに十分弱っている。出血量と、全身を蝕む火傷がそれを物語っていた。
最後の一撃は、鋭く一瞬で。なるべく苦しませないように、彼女はこの弾を装填した。
正真正銘の、
一迅の風が、駆け抜ける。
氷海に咲き乱れる、紅蓮の華。悲鳴もなく、一頭の獣の魂を誘うのだった。
○◎●
「……ごめんね。君のこと、無駄にしないからね」
セレスは、横たわるウルクススに向けて両手を合わせていた。
両目を強く縫い付け、念じるようにそう告げる。
その姿は、どこか
「毎回、そうやって手を合わせてるのか?」
「……うん」
「こいつがキャラバンを襲って死傷者を出した奴だったとしてもか?」
「……あたしたちが命を奪ってることには、変わりないから」
そう言って、少しだけ苦しそうに、セレスは笑った。
あぁ、やっぱりハンターに向いていないんだな。彼は思った。
「……だから、ボウガンか」
「え?」
「いや、何でもない」
腕に残る、血肉を裂いたあの感触。
だから彼女はボウガンを握ったのだろう。それ以上は、彼は考えないようにした。
命の渡り合いを楽しむアルフレッドにとっては、あまり馴染みのない感覚だった。戦うことを生き甲斐にする彼にとって、セレスとはあまりにも価値観が違う。
それでも────。
「……それでもあたしは、撃つよ」
覚悟を決めたように、セレスは言う。
「だってあたしは、ハンターなんでしょ?」
そう言って、二カッと笑う彼女を見て。
アルフレッドもまた、静かに笑う。
二人は、お互いの握り拳を軽く打ち合った。互いの健闘を称えるように。
──お互いの狩人としての思いを、認め合うように。
どうか狙撃竜弾に救いを……ッ!!
ライズの狙撃はあまり息していないので、どうかちゃんと実用できるものにサンブレイクでは仕上げてほしいなと思うのでした。
アルフレッドは狩りが好き。戦うのが好きだから、ハンターをしている。セレスは狩りも戦いも好きではない。ただこれじゃないと家族を養えないから、必死に戦っている。
一緒に狩りをして楽しいなーって話にしたいと思いつつも、二人の異なる狩猟観にも触れられる、複雑な回になりました。
それでは、次回の更新で会いましょう。閲覧ありがとうございました。