砂海を割る古戦艇
砂塵舞う風を浴び、甲板が軋む。
――大砂漠。
バルバレに隣接する、海の如き広大なこの砂漠には、主がいる。街ほどに巨大で、まるで山が砂の海を氷河の如く流れるような、そんな主が。
アルフレッドとウルティナは、その主を追う撃龍船に乗り、この砂漠の航海に臨んでいた。
「あー……なんか、船酔いしやすくなった気がする」
「それって、後遺症ですの? 狂竜ウイルスの」
「かもな」
あの黒蝕竜ゴア•マガラ及び狂竜化個体同時討伐作戦の遂行から、早くも月が二回ほど回りきっていた。
狂竜ウイルスに感染したアルフレッドは、その症状により戦いの高揚感を得て、ゴア•マガラの討伐まで成し遂げた。しかし代償もまた重く、帰投後に症状の悪化により、しばらくギルドの医療棟で療養していたのだった。
復帰後、負担の少ない狩りをしていた頃、この度バルバレの近隣にて古龍ダレン•モーランの接近を確認。
ダレン•モーランの表皮には、流砂によって研磨された良質な鉱石が付着しており、いわば泳ぐ鉱山のような存在として、バルバレの商人から崇め奉られている。
二人の目的は、その鉱石――豪仙龍神丸を得ること。そのために、豪山龍を追う撃龍船に、この度乗船したのだった。
「腕自慢祭りか、腕が鳴るぜ」
「バルバレが賑わってましたわ。ハンターも、商人さんたちも」
「商人は大儲けのチャンス、ハンターは古龍に挑める誉れを得られる。これ以上の祭りなんてないぜ」
今回のクエストのメインターゲットは、あくまでもダレン•モーランの表皮から大量の鉱石を得ること。
また、サブターゲットとしては、かの古龍の進路をバルバレの反対方向へ向かせること。現状、バルバレを目指すことなく回遊しているため、こちらの優先度は低い。
あくまでも採集。それが、この今回の目的だった。
「普段は採取クエストなんてやらないんだがな。今回は話が違うぜ。なんたって、古龍だぜ、古龍!」
「嬉しそうですわねー。でも、この前のゴア•マガラも、古龍みたいなもんじゃないですの?」
「幼体だからな。あれを古龍というのか、どうか……。まぁ、半端じゃない強さだったけど。戦えてよかった」
砂の波に揺れる船で、アルフレッドは立ち上がった。
掲げるは、闇のように黒い砲身のガンランス。紫色に怪しく光る刀身が美しい、新たな獲物だった。その配色を見るに、かの黒蝕竜の素材を使って作られたことは、想像するのも容易い。
「そんな立って大丈夫? まだ無理しちゃだめですわ」
「寝て過ごす、張り合いのない狩りをする……もううんざりだ。休み飽きたね! こいつを使ってやらなきゃな」
「それって、新作ですの? 黒蝕竜の?」
「ああ。発注から受け取りまで、全部郵便アイルーに頼ったから詳細はよく分かんねぇけど、火薬庫印の新作だ。通常型って聞いてるし、フルバーストするのが楽しみだ。早く豪山龍にお目に掛かりたいもんだぜ」
「嬉しいのは分かりますけど、無理は禁物ですわよ。ほら、顔色悪いですわ」
「うぷっ……わ、分かったよ」
展開した砲身を畳み、背中のマグネットに収納する。
強がりつつも、やや船酔いの症状を患うアルフレッドは、再び甲板の椅子に座り込む。
そんな大男に呆れながら、ウルティナはバリスタの弾を集め始めた。甲板に二門備えられたバリスタは、専用の重矢を放つ。
これから始まる祭りに、彼女は備えるのだった。
「バリスタ、要りますわ。貴方も集めておいた方がよろしくてよ」
「うーん……照準が定まる気がしねぇ」
船酔いに頭を抱える大男に、そう助言するものの。
彼は青い顔でそれを拒み、遠くに見えるもう一隻の撃龍船を眺める。
「あっちにはセレスとおっさんが乗ってるんだっけ」
「うん、セレスちゃんとセバスチャンさん。流石ですわ。引き付け役の一号船。一番危険な役なのに……」
「古龍との交戦経験があるのは、おっさんだけだからな。経験値が違うな」
「セレスちゃんも大抜擢ですわ。狙撃の腕が買われてますわ」
「本当だな」
一号船はダレン•モーランを引き付ける主要船であり、武装や弾薬を最も多く積んでいる。その分重く、速度には優れない。
一号船の護衛には、経験豊富なセバスチャンと、狙撃手セレスが乗っている。彼らの狩猟の腕が買われ、今回はこのような配置になったのだった。
「二人が引き付けてくれてる間に、わたくしたちが背中に飛び乗って鉱石を掘る! やってやりますわ!」
「しかしおっさん、よく許したな。こっちの仕事も十分危ないだろ」
「直接戦うわけではございませんし、命綱もありますし。何より、是非直に古龍に触れてほしいと言われましたわ」
「古龍に触れる?」
「ええ。滅多にない経験だから、気性も比較的大人しい豪山龍に乗って、世界の広さを体験してほしいと」
「……言うことが違うな、おっさんは」
二人が乗るのは、二号船。
一号船を補助するように、小型船が周囲を哨戒し、そしてアルフレッドたちが乗る遊撃の役目を負った二号船が走っている。
一号船が引き付ける間に、背中に乗る遊撃隊。それが、二人の役目なのだ。
ウルティナが全身を使って手を振ると、一号船の二人は、穏やかに手を振り返すのだった。
「しかし、どこにいるのかな……」
アルフレッドは、砂漠を見る。
水平線――いや、地平線の向こうまで見渡すものの、山の如き古龍の姿はない。
ただどこまでも澄んだ空が広がっている――。
「ハンターさん方! あれを!」
急遽、乗組員が声を上げる。
望遠鏡片手に、反対側の遠方を見る彼は、何かの群れを発見した。
茶褐色の鱗に、緑の背ビレ。
デルクスの群れが、砂を掻き分けて泳いでいる。
「デルクスだ……」
「ってことは、あそこに!」
「おおおお!!! 猟の始まりだァ!」
乗組員たちが騒ぎ立て、大銅鑼を叩く。
けたたましい音が鳴り響き、その振動が砂を放射状に凪いでいく。
面舵を取り、進行方向が右へ、デルクスの群れへと切り替えられる。哨戒する小型船も同様の舵を取り、狩猟船団は速力を上げた。
「なんですの!? 豪山龍は見えないですわ!」
「デルクスっていうのは古龍のおこぼれを狙って追従する習性があってな。つまり、デルクスの群れがいるってことは、そこに――」
「豪山龍が、いる……?」
距離を狭めていく。
波打つ砂が、大きくなる。
ウルティナはごくりと生唾を飲み込んで、勢いよくレイピアを抜刀するのだった。
「行きますわよ! いざ、古龍へ!」
「バカ! 柱を掴め!」
「え――」
突如、揺れる。
凄まじい揺れと共に、地面が捲り上がる。
天地がひっくり返ったようだった、と。
――後にウルティナは、そう語った。
「きゃああぁ!」
レイピアを抜いて危うく体勢を崩しかけた彼女の手を、アルフレッドが掴む。
迫り上がる砂によって大きく飛び上がる船体に、宙を舞う乗組員たち。必死に柱を掴むことで、体を何とか船に繋ぎ止めている。
それも一瞬――轟音と共に船は砂に落ち、凄まじい振動が彼らを襲った。
「な、何ですの!?」
「上を見ろ! あれだ!」
アルフレッドの指し示す先。
宙を舞う巨体の――あまりに巨大すぎるその姿に、ウルティナは跳び上がるのだった。
「な、な、なんてデカさなのかしらーっ!!」
撃龍船を超える巨体に、それを包む茶色の重殻。
鈍い槍の如き頭部と、砂を掻き分けるたくましいヒレ。
豪山龍ダレン•モーラン――この大砂漠の主である。
その巨体が砂に埋もれ、上半身を浮かばせる。
砂を押しのけながら進むその姿は、まさに古戦艇だった。
「さぁハンターさん! 近づくぜ! しっかり捕まっててくれよ!」
速力を少し落とし、豪山龍の死角へと航路を進める。
注意を逸らし、乗り込む隙を窺うために。
一方の一号船は、早速砲火が舞うのだった。
乗組員の砲撃と、セレスの貫通弾が重殻を削っていく。
「……全然効いてる感じがしませんわね」
「まぁしょうがないな。このデカさだ。仕留めることはまず不可能だろ。で、仕留める必要もない」
「今のうちに、上に乗って掘りさせすればってことですわね!」
腰に付けたベルトを確認しながら、ウルティナはそう意気込んだ。
乗り込む二人は、いつ砂の海に落ちてもおかしくない。そのため命綱を船と繋ぐのだ。ロープを引っ張り、滑車を回して、アルフレッドは綱の強度を確認する。
引けば軽く伸びるが、最大まで伸び切るとからくりが働き、ロープを逆回転して巻いていく。そのため、もし落ちても船に引き戻される仕組みとなっている。
「よし、行くか!」
セバスチャンの放つバリスタが、腕の厚い甲殻に穴を開ける。
それに豪山龍は唸り声を上げ、その巨体を大きく引いた。半身を捻るように引くその姿――。
体当たりを仕掛ける、まさにその瞬間だった。
「セバス! セレスちゃん!」
ウルティナの声を掻き消すように、破裂音が響く。
セバスチャンが放つ、バリスタ用拘束弾。
それが甲殻を穿ち、太いロープを縫い付ける。一号船だけではない。周囲の哨戒船も放ち、複数のロープで絡めている。
自由を奪われた豪山龍は体当たりもできず、ロープによる不自由を受け入れた。
「今だ!」
アルフレッドの声に合わせるように、船員が帆を広がる。
一層風を受け止めたその帆は、勢いよく船を走らせた。
徐々に近づく甲殻に、アルフレッドは跳ぶ。
「ウルティナ! 跳べ!」
「わ、分かりましたわ!」
ロープで動けないその背に、大男が降り立った。
遅れてウルティナも着地し、その踏み心地に感嘆する。
「すごいですわ、まるで岩! 岩が唸ってます!」
「そうだな。そしてその岩の中から、鉱床を見つけるぞ! 俺は尾の方に行く。お前さんは頭の方を頼む!」
「がってんですわ!」
銃槍を――ではなく、ピッケルを肩に担ぎながら、アルフレッドは駆ける。
茶褐色の甲殻が、山脈のように立ち並ぶその背中。
時折、青く輝く部位が、太陽の光を浴びてきらめいている。外殻の層の堆積物が顔を出した、今回の狩りのメインターゲットだ。
「あった!」
すかさず、ピッケルを振るう。
腰の入ったその一撃は、軽々と外殻を砕き、ひびを走らせた。それを繰り返すたびに、青い鉱石が浮き出てくる。
それを、アルフレッドは手に取った。ずっしりと思い豪龍岩。ポーチに詰めつつ、再度ピッケルを振るう。
「ゲットですわー!!」
反対方向では、騒がしい少女の声が響いていた。
頬を砂まみれにしながら、希少な鉱石を掘り出して喜ぶウルティナ。掘り出す鉱石は荒いが、確かに豪龍岩や豪仙龍神丸である。
アルフレッドもまた、負けじとピッケルを振るう。
かつては家業の炭鉱を手伝っていたと語るだけあり、その所作は洗練されていて、瞬く間に鉱石を集めていった。
が、そんな時間も、長くは続かない。
「ウルティナ! そろそろ潮時だ! ロープが持ちそうにない!」
「分かりましたわ!」
二人はピッケルを再び担ぎ、走り出す。
すぐ横に寄せた二号船の元へ。
同時に、ダレン•モーランは大声を上げて身を捩る。拘束用バリスタのロープが軋み、少しずつその繊維がほどけていった。
「間に合うか……!」
「間に合ってくださいまし!」
走る二人は、甲殻を蹴って跳ぶ。
暴れ始める豪山龍を前に、二号船は少しずつ距離を取り始めていた。
砂塵と共に、宙を駆ける。
足を掻いて、手を伸ばし、その甲板へ――。
「……はぁ!」
アルフレッド、着地する。
「――あっ」
手が届かず、落ちるウルティナ。
「ああぁぁ!! す、砂が……ごふっ! ぴゃああぁぁぁ!!」
砂の海にまみれ、流されていく。
水の如きその砂は、彼女の体を飲み込み、滑らかに砂の底へと誘っていくが――。
ロープと滑車が、音を立てる。彼女のベルトの命綱は、その誘いを容赦なく切り捨てた。
「ウルティナ! 大丈夫か!」
巻き尺が回転し始め、ロープを勢いよく巻き付けていく。
ウルティナはそれに引っ張られる形で、少しずつ船に近づいていくのだった。
「手を掴め!」
甲板から船室におり、そのまま後方の乗降口へと躍り出たアルフレッドは、手すりを掴みながら手を伸ばした。
ウルティナは、開けれない目で必死にそれを探す。何度も虚空を掴むその手を、数段大きな手が乱雑に掴んだ。
「せい!」
引き抜くように持ち上げられ、彼女はようやく砂の海から脱したのだった。
船室で砂を撒き散らしながら、彼女は咳き込む。砂が口内に混じったようで、眉をへの字に曲げながら何度も砂を吐き出した。
「げほっ、げほ! えらいことになりましたわ……」
「お疲れ。頑張ったな」
水が入った革袋を渡し、アルフレッドは立ち上がる。
飲んだり、身体にまとわりついた砂を洗い流したりと用途は様々だ。ウルティナは手の平に浸した水で、顔を洗い始める。
まじまじと見るものではない。そう考え、彼はその場を後にするのだった。
甲板に出ると、激しい攻防が眼前で繰り広げられていた。
「おお……すげぇ!」
一号船と哨戒船が放つバリスタの雨を、豪山龍は身を捩って弾く。
かと思えばその背中から、砂と共に岩を噴出する。それが雨――どころか隕石のように、撃龍船へと襲い掛かった。
甲板の前方へ躍り出たセレスは、徹甲榴弾を放つ。船を襲う巨大な岩数個に、それを着弾させた。
直後、炸裂。細かい破片がナイフのように降り注ぐものの、巨岩の直撃を防ぐ。降り注ぐ破片は、砂を防ぐ外套でそれぞれ弾いた。
「斉射せよ!」
セバスチャンの指揮により、連結弾を込められた大砲が放たれる。
一連の攻防の中で、十発装填されたその弾は、一度にダレン•モーランに向けて放たれた。数秒の間に、込められた十発が連続して炸裂。流石の豪岩も砕け、野太い悲鳴が響き渡る。
「すげぇな、おっさん!」
作戦指揮を担うセバスチャンは、見事に豪山龍を翻弄していた。彼の指揮と、セレスの護衛射撃。布陣はまさに、鉄壁だ。
岩を飛ばすのでは埒が明かない。そう判断したのか、ダレン•モーランはゆっくりと砂に沈み始める。速度を落とし、潜行し、奴が狙うのは――。
「……突進が来る!」
沈み切ったのも束の間、急遽浮上。
それも、一号船の脇腹を狙うように、その太い角を向けて飛び出したのだった。
「――ふっ」
読んでいた。
そう言わんばかりにセバスチャンは笑い、指揮者の如く腕を振り上げる。
それを合図に、乗組員がスイッチを叩いた。それがからくりを起動させ、巨大なばちを作動させる。
ばちが打つのは、一号船に備えられた巨大な銅鑼。飛竜並みのサイズのそれが、この大砂漠にけたたましく鳴り響く。その轟音を前にしては、流石の豪山龍も怯むのだった。
「おお……!」
鈍い声を上げながら、すごすごと砂に戻るダレン•モーラン。
突進も見事に防ぎ、一号船は事なきを得た。その手腕に、アルフレッドはただただ脱帽する。
「すごいですわ、セバス」
「戻ったか。もういいのか?」
「ええ、おかげさまで。感謝いたしますわ」
甲板に戻ってきたウルティナ。
ところどころ砂に塗れてはいるものの、落ち着いた様子でセバスチャンの様子を眺め始める。
「流石セバスですわ。このままなら、何とかなりそうですわね」
「鉱石もそれなりに採れたしな。あとは、ダレン•モーランに戦意を失ってもらうだけだな」
「このまま引き返しても、後ろからどつかれるのがオチですものね。でも、どうしたら……」
豪山龍は、興奮している。
このまま去るのは自殺行為に等しい。彼を撃退しなければ、アルフレッドたちの安全はない。
それを示すかのように、豪山龍は再び浮上した。
一号船の遥か先、地平線近くで。
いや、あまりに巨大すぎるだけで距離感が狂って見えているのだ。実際には、もっと近くにいるのだろう。
その身を捩って、旋回。
あの鈍重な角を、一号船へと向ける。
「……まさか、突進する気ですの!? あんなの食らったら、船が真っ二つですわ!」
「大丈夫だ。こんな時のための撃龍槍だ!」
ガコン、と音を立てて、一号船の撃龍槍が動いた。
固定具が外され、ゆっくりと回転を始める。
セバスチャンの指揮により、豪山龍の突進にも対策を立てていた。その事実に、ウルティナはほっと胸を撫で下ろすも――。
不意に飛んでくる、岩。
遠方のダレン•モーランが、再び岩の雨を降らしていた。
「おい、あれ!」
「……数が尋常じゃありませんわ!」
降り注ぐそれは、文字通り雨のようだった。
大小様々な岩が、一号船に襲い掛かる。
それをセレスは的確な射撃で撃ち落としていくものの――あまりにも数が多すぎた。
「あっ……!」
船頭を、岩が埋め尽くす。
多くは砂の海へと落ちたものの、厄介なことに、撃龍槍発射スイッチを、降り積もった岩が埋めてしまった。
「おいおいおい、このままじゃ!」
「あれじゃ、撃龍槍が撃てないですわ!」
流石の緊急事態に、セバスチャンも武器を抜いていた。自慢の刺突で、岩の粉砕に挑んでいる。
しかし、ランスで岩を砕くのは、あまりにも至難の業だ。乗組員も、大した武装はしていない。
まさに丸腰の状態だった。
そんな一号船を前に、ダレン•モーランは満足げに鼻を鳴らし、その体を大きく旋回させた。
「……歴戦の個体ってことか。この辺りを大昔から回遊してるって話だしな。大方、撃龍槍を何度か食らい、その撃ち方を覚えたのか。だから岩を飛ばしたんだな」
「そんなことって、ありますの!? モンスターなのに、そんな!」
「古龍は、俺たちが思うよりずっと知的な生物なのかもな。……って、こんなこと駄弁ってる場合じゃない。あの岩を何とかしなきゃな!」
アルフレッドは、背中のガンランスを展開した。
砲口を絞り、青い砲炎を解き放つ。
「アルフレッド様!? 何を……」
「俺はあっちに飛ぶ! こいつの砲撃なら、岩を砕けるはずだ。だが、それも間に合うとも限らない……。ウルティナ!」
「は、はい!」
「二号船も撃龍槍の準備をさせろ! 豪山龍はおそらく、正面から一号船を押し潰しに来る。その土手っ腹に、横槍を入れてやれ!」
そういうや否や、アルフレッドは飛んだ。
砲撃の反動――ブラストダッシュで砂塵に舞い、一号船を目指す。
砲撃の反動が足りず、失速し始めたところで、彼は再び引き金を引く。二度、三度と続け様に撃つことで、確実に一号船へと近づいていった。
「……行っちゃった……って、呆けてる場合じゃありませんわ! 二号船も、撃龍槍を!」
「了解!」
ウルティナの声に、二号船も撃龍槍の歯止めを解く。
金属の軋む音と共に、排気口からは蒸気が噴き出した。
乗組員は帆を高く掲げ、速力をさらに上げていく。
取り舵を取り、一号船の方へ、その巨体を寄せていった。
「――まずいですな」
何度も槍を打ち込むものの、びくともしない巨岩。
それを前にして、セバスチャンは冷や汗を垂らした。
「……この密度の岩は、徹甲榴弾でもどかせないよ!」
弾倉を空にして、手を失ったセレス。
岩を撃ち落とし続けたこともあり、彼女もまた、為す術がない。
「……強かな御老体だ。私めなどよりも、ずっと」
セバスチャンの目に、旋回する山の姿が映る。
茶褐色のそれは、掘削機具のように回転しながら砂海に埋もれ、かと思えば跳躍するように身を起こす。
何度も繰り返しながら、しかし確実に、一号船へと迫っていた。その回転する剛角で、因縁の船を砂海の藻屑とするために――。
「オオオォォォ!!」
猿叫の如き叫び声と共に、大男は、迫る。
一号船の切り札を塞ぐ、岩の塊の元へ。
「アルフ!」
「アルフレッド殿!」
太陽光を浴び、その血濡れのような赤髪が反射する。
セレスとセバスチャンは、迫る大男に気付き、船首から飛び退いた。
「吹っ飛べ!」
推進力をそのまま叩き付けに変え、フルバーストへ。シリンダーに込められた砲弾を全て撃ち放つ。
轟音と共に、全ての砲弾が一度に、一点に集中して叩き込まれた。その衝撃は徹甲榴弾とは比較にならず、積み上がった岩を弾き飛ばすのだった。
「セレス!」
硝煙を立てる銃槍を振り、相棒の名を叫ぶ。
アルフレッドの意図に気づいたセレスは、すぐに駆け出して、ヘビィボウガンの
眼前には、思わず身を震わせるような重低音を奏でながら、砂漠を滑る豪山龍。あまりにも大きなその口を開けながら、巨大が、山が、迫っていた。
「今だ!」
アルフレッドの声に、セレスは銃床を叩き付ける。
回り始める歯車。
外される、安全装置。
蒸気機関が貯めに貯めた圧力を、間髪入れず解放した。
機関部へと伝わった圧力は、そのまま槍の根元を炸裂させる。
その衝撃は、船頭から伸びる槍を、あまりにも大きなその槍を、前方へと弾き飛ばすのだった。
「お願い!」
セレスの声に呼応するように、勢いよく射出されたその槍は、豪山竜の下顎へと接触、そのまま鱗や皮膚を貫き、中に肉にまで抉り込んだ。
豪山龍、悲鳴を上げる。
血飛沫が、砂漠を赤く染め上げる。
野太い悲鳴が大銅鑼に負けじと響き、乗組員たちは思わず耳を塞いだ。
「……ッ! うるさ……!」
「お二人とも! 退避を!」
セバスチャンの声が、辛うじて船頭に立つ二人へと届く。
突進の衝撃は、撃龍槍の痛みを前に押し殺されていた。
しかし、豪山龍もまた、黙ってはいない。
血飛沫を上げながら、その前足を静かに、船へと添える。背面で砂の海を泳ぎ、貝を抱える海獣のように、一号船を包み込んだ。
掲げられる、山脈のような剛角。
それを叩き付けんと、力強く吠えるのだった。
「こいつは……!」
襲いくるであろう衝撃は、想像もつかないほどだ。
セバスチャンは盾を構えてそれを迎えんとし、アルフレッドは側にいたセレスを覆うように庇うのだった。
「――おかわり、ですわーっ!!」
ウルティナの声が、響く。
続いて響いたのは、船と船が擦れ合い、甲板が音を立てて割れる音。
そして、射出された撃龍槍が、ダレン•モーランの脇腹を削ぎ落とす音だった。
「……お嬢様!」
「これなら、どうかしら!」
急進した二号船は速度を落としきれず、豪山龍の脇へと進路を逸らす。それによって撃龍槍もまた逸れ、脇腹を割くように切り開いていった。
先ほど以上に血飛沫が、砂漠を、そして二隻の船を赤く染めた。豪山龍の悲鳴はか細く、痛手を負っているのは火を見るより明らかだ。
「……倒れる、倒れるぞ!」
仰け反った巨体は、そのまま背面へと倒れ込む。
超重量が作り出した砂の大波は、船を大きく上下させて砂漠に波紋を描いていった。
撃龍船が、傾く。甲板に乗る全てを砂に落とさんと、激しい傾斜を描き出す。
乗組員たちは手すりや柱に必死にしがみつき、セバスチャンは槍を甲板に突き立てた。
同様に槍を立てたアルフレッドは、セレスを強く抱きしめて落ちるのを防ぐ。
ウルティナは再び砂へと落ちた。
「……ふう!」
傾きが収まり、アルフレッドは腕の力を緩める。
腕の中には、赤面しながら茫然自失するセレスがいたが――彼は構うことなく、倒れた巨体を見上げるのだった。
「逃げるみたいだ」
「……ですな。骨が折れますなぁ」
苦しそうな声を上げながら、豪山龍は砂に潜り込んだ。
そこには先ほどのような勢いはなく、とにかく船と距離を取るような、これ以上の被害を避けるような、そんな動きだった。
その姿を前に、アルフレッドはようやく脱力する。勢いよく座り込んで、大きな息を吐くのだった。
「あー、疲れたぁ! 何とか、撃退できたぁ!」
大銅鑼が、響く。
祝砲代わりのその音色が、砂漠へ、バルバレへと吉報を届ける。
腕試し祭りであるこのクエストは、無事達成となった。
この任務を成功へと導いた四人のハンターの名声は、バルバレで高らかに響き渡ることとなる――。
そんな予感のする、音色だった。
ダレンモーラン戦でした。
ジエンモーランに続いてダレンが出てきた時は衝撃でした。デザインが、かなりイケメンでこちらの方が好きでしたね。それに撃龍船が傾くギミックがまた面白い!ぜひワイルズのエンジンでダレンモーランをリメイクして欲しい。昨今の作品の大砲は柔軟に活用できますし、楽しそうです。
さて、第四章が始まります。第一章はソロ、第二章はペア、第三章は四人パーティーと書きたいとこは書いてきたので、第四章からは純粋にストーリー進行という形になります。ガンランスの旅路を、温かく見守っていただければ幸いです。