「セレス、そこ押さえててくれ」
「こうでいい?」
「うん、そんな感じ」
鉄製のポールを数本立て、そこに天幕をくぐらせる。
ポールの突起に、天幕の端に縫い付けられた紐を巻き付ければ、簡易テントの完成だ。
セレスはポールが動かないように押さえ、アルフレッドは結びの一つ一つを丁寧にこなしていく。
「……よし、あとは防水布を頼む」
「もう準備できてるよ!」
荷物が詰め込まれた木箱だったが、セレスは既に防水布を取り出していた。
天幕は上に、防水布は下に。地面からの冷気を遮断し、水気を弾く。キャンプを作る上での必需品だ。
アルフレッドは、キャンプ設営のための道具を、乱雑に木箱に詰めたつもりだった。
しかし、中身に目をやれば、それは綺麗に整えられている。
「アルフったら、適当に詰め込むんだもん。並べて入れれば、探しやすいよ」
「セレスが整理してくれたのか、悪いな」
普段から節制のために、道具のやりくりに力を入れている彼女。
このような整理整頓は、朝飯前なのだろう。
「じゃあ折り畳みのベッド、詰めてこうかね」
「あたしはペグ刺すね!」
木箱の横には、木製の折り畳みベッドが四つ。
アルフレッドは、それを所狭しとテントの中に詰めていく。
一方のセレスは、木箱から金槌と金属製の杭を取り出した。天幕が風に捲られないように、地面に打ち込むもの。ペグ、と呼ばれている。
「……中身、随分狭くなっちまったな」
「そりゃ、四人もいればそうなるよ」
二人で使っていた分には気にならなかったが、今回の狩りの参加者は、全部で四人。
テントの中の荷物は実質二倍である。その分、狭くなるのは当然のこと。
「ま、このあたりは温暖な気候だから助かる。毛布も巻き寝具もいらないし」
「森丘って、自然豊かでいいところだね」
二人がベースキャンプを作っているのは、『森丘』と呼ばれる狩猟区である。
ココット村を最寄りとするこの狩猟区は、深い森と小高い丘に囲まれており、その分多くの生命に満ち溢れた環境だ。
鳥竜、草食種、甲虫種に飛竜。様々なモンスターたちが姿を見せる、まさに自然豊かなフィールドなのである。
「今はまだ日が見えるけど、もうじき沈むだろうな。設営、急がないと」
「うん。とりあえず、ペグ全部打っちゃうね」
「俺もタープ張っとこ。標高がそんなに高い訳じゃないけど、いつ天気が崩れるか分からんし」
カァン、と小気味良い音が響く。
セレスが金槌を振るい、その度に甲高い衝突音が森を木霊する。
それを聞きながら、アルフレッドは木箱から一際大きな天幕を取り出した。
これは、一本のポールと、周囲の木を結ぶように張るもう一つの天幕。テントの上にさらに一枚張ることで、雨除けや日除けとなるのだ。
体格を生かして、木の高いところに幕を張る。
セレスが全てのペグを打ち込む頃には、タープの設置も既に出来上がっていた。
「よし、設営完了! あとは荷物とか入れとくか」
「この木の棚はどうする?」
「それは炊事に使えるから、あっちに持って行こう」
セレスが見せるは、木の板が重なったもの。板が三枚重なったそれは、展開すれば三段式の棚となる。
両サイドに添えられた支柱は、交叉しながら二段目、三段目の板を持ち上げた。その棚に、アルフレッドは小タルのジョッキやら酒瓶やらを置いた。
「あっちはどうなったかな」
「行ってみようぜ」
器用に棚を持ち上げながら、二人はキャンプ横の焚火へと向かう。
そこには、焚火の上に張った金網で鍋を煮立てる老紳士と、その横で木製の折り畳み椅子に座る少女の姿があった。
「テント、設営終わったぜ」
「おお、手際が良いですな。こちらはまだ煮込みの段階、もうしばらくお待ちください」
「お前さんは何やってるんだよ」
「
「……まさにお嬢様って感じだね」
桃色の髪を優雅に撫で、グラスに入った果実酒を飲む少女。
今回狩りを同行することになった、お嬢様然としたハンターだ。そして、彼の付き人である老紳士は、じっくりと鍋をかき混ぜている。その出で立ちは、さながら専属のシェフのようでもあった。
「お前さんも何か手伝えよ」
「お嬢様が何かしても、何もなりませんので」
「そうですわ! いわば、こうしていることが最もセバスにとっては役に立っているのです!」
自信気にそう言う彼女だが、言い換えれば料理も何もかもができないということ。
アルフレッドは、小さく溜息をついた。
「全く、とんだお嬢様だよ」
「でも、逆にあれだけ自信たっぷりでいれるのも、凄いと思う……」
「ふふ、ですわ!」
彼女らと、このように同じクエストに同行するようになった理由。
それは、先日の対轟竜防衛作戦が終了した、その後のことだった。
○◎●
「……貴方」
轟竜の亡骸の回収が終わり、素材の進呈や報酬金の設定が行われる。
そのためギルドの待合室で、暇を潰していた時だった。
共に轟竜を討伐した、片手剣使いの少女が、アルフレッドに声を掛ける。
「何だ?」
焦げ付いた穂先を、布で丁寧に拭う。
そんな作業に没頭していた彼は、彼女の方を見ることなく返事をする。しかし彼女は、構わず思いの丈をぶつけるのだった。
「貴方、銃槍使いですの!? 以前、修練場でお会いした……!」
「あん?」
その言葉には、流石の彼も顔を上げた。
隣に座っていたセレスも、驚いた表情で桃色のドレスの少女を見る。
「セバスが言ってましたの! 見覚えがあるって! それに銃槍使いと言われたら、確かに私にも覚えがありましたわ!」
「……あぁ、そういえば……お前さんら、あの時の二人組か」
「アルフ、知り合いなの?」
目を輝かせる彼女を見て、アルフレッドは腑に落ちた表情を浮かべた。
どこかで見たような、そんな感覚は確かにあったものだが──。
その答えを得られ、彼はセレスに説明する。
「まだお前さんと組む前に、会ったことがあるんだよ。そうだそうだ、思い出した」
「銃槍使いは、貴重ですから。また会えて嬉しいですわ」
「そ、そうだったんだ……」
ウェーブの掛かった桃色の髪。
アメジスト色の、大きな瞳。
身を包むドレスのような鎧も相まって、ますますお嬢様のようだと、セレスは思った。
「お名前、お聞かせ願っても?」
「アルフレッドだ。前は、名乗らなかったっけ」
差し出された手に、彼は応える。
白く、指の長い手だった。それを、アルフレッドの手が包む。
「私、ウルティナと申します。グレイビアード家の次女ですわ。以後お見知りおきを」
「グレイビ……アード?」
「聞いたことはないが、大層な家柄みたいだな」
「ご存知ありませんの? でしたら、これを機に覚えていってくださいね」
アルフレッドも、セレスも政治には疎い。
王族が、貴族が、なんて話題には、介入することも、耳に入れることすらもしなかった。そのため家柄の判別なんてまるで出来ないが、彼女──ウルティナは、そのようなこともさして気に留めていないようだ。
ただ、二人の狩人を前に嬉しそうに笑う。
「そして貴女!」
「え、あ、あたし!?」
唐突に指名されたセレス。
思わず、その肩がぴくりと上がる。
「素晴らしい射撃でしたわ! おかげで、うちのセバスが助かりました。主として、お礼申し上げますわ」
「あ、い、いえそんな……」
あの槍使いの男性を守るため、彼女は狙撃竜弾を撃った。
そのことを言っているのだろう。貴族の御令嬢から直々に頭を下げられ、困惑するしかないようだ。
「貴女も、お名前をお聞かせくださいな」
「あ、せ、セレスです……」
「セレス様! 素敵なお名前ですわ!」
両手を合わせて、嬉しそうに笑う彼女。
セレスも、照れくさそうに、少しぎこちなくはにかんだ。
「……で、ウルティナさんとやら。その手に持ってるのは、なんだ?」
合わせる両手の間に、一巻きの紙。
その紙に、アルフレッドは見覚えがあった。そう、それはまるで、集会所にクエストボードに貼られているもの──。
「めざといですわね。流石ですわ」
そう言いながら、彼女は巻いた紙をゆっくりと広げる。
それは、彼の思った通り、クエストの依頼書だった。
「……クエスト?」
「どういうつもりだ?」
意図の読めないその行為に、セレスは首を傾げ、アルフレッドは訝しむ。
一方の彼女──ウルティナは、抑えきれなくなったように肩を震わせた。
「──是非」
か細い、小さな声。
「是非? 何だ?」
それにアルフレッドが問い掛けると、彼女は大きく口を開いた。
その瞳を、星空のように輝かせながら。
「是非とも、一緒に狩りに行ってほしいんですわーっ!!」
○◎●
「……で、まさかの森丘ね。しかも、ライゼクスの狩猟ときた」
「あたし、初めて聞くモンスターだよ。大丈夫かな……」
「私もですわ。でも、四人で狩ればきっと大丈夫。セバスもいてくれますわ」
「個人的には、セレス嬢がいらっしゃるのが特に心強いですな。あの狙撃、見事でしたから。重ね重ね、その節は有り難うございました」
「い、いえそんな……」
鍋を囲いながら、四人は焚火を楽しんでいた。
見上げれば、空は藍色の
この夜の森を、火の明かりだけが照らしている。煙と煤を浴びながら、それでも四人は心地よさそうに笑うのだった。
「さ、焼けたぞ」
「わ、ありがとう!」
「これ、何ですの?」
「オニオニオンとモスの腸詰の串焼きだ。シモフリトマトのもあるぞ」
「良い色ですね。香りもたまりませんな」
アルフレッドが持ち上げるのは、串刺しにされた肉と野菜。
焚火の熱を受けて、柔らかく焼けたそれらは、香ばしい火の香りを十分に吸収していた。食欲を増進させる、まさにその一言に尽きる香りである。
「おっさん、そっちはどうだ」
「勿論、出来上がってますとも」
「わあ、良い香り! セバスチャンさん、これって?」
「シチューといいます。乳製品で肉や野菜を煮込んだものです」
「セバスはとっても料理上手ですのよ。盛り付けくらいは、私がやりますわ」
「いえ、結構です」
ウルティナが器を握るも、あっさりとその器をセバスチャンに奪われる。
その光景を前に、アルフレッドとセレスは、彼女を本当に厨房に立たせられないことを何となく察するのだった。
「ま、なんだ。酒飲もうぜ、酒」
「う、うん! そうしようそうしよう!」
小タルのジョッキにビールを注ぎ、手渡す。
ウルティナもセバスチャンも受け取ると、お嬢様は意気揚々と立ち上がる。
「それでは、私達の狩りの成就を願って──」
乾杯、とそれぞれジョッキをぶつけ合う。
その酒の味わいは、荒々しい煙の香りが溶け込み、それはそれは豪快だった。
同時に、舌鼓む至高の一皿。狩人たちは、思わず息を呑む。いや、嚥下すらを、ためらった。
「ん~、セバス、これとっても美味しいですわ!」
「ん……! すごい、何これ、とってもクリーミー!」
「俺、実はシチューにはうるさいんだが……これは旨いな」
「えぇ。ポッケ村でよく食べられているものを、アレンジ致しました。サシミウオにヤングポテト、四つ足ニンジン、その他アオキノコや薬草を入れています。味付けには、ポポのミルクと、ベルナのチーズを用いました」
「……手が込んでるな」
「すごい。こんなに美味しいのが、ベースキャンプで食べられるなんて!」
幸せそうに頬張るセレス。
アルフレッドもまた、その丁寧な工程に驚くばかりだ。
セバスチャンという男の、人物像が浮かび出ている。そんな、きめ細かやかで丁寧な味わいだった。
「私、アルフレッド様の焼いたこの串も好きですわ! こういう豪快なもの、ここでしか食べられませんもの!」
「お嬢様はこんがり肉が一番美味だと申されるので……困ったものです」
「熱と脂と塩気があれば、全ては解決いたしますわ」
「……おっさん、苦労してるんだな」
セバスチャンとしては、栄養価の高いものをバランスよく食べさせたいのだろう。
だが、彼女としては豪快な狩猟飯を好む。これも、彼女の食生活歴の結果であろうか。
「あたしは、繊細な料理憧れるんだけどなー」
「手早くて簡単で美味しい、これが一番だと、私はハンターになってから知りましたわ」
うんうんと頷きながら、モスの腸詰を齧るお嬢様。
心地良い音とともに、腸が破れ肉が零れる。その味わいに、彼女は嬉しそうに悶えるのだ。
「……グレイビアード、王都ヴェルドの上流層。しかも王族と、血縁関係でもあるんだろ?」
「遠縁、ですけどね。お調べに?」
「いや、セバスチャンのおっさんからの受け売りだけど。で、そんなお嬢様が、何故ハンターに?」
もっともな疑問だった。
アルフレッドのその言葉に、セレスも思わずウルティナを見る。
その口は、腸詰によって満たされており、咀嚼の回数は未だに更新を続けている。みな彼女の口が開くのを、固唾を呑んで見守るのだった。
「……ふぅ」
ごくんと呑み込んで、果実酒を少し口に含んで。
そうして、やっと彼女は口を開いた。
「姉を、探してますの」
その表情は、先ほどまでとは打って変わって真摯なものだった。
育ちの良さが滲み出るその雰囲気に、アルフレッドもセレスも思わず息を呑んだ。
「姉が家を飛び出したのは数年前のこと。元々、当主は姉が引き継ぐ予定でしたが、彼女は自由奔放な方でした。燃えるような赤毛で、ドスファンゴのように猪突猛進な人で。……決められた人生が、嫌だったのでしょうね」
やれやれ、と彼女は首を振る。
「それで当主は私が継ぐことになり、それはそれで良かったのですが、一つ問題がありまして」
「問題?」
「当主の証明であるペンダント……母の形見を、姉は持ったままなのです。それがなければ、私は当主に成り得ません」
「それで、ヴェルドから離れてここまで……?」
「風の噂で聞きました。姉は大層生き物が好きで、特に虫が好きでした。その虫を従え狩りをするハンター……所謂操虫棍使いに、転身したと」
「虫使い? そりゃまた、珍しいな」
「ふふ、ですわよね。滅多にいませんもの」
「……ということで、お嬢様の姉様を探すため、我々もまたハンターとして放浪の旅に出たのです。珍しい武器を使う赤毛のハンター、その情報を探しながら」
操虫棍使いを探す。
そのため、ハンターの武器使用の傾向に注意する。
あぁ、とアルフレッドは納得した。
「それで、俺にも声を掛けてきたのか。ガンランスは珍しいって」
「そうですわね。銃槍使いで出会ったのは、未だに貴方だけですわ」
「……お姉様は、見つかったんですか?」
セレスがそう尋ねると、ウルティナは首を横に振る。
「まだ、ですわ。でも、ハンターを続けていればきっと会えると、信じてますわ。だから、そのためのこのクエスト。私たちが有名になれば、もしかしたら姉の方から気付いてくれるかもしれませんから」
「……にしても、家族は良く認めたな。娘をハンターに出すなんて」
「前当主……つまりお嬢様の母君も、強いハンターでした。私もハンターとしてご両親に縁があり、その縁あって今お嬢様の護衛を務めさせてもらっています」
「父上曰く、『世間を渡り歩くには相応に強くなければならない』、ですって。生憎、父の狩りの腕は大したことありませんでしたけど」
くすくすと彼女が笑うと、セバスチャンもふっと笑みを溢すのだった。
なかなかどうして、変な連中だ。人のことを言えた義理ではないが、アルフレッドはそう感じていた。
「……さ、湿っぽい話はおしまい! 今宵は明日の狩りのために英気を養うというもの! さぁ、飲みますわよ!!」
「お嬢様、ほどほどに」
「ライゼクスにやられないように、先に酒で痺れておくといいかもですわ~!」
ウルティナは、ジョッキを掲げる。
その型破りなお嬢様を前に、アルフレッドとセレスは顔を合わせ、ついつい笑ってしまう。
森丘の夜は、まだ始まったばかり。
明日のために、皆ジョッキに酒を注ぎ直すのだった。
ゲームでは、既にベースキャンプは設置されていますが、実際にはこうやってクエストに出たハンターたちで設営してるのかなぁと。そんな妄想を含めたお話でした。2ndGのOPが、想像しやすいかもしれません。あんなイメージです。
さて、こうやって狩りに出るところだけでなく、狩りの準備をするシーン。こういうの、好きなんですよね。一緒にご飯囲ったり、酒を飲んだり。キャンプするイメージで、あれこれと妄想が進みました。
そして、ちょくちょく出てきたお嬢様ハンターにとうとう焦点が当たります。彼女の名前も判明しましたね。新キャラ二人を、どうぞよろしくお願いいたします。