ラストリロード   作:しばじゃが

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その砲炎は、誰がために

「え……ガルランド、お呼びでない……?」

 

 セシルとカインに言い渡された、狩猟決行日となったバルバレの集会所にて。

 アルフレッドの間の抜けた声が、集会所の騒音に飲まれていった。

 

「私、デザートストームを使いますので。状態異常なら任せていただきたい」

 

 そう言いながらカインが見せるのは、ドスガレオスの素材を使って作られたライトボウガンだった。

 通常弾の扱いに優れ、さらに毒弾や麻痺弾、睡眠弾など状態異常弾にも幅広く対応しているその銃は、多くのライトボウガン使いが愛用する有名な武器だ。同じく麻痺の状態異常を狙って用意された銃槍『V・ガルランド』だが、好きなタイミングで急所に毒液を注入できるライトボウガンを前にしては、相手が悪いと言わざるを得ない。

 

「今ならまだ間に合うし、武器変えてくる?」

「うーん……そうだな。行ってくるよ」

 

 セレスに促され、アルフレッドは集会所奥の準備エリアへと歩き出した。

 集会所には、一人ひとりにアイテムボックスが用意されている。狩りに必要なアイテムや武器、防具などを預けておける他、別の拠点やキャンプなどに配送するサービスも行われているのだ。

 アルフレッドは、流浪のハンターである。一つの拠点に根を張るのではなく、大型モンスターを求めて様々な拠点を渡り歩いている。そのため、このアイテムボックスとは切っても切れぬ関係を築き上げていると言えるだろう。

 

「あいつ、大丈夫か……?」

「用途に合わせていろんなガンランスを用意してるみたいなので、別のを持ってくると思います」

「ほう、それはまた、マニアックな……」

 

 通常、ハンターは複数の武器や防具を持ち合わせるということはあまりない。

 防具を新しく作る時は、今使っている防具が使えなくなった時。

 そして武器を新調する際もまた、既存のものが使えなくなった時であって、何丁も武器を揃えるというハンターは珍しい部類にある。属性の相性が重要な片手剣、双剣については複数本用意する者もいるが、ガンランスのような大型の武器を複数用意するのは、やはり変人の領域にあるというのが通念であった。

 

「ところで、今日はどんな依頼を受けたんですか?」

「ふっふーん……どうも原生林に、影蜘蛛が出没しているらしくてね」

「研究員が、新しい毒弾の開発のためにサンプルが欲しいとのことで、是非生け捕りにしてほしいという依頼がありまして」

「ってことは……ネルスキュラの、捕獲?」

「そういうことになりますな」

 

 念を押すように聞いたセレスの問いに、カインはうんうんと頷いた。

 影蜘蛛、ネルスキュラ。様々な毒を扱う鋏角種のモンスターであり、六本の脚と糸を巧みに使う実力者である。虫であるというのに、鳥竜や飛竜を捕食するという事例もある。この狩りは簡単にはいかなさそうだ、とセレスは少し緊張を滲ませた。

 

「大丈夫大丈夫! 俺たちがついてっから! 君のことは、俺が守ってみせるよ」

「あ……は、はぁ……」

 

 相変わらずの軽口に少し困りながら、セレスは準備エリアの方へと視線を逸らす。

 すると狭い通路の奥から、血濡れのような赤髪が浮かび上がってきた。

 銃槍を背負い、窮屈そうに歩くその影は、アルフレッドその人である。

 

「あ、アルフ! おかえり!」

「おう、待たせたな」

「なんだ、逃げたのかと思ったぜ」

「言うじゃねぇか、ちょび髭」

「ちょ、ちょび……ッ!?」

「まぁまぁ。これにて役者は揃ったというもの。さぁ、狩りに行きましょう。飛行船は手配済みですので」

「おう、助かる。準備が良いな」

「ふふ、お褒め預かりまして」

「おい待て! 俺の魂のファッションを、ちょび髭なんてまとめるんじゃねぇ! ちょっ待て! 話は終わってないが!」

 

 構わず飛行船に向けて歩くアルフレッドと、それについていくセレス、カイン。

 セシルはご立腹な様子でその後を追うが、返事をもらえることはなかったようだ。

 

 

 ○◎●

 

 

 影が舞う。

 粘り付くこの白い蜘蛛の巣の下を、素早く駆け回る。

 足元を這い回るという、奇妙な行動に怯んだセレス。そんな彼女に向けて、凶悪な鋏が振りかざされる──。

 

「どっせいッ!」

 

 割って入ったアルフレッドが盾で鋏を防ぎ、代わりに杭を突き返した。

 

「大丈夫か!」

「あ、ありがと……! びっくりしたぁ……」

「こいつはこの蜘蛛の巣に張り付いて歩き回れる。気を付けろよ、気付いたら真下に、なんてこともあるからな」

「やだなぁ、怖いなぁ……」

「もし嫌だったら、蜘蛛の巣の上には立たないのも手だ。遠撃弾、あるだろ?」

「そ、そっか! よーし!」

 

 遠撃弾のマガジンを装填して、這い回る蜘蛛を狙うセレス。

 そのスコープの奥からは、懸命に走ってこちらへと駆け寄るセシルの姿が映った。

 

「おいおい! 何だよ今の! ガンランスで飛ぶなんて、聞いてねぇよ!」

「今のが噂の、ブラストダッシュというものですか! 理論的には可能と聞いてましたが、実際にやる人を見るのは初めてです……!」

 

 セシルを狙うネルスキュラを牽制するように、通常弾を撃ちながら滑り込んでくるカイン。

 その様子はどこか感心したようで、素直な称賛をアルフレッドに向けるのだった。

 

 アルフレッドは、ブラストダッシュでセレスとネルスキュラの間に割って入った。

 先ほどの顛末は、その一言に尽きる。

 

「それは、オルトリンデですな? 通常型というのは砲弾が小さいと聞いてましたが、それでも飛べるとは驚きです」

「よく知ってるな。圧を掛ければ、その分反動もでかいからな。十分飛べるぜ」

「お前ら何仲良く喋ってんだよ! 狩るぞ!」

 

 セシルの声に、アルフレッドは駆け出した。カインもまた距離をとって、新たなマガジンを銃身にはめ込むのだった。

 

「麻痺を狙いましょうぞ! 背を空けて頂こう!」

 

 彼の言葉を聞いて、アルフとセシルはその細長い脚を狙う。

 刃を当てると、堅牢な節の感触が腕に残る。獣の肉とも、竜の甲殻ともまた違う、固い感触だった。

 

「こういう相手は、砲炎で焼くに限るな!」

「おいおい、まさか撃つ気か!?」

「あ? 当たり前だろ」

「俺たち、こんな近いとこにいんだぞ! 俺を殺す気か!」

 

 太刀の刃渡りほどしか離れていない二人。

 セシルの言う通り、今ここでアルフレッドが砲弾を放てば、その炎は彼にも届きかねない。

 しかしそんなことは、銃槍使いである彼にも分かりきっていること。

 ならばどうするか。

 撃つならば──。

 

「上だ!」

 

 斬り上げ、からの砲撃。

 水平砲撃では、セシルまで巻き込んでしまう。故にアルフレッドは、上に撃った。斬り上げた勢いで高く掲げたガンランスが、祝砲のように炎を噴く。それも、五発連続で。

 足の根元を激しく焼かれ、ネルスキュラはたまらず倒れ込んだ。その腹を露わにしながら、しかしもがいて体勢を立て直そうとする。六本の脚が忙しなく蠢く姿は、人によっては嫌悪感を覚えるだろう。

 

「うげ、気持ち悪っ! 脚バタバタしてんじゃんもう!」

「な? 砲炎は当たってないだろ?」

「う、ま、まぁな! 意外にやるじゃんかよ!」

 

 背後に跳んで、再装填を行うアルフレッド。入れ替わるように、前へ駆け出すセシル。

 片手に一本ずつ持ったその双剣を擦り合わせ、彼は静かに精神を集中させる。まるで闘気が色を帯びて揺蕩(たゆた)うように、彼の気迫は剣筋に乗って斬撃をより鋭くさせるのだった。

 

「うらうらうらァ!!」

 

 勢いに乗って、隙だらけの影蜘蛛へと斬りかかる。血とも体液とも取れる不気味な液体が、剣筋に乗ってこの原生林を彩った。

 

「そのまま麻痺させますぞ! セレス殿、火炎弾を!」

「わ、わかった!」

 

 新たなマガジンを装填して、カインは照準をその蜘蛛の腹へと定めた。

 重い麻痺弾の反動に苦しみながら、それでもセレスへと声を掛ける。

 思わぬ連携を持ち掛けられ、彼女は焦りながらも火炎弾のマガジンをポーチから取り出すのだった。

 

「……よし」

 

 そんな、斬撃と射撃が飛び交う光景を前に、アルフレッドはようやく装填し終え、抜刀形態へと戻した。

 シリンダーには砲弾を全て詰め直し、銃身には竜杭砲の杭を仕込む。

 先日のディアブロスとの戦いで全損してしまったこのオルトリンデだが、修理を施した今、もはや新品と言っても差し支えない。油汚れも煤の付き具合も良好で、砲弾を撃つにも、振り回して戦うにも、十分過ぎる状態だった。

 アルフレッドは、静かに口角を上げる。

 四人で狩りをするなんて、いつ以来だろう。言いがかりをつけられたような形だったが、偶然このようなパーティーを組めたことを、彼は今楽しんでいた。

 お互いの弱点をカバーし合うというのは、普段一人で狩りを行っているからこそ、心強いものなのだ。

 

「いくぜ!」

 

 銃身を背後に回し、空圧レバーを操作する。

 溜め砲撃の反動を利用して、彼は再び宙を舞った。起き上がろうとするネルスキュラへと、超速度で肉迫する。

 

「あ、麻痺! 麻痺したよ!」

「ようやく回り切りましたか……!」

 

 その瞬間、影蜘蛛が体を痙攣させた。

 カインの撃った麻痺弾の毒が、ようやく全身に回ったようだった。

 

「流石だぜぇカイン! さぁ、俺も……舞うぜーっ!!」

 

 相方の活躍に気合が入ったセシルは、まるで剣舞のような動きで二丁の剣を振り回した。全身を使って回転力を高めたその斬撃は、まるで小さな竜巻のよう。

 一方のセレスは、準備していた火炎弾を装填した。ここぞとばかりに、しゃがみ撃ちで仕留めにかかる。

 アルフレッドも、負けじと自らの銃身を叩き付けた。重力を上乗せした一撃が、影蜘蛛の脚を一本、叩き割る。

 そのままフルバーストを放ちたいところだったが──その射線の先には、剣を振って舞い踊るセシルの姿が。引き金へと伸びた指は、引き金に届くことはなかった。

 

「らァッ!!」

 

 派生したのは、渾身の薙ぎ払い。

 細長い脚を、二、三本まとめて叩き伏せる。

 

「皆の衆、ご注意をば! これは生け捕りです故、仕留めぬように!!」

「ち、そうだったな」

「わ、忘れてた……!」

 

 一旦、影蜘蛛の様子を見なければ。

 そんな思いで発したその声に、アルフレッドとセレスは武器を下げる。

 その一方で。

 

「おらおらおらおらァ!! ヒャッホーッ!」

 

 斬るのに夢中なセシルは、カインの声に気付くこともなく舞い続けていた。

 引き際を見失っている。アルフレッドはそう判断して、前に出た。

 

「ばかやろ……ッ!!」

 

 ネルスキュラは、とうに麻痺毒を克服していた。

 その鋭い爪を振りかざして、目の前の小物を薙ぎ払おうとする。そんな体勢に入っていたのである。

 

「ひゃっははは……アッ!?」

 

 迫り来る鉤爪が、彼の頭部を薙ぐ。

 間の抜けた声が、漏れる──。

 

「ぐっ!!」

 

 響いたのは、甲高く木霊する金属音。

 滑り込んだアルフレッドが、盾で鉤爪を防いでいた。思わず後ろに尻餅をついたセシルを守り、そのカウンターに叩き付けを繰り出す。

 

「怯めッ!」

 

 今度こそ、引き金を引いた。

 シリンダーが猛回転し、中に込められた砲弾を瞬く間に撃ち果たす。一点に五発の砲炎を叩き込まれ、ネルスキュラは怯んだ。フルバーストに身を焼かれ、背後へ跳躍しては唸り声を上げる。それはまるで、アルフレッドを警戒しているかのように。

 

「大丈夫か!」

「あ、あぁ……」

 

 気の抜けたセシルの声が漏れ、アルフレッドは盾を構え直す。

 しかし、安心はできない状況だった。ネルスキュラは、その身の内に大量の『糸』を貯めていたのだ。

 

「糸が来る! 気を付けろ!」

 

 盾を絡め取られては、防ぎようがない。アルフレッドは、盾を背にしまって回避に徹する。

 立ち上がったセシルも転がって避け、二人の動きを見ていたセレスもまた、岩の裏に隠れることによって難を逃れるのだった。

 一方で、隙だらけの相方を助けようと、睡眠弾の装填を行っていたカインだけは──。

 

「なっ……! い、糸ですか……!!」

 

 全身を絡め取られ、自由を失ってしまう。

 武器を構えることも、回避することも、どころか身動き一つ、満足にできなくなる。

 隙だらけになった獲物の姿を、当然ネルスキュラは見逃すことはなかった。

 

「まずい……ッ!」

 

 顎の奥から、新たな鋏が這い出てくる。

 鋭利な刃が並んだその表面には、悍ましい色をした毒液が滴っていた。このクエストの依頼人が欲している毒液──それに満たされた影蜘蛛の必殺の刃。獲物にとどめを刺す時に使う、捕食器官。

 

「ふっ、ぬううぅぅぅ……!!」

 

 全身に力を入れて、糸を振り払おうとするカインだが──残念ながら、人間の力では引き千切ることなど敵わなかった。

 絡みつく糸は、足場となっている蜘蛛の巣にも絡みつき、迫る刃から逃れることすら許さない。カインに、死神の鎌が迫る。

 

「セレス! 足元の糸だ!」

「……! 見えた!」

 

 スコープ越しに、カインと蜘蛛の巣を絡みつける糸を視認する。

 セレスは、引き金を引いた。遠撃弾が装填された妃竜砲は、鈍い炸裂音と共に鋭い一閃を射出する。

 その弾道が、カインを引っ張る粘着質の糸を、断ち切った。

 

「……かたじけない……ッ!」

 

 両腕の自由は、未だに効かない。

 しかし、足はまだ覚束ないながらも動く。自身を引っ張る手綱もない。

 カインは走り出した。自分を呼ぶ、アルフレッドの方へと。

 

「こっちだ! 走れ!」

 

 彼もまた、走る。

 カインと入れ替わるように、前に出る。

 

「オオオォォォ!!」

 

 ちょうどすれ違う、その瞬間だった。

 影蜘蛛の刃が、激しい音を立てて振り払われる。背を向けて走る、糸だらけの男を狙い澄まして。

 

 鋏は、閉じきらなかった。

 盾に阻まれ、カインを真っ二つにすることは、できなかった。

 

「ぐぅ……ッ!」

「あぎッッ……!」

 

 しかし、その刃は鋭く重い。

 閉じきらずとも、カインの脇腹を防具ごと裂くには十分だ。

 

「カインーッ!!」

「そんなっ……!」

 

 鋏の衝撃は見た目以上に大きく、アルフレッドの力をもってしても衝撃を押し殺すことはできなかった。

 脇腹を裂かれたことによって、糸から解放されたカイン。堅牢な盾の背後で、力なく倒れ伏す。

 このままでは追撃が来る。アルフレッドは危険を察知し、銃槍を構え直した。右腕が痛むものの、それでも盾を構えて照準を影蜘蛛の頭部に合わせた。

 

「食らいやがれ!」

 

 放つのは、灼熱の息吹。

 火竜の骨髄を燃やした、爆炎の渦。

 竜撃砲を直に浴びて、影蜘蛛の体は燃え上がる。たまらず飛び退いて、覚束ない足取りで転倒した。

 

「大丈夫か、おい!」

 

 駆け寄ったセシルが、カインを抱き起す。

 その表情は苦悶に満ち、脂汗が浮かんでいる。

 脇腹からはどす黒い色をした血が零れており、毒液が彼を侵しているのは火を見るより明らかだった。

 

「セ、セシル……」

「カインおめぇ……無茶しやがってよぉ……!」

「セシルさんっ、解毒薬を!」

「お、おう! サンキュー、セレスちゃん!」

 

 セレスが投げた解毒薬を受け取り、カインへと流し込むセシル。

 気休めだが、今はこれに頼るしかない。いや、それよりも、まずは彼をここから退避させる必要がある。

 セシルがその重い体を持ち上げた時、彼は呻きと共に言葉を漏らした。

 

「い、今……な、ら」

「カイン駄目だ、黙ってろ!」

「ネル、ス……弱って、る……」

「な、なに……!」

 

 その言葉を聞いて、セシルは影蜘蛛を見た。

 確かに足取りは不安定で、転倒をくり返しながら歩いている。

 弱っている。捕獲が可能なほど、奴は今衰弱している──。

 

「ガンランスの!」

 

 片手でポーチを探って取り出したのは、中央に針が仕込まれた円盤だった。

 武器名で呼ばれたアルフレッドが振り返ると、その円盤が宙を舞って迫ってきていた。受け取った先には、黙って頷くセシルの姿。

 アルフレッドも、そっと頷き返した。

 

「セレス! 捕獲するぞ!」

「うん!」

 

 重弩を構えたセレスが、即座に撃ち放つ。光いくよと、手短に言いながら。

 直後、迸る眩い閃光。

 ネルスキュラの目の前で破裂したのは、閃光弾だった。視界が一瞬で白に塗り潰され、影蜘蛛は半狂乱になって暴れ回る。

 

「シビレ罠、か……。使うのは随分久しぶりだな!」

 

 セシルから受け取ったシビレ罠を片手に、アルフレッドは走る。

 大型モンスターの狩猟を生業にしていた彼にとって、捕獲という手段は滅多に取らなかった。基本、駆除対象となる危険な個体を狩っているのであって、なるべく素材を痛ませないような狩猟が求められる捕獲は、彼はあまり得意ではなかったのだ。

 故に捕獲を見極める審美眼も持ち合わせてはいないが、その点カインはモンスターの動きの機微によく気付いていた。それは、相方であるセシルも認めるところであり、だからこそシビレ罠をこの銃槍使いに託したのだった。

 

「アルフ、いいよ!」

「よしきた!」

 

 空を薙ぎ払うその鉤爪を掻い潜り、足元へと入り込んだアルフレッド。

 静かにシビレ罠を置いては、荒れ狂う蜘蛛の懐から逃れる。

 直後、細長い脚の一本が、シビレ罠を踏み抜いた。仕込まれた針が顔を出し、麻痺弾よりもさらに強力な痺れ薬が注入される。ネルスキュラは、再び全身の痙攣に襲われた。

 

「──おやすみなさい」

 

 セレスは、静かに二発の弾を撃った。

 着弾と共に、桃色のガスを吐き散らすその弾は、影蜘蛛を深い眠りへと誘っていく。

 やりきったように、セレスは硝煙溢れる銃口を上に掲げた。

 捕獲用麻酔弾のつんとした独特な酸味臭が、この原生林を淡く彩るのだった。

 

 

 ○◎●

 

 

「傷、どうですか……?」

「め、面目ありま、せん……」

 

 心配そうにセレスが尋ねるものの、カインはたどたどしい返事しかできなかった。

 解毒薬が効いてきたのだろう。先ほどよりは、顔色はまだ良くなっている。しかし、予断は許されない状況であることには変わりはない。

 

「毒もそうだが、傷も深いな。メインターゲットは捕獲できたんだ。早めに撤退した方がいい」

「……お前、お前よぅ! カインを守り切れてねぇじゃんかよちくしょう!」

 

 セシルは、怒っていた。

 相方を守りきれなかったアルフレッドに向けて。

 

「悪かったよ。思った以上に、あの鋏は重かった」

「そ、そんな! アルフだって……!」

 

 アルフレッドとしても、その点は負い目を感じているのだろう。素直に謝る彼に対して、セシルは鼻息を荒くする。

 セレスもまた、彼の強い口調に思わず反論しそうになるが──それより先の言葉は、口を弱々しく動かすカインによって阻まれた。

 

「セシル……」

 

 腕の中の彼からの呼びかけに、セシルは思わず叫んだ。

 

「馬鹿、喋っちゃダメだろ!」

「こ、の……銃槍使い殿が、守ってくれなかった、ら……」

 

 ──今頃、自分の体は二つに分かれてただろう。

 そう言って、彼は弱々しく目を閉じる。

 傷を受けた当の本人がアルフレッドを庇ったことによって、セシルはそれ以上糾弾することはできなかった。

 

「ちくしょう……」

 

 ただ歯痒そうに小さな声を溢す彼に向けて、アルフレッドは踵を返す。

 そして背中越しに、声を掛けるのだった。

 

「回収班が来るまで、この蜘蛛は守る。だから、お前さんはその相方をキャンプに送ってやってくれ」

「なに……?」

「俺の出来る、せめての謝罪の形だよ。先に休んでくれ」

 

 討伐クエストも、捕獲クエストも、メインターゲットとなるモンスターを仕留めたあとは、ギルドの回収班が来るまでその亡骸を、もしくは捕獲体を守らなければならない。

 折角仕留めたというのに、放置して他のモンスターの餌となっては、全てが無意味だ。特に捕獲クエストの場合、モンスターを生け捕りにしたまま拠点に持ち帰る必要があるため、誰かがこのネルスキュラを保護する必要があった。

 

「アルフ……」

「セレスも、一緒に蜘蛛を守ってくれるか?」

「う、うん」

 

 思わぬ銃槍使いの申し出に、セシルは反論を見失う。

 ただ、苦しむ相方を目の前にしては、これ以上の問答も不要だと判断した。

 そうして、力ない彼を持ち上げようと、足に力を込めた、その瞬間に──。

 

「……なんだ? この臭い……」

 

 まるで肉が腐ったような。

 食べかけの食事を放置したような、腐臭に近い独特の悪臭が鼻を刺す。

 風に乗って、原生林に流れてきたらしいこの臭気。

 一体何が、と同じく臭いに気付いたアルフレッドが周囲を見渡した、その時だった。

 

 桶から零れ落ちたように、液体がどぼどぼと大地に降り注ぐ。

 その粘度は、まるで涎のようだった。

 

 涎に触れた草木が、白い煙を立てながら溶け始める。

 嫌な臭気が、より一層濃くなった。

 




≪WARNING!≫

3rdの乱入システムが懐かしいですね。
あの頃はガンランスを使うにも、味方に当てずに砲撃を使うのに苦心しました。斬り上げからの砲撃は、マルチガンランスの作法の一つです。また、Xシリーズになると火力を上げるためには砲撃をしなければならないヒートゲージシステムによって、より難しいものになりましたね。さらにエリアルスタイルの登場によって、上方砲撃をしても味方に当てかねないという、非常に束縛された操作が要求されました。
ワールド、ライズで砲撃が使いやすくなって快適な分、あの頃の周りに気を遣って狩っていた頃も思い出してもらえたらなぁ、懐かしんでもらえたらなぁと思って書いていました。そう感じて頂けたら、こちらとしては感無量でございます。
閲覧ありがとうございました。
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