迫り寄る轟刃
「速度上げろ! もっと!! 速く!!」
ガーグァが二羽、走る。
未舗装の道、ではない。
舗装された街道を走り続ける。
ただのガーグァではない。装飾が為され、車輪の付いた箱を牽引している。
その箱──俗に言う竜車──の背には、一人の男が声を荒げていた。
見た目から察するに、商人だろうか。あまり景気は良くなさそうだが、それなりに身なりを整えている。しかしその身なりも顧みず、ひたすら背後と前方を交互に見るのみ。時々、手綱を持つアイルーの肩を揺さぶっている。
「なぁ! もっとスピードは出ないのか! なぁ!!」
「ガーグァたちも、これが限界ニャ! 旦那! とにかく掴まってくれニャ!」
彼らの走る街道は広く、山中や河川など自然の深層にあるものではない。
雄大な山脈の、切り立った隙間。その谷間に出来た大通りだ。
目指す先には、巨大な城壁が聳え立っている。城壁の向こうには、堅牢な作りの家々と、荘厳な建物が立ち並んでいた。
ドンドルマ。ハンターズギルドの、まさに総本山と言える大都市である。
「追い付かれる! 追い付かれちまう!」
「何でニャ! 何でこんなとこに、ティガレックスが徘徊してるんだニャ!」
竜車を追うのは、青縞模様の飛竜。
野性味溢れた頭蓋は、まさに捕食者の象徴と言えるほど、鋭い牙が立ち並んでいる。大地を掻く爪は太く、そしてその速度も、異様なほど速い。
しかしギラついた瞳は、まるで正気を失ったかのように爛々と輝いていた。走る足取りもどこか不安定で、体中からは黒紫の
「何だよ! 何だよコイツ!!」
「走れニャ! とにかく走ってくれニャ!」
手綱の先のガーグァに、懇願するように。
二人は竜車にしがみ付きながら、とにかく二頭を走らせ続けた。
一方で、ドンドルマの城壁では。
警備に当たっていた守護兵が、街道から迫り寄る脅威に気付く。
「あれを見ろ!」
「ティガレックスだ! 竜車が追われている!」
「緊急事態だ、鐘を!」
その言葉に、別の兵が走り出した。
城壁の上に建てられた鐘を、強く叩く。けたたましい音が響き渡り、それと共に多数の兵が顔を出した。
「何事だ!」
隊長格の男がそう尋ね、しかし部下の説明を聞く前に状況を察する。
「ティガレックスか……。ここまで近付いてくるなど、一体何事か」
「普段であれば、ここまで来ることはないのですが、よっぽど腹を空かせているのでしょうか」
「とにかく! あの竜車を保護せねばならん! 城門を閉める準備を進めよ! 竜車がくぐった直後に閉めるのだ!」
「はっ!」
「貴様らは轟竜を足止めせよ! バリスタの配備!」
「はっ!」
数名の守護兵が二手に分かれ、城門上部の端に配置する。
そこに備えられた歯車と、噛み合うように伸びるハンドルに手を掛けた。
直後、耳障りな金属音を立てながら鎖と歯車が走り出す。その悲鳴と共に、城門が動き出した。
「も、門を閉める気じゃあ……そんな! 待ってくれ!」
「旦那! 上を見てくださいニャ!」
動き始める門に、絶望の表情で顔を満たす男だったが、アイルーは小さな肉球で城門を上を指差した。
そこには、レールを走るバリスタが、数台門上に集まる光景が描かれていた。
光る
引き絞られる弦。
守護兵たちが、飛竜を睨んだ。
鈍い音を立て、太く重い矢が射出される。
迫り来る、ティガレックスに向かって。
「うわぁ!」
思わず身を伏せる商人の、真上を駆け抜ける風切り音。
その刺突の雨を前に、ティガレックスは前脚に力を込めた。巨体を急停止させ、続けざまに放たれる矢を背後に跳んで躱す。
そして、咆哮。並のティガレックスではない、重く耳を引き裂くような、非常に奇妙な衝撃波だった。
「……ぐっ……!」
「何だこの音……っ!」
怒りとも、不満とも、感情が読めない叫び声。
いや、例えるならば──慟哭、だろうか。
「関係ねぇ! 前脚が隙だらけだ!」
両前脚で大地を抉り、上半身を持ち上げる。
そんな姿勢で吠え続ける轟竜は、自分の視界が狭まるほどの大咆哮を吐き続けていた。
故に、前脚が大きく曝け出されている。避ける素振りもない。迫るバリスタの雨にも、気付かない。
だからその数多の矢が、彼の前脚に穴を空けるのは、誰もが予想できたこと。
──その筈だった。
「な……」
弾かれる。
まるで分厚い鉄板に撃ち込んだかのようだ。
爪どころか、皮膚や鱗であっても、バリスタの弾を軽々と弾いていた。金属を思わせるほどの硬度。並の轟竜でないことを、誰もが実感させられる。
「隊長! あれは……!」
「弾いた……? そんな、馬鹿な」
「ええい怯むな! 銅鑼を鳴らせ! ハンターが必要だ! 対轟竜防衛作戦を始動させよ!」
「は、はい!」
ゴオォン!
思わず耳を塞ぐほどの、重苦しい音が鳴り響く。
その銅鑼の音は、緊急事態を告げる報せ。
即ち、強大な存在に街が脅かされている証。
城門程度では、その存在を防ぐことは不可能に近いという事実──。
「隊長! 奴が!」
降り注ぐバリスタもまるで気に留めず、走り出す。
前脚、首、尻尾の付け根と、あらゆる部位に矢は吸い込まれていくが、彼は一向に気に留めない。
頭部には、深々と刺さる。しかし、それさえも気にしていなかった。
その表情は狂気そのもので、動くもの全てを撃滅する、暴虐の悪魔と成り果てていた。
「門を閉めろ!」
ギリギリギリ!
歯車と歯車が擦れ合い、その度に鎖が呻いている。
「うおおおお!! 間に合う……か!?」
「ギリギリっ、いける、ニャー!」
全速力で走るガーグァに、引き摺られる竜車。
車輪が悲鳴を上げ、石飛礫と共に火花を巻き上げる。
それでも、走る。脅威から逃れる為に、走り続ける。
「頼むーっ!!」
「頼むニャーっ!!」
唸る門。
閉じ終える前に、その狭まった口で竜車を呑み込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ──俺たちッ!」
「逃げ切れたニャー!」
転がり込むようにガーグァが急停止し、城門の内側で止まった竜車。
乗っていた商人の男とアイルーは、抱き合うようにしてお互いを讃え合った。
その向こうでは、猛進を続けるティガレックス。
「う、うわああ! 門を、門を早くぅ!」
「し、閉めてくれニャ―!!」
ガラガラガラ、と耳障りな音を立てながら、歯車が猛回転する。
上下に開閉する重い門は、まるで断頭台のように恐ろしい勢いで口を閉じた。その衝撃と、舞い上がる埃を浴びせられ、二人は思わず顔を覆うが──。
その視線の先は、鉄と木材で仕立てられた堅牢な壁が映るのみ。
「……助かった?」
「た、助かった……ニャ」
外の明るさとは一転、石積みの城壁の暗がりに包まれ、しんと静まり返った空気に二人は現実感を見失ってしまう。
が、木製の階段が軋む音に気付き、かと思えば振り返って。
その先に映る鎧の兵士を前に、二人はようやく安堵する。
「しゅっ、守護兵さん……!」
「ご無事ですか!? 怪我は!」
「だ、大丈夫ですニャ~! 怖かったですニャ~!!」
守護兵に保護され、二人の腰は抜け落ちたようだった。
ただ子どものように泣きじゃくり、しかし頬が緩むのを抑え切れないようで。
ドン!
そんな二人を脅すように、門の向こうから鈍い音が響く。
かと思えば、耳が割れそうなほどのつんざく声。
門の向こうで唸る、ティガレックス。姿こそ見えないが、確かに彼はそこにいる。その事実に、商人とアイルーは再び体を震え上がらせるのだった。
「お二人は地下壕へ! 案内いたします」
「しょ、商業区には……?」
「先程、防衛作戦の銅鑼を鳴らしました。おそらく、市街地はこれから狩猟区となります。今は待ってください」
「そ、そんな! あ、あれが中に……!?」
「この城壁があるから、リオレウスじゃあるまいし! ティガレックスが乗り込んでくるニャんて──」
岩が割れるような、轟音。
それが少しずつ、上へ上へと伸びていく。
ガリガリと削るような音が響く度に、パラパラと木の粉や石の破片が落ちてくる。
軋むような音は、少しずつ上から聞こえるようになった。どんどん、上へ登っていく。
「……まさか」
「やはり、壁を登ったか……!」
「そ、そんニャア!」
城門すぐ横には、守護兵の詰め所へと続く扉がある。
二人はそこへ誘導されると、その人口密度に驚くばかりだった。
人、人、人。
買い物途中の親子連れ、給仕係のアイルー、商品を持ったままの運び屋、そして彼らを連れる守備兵。
狭い空間を満たす人々に、二人はただ圧倒されるばかりだった。
「慌てないでください! 地下壕はこちらです! 押さないで!」
「ちょっとこれ、どうなってんのよ!」
「押すな、押すな! 商品が壊れるだろ!」
「やばい、やばいよ。ティガレックスが来るなんて……っ」
「お母さん! お母さん、どこ!?」
まるで大鍋で民衆を煮込んだような光景に、二人は今まさに非常事態であることを実感する。
城門まで逃げ切れたところで、脅威はまるで去っていない。
むしろ自分たちが、その脅威を連れて来てしまった。
そんな自責の念の下、彼らもまた、大鍋の中へと身を投じるのだった。
「──轟竜、ですの?」
「えぇ、お嬢様。ティガレックス、というものでございます」
「書物で読んだことがありますわ! とても野性的で、グルメなんでしょう?」
「はて、グルメとは」
「何でも元々は乾燥地帯に住んでるのに、寒冷地での目撃情報も多い……それは、大好きなポポの肉を食べに行くに他ならない! これをグルメと言わずして何と言えば! 面白いモンスターですのよ!」
「ほほう。なるほど。それは確かにグルメですな」
「えぇ、まさかこんなところで出会えるなんて!」
「行きますかな?」
「勿論! 街を守るのも、
雪崩れ込むような人の波に、あえて逆らう二つの影。
両者とも、桃色の鎧で身を包んでいる。
一人は、同じく桃色の髪を肩まで伸ばした、品の良さそうな少女。まるでドレスのような鎧を靡かせながら、両掌に力を込める。
片や、初老の紳士然とした男。彼女とお揃いの桃色の鎧を纏うその姿は、さながら執事や、爺やといったところか。ただその背から伸びる一本の鋭い槍は、彼をただの老人でいることを許しはしなかった。その足取りは、歴戦のハンターのそれである。
「どうも、通常の個体ではないようですが」
「それでも、飛竜の討伐は何度かさせてもらいましたもの。あとは実戦で色々覚えますわ」
「お嬢様……」
「何より、貴方がいてくれますから。頼りにしてますわ、セバスチャン」
「……この命に代えても、貴女は守りましょう」
老体を感じさせない手付きで武器を構え、研ぐ。
鋭く尖ったその先端が、ドンドルマを照らす光を映し出した。
「──こんなところで、逃げる訳にはいかないですわ。私にも、使命がありますから」
少女もまた武器を構え、ドンドルマ市街の大通りへと足を踏み入れた。
通常ならば、市街地の中心となっているこの場所は、今は閑静なベースキャンプとなっている。
守護兵が民衆を避難誘導しながら、その片手間に建てたテント。横に備えられたアイテムボックスには、支給用の応急薬グレートと秘薬がいくつか入っている。
二人はそれを手に取って、自身のポーチに入れるのだった。
「貰えるものなら、貰っておきませんと」
「お嬢様、お待ちください」
あるだけ全て取ろうと、手を伸ばす。
そんな彼女を、セバスチャンと呼ばれた老ハンターは制止した。
「……今回は防衛作戦。すぐに動けたハンターは我々だけでしたが、今後応援が来るかもしれません。その方々の分を残しておくのが、礼儀というもの」
「そう、ですわね。いつものように、狩猟区に出る訳じゃないですものね。増援、確かに来てほしいですわ」
彼の言葉に、彼女は伸ばした手を下ろして。
踵を返し、門を目指す。ティガレックスが居座る通りへ。
ドンドルマは今、『戦闘街』へと姿を変えた。
「この先ですな。腐肉の香りで、轟竜を誘導したと聞きました」
「何でも、防衛ラインとして様々な設備があるらしいですわね。楽しみですわ」
「対大型古龍を想定されてますから、轟竜相手では使いにくいでしょうなぁ」
「そうですの? 巨龍砲、見れると思ってたのに残念ですわ」
進む先は、戦闘街の第一エリア。
レールとバリスタ、移動式大砲が立ち並ぶ防衛ライン。
「さぁ! 剣の錆にして差し上げましょう!」
その高台から、ドレスの少女は宙を舞う。
轟竜に向け、その鋭い切っ先を大きく振り被るのだった。
○◎●
「……あ? 何だ、この音」
「こりゃあ、城門を突破された際の銅鑼の音じゃな。よくあることじゃ」
ドンドルマの路地、その片隅で営まれる工房、『火薬庫』。
そこでアルフレッドは、けたたましい銅鑼の音を聞いた。
「……何か、来たのか?」
「そういうことになるな! なぁに、ドンドルマでは日常茶飯事じゃ」
火薬庫のオーナーである老人は、そう言って親指を掲げるものの、アルフレッドは静かに立ち上がる。
壁に立てかけていた、自身の獲物を手に取りながら。
「なんじゃ、行くのか?」
「よく分かんねぇけど、とりあえず、な」
大柄な男が、歩き出す。
その後ろ姿に、老人は「そんな慌てることじゃない」と言うのだが。
それでも彼は、振り返らずに店を出た。
外に出れば、鐘が鳴り続けている。
逃げ惑う人々で、息の荒い雑踏が描かれている。
「……狩り、か。まさかこんなところで」
思わぬ舞台に、彼は口角を上げた。
棚から牡丹餅だ。そう付け加えた。
4Gの頃にあった対○○防衛作戦のクエストが、どのように起こるのかなと妄想したお話でした。あのクエスト群、街を守ってる感じがしてとても好きでした。
今回から第三章です。一章の際に出てきた、あのキャラたちにとうとう焦点が当てられます。覚えている人の方が少なそうな気がします。詳しくは第一章「怪物と銃槍」をご照覧あれ!
それはそうと、モンハンライズ発売1周年ですね。めでたい!サンブレイクも楽しみです。サンブレイクの要素も取り入れつつ、これからもちまちま更新して参ります。
…え? 更新が遅かったって? 全てはエルデンリングの仕業なんだ。許して欲しい…。